81話 困惑と模索
◇◇◇
アルファが部屋で計画の調整を思案していたところに、ブラボーが訪ねてきた。
アルファは机の上の作戦地図から顔を上げ、ブラボーを迎えた。
「交渉はいかがでしたか、アルファ?」
「ブラボーには正直に言うが、予想通りの反応だ」
「つまり、“時間がかかるが努力しよう”というようなところですか?」
「そうだ。おそらく憲兵側ではなく、《協会》の上層部の動きが悪いのだろう。憲兵の歯切れの悪さは彼らの無能に起因するものではない」
ブラボーはアルファの見解を聞くと、ため息をついた。
「でしたら、今回の作戦は長期戦になりますね」
アルファは肩をすくめる。
「実に遺憾だがね。同志の皆には悪いと思っている」
「人質に対しては?」
アルファは少し怪訝そうな目をブラボーに向けた。
「人質はあくまで手段の一部に過ぎない。必要とあらば、血を流してもらおう」
「……分かりました」
一拍の間を置いて、ブラボーは無感情な声で答えた。
アルファは直立するブラボーの肩に手を置いて、軽めの口調で言った。
「なに、心配することはない。我々は十年前にも同じような作戦を行った。結果、我々は目的を果たすことは出来なかったが、多少の犠牲を強いることで無事に逃れることが出来た。我々は死ななければ負けではないのだよ」
ブラボーは感情の無い瞳でアルファをじっと見ていた。
「すでに、二名の殉教者が出ていますが?」
「ふん、ブラボー、二人のことは気にするな。実に些末な、取るに足らない事故だ」
「事故……ですか?」
「そうだ。エコー、チャーリーにもそう伝えておけ」
「……イエッサー」
アルファはふたたび机の上に広げた作戦地図に目を落とした。
しかし、ブラボーがまだ退室しないことに気付いた。
「どうした、まだ何かあるのか?」
「アルファ……、実は、憂慮すべき事由があるのです」
ブラボーはアルファに静かに歩み寄った。
「これを見てください」
ブラボーが懐から取り出したものをアルファが覗き込む。
「これは……?」
訝しげに尋ねるアルファ。
さっきの深刻そうな口振りと違い、ブラボーはいつも通りの無表情だった。
「これはですね……」
◇◇◇
ウェッジは建物の裏手に回ると、周囲に人の気配がないか探った。
近くが無人であることを確認すると、窓を開けて内部に無事潜入した。
静かに、腰を屈めながら、建物の中を歩いていく。
憲兵の使い魔である鳥はウェッジの肩に掴まっている。
(どうだ、内部の様子は?)
(静かですね)
憲兵たちと鳥を通じ、声を潜めて会話するウェッジ。
一階の廊下を慎重に進んでいくと、建物の入口にたどり着いた。
扉の近くの床は赤黒く染まっていた。
(入口に着いたのですが、床に血痕がありますね)
(血痕? かなりの量か?)
(それなりに流れたようですね。ですが、近くにはその主らしき人は居ません)
(怪我をした人質のものだろうか?)
(まだ、分かりません。これで一階はほぼ確認し終えました。二階に上がります)
(最大限の注意をしてくれ。二階はおそらく、人質と犯人が居る可能性が高い)
(分かりました)
ウェッジは足音を殺しながら二階への階段を昇っていった。
◇◇◇
憲兵たちの詰所にて、突入班と憲兵長はウェッジの報告を固唾を飲んで聞いていた。
「なんとか、今のところは見つからずに済んでいるようですね」
ウェッジが二階に上がるところで、突入班の班長が口を開いた。
憲兵長がそれに答える。
「そうだな。まったく、心臓に悪いわい、これは」
胸を押さえながら汗を拭っている。
現場のウェッジ以上に緊張しているようだ。
憲兵長はふぅ、とため息をつくと立ち上がって伸びをした。
緊張し過ぎたので、いったん身体をほぐそうとしているのだろう。
そこに、情報収集班の若い憲兵が憲兵長に歩み寄ってきた。
「あの、すいません。今、ちょっとだけ宜しいですか?」
「どうした、急な用事かね?」
「いえ、至急の用件か分かりませんが……。さっき、ウェッジさんが気にされてた、解放された人質の方のことについてなんです」
「おぉ、そういえば言っていたな。何か分かったのか?」
「えぇ、あの人から聴取した内容の中で、ひとつ気になるところがありました。これなんですが……」
「これは、地図か?」
「そうです。あの人の住所を地図で確認したら、ここだったんですけど……」
「これは……、いったいどういうことだ?」
憲兵長の困惑に誰も応える者はいなかった。
◇◇◇
ウェッジは無事に二階に到着した。
一階の探索のときよりも、さらに周囲の気配に神経を払って進んだ。
人質がいないか、部屋の中の音を確かめていく。
そうやって進んでいくと、扉が開いている部屋を見つけた。
中を覗くと、黒いローブの男性が倒れている。
「これは……」
思わず声を漏らすウェッジ。
部屋に入り、男性を検分する。
顔に矢傷を負って、既に死んでいる。
(死体を見つけました。……おそらくですが犯人の一味かと)
声を落として憲兵の本部に報告を入れる。
ウェッジが犯人の一味だと判断したのは、傷を負った人質は“足を刺されている”と表現されていたからだ。
他に傷を負った人質がいれば、犯人たちは言及するはずだが、それはなかった。
ならば、この人物は交渉の後に傷を負った人質か、もしくは犯人側の人間。
だが、交渉の後にいきなり人質を殺すような犯人像でなかったことから、この人物は犯人側の人間であると判断した。
(犯人の一味が殺されたということは、仲間割れでしょうか?)
独り言に近いウェッジの呟きに、答える者はいなかった。
死体をそのままにして、さらに二階を進んでいく。
両開きの扉の前で足を止めた。
中からかすかに声が聞こえる。
そっと扉を開いて、中の様子を覗くと、人質たちが拘束されている姿が見えた。
周囲を見渡して、犯人たちがいないことを確認すると、ウェッジは部屋に飛び込んだ。
人質たちは目隠しのため、ウェッジにはまだ気づいていない。
そして、
「アリス、私です」
アリスを見つけ、声をかけた。
うなだれていたアリスが、弾かれたように顔を上げる。
目隠しと拘束を取ってあげると、アリスは一瞬眩しそうに目を細めた。
しかし、ウェッジの姿を認めると、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしたのだった。
「ウェッジさぁ~ん、怖かったよ~~」
アリスを抱きしめてなだめる。
「あ、そうだ! エリィさんが!」
ウェッジの腕をほどき、アリスはエリィを探す。
アリスの後ろにエリィは寝そべっていた。
足から大量に血を流しており、顔色は青ざめていた。
「やぁ、ウェッジか……。助けに来てくれたんだね……」
エリィもウェッジに気づいたが、息も絶え絶えの様子だ。
「エリィさん、ウェッジさんが守ってくれますので、しっかりしてください!」
そう言ってアリスはエリィを励ますと、蒼白い光をまとい始めた。
「傷の方はすぐ治します! 失血は、少し時間がかかりますが、大丈夫ですので!」
アリスの《治療魔法》で、エリィの傷は見る間に塞がっていく。
「ウェッジ、《杖》の奴らは近くにいないのかい……?」
治療を受けながら、エリィは尋ねてきた。
「えぇ、ここに来るまで遭遇しませんでした。一人、犯人らしき死体がありましたが」
傷が治り、目隠しを取ると、エリィは身体を起こした。
顔は青ざめたままだが、普段の調子が戻ってきたようだ。
エリィはアリスに治療の礼を言うと、辺りを見回した。
「見たところ、人質たちも皆無事のようだね」
「これで全員ですか?」
ウェッジが気になった点を尋ねた。
「たぶん、そうだ。犯人たちも人手を割いて人質を分ける必要はなかったようだからね。要求の方はどうなったんだい?」
「三つとも前向きに検討中、と犯人側には伝えてます」
「三つ……? 待て、私が聞いた要求は二つだけだったが?」
首をひねるエリィ。
「どういうことです? 先に解放された男性から、犯人たちの要求を三つ伝えられたのですが……」
「いや、先に解放された男性、というのもおかしい。私の知る限り、そんな人質は居なかったはずだ。その人質とは、いったい誰なんだ?」
今度はウェッジが首をひねる番だった。
何かが食い違っている。
犯人の要求の数。
人質の男性。
死んでいる犯人。
ウェッジの脳裏に一瞬の閃きが走った。
「エリィさん、ここを頼みます!」
言うや、ウェッジは部屋を飛び出した。
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