64話 時間と空間
「さて……」
自室に戻ったウェッジは、頭を整理するため、まず人物表を作成することにした。
◇◇◇
キース・ダーウィッチ:《雷霆候》、館の主
ロキド:執事
クローシャ・ダーウィッチ:《転生者》、双子の姉
シーシャ・ダーウィッチ:《転生者》、双子の妹
タイガ:《雷霆候》の甥
ティーケ:タイガの妻
スケイル:お抱えの《治療魔法士》
◇◇◇
そして次に、時系列を整理する。
まずは、事件の起点をどこに置くか。
少し考えた後、控え室で待機するところから始めることにした。
◇◇◇
ウェッジ、《控えの間》で待機開始。
エリィ、アリス、フィオも参加。
クローシャ、シーシャが《控えの間》に来る。
クローシャ、手をナイフで切るが、アリスに治療してもらう。
双子が《控えの間》を出て、塔に向かう。
クローシャ、《黒の塔》を出て、《白の塔》へ移動。
シーシャ、クローシャを塔一階の扉のところで出迎える。
クローシャ、《白の塔》へ入る。
アリス、部屋に戻る。
(タイガ、二階で誰かと喧嘩しているところをアリスに目撃される)
キース、《控えの間》に入ってくる。
クローシャ、《白の塔》から出てくる。
クローシャの顔の傷痕を確認する。
クローシャ、《黒の塔》へ入る。
ウェッジ、夜食を取る。
キース、部屋に戻る。
《黒の塔》から悲鳴が聞こえる。
ウェッジ、エリィ、《黒の塔》へ向かう。
ウェッジ、エリィ、《儀式の間》の扉に到着。
鍵がかかっていたため、エリィがキースを呼びに戻る。
エリィに連れられて、キース、到着。
ウェッジ、キース、扉に体当たりを始める。
タイガ、到着。
タイガ、体当たりに加わる。
アリス、フィオ、スケイル、到着。
スケイル、体当たりに加わる。
扉が開く。
《儀式の間》で死体を発見する。
ウェッジ、タイガ、スケイルで《白の塔》へ向かう。
ティーケ、《控えの間》で待機しているのを確認。
《白の塔》の《儀式の間》の扉に到着。
皆で体当たりする。
扉が開く。
死体を発見する。
ウェッジ、現場が密室であることを確認する。
◇◇◇
「こんなところでしょうか……」
ふぅ、とため息をつき、出来を確認する。
肩がこったので、腕をぐるぐると回してみた。
コンコンとドアが鳴る。
ドアを開けると、肩こりの原因のひとつであるエリィがいた。
「どうしましたか?」
「ちょっとお願いがあってね。失礼するよ」
エリィはウェッジの脇を抜けて、勝手に部屋に入る。
「ん、これは何だい?」
エリィは机の上の時系列表に目を止めた。
ウェッジが表について説明する。
「ふふ、そうだね、良く出来てるじゃないか」
エリィが見ても、時系列は概ね間違い無いようだ。
「ところで、お願いというのは?」
「あぁ、そうだ。君の部屋の窓を少し開けてもらえるかな」
エリィに言われるまま、窓を開ける。
外は夜が明け始めていた。
ウェッジは警護のときから、ほとんど夜を徹して動いていたことを思い出す。
「やはりね、思った通りだ。この部屋からなら塔が見える」
たしかに、ウェッジの部屋は塔側に位置している。
エリィは窓際に立つと、ウェッジに告げた。
「少し、塔について調べたい。私が出た後は窓を閉めてもらって構わないよ」
そう言って、エリィはすいっと空に向かい、飛んでいった。
上空から、塔を調べるつもりなのだろうか。
(魔法士のエリィなら、空から塔の情報を掴めるかもしれないですね)
ウェッジはエリィの成果を期待することにした。
そして、空が明るくなるのをぼんやり見ているうちに、眠りに落ちた。
エリィは上空高くから、館を見下ろしていた。
配置はウェッジの見ていた見取り図と同じようだ。
続いて、二つの塔の上部を旋回して観察する。
壁には取っ掛かりがなく、地上から登って窓までたどり着くことも難しいだろう。
エリィは二つの塔の間を往復した。
《黒の塔》の右側の窓、《精霊の塔》、《白の塔》の左側の窓は直線上に並んでいる。
そして、《精霊の塔》の頂点についている三ツ又の金具を観察した。
「ほぅ、何か擦れた跡があるね」
そして、《精霊の塔》の上に立ち、《黒の塔》と《白の塔》を交互に見比べた。
「この違和感は、何だ?」
何か、言葉に出来ないものを感じたようだ。
空が明るくなってきている。
エリィは少し休憩するために、地上に降りた。
精霊の塔の根元で、先程の違和感を思い出す。
そして、《黒の塔》と《白の塔》の外周をゆっくりと、丁寧に回った。
「あぁ、そうか」
エリィに閃きが走った。
「なるほど、これはウェッジに知らせなくてはな」
もう一度、エリィは空に飛び立とうとした。
しかし、上に飛ぼうとした身体は横に吹き飛んでしまった。
「がっ!?」
鈍い打撃音。
吹き飛んだ身体に、さらに追撃が入る。
何度も、何度も、棒のようなもので執拗に殴られる。
エリィは抵抗すら出来なかった。
「ごふ、はは、コ、コレはもう駄目だね……。ウェッジ、済まないが、後は、頼む、よ……」
エリィはここで意識を手放した。
ウェッジはふと目を覚ました。
(誰かに、呼ばれた……?)
外が明るい。
どうやらしばし寝入っていたようだ。
空腹を覚え、食堂で食料を分けてもらおうと、階下へ向かう。
階段下で慌てた様子のロキドを見かけた。
「ロキドさん、どうしました?」
「あぁ、ウェッジさま。何と言ってよいやら……。お連れさまのことでございますが……、私めには、どうしてよいか……」
狼狽しているのは分かるが、これでは何を言いたいのか伝わらない。
「何かあったのですね!?」
ウェッジは強い口調で問う。
「とりあえず、こちらへ……」
ロキドに案内され、勝手口から外に出る。
《精霊の塔》の根元に、エリィが横たわっていた。
全身を滅多打ちにされたようだ。
身体中の骨が折れているのか、四肢があらぬ方向へ曲がっている。
「そんな……」
ウェッジはそれ以上言葉が出なかった。
エリィだったものを抱き抱える。
ぐにゃりと弛緩した身体。
命の宿っている身体ではなかった。
「私めが、日課の掃除をしようとしましたら、見つけました……」
(エリィさんは塔のことを調べると言っていた。犯人にとって良くない何かを見つけたから、殺された……)
「ロキドさん……。すいませんが、このことは内密にお願い出来ますか?」
「え、えぇ!?」
「お願いします」
「しょ、承知しました……」
「……それから、何か布を下さい」
ロキドに貰った布でエリィをくるむ。
そのまま、二階のエリィの部屋に安置した。
ウェッジは犯人が焦っていると直感で理解した。
エリィまで手にかけることは、犯人にとっても想定外のはずだ。
(……ここで、犯人の手掛かりを掴まなくては、エリィさんに恨まれますね)
「あのぉ、朝食の用意が、出来ているのですが……」
部屋の前でロキドが申し訳なさそうにしていた。
ウェッジは言われて空腹であることを思い出した。
(エリィさんには薄情と思われるかもしれませんが、腹ごしらえとしましょう)
食堂では、スケイルとタイガが座っていた。
二人とも食事を済ませ、食後のお茶を味わっているようだ。
「あっ!」
スケイルが右手に紅茶をこぼした。
ロキドが急いで布で拭き取ろうとする。
「痛っ!」
苦痛に顔を歪めるスケイル。
スケイルの右手にロキドの手が触れたようだ。
「あ、すいません、ロキドさん。自分でやりますから、それ、貸してください」
スケイルは右手を優しく布で包んで、汚れを取っていた。
(右手を、怪我でもしているのですかね……)
かなり痛がっていた様子から、ウェッジはそう判断した。
「ごほっごほっ!」
タイガが激しく咳き込む。
「どうしましたか?」
スケイルが心配そうに声をかける。
「いや、悪ぃ。若先生、風邪でも引いたみたいだ。魔法で何とかしてくれねぇか?」
「風邪? 何か原因に心当たりは?」
「……、いや、何もねぇよ。いいから、さっさと魔法してくれよ」
「申し訳ありません。昨日からほとんど休めてなくて、今は魔力が足りてなくて……。少し休んでからで良いですか?」
「あー、まぁ、色々あったもんな。……分かったよ」
そう言うと、タイガは食堂を出ていく。
後を追うように、スケイルも立ち去っていった。
二人のやりとりを頭の片隅に入れながら、ウェッジは食事を取ることにした。
朝食は簡単なものだったが、お腹は満たされた。
ウェッジは何気なしにロキドの動きを眺めていた。
腰が曲がっているため、高いところは手が届きそうにない。
棚の上の食器を取ろうと悪戦苦闘している姿を見て、ウェッジは彼を手伝うことにした。
交互に重なった黒と白の食器をまとめて棚から出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。お客さまにこのような真似をさせて……」
「構いません。普段はどうしているのです?」
「お恥ずかしながら、いつもはタイガさまやスケイルさまに手伝ってます」
「タイガさんも、ですか?」
「はい、ああ見えて心根は優しいお方です。私めがこの間、指を怪我したときも《治療魔法》で治してもらいました」
「タイガさんは《治療魔法》が使えるのですか!?」
「えぇ、それほど強くはないですが、そのくらいの傷は治せる、と……」
ロキドに指を見せてもらうと、確かに治りかけた傷の痕があった。
「そうですか。しかし、それこそスケイルさんの出番では?」
「そうですね。スケイル先生さまも《治療魔法》に長けておられるのですが、他にも曲がってしまった鉄鍋を《錬金魔法》で直してくださったり……。あのお方も良く出来た方です、はい」
直したものを見せてほしいと頼むと、ロキドが棚から鉄製の鍋を取り出した。
鍋の部分は錆びていたが、持ち手のところが綺麗に磨かれたようになっている。
持ち手部分がおそらく魔法で修復されたところなのだろう。
この磨かれたような表面をウェッジはつい最近、どこかで見た気がした。
(スケイルは《錬金魔法》も使える……)
ウェッジの中で事象の欠片が少しずつ組み上がっていく気がした。
「あぁ、そうだ。ロキドさん、貴方から見たクローシャさんたちについて教えて欲しいのですが?」
ウェッジはこの機を逃さないよう、ロキドに質問を畳み掛けた。
「お嬢様たちですか……。あぁ、痛ましいことで……。お二人とも、私めにも優しく接してくださった、まさに聖母のような少女でした」
「ロキドさんは、お二人を見分けられましたか?」
「いいえ、雰囲気では分かりますが、たまにイタズラでお二人が傷を隠して入れ替わってしまうと、私めにはお手上げです」
在りし日の思い出を、遠い目をして語るロキド。
「そうでしたか……」
「お二人であれば、ご主人さまを支えていけると、信じておったのですが……」
「ダーウィッチ候を支える、ですか?」
「あ、あぁ、いや、言葉の綾、ですな。ご主人さまも、こんな辺境で埋もれていては、腐ってしまわれる……」
「そう言えば、ダーウィッチ候はなぜこんなところに居を構えているのですか?」
「さぁ、私めでは理由は想像しかねます。ですが、きっと、耐えられなかったのでしょう……」
「何にですか?」
「ご自身の衰え、それと名声との乖離……。英雄と求められ続けることに疲れたのかも知れません。過去の栄光……、それが今となっては、ご主人さまを苦しめておるのです」
「衰えと栄光、ですか……」
老いてなお、ウェッジのナイフを叩き落とせるほどの剣技をふるうキースだが、余人には分からない老衰を感じているのだろうか。
そのとき、食堂のドアが勢いよく開けられた。
「ロキドはいるか!?」
噂をすれば、とばかりにキースがやってきた
「私めなら、ここに……」
「む、そちらか」
キースは壁に手を這わせながら、こちらへ近付いてくる。
ただ歩いているだけなのに、あいかわらずの威圧感だ。
ウェッジの目の前で止まるキース。
「なんだ、ウェッジ・モルガも居たか」
キースは眉間に皺を刻んで、ウェッジを睨んだが、すぐにロキドに向き直った。
「ロキド、娘たちの埋葬の準備だ。街から業者を引っ張ってこい」
「かしこまりました」
「それと、娘たちをあのままにしておくのは、私も心が痛い。後で、布袋を用意しろ」
「お二つ、ご用意いたします」
「頼む」
ウェッジは今のやりとりを目で見てはいたが、どこか遠い出来事に感じていた。
思考が加速していく。
欠片が形を成していく。
ウェッジは急いで外に飛び出した。
手に二本のナイフを持つ。
そして、館からある程度離れると振り返った。
目に写るのは、本館とその背後にそびえる《黒の塔》、《精霊の塔》、《白の塔》。
ウェッジは《黒の塔》の最上部に向かってナイフを投げた。
遠くでナイフが刺さるのが見えた。
続いて、《白の塔》にも同じくナイフを投げた。
しかし、ナイフは塔に刺さらず、そのまま空を切ってしまった。
(わずかではありますが……、予想通りですね)
ウェッジは確かな証拠を掴んだ気がした。
ガチャン、と外の門から音がした。
ウェッジは振り返ると、そこで信じられないものを見た。
◇◇◇
その後、ウェッジは自分の部屋に戻ると、目を閉じて思考に没頭した。
二つの塔。
二つの密室。
窓の閂。
双子の死体。
スカートの血痕。
落ちていたナイフ。
《精霊の塔》。
《治療魔法》。
《錬金魔法》。
黒色と白色。
《首狩りの騎士》。
さまざまなイメージが閃いて、繋がっていく。
そして、ウェッジは真相に至った。
すべての謎は解かれ、この事件の犯人は明らかになった。
数ある作品の中から、本作品をお読み頂いてありがとうございます。
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