63話 雷霆候と群精契約
「失礼します」
ドアをノックして、ウェッジは主の間に入る。
エリィはウェッジに任せて、入口の近くで待機することにしたようだ。
キースは憔悴した様子で椅子にもたれて座っていた。
ウェッジが近付いて、ようやくキースは顔を上げた。
眉をひそめ、目の前のウェッジを睨む。
「あぁ……、ウェッジ・モルガ、だったな。どうだ、犯人は分かったのか」
「いえ、まだ犯人特定には至っていません。ダーウィッチ候、真実を知るため、いくつかお聞かせ頂きたいことがあります」
「……言ってみたまえ」
「まずは、先程の現場で感じた疑問からです。《儀式の間》に入るための鍵は、どのようなものですか?」
「……《儀式の間》の鍵は、娘たちしか扱えない、という言い方になるな」
持って回った表現である。
「あの扉は、娘たちが《錬金魔法》でただの鉄を鍵の形に変換して開ける仕組みだ。つまり、鍵は娘たちしか形を知らないし、娘たちにしか開けられない、ということだ」
「そんなことが出来るのですか?」
「娘たちは《転生者》だ。緻密な魔法操作もこなせることが出来たのだ。だからこそ、今回の魔法儀式に挑んだわけだがな……」
ウェッジは胃の辺りに重いものを感じた。
(それでは、本当にあの部屋は密室ということになるのか……?)
果たして、閉じられた部屋で起きた殺人事件をいち冒険者の自分が解けるのか、ウェッジはじわりとした不安を覚えた。
「それでは、次の質問です。双子を見分ける身体的特徴はありますか?」
「あの死体が、やはり娘たちのものか知りたいのだな……。だが、親である私にも、顔の傷と性格以外で、姉妹を判別出来たことはなかったな……」
「つまり、首の無い死体では……」
「私にも分からないということだ。親としては不甲斐ないばかりだが……」
キースは寂しそうな眼をした。
「そうだな、スケイルにも聞いてみると良いかもしれん。スケイルは三年ほど前に出入りするようになった《治療魔法士》だが、娘たちの治療で何度か身体を見ている。親でも気付かない特徴を知っているかもしれんな」
「分かりました。後で聞いてみましょう」
「他に聞きたいことはあるか?」
「……今回の魔法儀式は、一体何が起きることになっていたのですか?」
キースがくわっと目を見開く。
だが、それも一瞬で、キースは心を落ち着けるように大きなため息をついた。
「そうだな、もはや届かぬものになってしまった……」
ウェッジは次の言葉を待った。
「この魔法儀式は、《群精契約》というものだ」
その単語はすでに双子に聞いていた。
ウェッジは頷いて先を促した。
「二人の魔法士が連携して膨大かつ複雑な契約を結ぶことで、あるものが顕現するのだ」
「あるものというのは?」
「侵食精霊だ」
「なんだと!」
振り返ると、入口のエリィが叫んだようだ。
ウェッジも息を飲む。
侵食精霊、つまり、あのフィオと同じ存在。
人の手に余る存在だと感じていたが、契約でどうにかなるものなのか。
バタバタとエリィが近寄ってくる。
「バカな、侵食精霊を顕現させるだと!? 閣下、貴方は世界を滅ぼす気か!!」
食ってかからんばかりの勢いだ。
「ふはは、そんなことにはならんよ。多重契約により、侵食精霊を契約者に隷属させる。それを可能とするのが、我がダーウィッチ家の秘伝だ。……いや、だった、だな」
「まさか、そんなことが可能とは……」
エリィはまだ信じられないようだ。
ウェッジも、たとえば、あのフィオを契約で大人しくさせられるとは到底思えない。
「しかし、我が家の悲願にして、私の夢も潰えた。奇跡のように積み重なった契約条件が、私の代で再び巡ってくることはもはや無いだろうな……」
「そうですか……」
何にせよ、双子は命を落とし、魔法儀式は失敗した。
それは間違いなかった。
「もう、よいだろう……。さぁ、犯人を私の前に連れてくるのだ……」
「……善処します」
今の話の中で、事件を解明する鍵は、果たしてあったのか。
ウェッジは霧の中をさ迷う心境で、部屋を後にした。
次にウェッジとエリィが訪ねたのは、談話室だった。
「やはり、こちらでしたか」
アリス、フィオ、そしてスケイルが談話室に集まっていた。
「ウェッジさん!」
アリスが駆け寄ってくる。
「よかったー。正直、心細かったよー」
アリスをなだめながら、まずはスケイルに話を聞くことにした。
「スケイルさん、少しよろしいですか?」
ウェッジがうなだれているスケイルに声を掛ける。
「えぇ、なんでしょう?」
まるで、今しがたウェッジに気がついたかのように、スケイルは顔を上げた。
「ダーウィッチ候に聞きました。双子の治療をされたことがあると」
スケイルは力なく頷く。
「でしたら、お聞きしたい。双子の身体に、何か違いはありますか?」
「それは……」
スケイルはウェッジの求めていることを察したようだ。
「すいません……。僕の知る限りでは、あの娘たちは何から何まで瓜二つでした」
「それは本当ですか?」
「えぇ、身体は、顔の傷を除けば……。性格は少し違いますが」
「性格が?」
「そうですね。姉のクローシャさんはどちらかといえば内気な性格でした。顔の傷も気にしているような印象でした。それに、何かでぶつかっても最後は妹さんに譲るような優しいところもありました」
「妹は?」
「妹のシーシャさんは、積極的でしたね。何でしょう、お姉さんに負けないよう張り合ってる感じ、でしょうか。一途で、芯が強い子でした」
(おや……?)
ウェッジはスケイルの双子の評価に少し疑問を感じた。
ウェッジが感じた姉妹のそれぞれの印象と反対だったからだ。
(彼の前では双子は違う振る舞いを見せていた?)
そして、肝心の双子の見分け方は、彼にも分からないということだった。
「ウェッジさん……、今回の事件を調べているんですよね?」
スケイルがウェッジに問いかける。
左手で前髪をいじりながら、暗い表情をしていた。
「一応、そうです」
「安心したまえ! きっと、ウェッジが解決してみせるよ!」
ウェッジの返事にかぶせて、エリィがまたも大言壮語する。
スケイルは怪訝な表情でエリィを見たが、すぐにウェッジを見据えて言った。
「あの娘たちを殺した犯人がいるのなら、必ず捕まえてください……!」
スケイルの左手がわずかに震えている。
犯人を許せない気持ちか、自分を許せない気持ちか、その心までは分からない。
だが、彼の思いを受け止めて、ウェッジはやれるところまでやろうと決意した。
「アリス、今回の事件で何か気付いたことはありますか?」
談話室を出て自分たちの部屋に戻る途中、ウェッジは尋ねてみた。
同じ《転生者》ということで、何か得るものがあるかも知れないと期待してのことだ。
「うーん、ごめんなさい……。あたし、事件が起こるまでぐーすか寝てたから……」
「些細なことでも構いませんよ」
「あっ、そうだ! そう言えば、あの夜、部屋に戻るときに、タイガさんを見たよ!」
「ほう、詳しく教えてもらえますか」
「んー、ちょっと待って、思い出し中……。えぇと、あたしが部屋に戻ろうと、二階に上がったときだけど、あっち側の通路でタイガさんが部屋のドアを叩いてたの」
「彼は何か言ってましたか?」
「よく聞こえなかった……。でも、なんかドアの向こうの人と、少し喧嘩してる感じだったかなぁ」
「ふむ……」
(アリスが部屋に戻ったのは、確かクローシャが《白の塔》に入ってから出てくるまでの間でしたか。後で時系列を整理する必要がありますね……)
ウェッジの中では、雑然とだが、事件解明に必要な欠片が揃ってきている感触があった。
「それから、フィオ、教えてください。貴方を契約で縛ったりすることは出来ますか?」
「いきなりなんだ、ウェッジ。貴様、我を愚弄しているのか? 我は侵食精霊だ。ヒトの分際で我に何か出来るとでも?」
「まぁまぁ、落ち着いて。実は先程ですが……」
ウェッジはキースに聞いた《群精契約》について説明した。
「フン、そういうことか。……だが、その者は侵食精霊を隷属させることが出来ると、確かに言ったのだな?」
「はい。エリィは信じられないようでしたが……」
「……聞く限りでは、侵食精霊を意のままに操るのではなく、契約でがんじがらめに縛り、指向性を制限する、といったところか」
「契約による行動の制限、ということですか?」
「だろうな。……我のような自由意思を持つ者の行動は、基本的には縛れない。その点は、人間も同じであろう?」
たとえば、法であれをするな、これをするな、と制限や禁止をしても、そのこと以外は自由に出来る。
いくら法が増えたとしても、それで操り人形のようにヒトを動かすことは出来ないものだ。
フィオが言いたいことはウェッジにも分かった。
「そもそも、侵食精霊を顕現させたとして、その《雷霆候》とやらは何がしたいのだ?」
フィオはそこが気にかかったようだ。
並みの魔法士を一蹴するほどの力と意思を持つ精霊、侵食精霊。
味方につければ、戦いの場では負けることは無いだろう。
(《雷霆候》は何かと戦うつもりだったのか……?)
ウェッジは数多くの武勲を持つ《雷霆候》が、さらに戦いを求める理由が分からなかった。
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