62話 密室と首の無い死体
ウェッジはタイガ、スケイルと控えの間付近で別れ、再び《黒の塔》に戻った。
「……どうでした?」
恐る恐るといった様子で、アリスが尋ねてきた。
ウェッジは無言で首を振った。
「そんな……」
アリスは口に手を当て、目に涙を浮かべた。
ウェッジは沈痛な面持ちで、キースに向き合う。
「……ダーウィッチ候、申し訳ありません。シーシャさんも……、同じように首を切られていました」
キースはウェッジの胸ぐらを掴む。
眼を見開き、噛みつかんばかりの形相。
ウェッジは殴られることを覚悟した。
だが、ウェッジの予想に反し、キースは引き剥がすように震える手を離した。
ドゴッ。
石の壁を殴り付けるキース。
「……済まないが、少し外してくれ」
絞り出すような声。
「お気持ちはお察ししますが……。しかし、閣下、それは出来ません」
エリィがきっぱりとした口調で告げた。
「何だと!?」
「最悪の事態となってしまいましたが、ならばこそ、我らがすべきことを果たしたいのです」
「すべきこと、だと……?」
「犯人を探し出すこと、真相を解明すること、その二つが今の我らが使命です」
「犯人だと!? クライン家の娘、これが誰かの、人の手によるものだと言うのか!?」
キースが獅子のように吼える。
その凄まじい気迫に、アリスはすっかり縮こまってしまった。
「その通りです、閣下。これは、ヒトがヒトを殺した、まさしく殺人事件です!」
エリィの啖呵も負けてはいない。
「我ら《蒼銅協会》が準ずるは世界の法。人を殺すことは、その法を蔑ろにすることに他なりません。そして、我らは、そのような輩を捨て置けません」
エリィの説得が効いたのか、キースの瞳に理性の光が戻ってきた。
「……犯人が誰か、分かるのか?」
「現場を調べれば、必ずや」
「……犯人が判明したら、その処罰は私に任せてもらおうか」
「承知しました、閣下」
キースは、席を外す、と言って去っていった。
「では、アリスも、いったん離れるといい。ここを調べるからね」
エリィが呼びかける。
アリスはまだ死体を見たショックから抜けきっていないようだ。
青い顔をして、フィオと一緒に部屋から出ていく。
「おっと、ウェッジは残りたまえ」
エリィに呼び止められ、ウェッジは足を止める。
皆が去った後、塔にはエリィとウェッジだけが残った。
「しかし、エリィ、凄いですね」
「何がだい?」
「この事件、すでに人の手による犯行だと見抜いていることですよ。更に、調査すれば犯人が分かるところまで、見当をつけているのですね」
「あぁ、あれかい。……ふふ、勢いだ」
「はいぃ!?」
思わず、声が出る。
「あの場を収めるためのハッタリだよ。なに、そういうことは、これから証明すれば良いのさ」
呆れるウェッジ。
「だが、全く根拠が無いわけではない。双子を殺すだけでなく、首を切るという行為は蛇足な印象だ。人の作為が感じられる。加えて、脅迫状の件もある」
「つまり……?」
「そこから先は、ウェッジ、君に頼むよ」
「丸投げですか!?」
「だが、君になら解ける気がするんだ」
私の勘だがね、とエリィは締めくくった。
「……ここで、貴女相手に言い合っても仕方ないですね」
ウェッジは諦めて、現場の調査を始めることにした。
首の無い死体と改めて向き合う。
首から大量の血液がこぼれて、床を汚していた。
おそらく、ここで首を切ったのだろう。
黒いドレスに多少の乱れはあるが、他に外傷はなさそうだ。
右手を見ると、手のひらにうっすらと傷痕がある。
(そういえば、クローシャはナイフで手を切って、アリスの魔法で治療を受けていた。なら、この死体はやはり、クローシャ……?)
死亡した時間は素人のウェッジには分からないが、少なくともそれほど前ではなさそうだ。
(悲鳴を上げたのは、殺される直前か……)
続いて、部屋の中を検分する。
ちなみに、《黒の塔》の内部は《儀式の間》以外に部屋はない。
螺旋階段をひたすら上がると、最上階が丸ごと《儀式の間》となっている。
ぐるりと部屋を見渡す。
壁は石煉瓦で構成されており、隙間なども無い。
大砲も防げそうなほど堅牢な造りだ。
家具などは無く、物もほとんど置かれていない。
石で出来た床には、儀式の補助のためか、何やら紋様が刻まれていた。
「これは……、床全体がひとつの《契約書》になっているようだね。これほどの《契約書》となると、成る程、一夜を費やすのも頷ける」
エリィは魔法士らしく解説を挟んでくれた。
死体の側には、ウェッジの渡したナイフが鞘に収まったまま置かれていた。
そして、鉄製の鍵が死体のすぐ近くに無造作に落ちていた。
鍵は表面が磨かれたように綺麗で、凹凸が少ない。
そして、奇妙なことに、この鍵は鍵穴に差し込む部分が棒のように真っ直ぐだった。
「これがこの部屋の鍵のようですが、形が妙ですね」
ウェッジが拾い上げると、エリィが覗きこんできた。
「たしかに、これでは鍵として使えないな」
鍵のことは置いて、次は出入口の確認に移った。
入口から見て、正面と左右、計三ヵ所に窓がある。
まずは正面の窓に近寄る。
ここも両開きの木の扉が備えられていて、留め具に鉄の棒のような閂を通して、鍵をかける仕組みだ。
単純な構造だが、鉄の棒は太く錆びていて、かなり力を入れなければ動かすことも出来ず、鍵が閉まらない。
また、木の扉には隙間はなく、外から糸などで鉄の棒を動かす手段はなさそうだ。
三方の窓を確認する。
いずれも、閂が掛けられていた。
だが、《白の塔》に近い右側の窓だけ、鉄棒の表面に錆びがなく、綺麗な状態になっていた。
そして、入口の扉。
真ん中の鍵の部分が砕けている。
数人がかりで何度もぶつかって、ようやく開いた扉だ。
頑丈な造りで、鍵穴も複雑である。
「先程の鍵と合いそうにないですね……。後で、ダーウィッチ候に鍵のことを聞きましょうか」
(しかし、ダーウィッチ候の言葉を信じるなら、この鍵は双子しか開けられないということに……)
「どうだい、やっぱりここは密室なのかい?」
エリィが首をかしげながら聞く。
「そうですね……。今のところ、否定する材料はありませんね」
「首切り密室殺人、ということか……」
「次は《白の塔》へ行きましょう」
ウェッジはエリィを連れて《白の塔》へ移動した。
《白の塔》も《黒の塔》と構造は同じであった。
ウェッジは死体の状況を確認する。
首から大量の血液がこぼれて、床に広がっている点は、《黒の塔》と同じである。
両方の手のひらを見ると、何も傷はなかった。
犯人と揉み合ったのだろうか、少し服は乱れている。
白いドレスは、首周りが血で黒ずんでいる。
スカートの右の裾にもわずかだが、血が飛び散っていた。
この血痕だけ、他とは離れている。
一見して外傷は無く、首が無いので死因の判断が出来ない。
死体の側に、ウェッジのナイフと鞘が落ちていた。
刃の部分に少し血が付いていた。
鍵も、《黒の塔》と同じく床に落ちている。
形は《黒の塔》のものと微妙に違うようだ。
ウェッジは部屋を壁沿いに歩く。
窓の位置、入口の場所、扉の形、鍵の状況は《黒の塔》と同じように思えた。
ただし、《黒の塔》に近い左の窓だけ、鉄の棒の錆びが少し削げ落ちていた。
最近になって動かしたような跡だ。
窓を開ける。
細い《精霊の塔》があり、そのさらに奥に《黒の塔》が見えた。
「現場の状況はこんなところですかね」
ウェッジが窓を閉めて、エリィに声をかけた。
「そうだね。しかし、《黒の塔》の死体は悲鳴のあったときに殺されたかもしれないが、《白の塔》の死体は一体いつ、殺されたのだろうね」
エリィの疑問にウェッジは答えることが出来なかった。
また、エリィの言葉にウェッジは引っ掛かりを覚えた。
(エリィは、二つの塔の死体を誰か特定していない)
《黒の塔》にいたのはクローシャ、《白の塔》にいたのはシーシャ、である。
ならば、当然、《黒の塔》の死体はクローシャのもの、《白の塔》の死体はシーシャのものと考えるのが普通である。
だが、首の無い双子は、どちらが姉でどちらが妹か、特定出来る特徴が無かった。
(双子の判別方法も、ダーウィッチ候に確認しますか)
ウェッジはダーウィッチ候のところに向かうことにした。
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