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13話 魔族と古傷

「フィオ、あなたの助けのお陰です」


ウェッジは黒犬からナイフを回収した後、フィオに礼を言った。

フィオは「我を尊ぶがよい」と調子に乗っている。


「アリス、貴女も大丈夫でしたか?」


ウェッジがアリスに声を掛けると、アリスはその場にへなへなと座り込んだ。


「何か、怪我でも!?」


ウェッジが慌てて聞くと、アリスは、


「その、腰、抜けちゃった……」


と恥ずかしそうに言った。


「だって、ウェッジさん、途中すごい危ないって思って。そしたらフィオも魔法がドンパチなってるとこに飛んでっちゃうし」


それは申し訳ない、とウェッジは反省した。

確かに楽に倒せたわけではなかった。


「でも、倒せて、それで、安心したら……。ごめん、ちょっと立てません」


「分かりました。戦闘直後で私も一息つきたいですから。しばし休憩といたしましょう」


ウェッジが、ふぅ、とため息をつく。


黒犬との戦闘は集中の連続だったが、アリスのおかげで、少し気が緩んだ。


「アラァ、ずいぶん楽しくお話してるわね」


突然、木々の間から女の声がした。


瞬間、ウェッジとフィオは声のした方へ最大級の警戒を向ける。


(フィオ)

(分かっておる)


ウェッジとフィオが睨んでいる暗闇の中から、ぬるり、と奇妙な恰好の女が現れた。

突如、ウェッジとアリスを不快感が襲う。

こちらの感覚にまで干渉してくる、見えない力が働いているようだ。


暗褐色の肌、やや青みがかった黒の長髪、金色に光る瞳、尖った耳、と一見は彫りの深い顔立ちの美女だ。

服装は胸元、腰回りに布を巻いたような簡素なもの。


そして、目の前に美味しそうな獲物を見つけ、舌なめずりしているような表情。


さらに、背中から、灰色の蝙蝠の羽のようなものが生えている。


それら全てが、人間ではない何か、という印象を強めていた。


「アナタたち楽しそうだし、ワタシも遊んじゃおうかしら」


女がそう言うと、死んだはずの黒犬の身体がゆっくり起き上がった。

ウェッジは驚いたがナイフを投げ、黒犬の眼を潰す。

しかし、黒犬はまったく意に介さない。

そのまま怯むことなく向かってきた。


先程よりも速い突進。


ウェッジはかわし切れず、右肩に咬みつかれた。

ウェッジは痛みをこらえ、大振りのナイフで咬みついていた首を切り落とす。


途端、黒犬は糸が切れた人形のように、地面に倒れた。


ウェッジは女を倒すべき相手と判断し、左手で女にナイフを抜き放つ。

しかし、正確に狙いをつけたはずのナイフが空中で軌道を変えて逸れていった。


続けて、フィオが炎の矢を放つ。

炎の矢は軌道を捻じ曲げられ、またしても、女に当たらず外れてしまった。


「アハッ、いいわね、いいわね、アナタたち。《転生者ディフォルト》のお嬢ちゃんもだけど、特に、ナイフのアナタ。……アナタみたいなのを痛めつけるのって、そそるわァ。とっても楽しそう」


女がウェッジに目配せをする。

さらにウェッジたちを覆う不快感が増した。


人の姿をしてはいるが、対峙するだけで、これだけの圧力を放つ相手。


しかも、どんな魔法を使ったか、死んだ魔獣を操り、投げナイフや炎の矢も効果が無かった。


はっきり言って、得体の知れない相手であり、情報が無いうちは逃げるべきだと、ウェッジは考えた。

しかし、アリスが今すぐには動けそうにないという問題がある。


(時間稼ぎもどれだけ出来るのか不明……。そんな相手というのは、久し振りですね……)


ウェッジは自分の手持ちの武器と《技能スキル》、状況を頭の中で整理する。

ナイフ投げが果たしてどこまで通用するものか。

体術も片腕を負傷しているため、出来る技は限られる。

それに近接戦を挑んでも、効果はおそらく期待できないだろう。


(捨て身で挑めば、あるいは……)


ウェッジが自分自身を武器にする覚悟を固めたときだった。


はぁ、と女が溜息を吐いた。


「でも、今日はアタシ、ついでに来ただけなのよねェ。残念ね、また今度たっぷり遊びましょう」


そう言うと羽を広げ、宙に浮かんだ。

そのまま空に飛んで、夜の闇に溶けるように女は消えた。



女が消えてからも、ウェッジは警戒を解かずに、いや、解けずにいた。

数拍の後、先にフィオの方は逆立てていた毛を戻していく。


「……もうよいだろう。近くに奴の魔力は無さそうだ」


そこでようやく、ウェッジは緊張を解いた。


「ウェッジさん! 大丈夫ですか!?」


心配したアリスがウェッジに近寄る。

ただし、まだ腰が抜けたままなのか、ばたばたと四つ這いだった。


ウェッジは座り込むと、アリスに肩の傷を診せた。

牙が肉を貫通していたが、食いちぎられてはいなかった。


「すぐ、治しますから」


「助かります、アリス」


アリスが治療を開始した。

アリスの前に蒼白い光の《契約書》が展開している。


アリスの治療を受けている間、ウェッジは先ほどの女との戦闘を思い返していた。


女の行動、どれもが人間離れしたものである。


最後は向こうの気まぐれで消えただけだ。

(あのまま戦闘が続いていれば……)

こちらの損害はさらに大きく、取り返しのつかないものにさえなっただろう。


「フィオ。先ほどの戦闘について、貴方の意見を聞きたいです」


フン、とフィオが鼻を鳴らして答える。


「ウェッジ、理解したか。奴こそが魔族・・だ。アリスのときの奴ではなかったがな」


──人よりも魔に近い者。


──魔物を統べる者。


──人には理解できない、人知を超えた魔法の遣い手。


そして、どう考えても、人類に友好的でないことは明らかだった。


「しかし、死んだ魔獣を操ったり、私のナイフやフィオの矢を防ぐほどの相手ですか……」


はっきり言って、ウェッジにはあの女の繰り出したものが魔法であるかどうかも判別できなかった。


向こうの狙いすら分からないが、当面は逃げに徹して、戦う時は勝てる要素を組み立ててから、という対応をウェッジは採用することにした。


「あの、ウェッジさん……、まだ痛みますか?」


アリスが声をかけた。

ウェッジは治療が終わったことに気付かず、ずっと考え込んでいた。

眉間にシワが寄っていたのを、アリスは痛みが続いているものと勘違いしたようだ。


「あぁ、すいません。傷の方はすっかり良くなりましたよ」


アリスの魔法を受けたのは二度目だが、今回も傷の痕さえ残さない完璧なものだった。


破れた服の隙間から、肩口が覗いている。


ウェッジのそこには、深く切られたような古傷があった。


(さすがに、コレ(・・)まで治るわけではないですね)


たとえ最強の治療魔法でも、ウェッジの過去の古傷と先の戦闘の無力感は癒えることはなかった。


◇◇◇


新しいステータスが公開オープンされました。


名前:フィオ・デ・フィラム

スキル:魔力感知……Bランク

数ある作品の中から、本作品をお読み頂いて、ありがとうございます。


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