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114話 畏怖と崇拝

スタンリーとウェッジは窓から礼拝堂の中に侵入した。

月明かりすら届かぬ堂内。

余りの静けさに衣擦れの音さえ耳に障る。

スタンリーは生まれてこの方、神などを信じたことはない。

しかし、そんな信心に疎い彼であっても、夜の礼拝堂の雰囲気に飲まれそうになった。

勝手に神聖な領域に踏み込んだような、ある種の禁忌を侵した恐怖心。

そんな胸中のスタンリーと違い、隣のウェッジは全く臆した様子はない。

彼女が手持ちの燭台に火を灯すと、スタンリーの恐れは薄くなった。

(こんなことでブルッちまうなんて、俺らしくもねぇな……)

多少、感傷的になりすぎていると自覚したスタンリーは、その気分を誤魔化すために、ウェッジに努めて明るい口調で話しかけた。

「それで、ウェッジさんよぉ。これからどんなことを調べるんだい?」

「そうですね……。まずは、死体が発見された場所の周辺、それからこの礼拝堂の侵入経路や隠れられるような場所、といったところですね」

ウェッジはそう告げると、灯りで床を照らした。

蝋燭の火は揺れながら、石のタイルが張られた床を照らし出す。

よく磨かれた床をそのまま辿っていくと、黒い染みが広がっていた。

「どうやら、この血だまりの中心にエンディが倒れていたようですね」

「この血のかすれ……、引きずったような跡があるな」

「死体を部屋に移した際に付いたものだそうです。第一発見者のアートンの話では、発見当時はそのような跡は周りにはなく、綺麗に円状に血が広がっていた、と」

確かに、引きずった跡を無視すれば、黒い染みはほぼ円の形に見える。

ウェッジは周囲を見回して、何かを探しているようだ。

スタンリーもぐるっと堂内を見渡す。

夜の闇で壁際まではよく見えないが、彼が知る一般的な《白銀教会シルヴァリ》の礼拝堂と構造や内装は似通っていた。

入り口の扉から直線に進み、壇上へと上がると神の像が参拝者を見下ろしている。

左右には長椅子が並び、全体で数十人は座れそうだ。

その長椅子の下を、ウェッジは這いつくばって調べていた。

「何やってんだ?」

「……見て下さい。ここにも血痕が散っています。死体を中心に、同心円状に、かなり離れたところまで飛んでいますね」

「そんだけ勢いよく血が吹き出たってことか?」

「いいえ、これは吹き出た、というよりも……」

どうやら彼女の頭の中では別の可能性が検討されているようだ。

スタンリーは手伝うと言ったものの、どこをどうやって調べればよいのか考えも付かなかった。

何か違和感を覚えるものがないか漫然と床や壁、天井に目を走らせてみる。

ただ、そんな調子で事件を解決に導く証拠などを発見できるはずもなく、すぐに手持ち無沙汰となった。

一方のウェッジは、床を調べた後、壁に手を這わせて堂内を一周しているところだ。

そんなウェッジの様子を見たスタンリーは、とりあえず神の像を様々な角度から眺めて、自分も調査している素振りを続けた。

壁沿いに歩いていたウェッジが近くに来たのを見計らい、スタンリーが声を掛ける。

「しかし、短期間に二人も幹部が殺されるとはな……。この教団、実は内部は相当危うかったのか?」

「幹部たちが一枚岩でなかったことは確かでしょうが……。どうやら、別の事情もあるようですよ」

「別の事情?」

「暗殺者が教祖の命を狙っているそうです」

「そりゃ本当か?」

思わず大きな声を上げ、直後に口を塞ぐスタンリー。

「静かに。私も彼らの話を立ち聞きしただけですので、詳細は不明です。ですが、教団の拡大をよく思わない勢力は存在するのでしょうね。それで、私たちが来たときは既に張り詰めた空気でした」

(暗殺者まで出てきたか。貴族連中なら、やりかねないな)

貴族の中には、自身の権力を揺るがす存在に容赦しない者もいる。

そういう輩に限って、手に余るほどの財と、人の命を何とも思わない倫理観を備えているのだ。

貴族にとって、自分たちだけに恩恵をもたらす存在でなければ、それは処分(・・)の対象となる。

右から左へ多少の金銭を動かすだけで、盤上の駒のように、目障りな者を排除できる富と権力が、彼らにはあった。

貴族に対する苦い感情がスタンリーの中にこみ上げてくる。

自身も貴族の依頼で食いつないでいる立場だが、それすらも彼は快く思っていない。

「教祖サマも大変だな。命を狙われてるとは」

「そうですね。ですが、実際には教祖ではなく幹部の者が命を落としています。これは果たして暗殺者の仕業なのでしょうか……?」

「何だか、ややこしくなってきたな」

スタンリーが音を上げそうになると、ウェッジは口に指を当てた。

「……静かに」

すぐさま灯りを吹き消し、ウェッジは腰を落とす。

そのまま近くに隠れるよう促されたので、長椅子の間に身を潜めた。

やがて、扉が音を立てて開かれると、誰かが灯りを携えて中に入ってきた。

その人物は礼拝堂の中をゆっくりと進み、神の像の前で跪いた。

何やら祈りの文句を唱えると、人影はまたゆっくりと帰っていった。

扉が閉められ、しばらくしてからようやくスタンリー達は緊張を解いた。

「ふぅ、助かったぜ、ウェッジ」

「夜にも巡回ついでに祈りを捧げるんですね。見つからないで良かったです」

「事件のときもあんな感じで礼拝堂の中を覗いたんだろうか?」

「だとすると、死体があればすぐに気付きますね」

「本当に、こんな血だらけの死体が一瞬で登場したってのか? 降って沸いたわけでもないだろうし……」

「降って、沸いた……」

スタンリーの言葉に何か感じるものがあるのか、言葉を復唱するウェッジ。

しかし、すぐに気持ちを切り替えたのか、燭台を道具袋にしまうとウェッジは窓の方へ歩き出した。

「スタンリー、またいつ人が来るか分かりませんので、今日の調査はこの辺りまでとしましょう」

「そうだな」

結局、何ひとつ証拠を掴んだという確証のない夜だった。


数ある作品の中から、本作品をお読み頂いてありがとうございます。


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