07 トント開戦(複数視点)
「そろそろだな」
太陽が空から地へ落ち、周囲に夜の帳が下りてきたころ、カインたちは行動を開始した。
「作戦の最終確認だ。ジンとマオは待機している自警団と合流後、正面からトントへ向かってくれ」
外は闇に沈み、トントが松明で明るく浮かんでいる。
数時間前に、前日合流していたジンとマオが自警団をこの森まで誘導し、挨拶を含めて軽い説明をした。そのおさらいをする。
「その時くる魔法や弓での攻撃はジンの防御魔法で自警団をカバー。これに魔力の出し惜しみはするな、何より安全確実に損害なくトント付近まで自警団を守りぬけ。マオは夜目が利くから森から出ずに木の上で視界を確保しつつ待機。自警団がトント正面門付近に到着したとき、帝国軍が門内にこもるようならマオの魔法で門を破壊後、ジンに合流し自警団の援護だ。そのまま相手を引きずり出す」
地面に枝で図を描いて説明していく。この説明自体ざっくりしたものだが、基本その場その場の判断に任せるしかないので、細かく決めても意味がないのが俺の作戦のいいところだ。
……悪いところでもある。
「近づいた時点で自分から出てくるようならマオは出てくるところを細かく攻撃、ジンは攻め上がらずにその場で自警団を守りつつ敵を引き付けろ。抱えきれなくなった兵士は自警団に回す流れで大丈夫だ。そのまま正面門を確保したら俺たちが合流するのを待ってくれ」
「わかりました。任せてください!」
「わかった……」
ジンとマオはうなずく。
長い説明だったがしっかり理解はしてくれているようだ。
「俺とフィーはジンたちが敵を引き付けてくれている間に側面から侵入、そのまま敵魔術師、指揮官の無力化を狙う。突入タイミングを合わせるためにマオに魔術紋を作ってもらい、これの発動を合図に行動開始させてもらう」
遠方にいても簡単に情報をやり取りできる魔術紋はほんとうに便利だ。ただしっかり設計、構築しないと動作すらしないのが玉に瑕だが。
「マオは自警団と合流して、進軍を始めるタイミングでこれを発動してくれ。俺たちはトント東側から進入するが、相手が馬鹿かどうかで敵の戦力が変わる、だからできるだけそちらの行動と合わせたい。まあ侵入するのにフィーは余裕だろう、俺はあえて派手に行って相手の混乱と誘導をしながら進む」
正面での大掛かりな誘導と、俺たちが行う奇襲で本命のフィードが動きやすい土壌を作る。この流れが一番理想だろう。
「ここでフィーには相手指揮官の特定、できれば無力化してもらう。ここは無理はせず、指揮官を特定でき次第そのまま俺に合流してくれてもかまわない。そのまま敵を二面戦で押しつぶしていく」
「了解ですが、カイン様といえど一人で本当に大丈夫ですか?」
フィードが少し不安げな表情で聞いてくる。
魔王を倒した英雄だ何だといっても俺もただの人、数に囲まれたらひとたまりもないのは変わらないからだ。
「そこは信じてくれとしか言えないな。さすがに俺も一人で深入りはしない、基本的に時間を稼ぐように動くさ。フィーの報告を待たなきゃならんしな」
「まあそれもそうですね、わかりました」
フィードも納得してくれた。
「以上で終わりだ。この戦いで戦争が終わりというわけでもない、なので各自仲間と自分の命を優先して行動しろ。作戦遂行が不可能になった場合は、上空に魔法で信号弾を上げてくれ。それを確認次第どういった状況でも作戦を打ち切りトントを離脱してこの森に集まる。いいな?」
その場にいる3人がうなずくのを確認し、
「では作戦を開始する」
そして長い夜が始まった。
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ジンとマオが待機していた自警団に合流し、作戦の確認をする。守られなくとも戦えると血気盛んな声が聞こえたが、作戦の一環であることを説明し何とか隊列を作ってもらえた。
「何度か説明したのに、人をまとめるのは思ったより大変ですね。自分が出世して部隊を持つとこんな感じなんでしょうか……。ですがここでやりきれねばなんでしょう!」
正直な話、ジンにはあまり自信はない。しかし憧れている英雄にまかされた大任である、なんとしてでもこの作戦成功させなければならない。
「……ジン、ちからぬいたほうがいい」
そんなジンの様子を受け、マオが珍しく注意をした。
「たいちょーはやりすぎるなっていってた。がんばりすぎるのもだめ……」
「そ、そうですね、少し熱くなりすぎていました。ありがとうございます、マオ」
マオの言葉で我に返ったジンは素直に謝り、この状況でも冷静なマオに感服した。やはりこの子は素直にすごいと思える。
「……いい、ジンがやりすぎたらこまるのはマオ」
言う事がきついときもあるが、そういったところも彼女のスタンスなのだろうと思う。正直な話彼女のこの態度には慣れているため、別段不快に感じないのが本音だが。
「そうですか、なら自分はマオさんを困らせない程度にがんばります。ではそろそろ進軍を開始します!」
ジンはそういい、自警団に進軍を知らせる。
マオはそれを聞いた時点でカインに施した魔術紋を起動、進軍開始を知らせた。
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マオが手の甲に作った魔術紋が励起し、一瞬手が水で包まれた。
「進軍開始したようだ。こちらも出るぞ」
「わかりました。でもこのちらほらある魔術紋の罠どうしましょう?」
フィードは東門へ続くルートにある魔術紋すべてを把握していた。正直俺だと離れすぎるとどこにあるかわからないうえ場所も何となくでしか覚えていないため、フィードの疑問ももっともである。
フィード一人なら難なく突破できるが、俺と一緒だとそうは行かないのが現状だ。
「ああ、その点は大丈夫だ。手荒いがこうさせてもらう……!――海よ、我が敵をその身に縛れ」
カインは地面に剣を突き刺すと水魔法を詠唱する。
するとトントへ向けて地面が凍てつき、地面が小さく隆起する。それにより描かれていた魔術紋が歪み機能しなくなった。
「よし、これで直線上はまず大丈夫だろ。では行くか……って俺をおいていきやがったアイツ」
自信たっぷりにフィードに解説してやろうと思ったが彼女の姿はなく、どうやら俺が魔法を発動したのを見て先に突入したらしい。
……まあ大丈夫か、聖都の影は優秀すぎて怖いからな。では俺も向かわせてもらいますか。
カインは意気込んで東門へ向けて走った。
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カインが得意げに地面に水魔法を放つと同時に、フィードは駆け出していた。
そこかしこにある魔術紋を的確に避け、東門に接近。
「――風よ」
直後に風魔法を行使し、その勢いで軽々と門の見張り台へ飛び乗る。
「な、なんだ貴さ、がッ!」
見張りを行っていた帝国兵を難なく黙らせ、カインが突入しやすくしておく。
そのままトント内を見渡し、兵が出入りしている建物を探す。
「1、2、3……4つですね」
出入りしている兵の装備で何を担当しているか推測する。
ジンたちが侵攻を開始したのを察知したのか、この4つは特に人の動きが多い。
そのうち1つは兵舎として利用している場所だろう、他は武器庫か。
残り二つが絞りきれない。どちらも同じような人物が出入りしている。
「これは近づいて確認するしかないですね。――闇よ、わが身を包め」
フィードは闇魔法を唱え気配を消すと、トント中心部へ向けて風のように走る。
そのうち当りのつけた建物に近寄ると魔法を唱える。
「――風よ、息吹を届けよ」
この間は闇魔法の隠匿が使えないが、それでもフィードに気付く帝国兵は一人もいなかった。
フィードは壁に密着し、唱えた魔法に集中する。すると、不鮮明ながら室内の音が聞こえてきた。
『大丈夫です。私とサラは強いですし、縁殿の能力は守ることの方が得意なようですから。咄嗟の時はラーファ様を連れて逃げてください』
子供の声、若い女性の声が聞こえてくる。
フィードは自分の聞き間違いかと一瞬驚いたが、
『クリス様、サラちゃん。どうか気を付けて――女神様の加護があらんことを』
次の声も娘の声であることを聞き、その建物の中に子供がいるという事実を受け入れた。
なんでこんなところに子供が?会話の内容からして軍事行動に巻き込まれたというより、参加しているように聞こえる。どういうこと?
沸き立つ疑問に襲われるが、今自分がやらなければならないことを思い出す。
単語からもどうやらここではないらしい、なら高確率でもうひとつの建物だ。
素早く次の建物に移動したところ、帝国下級騎士の鎧が見えた。どうやら周りの魔術師に指示をしているようだ。
騎士ということは規模からみても十中八九コイツがこの部隊の指揮官だろう。この場で無力化してしまえばこんな戦争にもならない戦闘はすぐ終わる。
しかし、闇討ちを直接帝国騎士に叩き込んでも即死できるとは限らない。
確実に勝利するためには、周囲に二人いる魔術師から詰めて言ったほうが楽か。
闇にまぎれたまま投擲用のダガーを近くの魔術師の喉めがけて投げ込む。
「了解しまッ……!」
「ぎゃ!」
ダガーが二人の魔術師の喉をえぐり、声がつぶれる。
「何があった!?」
帝国騎士が突然のことにうろたえている。
混乱している、チャンスはあるか。間髪いれずに騎士へ向けて投擲する。
「なッ……!?」
騎士はそれをなんとか鎧で弾いてみせた。
「……腐っても帝国騎士ということですか。――風よ」
フィードは即座に回り込みながら魔法を詠唱する。
それは斬撃の形で直撃したが、魔力が少なすぎたようでたいしたダメージを与えることができなかった。
帝国騎士の鎧は特別製だとは聞いていたが、ここまで軽減されるとは。
「どこにいる、卑怯者!帝国騎士に恐れをなしたか!姿を現せ!!」
「この程度も見破れませんか、嘆かわしいですね。……――風よ、我が敵を切り裂け」
闇にまぎれながら騎士を嗤う。暗殺に対して無警戒なのは指揮官としてどうなのか。
帝国にもそういった部隊はあるだろうに。
正面から先ほどよりも強い斬撃で攻撃したが、騎士は即座に騎士剣でこれをたたき伏せ、周囲を警戒する。
「思っていたよりめんどくさいですね、まぁ初撃をはずした私の責任ですが」
「貴様ッ!帝国騎士下四位のオレを侮辱するかッ!!」
フィードは騎士を挑発し、相手の動きを掌握しにかかる。
騎士は思った以上に警戒が強い上、身のこなしがいいため奇襲という意味では既に失敗していた。
なので挑発し動きを読みやすくした上で姿を見せ、実力行使にでる。この判断がカインの言う深入りだということに彼女は気づいていなかった。
「よもや『影』か!?聖都の影がなぜ帝国に攻撃する!」
どうやら、私の装備を見て思惑通りこちらを聖都の影だと勘違いしてくれたようだ。
ここまでは順調。あとはその混乱に乗じるだけ。
「聞かないとわからないのですか?……――風よ、我が敵を切り裂け」
言うとともにダガーを投擲、これを囮にし別方向から魔法で攻撃する。
これで騎士は横に避ける、そこを叩けばいいだけの話だ。
「くそっ!」
騎士は狙い通りこれを横に転がることで避けきった。
だがそこには既に私がいる。
そのままフィードはダガーを振り下ろした。
チェックメイトだ。フィードはこの時勝利を確信し、今まさに自分が攻撃されていることに気が付いていなかった。
そして、腕を振り下ろし切る前に握っていたダガーが弾けとんだ。
「ッ!?」
何が起きたかはわからなかった。わからなかったが、何者かがここにいることはわかった。
それが自分と同等か、それ以上の存在だということも。
フィードはダガーを回収することもせず駆け出した。
街中で戦うのはマズイ、相手がわからない上、帝国兵に囲まれたらそれこそ終わりである。
そのまま西へ走る。正面門や東門へ逃げて、コイツを味方の元へ連れて行くことはマズイと本能で判断した結果である。
ソレは静かに、だが確実についてきていた。
こちらを量るような感覚さえあるその気配は、元とはいえ影である自分でも薄ら寒い気持ち悪さを感じさせる異様な気配だった。
攻撃されるまで気配を感じなかった。ただひとつ不可解なことは、なぜ敵はあの時点で私を狙わなかったのかだ。あそこで頭を狙われていたら死んだのは確実にこちらだったはずだ。
なぜダガーを狙ったのか、そもそもどういった存在なのか、疑問は尽きないがただ危険な存在だということだけはわかる。
「これは言いつけを守れなかった罰ですかね……」
フィードは自嘲気味につぶやき、夜の闇を駆けた。
ここからはそれぞれの戦いがあるので視点が飛びます、ご容赦ください。
変わらず縁君の方とリンクしている話ですので、すでに読んでくれている方も、まだ読んでいない方も一緒に楽しんでみてください!




