33 妥協と決断
ルクレツィア殿下の要請から2日後、俺は悪い予感がして朝一で辞令を確認しに行くと、案の定事務官に配属変更が言い渡された。
前々から準備を進めていたような口ぶりでもあったわけだから、即日言い渡されるよりもましだが、もう少し心の準備期間がほしかったとは思う。
俺はそれを受け取った後自室に帰ると、小さな窓から外を眺めつつ黄昏れていた。
なぜこんなところで現実逃避しているかというと、あいつらにどう伝えるか考えているうち、言えずじまいのまま辞令が届いたからだ。
……正直どう説明すればいいのかわからなかった。「政争に巻き込まれました。テヘッ☆」とでも言えというのか。
どう頭をひねっても突然王家直属になる理由が見当たらない。今までなんとか逃げ切っていた事案であることながら、上手い理由が考えつかなかった。
そのまま正直に喋ることも考えたが、それを聞かせることのリスクを看過できるほど他人に無関心でもない。
何より命を共にした仲間だ、そんなに簡単に決められない。おかげでズルズルと言えないままになってしまったわけだが……。
「こりゃまたどやされるな……。どう言い訳したもんかなぁ」
大きくため息をつきながらボーっと平和な空を眺めていると、部屋のドアが激しくノックされた。
「カイン様、いるんですよねっ!これどういうことですか!?説明してください!」
フィードめ、もう来やがった。なんとか考えをまとめようと努力はしてみたが無駄だったようだ。
扉を開けることを渋っている間も俺を呼ぶ声と激しく扉をたたく音は延々と続いている。そろそろ止めないと周りから苦情が来るレベルの騒音になっている。
「わかったわかった、今行くからそれ以上はやめろ」
俺が渋々扉を開けると、食いつくようにフィードが詰め寄ってきた。
「なんですかコレっ!私たちが王家直属近衛の下に入るってどういうことですか!どう考えてもおかしいですよね!?ちゃんと説明してください!!」
フィードは俺の目の前に辞令が書かれた書類を突き出し、攻め立ててくる。
「まて、落ち着け。今説明する、頼むから落ち着いてくれ!」
逃げるように後ずさりしながらも、なんとかフィードをなだめる事で目の前の辞令から解放してもらえた。
この人事に驚いたのも、それで動転しているのもわかるが上司にこの仕打ちはひどい。もう少しで部屋の隅に追い込まれるところだった。
「じゃあ逃げないで説明してもらいますからね。その落ち着きようを見るにどうやらカイン様は知っていたようですし、納得がいく説明をお願いします」
フィードは若干息を荒げながらも言い切り、俺から離れて椅子に乱暴に座って足を組む。
突然人の部屋に押し入ってなんて態度なんだこいつは。……あと俺はフィードが納得できる説明はできそうにない。
「あのー、自分たちにも説明してもらっていいですかね?」
「……マオもききたい」
いつの間にやら、開けたままだった扉から覗くようにジンとマオが並んでこちらの様子を伺っていた。
「そりゃそうだよな。わかった、俺のわかる範囲で良いなら説明するから、入って来い」
俺は覚悟を決め二人も部屋に入れると、扉を閉めた。
「どこから話し始めたらいいかわからんが……」
俺は断崖に追い詰められた犯人のように語り始めた。
「数日前、お前らも一緒に受けた授与式があったな?」
「ええ、カイン様が一発芸を披露してくれたことは記憶に新しいです」
フィードが神妙にうなずく。
「うるせえ。そこでどうやら既に目をつけられていたようなんだ」
「とういうと?」
ジンが首をひねる。
「……正直な話お前たちに聞かせたくない。どこで誰が聞いているかもわからないうえ、あれだ、憚られるしな」
ここで誤魔化す方が後々問題になりやすいと判断し、俺は腹を決める。
だがそれを聞きたいかというと本人次第だ。なので本人の意思を尊重し、ここから先の話を聞くかどうかを決めてもらう。
「だから一応聞いておくが、これ以上聞くと引き返せない。場合によればリベリアにもいられなくなる可能性がある。ここからはそのレベルの話だ。今ならまだ引き返せる、俺の隊から抜けてもらうことにはなるが俺としてはそちらをお勧めする」
俺は言い切るとみんなの目を見返す。
フィードは真っ直ぐこちらを見返してきていた。考えるまでもないらしい、あまり巻き込みたくはないがこの信頼感が嬉しくもある。
ジンは突然の話で戸惑っているようだ、何かつぶやきながら深く考え込んでいることがわかる。それもそうだ、突然国に追われるかもしれないと聞いて受け入れれるやつなんてそういない。フィードは元からそんな感じだしな。
マオは……、いつの間にか俺のベッドで寝てやがる。そんなに退屈だったか?というかこの話を聞きにきたのではないのか?これは聞きたくないという意思表示ということで良いのだろうか。
「……マオはきく。きかないとここにいられない……それはイヤ」
マオは薄目を開けて答えてくる。俺の心が読まれたのかと一瞬驚いた。
「そう、ですね。自分もこんなところで隊を抜けるのは嫌です。それならば、英雄様と一緒に反逆でも何でもやってやりますよ!」
ジンは叫びながら立ち上がる。その意気込みはいいが、それだと俺が国家転覆を狙う逆賊になるから止めろ。
「フィーははじめから決まっていましたとも。そもそもそんなことで迷うようならカイン様の秘書なんてやってません」
その言い方だと俺がいつもやらかしてるみたいにもとれる。そんなことはない。ない、はずだ……。自分でいうのもなんだが、普段机仕事から逃げているせいで言い切れないことが悲しい。
「わかった、覚悟があるなら聞いてほしい。そもそもこの話を断るという選択肢はなかった」
「……王族から、ということですね?」
フィードが鋭くつく。
「ああ、第3王女ルクレツィア・ミル・リベリア殿下だ。彼女がこの采配を強行した」
「え、ルクレツィア殿下がですか?あの方がそんなことをする理由がわからないのですが……」
ジンが驚いた様子で言う。ルクレツィアは城内、主に下士官以下の兵や使用人に人気が高く、隠れて親衛隊を名乗る者もいるほどだ。
彼女は政治には口を出すことがほとんどない人物で、社交界などの公の場以外では城内で雑務を手伝っていたり、町に出てボランティアを行う姿のほうが印象深い方である。
その王族貴族よりいいとこの町娘のほうがしっくり来るような彼女が、自ら政治、軍務に口を挟んでくるとは誰も思うまい。
「俺もはじめは驚いた。突然部屋に来たと思ったらこの人事を通せだからな。俺は英雄なんて聞こえはいいが、王族からすれば今や腫れ物だ。だから今更、アピールはあっても強く関わってくる、ましてや利用しようとする王族は少なくなっていた。それを崩してきたというなら、本格的に政争が始まってそれに参加したと見るのが妥当だろう」
俺はそこで言葉を切り、小さく風の魔法を唱えた。
普通に話しながら、最後の一言だけできるだけ声を押し殺し、魔法で3人の耳に音を届ける。
恐らく今俺たちが集まっていることもバレているだろう。会話を聞かれているかはわからないが、用心をするに越した事はない。
「これも予想の域を出ないが、みんな国王の容態が芳しくないことは知っているな?この段になって兄弟に付け入られる隙を作ってでもこの戦いに勝ちに来たんだろう『ここまでは他の者が見てもわかる範囲だ。問題はここからなんだが……』」
フィードも追いかけて魔法を唱える。
「なるほど、それで今になってこんな異動がきたんですね『ここまでしないと危険なことなんですね?』」
俺は小さくうなずく。
「そういうことだ。断れないように追い込まれたうえでの確認として俺も聞いていたからな。だからお前らより先に話を知ってたんだよ『ウルの村での盗賊騒ぎは覚えているな?あそこで使われていた魔装具、あれは帝国製だったが、あれをあいつらに渡したやつはリベリア王族章をもっていたらしい』」
「なるほど、カインさまのせいと『な、それだとこの戦争からおかしいことになっちゃいますよ?』」
フィードがこちらを見る。何とか声を抑えれているが、驚いていることが見てわかった。
「いや、それはおかしい。……いや、おかしくないのか?『ああ、この戦争自体がはじめから一部仕組まれていたんだろう。帝国の動きも、これだと納得がいく。リベリアの王族が内通しているとなるとこちらの作戦もほぼ筒抜けだろう』」
「それでも自分は巻き込まれてうれしいですけどね『そんなっ、ではこの戦争ははじめから負けが決まっていたということですか?』」
ジンも続くように魔法を使い、話に加わってくる。
マオは風魔法が使えないため聞き耳を立てているだけで話に参加できないようだ。
ここでフェイクで続けていた会話を終わらせる。
『いや、まだそこまで至っていない。それなら俺たちがトントを奪還できなかっただろう、相手もピースが揃いきっていないんだ。そこにかける』
『かける、とは?』
俺は小さく話すことを止める。
「まあ、ようするにだ。だから俺たちが選ばれたってわけだ。だが俺はルクレツィア殿下ひとりに肩入れするつもりはない。内情を探り、リベリアの為に動く。英雄カインとしてリベリアを助け、この戦争に勝つ」
俺は言い切ると、最後に改めて頼んだ。
「なんで悪いが、俺と一緒に巻き込まれてくれ」
カインにはカインの原理とやり方があります。
しかし、彼のそれは通った例が殆どないもので……。




