【一】
周りを高い山々に囲まれ、盆地になった場所に民家が点々と建つ小さな農村があった。
頭上に浮かぶ薄雲は、橙色に染まる空の下をゆっくりと風に吹かれて流されて行く。そんな橙色とは対照的に農村には青から紺へゆっくりと夜の色が顔を出していた。
そんな暗がりの農村を見守るようにそびえ立つ村外れの大きな銀杏の木。周辺の住民からはご神木と称えられているその木のちょうど真ん中から生える太い枝には、闇に紛れるような黒い装束に身を包んだ人影が足を垂らして腰を掛けていた。
その人影は、自分の肩幅程ある筒状の棒のような物を手にし、それを時折顔に付けては眼下に広がる農村へと向けている。
夜がやって来るという事で農村の中央を通る道にはほとんど人影が無く、民家の中に灯された明かりが優しく窓から零れて来るだけであった。それでも、どういう訳かしっかりと農村の様子は窺う事が出来ている。
筒に目を当てる人影の目の前に橙色をした光がうっすらと浮かび、
『徳川家康様より着信』
と、表示される。
人影がその文字に軽く触れると、
「半蔵さんおっつかれさまでーす!」
と、可愛らしい少女の声が辺りに響いた。半蔵と呼ばれた男は、持っていた筒を懐にゆっくりと収めると、右手で頭を掻きながら、
「お疲れは良いんだけど、少し喋りの音量を下げてくれると助かる」
気真面目そうな静かな声がその場に響いた。
「あれ?うるさかった?ごめんねー」
「いや、大丈夫だ。それで何か用か?」
「家康的に言うと麦ごはん食べて来るから落ちるねって報告でした!」
前半部分の意味は良く分からなかったが、夕食を食べる為にゲームを一度終えるという話だろうと考え、
「了解した」
と、小さく返した。
それから数秒、二人の間に沈黙が続いたが、
「まだ数正さん見つからない?」
家康が気落ちしたような声で呟くと、
「残念ながら」
と、半蔵が返す。
「ここの農村から外に出たという情報を掴んだんだが、もしかすると偽りの情報だったかもしれないな」
「飽きちゃっただけなんじゃないの?」
「それも本人に聞くまでは何とも」
そして、再び沈黙が二人の間を支配し、
「じゃあ、麦って来るね!半蔵さんもあんまり無理しないようにね?」
そう言って、橙色の光がゆっくりと収縮していった。
再び、暗闇に包まれた銀杏の木の中腹では、
「真実がどちらだとしても、あんなにも心優しい殿の下で働く事に一体どんな不満があるんだろうな」
そう呟いて、懐から筒を取り出した。
彼がゆっくりと筒を動かし、農村の隅から隅までしっかりと覗き見ていると、その視線の先に男二人と女一人の三人組が現れた。
半蔵は、
「お」
と、小さく声を漏らすが、それが彼の探している人物では無いと分かると、肩を落として深い溜め息を吐き出した。
「しかし、こんな辺境の村に人が来るとは珍しいな」
彼は吐き出した溜め息をかき消すように呟くと、自分の目の前に手をかざし、
「技能:透視」
すると、目の前に『技能:透視』と赤く表示され、彼の目にだけ三人の情報がハッキリと映し出されていた。
「三人とも新人か、殊更珍しい」
彼は、そのまま考え込むようにして、
「ここを初期位置にするという事は少し知識があるのか、それとも、経験者か」
意味有り気に呟くと、
「少し試してみるか」
そう言って姿を消した。




