【一】
倉賀野と呼ばれるこの町の中心地にはいくつもの組合が軒を連ねる製作通りなる専門店街が存在していた。その中でも一番活気があるのは鍛冶組合で、専用の炉が並べられた一階には多くの人が集まっては自分たちの武器や道具を製作していた。
そんな一階で鍛冶をするプレイヤーの顔を覗き込んではウロウロと辺りを歩き回る男性が一人。彼は何かを諦めた様子で溜め息を一つ吐き出すと、そのまま階段を使って二階へと上がって行く。石造りの階段と床は冷たい印象を受けるが、一階と同様に二階にも大勢の人がいる為、建物内の熱気は凄い事になっている。
彼は、そんな慣れない室温にも表情を崩さずに二階へとやってくると、一階でやっていた事と同じように辺りを見回して、すぐに部屋の隅に並べられていた長机までゆっくりとやって来た。
「今日はまだ村正は来てないのか?」
男性にそう声を掛けられたのは、机に頬杖を突いては眠そうに欠伸をしている髪を刈り上げた女性で、彼女は気怠そうにウインドウを開くと、
「まだみたいですね」
そう小さく呟いて、再び同じ体勢へと身体を戻した。
「そうか」
と、残念そうに声を出した男性に対して、
「この前あれだけ断られたんだから諦めれば良いのに。あの人は気分屋だから、簡単に刀なんて打ってくれないよ?」
やる気無さげに言うが、
「知っている。鍛冶の腕と気分屋なのは有名だからな」
「その割には粘るね。何か事情が?」
「いや、ただ刀を打って貰いたいだけだ」
彼はそう言って踵を返して出て行った。
「また改めて来る」
そんな言葉を残して。
彼女の視界から男性が完璧に見えなくなると、チャット欄をいじって音声設定をパーティーへと変更する。
「村正さん、客が帰りましたよー?」
誰に話す訳でも無く、そう口を開くと、
「おお、そうか。ありがとな」
あまり起伏の無い声が彼女の耳にだけ届いた。
「でも、良かったんですか?居留守みたいな真似しちゃって」
彼女の問い掛けに少し食い気味に声が返る。
「何回断ってもしつこく声掛けて来る向こうが悪いんだから、別に良いんだよ」
「刀を打って欲しいって言ってましたけど、報酬が少ないんですか?」
「いや、百万銭までなら出せるって」
途方も無い金額がいきなり出て来た事に驚いた女性は、あまりの事に咳き込んでしまった。
「おい、どうした?大丈夫か?」
村正と呼ばれた男からそんな声が聞こえるので、彼女はすぐに咳払いをして落ち着くと、
「あ、大丈夫です。ものすごい金額だったので少し驚いただけです。それにしても、そんなお金が出せるなんてなかなかのお金持ちですね?あの人」
「――お前、名前見てないの?」
「酒井忠次って書いてありましたけど」
「徳川家康んとこの実質のナンバー2だよ」
「え、スゴイじゃないですか!刀作って恩を売っておいた方が良いんじゃないですか?」
その言葉に、村正は笑いながら返事をした。
「刀と一緒に恩もうってやるってか!こりゃいいや!」
その後も村正のバカ笑いはしばらく続き、いつの間にか音声チャットは終了していた。
「私にも村正さんくらいの腕があったらホイホイ作って荒稼ぎするのにな」
再び机に頬杖をついた彼女は、そんな事を呟きながら部屋の中で作業に励む職人たちに目をやった。誰も彼も輝いた瞳でハンマーを振り、どうしたら良い品が出来るのかを試行錯誤している。
「あれくらい、研究熱心じゃないと無理か」
溜め息を零す様に呟いた彼女の目は、遠くを見るように反対側の壁へと向かっていた。




