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61◆希望


 森へとやってきた。

 比較的でかい丸太を組んだ家がある。ここで、クララとリザが生活しているらしい。

 

 香ばしい匂いが裏手から漂ってきた。誘われるようにふらふら向かうと、

 

「兄さまっ!」

「あら、メルじゃないの」


 二人は肉やら野菜やらが刺さった鉄串を両手に、俺を迎えた。


「朝から豪勢だな」


「兄さまも食べますか?」

「いっぱいあるわよ?」


 せっかくなのでいただきつつ、俺は現状を説明する。

 悪竜の尻尾たちを変化させた球体をその身に宿せば、三日間限定ですごい力が得られること。

 でも悪竜を倒せなかったら、死んでしまうこと。

 そして、アケディアの正体と目的も教えた。

 

 よくわかっていない風なクララはともかく、リザは暗く目を伏せた。

 

「あたしたちを、騙してたってこと……?」


 つぶやきを拾ったのは、いつの間にか現れたアケディア本人だ。

 

「部分的否定。我は肝心な情報を伝えなかったに過ぎない。結果、諸君らは誤認し、我は放置した」


「意図的にやったんなら騙したことになるよ。てか、出てくるの早くない?」


 ややこしくなるから引っこんでてって言ったのに。

 

 リザがアケディアへ近寄ってきた。正対し、睨むように見据える。

 

 不穏な空気を感じ取ったクララが、あわあわと困りまくっていると。


「黙ってたことは、まあ、なんとなく理解したわ。あんたもいろいろあるのよね」


 アケディアは答えない。

 

「やり方はどうあれ、あたしたちは強くなりたくてあんたに従った。そしてあんたはあたしたちを強くしてくれた」


 リザはちょっと苦笑して、すぐに真面目な顔になった。

 

「まだあたしたち、強くなれるのよね?」


「肯定。これを使えば、一時的ではあるが悪竜と戦う資格を得られる」


 アケディアが両手を上に向けると、それぞれ緑とオレンジの球体が手のひらから現れた。

 

 リザは二つの玉を交互に見てから、

 

「そ。なら、もらっとくわ」


「ってちょっと待った!」


 軽いのノリで受け取ろうとするのを、俺は全力で止める。

 

「俺はほら、一人ずつ面談してじっくり考えてもらおうとしてるんで」


 リザは腰に手を当てて、呆れたように息を吐きだした。

 

「あのね、あたしたちはもう、その儀式は済んでるの。『悪竜を倒しても死にます』ってのなら悩むけど、生きる希望があるなら、ためらう理由はないのよ」


「え、そうなの?」


 クララに目を向けると、こくこくとうなずいていた。

 

「そういうこと。死を背負う覚悟がなくちゃ、修行なんてやってられないわよ」


 どうやら、二人で何度も話し合ってのことらしい。『悪竜の瘴玉』があろうとなかろうと、強くなって悪竜討伐の力になる。

 リザもクララも、何度も何度も自問して、自ら答えを出したのだ。


「じゃあ、もらうわね。あたしはどっち?」


 アケディアは緑色の玉をリザの前に差し出した。

 

「『嫉妬深き者』よ。貴公は他者を妬み、羨む気持ちを、たったひとつの光明に縋ることで抑制し、自己研鑽に励んできた。よって『嫉妬』の反転たるインヴィディアが適合する」


「嫉妬……まあ、そうね。当たってるわ」


「これを使えば、貴公は抑制からすら解放され、堅牢な盾となるだろう」


「盾……? え、あたし、攻撃タイプなんだけど……」


 首を捻りながらも、緑の玉を受け取った。

 アケディアはクララに歩み寄る。

 

「『暴食なる者』よ。貴公が抱く飢餓感は、肉体ではなく精神に起因する。寂寞たる思いを払拭するには、自らの立ち位置を明確にしなければならない」


 クララは頭の上に『?』マークをいくつも浮かべていた。

 

 アケディアが珍しく眉根を寄せる。ふっと息をつくと、

 

「お前は、いつまでも寂しかった。メルたちとの生活で楽しくはあっただろうが、満たされてはいないはずだ。それは、自ら口にしなかったからだ。はっきりと、何がしたいのかを」


 仰々しい口調ではない。無表情でもなく、柔らかな笑みをたたえている。これが、本来の彼女アケディアなのか。

 

「お前は、何がしたい? どう在りたい?」


「ボ、ボクは……」


 クララは小刻みに震えながら、最後は叫ぶように言った。


「ボクは、みんなの役に立ちたいですっ」


 アケディアは満足そうにうなずく。

 

「それでいい。その欲求こそ、お前の心に開いた隙間を埋めるものだ。他者から必要とされること。それこそ、お前が今、ここにいる理由なのだから」


 オレンジ色の玉をクララの前に。

 

「これを使えば、お前は一時、祖先の力に目覚めるだろう。だが忘れるな。孤独を感じれば、偉大なる大虎(グランド・タイガー)に飲みこまれる。仲間は常に自分のすぐ側にいると、そう信じ続けろ」


 クララは球体を受け取ると、大きくうなずいた。

 

 アケディアは俺に向き直る。

 

「次はシルフィーナだな」


「その口調、訊いてもいい?」


「あとにしろ」


 アケディアはぶっきらぼうに言うと、俺の手を引き、地面へと沈んで行った――。

 

 

 

 

 シルフィには、特に事情説明は必要ないだろう。

 王宮の自室を訪ねると。

 

「ごめんね、メルくん。わたし、すごく迷ってる……」


 意外、とは思わなかった。

 記憶を取り戻し、自らの責務を自覚した今は『死』を恐れていない彼女だが、記憶を失っているときは、ふつうの少女らしく、いや、むしろそれ以上に『死』に怯えていたのだ。

 

 でも、彼女の迷いの根本は別にある。

 

「わたし、役に立てるのかな? 『悪竜の瘴玉』を使えば、みんなの足手まといにならなくていいのかなっ」


 シルフィが今もっとも恐れているのは、自分のせいで『希望』が潰えることだった。

 

 アケディアの手のひらから、球体が現れる。他の単色とは違い、ピンクと金がマーブル柄になっていた。

 

「『強欲なる者』、シルフィーナ・エスト・フィリアニス。お前は誰よりも『最高の結末』を望みながら、いつでも自らを犠牲にし、あるいは自らを切り捨てる覚悟をもって、目的の遂行をなにより優先している」


 だが、とアケディアは穏やかに言う。

 

「お前にしかできないことがある。みなをひとつに束ねる力、存分に発揮するといい」


 シルフィは震える手で球体を受け取った。

 

「本来は『強欲』の反転たるアワリチアがもっとも適合するが、彼女は今、その力が大きく制限されている。次善の策としてルクスリアの力を合わせたものの、どうなるかは、わたしにもわからない。お前次第、と肝に命じることだ」


 アケディアは踵を返し、俺の目の前に立った。

 

「手を」


 言われ、手のひらを前に出す。

 

「『怠惰なる者』。お前はただ『穏やかに暮らしたい』がためだけに、〝最悪〟へ挑む愚か者だ」


「ひどい言われようだ」


「わたしなりの褒め言葉だ。お前がそんな男だからこそ、わたしはお前に〝希望〟を見出したのだから」


「希望……?」


 アケディアは俺の手に、自身の手を重ねた。

 

「知りたいのか? わたしの真意を。そして〝我〟の真意を」


「ああ。その前に、なんで口調が変わったのか知りたい」


「ふっ、接続が切れたため、本体の影響が消えつつある。だからわたし本来の特徴が出たにすぎない」


 アケディアは自嘲ぎみに笑ってから、

 

「無茶をされては困る。だからお前には、伝えよう」


 まっすぐ俺の目を見た。

 

 

 

「〝我〟は、世界に絶望した」




 燃えるような赤い瞳が、揺れている。

 

「今となっては、きっかけは思い出せない。いや、ひとつではなく、無数が積み重なっての結果だ。〝我〟はただ、多くを見過ぎた。そのため失望し、やがて絶望した。神にとって悪に堕とされるほどの大罪であるのに、〝我〟は絶望に、囚われたのだ」


 地に堕ちた最高神は悪竜となり、永劫の苦痛を強いられた。

 その憎しみは業火となり、自身を絶望させた(・・・)世界を壊そうとする。悪に堕ちた原因そのものを排除すれば、苦痛から逃れられるとも信じて。

 

 が、実際には破壊し尽くすには至らなかった。


 神々の妨害もあったろう。

 勇者の奮戦もあったろう。

 

「ゆえに〝我〟は力を増すため、いずれ世界を壊すため、『絶望』を集めた。皮肉なものだ。我が身を悪に堕としたものを、糧としなければならないのだからな」


「嫌になったのか? 絶望集めとか、いろいろ」


 アケディアは小さく首を横に振る。


「『絶望』を喰らえば、力が増すと同時に苦痛も和らいだ。追い求めこそすれ、嫌になどなろうはずがない」


 だが、とアケディアは目を伏せる。

 

「長い時を経て、いつしか手段は目的にすり替わった。その場しのぎに苦痛を和らげるため、『絶望』を集めることに没頭したのだ」


「じゃあ、もう世界を壊すのはやめたのか?」


「いいや。本体アレ精神こころは摩耗しすぎた。世界を壊せば救われるとの妄執に囚われている。確証など、ないのにな」


 自嘲ぎみなアケディアに違和感を覚えた。今まで悪竜を『我』と形容していたのに……。

 

「なんかわかんなくなってきたぞ。そもそもお前、何者なんだ?」


「わたしはアケディア(わたし)だ。悪竜の一部が自我を持った存在。しかし、わたしはとある思念に多大な影響を受けている。『自由を得たい』との欲求を生み、本体に反旗を翻す衝動をもたらしたものだ」


「思念……?」


「別人格、とはニュアンスが違うな。わたしや他の姉妹ほどには自意識が確立されてはいない。ソレは悪竜の感情の一部であり、悪竜が無駄と排除しようとしたモノだ。悪竜は一度、ソレをわたしに押しやり、切り離して消滅させようとした。妖精の国にわたしが尾の姿で現れたのは、そのためだ」


 失敗したがな、とアケディアは続け、


「その感情は、『ただこの苦痛から逃れたい』という浅ましく脆弱な思いだ。しかし禍々しく破壊的な感情とは対極のもの。それは――」


 俺を、どこか冷めたような瞳で見て、

 

 

 ――〝希望〟だ。

 

 

「ちょっと待て。まさかお前……」


「察しがいいな。ああ、そのとおりだ。『苦痛から逃れたい』。しかし世界を壊して逃れられるかはわからない。精神が摩耗した本体は無意識のうち、『絶望』するよりも重大な罪を犯した。神が、けっして抱いてはならない欲望。しかしもう、これしか手がないのだっ」


 アケディアは激情を吐き出す。

 

「時は来た。準備も整った。おそらく今後二度と、好機は巡ってこないだろう。今回を逃せば、〝我〟は必ず破綻する。世界を壊し、それでも苦痛から逃れられず、未来永劫、絶望し続ける」


 だからっ!

 

 アケディアは赤い瞳に涙の珠を浮かべ、次の言葉を残して、真っ白な球体へと姿を変えた。

 

 

  

 

「頼む……。〝我〟を、救って(殺して)くれ……」

 


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