54◆妖精王、取り乱す
俺は今、シルフィにジト目を向けられている。
といっても中身はお久しぶりな大地母神ペリアナ・セルピアだ。
彼女の現界にあたってあれこれと打ち合わせしたあと、個人的に呼び止められてしまったのである。
編んだ草を敷き詰めた床に座り、相対する俺たち。
「あの、マズかったですかね?」
シルフィの姿をしたペリちゃんは、正座して腕を組んだまま、はあっとこれみよがしにため息を吐きだした。
「正直、呆れていたわ。まさか悪竜の使徒たちを仲間にしようだなんてね」
「呆れてい『た』ってことは、今は違うと?」
「ええ、不本意ながらね。彼女らの特性を考えれば、悪竜に力を与えるというマイナスを考慮しても、よりよい選択と言えるでしょうね」
「あいつらの言うことを信じてくれるんですか?」
「まあね。彼女らが悪竜の一部である以上、嘘はつけないわ。堕ちても悪竜は神。神が口にできるのは真実だけよ」
たしかにシルフィは嘘を言う子ではないのだが、中の神様は平気で嘘つきそうだけどなあ。
ペリちゃんは俺が不敬な考えをしているのに気づきもせず、続ける。
「だから私は口を出さないわ。でもね、正義の味方気取りは控えなさい。天罰は本来、神が下すもの。人がその言葉を用いたら、傲慢が加速して自分を見失うわ」
俺は「気をつけます」と殊勝にうなずいておいた。
だって俺、正義の味方どころか『事のついでに気に入らない連中をつぶして回る』って考えなので、たぶん怒られる。
「自由にはしていいけど、一応助言をしておくわ。彼女らの行動は注視すること。いいわね?」
助言というよりは釘を刺しているような?
相変わらず上から目線なのは神様だから仕方ない、と割り切れるほど俺は大人ではない。
「そっちこそ早いとこ現界してくださいよ。みんなだけ頑張らせて、自分は指示するばっかりじゃないですか」
「わ、私は現界してから本番なのっ。そのとき頑張るからいいのっ」
「なるほどー」
「バカにしたっ。今絶対バカにしたっ! 見てなさいよ。現界したらすっごいんだから、私っ」
だといいんだけどね。実のところ、俺はあまり期待していない。言わないけど。
ペリちゃんは居心地悪そうにそわそわしている。
「もしかして、何か言いにくくなっちゃいました?」
「ぅ、ぅぅ……、実は貴方に、お願いがあるのよ」
「べつにいいですよ。現界したら頑張ってくれるみたいだし」
ペリちゃん、ぐぬぬと俺を睨む。ちょっと可哀そうになってきた。見た目がシルフィだからなおさら心苦しい。
俺は真面目な顔になって尋ねる。
「で、なんですか? 俺に頼みたいことって」
「……今って、みんなには私がこの世界で受肉するための『依り代』を作ってもらっているじゃない?」
「木彫りの人形でしたっけ?」
「そう。それに私が降りるわけだけど、その儀式を行う場所は、どこでもいいってわけじゃないの」
「最適な場所を探せばいいんですか?」
「いいえ。場所は決まっているのよ。ただ、そこを開かなくてはいけないの」
「開く?」
「そ、誰も立ち入れないように閉じられているから、開くのよ。で、そこの管理者に、開いてもらうよう交渉しなくちゃいけないわけ」
「なんで俺なんです? 交渉とかべつに得意じゃないですよ?」
「貴方、気に入られているみたいだから……」
目をそらしながら言われても、嫌な予感しかしない。
「場所は『妖精の泉』。管理しているのは妖精王よ」
俺があからさまに嫌な顔をすると、
「わかってる、言いたいことはとてもよくわかるわっ。『神なんだからお前がやれよ』って言いたいんでしょ? でもね、アレが神の言うことを聞くと思う?」
「思いません」
「でしょー」
にっこり笑顔がシルフィのものでなければ、イラッとしていたところだ。
「一応、交渉の材料はあるわ。大地母神は悪竜の封印のカギのひとつ。現界すれば、封印は緩むの。その影響で、同じくカギの役割で動けない妖精王も自由になる、って言えばいいのよ」
おおっ。それはなかなかの材料だ。妖精王ウーたんは今もって玉座から離れられない。それをどうにかしたいと思っている。
あれ? でも……。
「それがあるなら、大地母神様が直接言ってもいいんじゃ?」
「言ったでしょう? 神は嘘がつけないの」
「嘘なんかいっ!」
「だって、カギは独立したものだもの。私が現界したからって、妖精王に影響はないわよ」
ほとほと困った神様だ。
自分は嘘がつけないから、他の誰かに嘘を言えとは。
いっそシルフィが大地母神になったほうが世の中のためだと思う。いやもう本気で。
まあ、交渉自体はいいんだよな。ヘンテコな試練とかやらされる可能性はあるけど、時間がかかるだけで大したことはないし。
それに、ウーたんには悪竜の尻尾から守ったりしたし、口八丁でうまいことやれる自信はある。
「とりあえず、『妖精の泉』を開いてほしいってお願いすればいいんですかね?」
「実際開くところまで確認したいところだけど、言質が取れたら大丈夫だと思うわ」
でも、とペリちゃんは慌てて付け加える。
「開いたとしても、絶対に一人で『妖精の泉』には行かないこと。泉にはとある神が住んでいて、けっこう厄介な性格と能力を持っているの。そいつが外に出ると大変だから、妖精王も封印みたいに閉ざしちゃったんだから」
お前らより厄介な奴なのかよっ!と喉まで出かかった。
ペリちゃんは自分を含めていないけど、ウーたんとどっこいどっこいで面倒くさい神だと俺内ランキングで上位に位置しているので。
「一人じゃなければいいんですか?」
「そう。複数人か、あるいは誰もそこへ近づかないか」
ようわからんが、条件を満たしれてばいいなら、深く考えるのはよそう。
「じゃあまあ、『必要なときに開いてね』ってことで、念を押しておきます」
「交渉に成功することが前提だなんて、さすがね」
ぶっちゃけウーたんは楽しませればなんでも聞いてくれるんだよなあ。振り回されるのが確定しているだけで。
でも妖精の国には久しぶりに行ってみたかったんだよな。
あの二人、元気でやってるだろうか?
そんなわけで――。
やってきました妖精の国。
俺の精神状態を適切に保ってくれるシルフィと一緒だ。
王宮に入り、まっすぐ玉座の間にやってくると、ゆるふわウェーブの金髪で、白い布を巻いただけの煽情的な格好をした妖艶な美女が出迎えた。
「よく来たな、勇者メルよ。余はぜんぜん寂しくなかったぞ☆」
ツンデレ風な物言いだが、実際ウーたんは寂しくなかったらしい。
「あ、メルさん。久しぶりなんだよっ」
背の高いほんわかしたお姉さんがそこにいた。どうやらウーたんとお話中であったらしい。
呪術師のナナリーさんだ。
「お婆さんはいないんですか?」
「今はデリノ君のところにいるよ。解呪術式の点検なんだよ」
ナナリーさんとそのお婆さんは、デリノにかけられた悪竜の呪いを解くため、妖精の国で暮らしている。
悪竜の呪いは簡単には解けず、数か月は必要だとお婆さんは言っていた。
あまり長く呪われた状態でいれば、デリノの命にかかわるので、呪いの影響を低減しつつとなり、さらに時間を要するのだとか。
つまり、それだけの期間、ナナリーさんたちは妖精の国にいなければならず、ウーたんにも絡まれるわけで。
「ごめんね、ナナリーさん。こんなとこにずっと置きっぱなしで、辛くない?」
「なにが? 妖精の国って、すごくいいところだよ」
ナナリーさんは以前のおどおどした感じが薄れ、とても楽しそうに笑った。
「美味しいお料理を毎日食べさせてくれるし、お布団はふかふかだし、ウーたんさんとのお話は楽しいし」
「最後が聞き捨てならない。ウーたんとの話が楽しいだとっ」
「え、うん……。何か変だった?」
「だってこいつ我がままでしょっ。自分勝手で話に脈絡もないし、イラつく言い回しになったりもするしっ」
「おいおい☆ 本人を目の前に言うことか☆ 泣いちゃうぞ☆」
「ほらね? イラッとしない?」
「え、えーっと、そういうのもあるけど、私の知らないことをたくさん教えてくれるし、私のお話も楽しそうに聞いてくれるから、私は楽しいんだよ」
「うむ、余もナナリーはお気に入りである。話の途中で嫌な顔を一度たりともしないからな。あれマジへこむんだぞ☆」
嫌な顔をさせるような話をしなければいいのに、と言っても無駄なんだろうな。
とはいえ、こんなところに妖精王の寵愛を受ける人がいたのは幸いだ。
俺はナナリーさんに耳打ちする。これこれこうだと事情説明。
「おい、ひそひそと何を話しておる。用事があってここへ来たのだろう? はっきりと申せ」
ウーたん、ニコニコ顔でぷんぷんだ。
「実は、『妖精の泉』を開いてほしくて来ました」
「嫌であるっ」
即答かよ!? しかもなんか、珍しく怯えているような?
「絶対にっ、嫌だっ」
念を押しやがった。相当嫌らしい。
「大地母神のやつが現界を画策しておるから、いつか来るだろうとは思っておったが……嫌っ、嫌ったらイヤッ!」
仕方がないのでナナリーさんに目配せする。
「わ、私からもお願いなんだよ」
「ぬ、ぬぬぅ……」
おっ、効いてるな。もうひと押しだ。
俺はすばやくナナリーさんの後ろに回り、にやりと笑ってみせた。口パクで『断ったら彼女を連れ帰る』と言ってやる。
ウーたん、観念したのか肩を落とす。
「くっ……致し方あるまい。だが、泉を解放するのは大地母神が現界するときの一瞬だけだ。それと、泉に住まう神を外に出さぬよう注意しろ。絶対だぞっ」
ウーたんをしてここまで嫌がらせる相手とはいったい……。
「そこは大地母神様にも厳命されてるので、ご心配なく」
とりあえず『一人で行かない』を徹底すれば、その神様は外には出られないらしい。原理は知らんが。
そんなわけで、妖精王の了解もあっさり取り付けられた。
その、数日後。
大地母神様の依り代が完成し、俺は何人もの仲間を引き連れて、『妖精の泉』へ赴くのだった――。