53◆のどかな交渉
宮廷内にあるキッチンから、漏れ聞こえる乙女たちの楽しげな声。
「グラちゃん、次は何をすればいいの?」
「じゃあ、これを……」
ひょいと覗いてみれば、白いエプロン姿の少女が二人、何やら作っている最中だった。
グラは大きなボウルを片手で抱え、もう一方の手に持った泡立て器を突っこむと、
ギュルギュルギュルギュルギュルッ!
目にも留まらぬ速さで回す。ボウルを破壊する勢いだが、中身が飛び散ることはない。実に精密な動きだ。
「こんな、感じ……。やってみて……」
「ぇ、わたしには、ちょっと無理かなあ……」
シルフィは普通のお子様程度の力しかないので無理ですね。
グラはちょっと考えて、
「なら、生地をこねる……」
ほぼほぼ出来上がっているパン生地をこねるよう指示する。
シルフィは腕まくりして気合十分。体重を乗っけて一生懸命こねこねした。
そうしてこうして時間は経過し――。
「できたーっ」
「ん……」
テーブルで待ち構えていた俺の前に置かれたのは、ふわっふわな生クリームをふんだんに使ったケーキだ。
両手でようやく抱えられるほどバカでかいのはご愛敬。
シルフィはほっぺたに生クリームをつけたまま、むむむっと真剣な表情でケーキを切り分ける。
震える手でお皿に乗せ、俺の前にそっと置く。
期待と不安で瞳が揺れた。
俺はざっくりとフォークを突き刺し、小さくすくって口へと運んだ。
もぐり。ごっくん。
「んんまぁあ~ぁいっ!」
あっと言う間に飲みこんでしまったが、驚きの美味さに変な声が出た。
「めっちゃ美味いぞこれっ!」
俺はがつがつとケーキを貪る。
濃厚なクリームがしっとり生地と絡み合い、口内が幸せで満たされる。ほのかに野イチゴのペーストが混ぜこまれていて、ちょっとした酸味が絶妙な刺激となって食欲をかき立てた。
とりあえずお代わり分を平らげたところで、きちんとした感想を伝えてみたところ、シルフィはにっこりご満悦。グラは無表情で聞き入っていた。
「グラちゃん、すごくお料理が上手なんだよ」
シルフィが我がことのように自慢する。
「でも、味見はわたしに任せっきりだったから、大丈夫か心配だったの」
うん、そうなのだ。
グラは空腹で死にかけみたいにやせ細ってふらふらしているくせに、水の一滴すら口にしない。
他の悪竜の尻尾たちと同じく、栄養源は俺らと異なるのだけど、たとえばインヴィディアはお茶もお菓子も食事も俺らと一緒に取っているのに、彼女は頑なに食事を拒むのだった。
出生を同じくしながら、彼女たちの個性は際立って違う。
アケディアは偉そうだし、アワリチアは非情なまでに『絶望集め』の職務に忠実だった。
ところがグラはつかみどころがなく、それでいてシルフィとも仲良くお菓子作りに励んだりする。
で、俺が知る中でも異様なのは――。
「ねえねえ、見て見て。この服、どうかな?」
真っ白なドレスを着てやってきた美少女。インヴィディアは俺たちの前でくるくる回り、スカートをひらめかせる。
その天真爛漫な笑顔は、とても悪竜の一部だとは思えない。
「あっ。美味しそうな匂いがすると思ったら、ケーキを作っていたのね。グラが作ったの?」
「ぼくと、シルフィーナ……」
「シルフィーナ、わたしもいただいていいかな?」
もちろん、とシルフィが笑顔で応じると、グラはお茶を用意しに奥へと引っこんだ。
俺の正面の席に着き、さっそくケーキを上品に口へと運ぶインヴィディア。
「ん~、美味しい♪ シルフィーナは料理が上手なのね」
「わたしは、お手伝いをしただけ。グラちゃんがほとんどやってくれたから」
「グラは料理が下手な子を手伝わせたりしないもの。彼女に認められたのだから、誇っていいわ」
「そうなのか?」と俺が割りこむ。
「ええ。イラなんて雑だから絶対に無理。わたしは面倒くさがりだから、そもそも料理をしないけどね」
「君らってけっこう似てないよな。姉妹っていうか、同じ悪竜の尻尾なのに。なんで?」
インヴィディアは顎に手を添えて、うーんと唸ってから答える。
「ルクスリアが言うには、多様性のあるほうがいろいろな方法で絶望を集められるからじゃないかって。わたしにはよくわからないわ」
「……もしかして、今訊いたの?」
彼女たちは遠く離れた場所にいる〝姉妹〟と会話ができるらしいのだ。
「ええ。自分で考えるのは面倒だもの」
なんともあけすけな子だな。
流れ的に真面目な話に持っていけそうだ。
グラがお茶を持ってきて、インヴィディアがひと口飲んだところで尋ねてみる。
「なあ、残りの三人はまだ考えが変わらないかな? 俺たちと一緒に絶望集めをやろうってさ」
「変わらないわね」
今度は即答だった。
「会話が筒抜けであることは百も承知であえて訊きたい。どうやったら三人を説得できるかな?」
「あははっ。本当にメルって面白いわね」
身を乗り出して俺の肩をバンバン叩くこの距離感、嫌いじゃない。
「んー、でも難しいんじゃないかな? ルクスリアは特にアワリチアと仲がよくて、メルのことを絶対に許さないって言ってるし」
「あ、そうなの……」
アワリチアを倒しちゃったのは、なんも知らんころだったし、俺も頭に血が上ってたからなあ。
今でも悪いとはまったく思っていないのだが、土下座も辞さない気ではある。でもまあ、無理なら仕方がない。
「じゃあ、スペルビアさんは? その子が仲間になったら、保留中の子も仲間になってくれないかな?」
「それ、前提が間違っているわよ?」
「と、いうと?」
「イラはずっと保留中。彼女が態度をはっきりさせることは永遠にないわね」
なかなか厄介な性格をしていらっしゃるようで……。
「なら、こっちで『絶望させちゃっていい人リスト』を作るから、それに従ってもらうのはどうだろう?」
「あはははっ♪」
なんで腹を抱えて笑ってるのかな? 俺は真剣なんだぞっ。
「いい、いいわ。メルって本当に面白い。あなたこそ、悪竜《本体》の仲間になればいいのに」
「世界を絶望のどん底に突き落とそうとしている人とは、ちょっと……」
「人じゃないわ。堕ちてはいても〝神〟よ」
そこはこだわりがあるのかな。ちょっとむっとしている。
「で、イラだけど……『試しにそれでやってみる』だって」
「おおっ。言ってみるもんだなあ」
「ついでにスペルビアも『それ欲しい』そうよ」
「あれ? 拒否ってるのに?」
「だって、そのリストの人たちから絶望を集めていれば、メルに邪魔されないもの。わたしたちの目的はあくまで『絶望集め』であって、メルたちと敵対する必要はないのよ」
今さらながら目から鱗だ。この子ら実は、俺の敵じゃなかったのかっ。
ああ、いや、敵なんだろうけど、彼女たちの優先順位はあくまで『絶望集め』が一番上で、他はフラットに『どうでもいいこと』なのだ。
となれば、リストを早急に作り、イラとスペルビアに渡してしまおう。
世の中には下衆な連中がいて、そいつらを懲らしめる分には罪悪感は湧かない。想像を絶するほど酷い仕打ちを受ける可能性もなくはないけど、まあ仕方ないよね。
なんか順調すぎるくらい順調なんですけどっ。
でもそのうち大地母神ペリちゃんに叱られそうなんですけどっ。
それはそれとして。
「ルクスリアはどうかな? 俺への恨みつらみはあるとして、できれば一度、建設的なお話を……」
「って言ってるけど、どうするの?」
インヴィディアがそう言ってから、ケーキの残りを堪能するだけの時間が経過して。
「『まだ感情的になりそうだから、もう少し落ち着いてから』だそうよ。リストは必要ないみたいね。『要は悪人を狙えばいいのだろう』って言っているわ」
「了解した。俺はそれでいい」
話を聞く限り、ルクスリアは姉妹の中で一番考え、行動するタイプのように思う。
彼女らは与えられた職務を第一に考えているし、あえて俺と敵対する行動はしないだろう。
俺はふっと安堵のため息をついた。
これで、悪竜の尻尾たちへの対応はだいたい終わったな。懐柔したと言えるほどじゃないけど、落としどころには落ち着いたと思う。
あとは本体を倒す準備を着々と進めれば…………あれ? そういえば……。
「なあ、君らって悪竜の封印が解けたら、どうなるの?」
尻尾に戻るのか、それとも今の姿のまま俺たちと戦うことになるのか、あるいは別の役割があるのか。
俺の率直な質問に対し、インヴィディアは――。
「さあ?」
「知らんのかいっ!」
「わたしたちに与えられた命令はひとつだけ。この姿でいる限り、わたしたちは『絶望』を集め続けるわ。本体の封印が解かれてどうなるかは、本体が決めることよ」
しかし、インヴィディアは続ける。
「アケディアは、知っているかもね。あの子は本体のフォローをいまだに受けているわ。要するに、繋がっているの。わたしたちではなく、本体とね」
ふむ。あの偉そうなのってやっぱりキーマンだったのか。
クララやリザの様子も見たいし、あとで訪ねてみようかな。
そんな風にのんびり構えながら、特大のケーキをみんなでいただくのだった――。




