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49◆無欲のアワリチア


 山あいにあるのどかな村に、俺は単身でやってきた。といっても移動用にチップルが頭の上に乗っている。

 

 ここは国境の街道沿いで、昔は宿場としてそこそこ賑わっていたそうだ。今は別に大きな道ができて、忘れ去られたようにひっそりとしている。

 

 村の周囲には、ぐるりと木製の柵が張り巡らされていた。二重になっていて、隙間は子どもでも通れそうにない。

 出入り口は街道沿いと裏側の二カ所だけ。

 

 なんというか、檻に閉じこめられているような陰気な感じがした。

 

「ようこそ、ルタの村へ。旅の人かい?」


 ところが、入り口の前に立っていたおじさんは明るくにこやかに話しかけてくる。すごぶる上機嫌だ。

 

 俺は「そうです」とうなずいて、

 

「今日はここに宿を取りたいんですけど、構わないですか?」


「今日って、今からかい? まだ昼過ぎだから、がんばって歩けば日暮れまでには国境を越えて次の村に着くぞ?」


「いやあ、ちょっと歩き疲れちゃって」


 俺が太ももをぺちぺちたたくと、おじさんは〝若いのにだらしがない〟と内心で呆れる。

 でも顔には笑みを浮かべ、「じゃ、俺が案内してやるよ」と気さくに応じてくれた。

 

 門をくぐるとき尋ねる。

 

「ずいぶん厳重な柵ですね。しかも新しいような?」


「ああ、昨日できたばかりだよ。あー、一泊しようって奴にこんなこと言うのもアレなんだが……」


 おじさんはばつが悪そうに言った。

 

「実は一昨日、魔物に襲われちまってね」


「魔物、ですか?」


「ゴブリンだのトロールだの、人型の魔物さ。この辺りにはいないはずなんだけど、どっかから流れてきたのかね? しかも百を超える数だった」


「それにしては、みなさん落ち着いてますね」


 けして広くない通りには、おばさんたちが集まって談笑したり、子どもたちが駆け回っていた。

 

 おじさんはよくぞ聞いてくれたとばかりに語る。

 

「そりゃあ俺らも肝を冷やしたさ。もうこの村はお終いだってなあ。でも、そこに救世主が現れた。一人の聖女様がやってきて、魔物どもを追っ払っちまったのさ!」


 興奮ぎみのおじさんは止まらない。

 

「しかも、だ。その夜のうちに村の周りに柵を作ってくれたんだよ。なんでも防護魔法もかけてくだすって、二つの入り口以外からはドラゴンだって入ってこれないらしいぜ」


 すごいよなっ、と続けたおじさんは、さらに目をらんらんと輝かせる。

 

「ほれ、あそこに見えるの、わかるか?」


 通りの先、ちょっと開けた場所――いや、元は(・・)開けていただろう場所に、異様な物体が鎮座していた。

 

 近くに寄ってみると、その異様さに圧倒される。

 

 巨大な樹木だ。

 横幅は20メートルあり、それでいて高さは7メートルほど。半分より上は無数の枝が生え、花開くように広がっていた。葉っぱはなく、枝の先端は鋭利に尖っている。

 

「これも聖女様が魔法で生み出したもんだ。『生命の樹』とかなんとか……とにかく、すげーもんらしい」


「はあ……」


 見るからに怪しいものだが、村を魔物から守った人が作ったものなので、まったく疑ってないようだ。

 

「あの、その聖女様って今どこに?」


 おじさんは向かっているのとは別の道を指差して、

 

「この先に教会があるんだ。今はそこに住まわれているよ」


「ご挨拶に行くのは、まずいですかね?」


「そりゃあ、大丈夫さ。あの方は誰でも歓迎なさるよ。あー、でも、たぶんお一人だろうから、失礼はよしてくれよ? ま、畏れ多いくらいのべっぴんさんだから、変な気も起きねえがな」


 おじさんは宿の場所も教えてくれて、その場で別れた。

 

 俺は禍々しい巨大樹を一瞥してから、教会へと向かう。

 

 

 

 数年前に管轄の神父さんが亡くなってから、空き家になっていた教会。

 建物にはつたが絡まり、周りの草もぼうぼうだ。この村の人たちは、さほど信心深くはないらしい。

 

 建て付けが悪い扉をぎこーって感じで開くと、そこには――。

 

 

「あら、まあ……。もう、お気づきになったのですね」



 女性がいた。祭壇の横で、ぼんやり立っている。

 白い聖職者風の服を着て、奇妙なフードは顔だけがすっぽり出ていた。その美貌は、おじさんが言ったとおり、畏れ多く感じるほど。

 

「お前がアワリチアか」


「ええ、貴方ならご存じでしょう? 勇者メル・ライルート」


 女――アワリチアは閉じた目をこちらへ向けるでもなく、ただ突っ立って答えた。

 

「今日はお一人なのですね」


「まあね」


 チップルとは村の入り口で別れた。今は俺一人だ。

 

 薄暗い中、俺は近くの会衆席に腰を下ろす。

 しばらくじーっと奴を観察した。

 

 アワリチアは話しかけてこず、それどころか微動だにしない。


 まるで精巧に作られた人形みたいだ。ていうか、息してる?

 

「つーか寝てない?」


「寝ていませんよ?」


 べつに寝ててもいいんだけどね。

 

「さて、お前にはいろいろ訊きたいことがある」


「訊きたい、こと……?」


「お前の仲間は今、どこにいる?」


「仲間……。わたくしに、仲間なんていません」


「あれ? アケディアとかは違うの?」


「わたくしも彼女も、貴方がたが悪竜と呼ぶ存在の一部から生まれ出でたもの。よりふさわしい表現をするならば、『姉妹』でしょうか」


「んじゃ、その姉妹はどこに?」


「お答えできません」


「お前らの目的って何?」


「絶望を集めること」


「えーと、んじゃ次は――」


 俺はときに考えこみつつ、質問を続けた。アワリチアは嫌がる風でもなく淡々と、答えられる質問には答え、そうでないものには『答えられない』ときっぱり返した。

 

 彼女の好きな食べ物は煮込み料理で、食べるのではなく、煮込んでいる最中を眺めるのが好きなのだとか。

 そんなどうでもいいことまで尋ねていたら、

 

「うふ、うふふふ。妙、ですね。貴方なら、わざわざ尋ねなくても、わたくしを直接読み取ってしまえばよろしいのに」


「……お前、神性持ちだからな。いちいち読み取ってたら疲れるんだよ」


「でしたら、ますます妙ですね。貴方は、肝心なことをお聞きになりません。わたくしが、この村で何をしようとしているかを」


 俺が黙っていると、初めてアワリチアが動いた。ゆっくりこちらへ歩み寄ってくる。

 

「ええ、いいですとも。お聞かせしましょう。場所を移しますが、よろしいですか?」


 俺は周囲を確認する。場合によってはすぐさま戦闘になる。誰かを巻きこむわけにはいかなかった。

 

 アワリチアは質問したくせに返事を待たず、俺のすぐ横を通り過ぎて外へ出た。

 俺は立ち上がり、その背を追った――。

 




 通りには誰もいなかった。

 アワリチアは俺が来た道を戻るように進む。ひと言もしゃべらず、やがて巨大樹の場所へとやってきた。ここにも誰もいない。

 

 俺が立ち止まっても、アワリチアは静々と前に進み、巨大樹に寄り添えるところまで行ってから振り返った。

 

「先日、わたくしは貴方に邪魔をされました。多くの絶望が手に入るはずでしたのに」


 『ドラゴンキラー』の一件か。まあ、たまたまだったんだけどね。

 

「ですが、わたくしはそのとき、ひとつの大きな学びを得ました」


 アワリチアはこちらに目を向けず、というか開きもせずに語る。

 

「人は『恐怖』に駆られると、必ず『救い』を求めます。恐怖から逃れるためならば、どれほど根拠に乏しくても、わずかな光明であっても、縋ろうとするのです。そして、救われなかったその瞬間、人はより深い『絶望』に堕ちるのです」


 無表情のまま、それでいて謳うように彼女は続ける。

 

「この村を魔物に襲わせたのは、わたくしです」


「……」


「現れるはずのない魔物に襲われ、死んでいった方たちの『絶望』は甘美ではありましたが、ぐっと堪えて、犠牲は数人に留めました。わたくしは、彼らを救済したのです。そのときの彼らはそれはもう大変な喜びようで、わたくしも、すこし嬉しくなりました」


「……で、また魔物に襲わせて、今度は救わないってのか?」


「ええ。むしろわたくしこそが首謀者であり、みなを殺しつくす存在であると知らしめる予定でした。ですが……」


 わずかに肩を落としたアワリチアは、

 

「貴方が現れてしまっては、計画が台無しです。わたくしなりに、一生懸命考えたのですが……」


 すっと、片手を巨大樹に添え――。

 

 

 

「きっと、予定の半分も(・・・・・・)『絶望』は集まりませんね」




 彼女の体から黒い霧があふれた。魔力を解放したらしい。


「決行は今夜の予定でした。外に出かけている村人たちも、全員が村に集まる時間を狙うつもりだったのです。まあ、仕方ありませんね。今、始めようと思います」


 バキバキと、巨大樹から音が鳴った。中で何かが蠢いている。

 

「村の周囲に作った柵には、強力な防御魔法がかけてあります。侵入はもちろん、出入り口以外からの脱出は不可能。そしてたった今、出入り口は封鎖しました」


 めきめきと巨大樹の幹が裂けていく。そこから、無数の腕が伸びてきた。

 

「これは『生命の樹』と名付けました。中にはたくさんの魔物たちが閉じこめてあります。彼らを解き放ったらどうなるか、おわかりになりますか?」


 柵の中に閉じこめられた村人たちは村の中で逃げ惑い、しかし魔物から逃れられず、絶望の中で殺される。

 

「まあな。でも、それを俺が許すと思うか?」


「思いません。きっと村人を救うため、魔物を駆逐しようとするでしょう。ですが、わたくしも黙って見過ごしはしません」


 アワリチアの口が歪む。

 

「貴方はとても強いお方です。きっとわたくしは殺されてしまうでしょう。ですから、わたくしも必死で抗います。村人たちが一人でも多く死んでいくよう、『絶望』に堕ちるよう、時間稼ぎを精一杯がんばりますね?」


「自分を犠牲にしてまで、『絶望』ってのが欲しいのかよっ」


「わたくしは、何も欲しません。何も望みません。ただ『絶望を集める』という作業に従事しているだけです。たとえ、この身が朽ちようとも」


 ――ギァアアッ!

 ――オオオォッ!

 ――キシャアッ!

 

 魔物たちが、巨大樹の中から出てきた。人と同じ程度の大きさだけど、数は200を超える。

 

「この魔物たちは人の匂いに敏感です。貴方に多くが群がったら、残りは他の獲物を求めて村中を捜し回るでしょう。さあ、勇者メル・ライルート。貴方は何人を救えるでしょうか?」


 アワリチアの白い服の下から黒い瘴気があふれ出た。戦闘態勢か。

 

 魔物一匹一匹は、取るに足らない強さだ。でも俺の体はひとつ。広くはない村だけど、散り散りになった連中を追いかけ回している間に、時間はどんどん過ぎていく。しかも、アワリチアが全力で俺の邪魔をしてくるのだ。

 

 ――ガァッ!

 

 最初に飛び出してきたトロールが、俺へ突進してきた。『勇者の剣』を抜き、斬り伏せる。

 その後も次から次へと押し寄せてくる魔物を、俺は丁寧に殺していった。

 

「ふふ、うふふふ……。ずいぶんのんびりとしていますね。ほら、あちらはよく子どもたちが遊んでいる通りですよ? 10匹ほど向かってしまいましたけど?」


 アワリチアは珍しく楽しそうに笑っている。

 

「ああ、最初の『絶望』はどんな味かしら?」


 大きな胸に手を当て、恍惚とした声を奏でる彼女はしかし――。

 

「……………………?」


 いつまで経っても、『絶望』とやらを味わえていなかった。

 困惑した様子の彼女に、俺は告げる。

 

「お前が何を企んでたかなんて、俺は聞かなくてもわかってたよ。今朝から(・・・・)な」


「……ぇ?」


 俺は朝方のうちにはもう村の側にいた。

 遠くから、そして誰にも気づかれないよう近づいて、村を観察していたのだ。

 村の周囲に作られた二重の柵と、村の中心に置かれた禍々しい巨大樹。その二つを見て、ピンときた。アワリチアが何をしようとしたかを。

 

 だから、対策を考えてから乗りこんできたのだ。

 

「今、この村にいるのは、俺とお前の二人だけだ。村の人たちはみんな、柵の外に逃げてるよ」


 俺が教会で長々話している間、チップルにシルフィとマリーを呼んできてもらい、村人を外へ誘導したのだ。


「そ、んな……」


 表情からはわかりにくいが、アワリチアは呆然としている。


 このときを、待っていたっ。

  

 俺は群がる魔物をひと薙ぎで吹っ飛ばし、地面を蹴った。一足飛びにアワリチアへ肉薄する。

 

「――っ!?」


 アワリチアは両手を前に出し、黒い瘴気を俺にぶつけた。が、『勇者の剣』の無敵効果を発動し、

 

 ずぶり。

 

 彼女の心臓を貫いた。

 

雷霆(ケラウノス)


 続けざま、雷撃をぶちかます。悪竜の尻尾にはこれが効くのだ。

 

「ガッ! ぁぁ……」


 串刺しになった状態でびくんと彼女の体が跳ねる。両手がだらりと下がり、天を仰いだ。

 

「……ぁ、ぁぁ」


 やがて、ゆっくりと顔を戻し、手を震わせながら持ち上げて、俺の頬に触れると、

 

「あな、たは……恐ろしい、ひ、と……」


 ようやく開いた目に、俺の姿を焼き付けるようにして、絶命した。

 

 剣を抜いて飛び退くと、彼女の体は泡のように溶けていき、白い聖者服だけが残った。

 

「さて、急ぐか」


 アワリチアが消え、柵にかけられた魔法が解けた。マリーがいるから大丈夫だろうけど、魔物が外に出たら面倒だ。

 

 俺は残りの魔物を淡々と、始末するのだった――。






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