50◆尻尾の取り扱い
フィリアニス王国の王宮の外れに、ひっそりと佇む古い小屋。
木を組んで作られた小屋にはつたが絡まり、コケやらキノコやら謎の植物やらがそこらに生えまくって、長い年月放置されていたことを如実に物語っていた。
ここは今、魔族のミリアリアが拠点とする魔法工房になっている。
彼女はここに詰めて、大地母神の現界に必要な道具やらを作っているそうな。
俺は普段、寄り付きもしないのだけど、シルフィがお手伝いに駆り出されたので、美味しいケーキをバスケットに入れて様子を見に来たというわけだ。
コンコン、とノックして、「差し入れ持ってきたよー」と返事を待たずに扉を開けたら。
ミリアリアが床に倒れていた。
「事件発生っ!?」
彼女はうつ伏せに倒れ、ぐったりしている。
すわ悪竜の尻尾チームが襲ってきたかっ!?
俺が色めき立っていると、
「はっはっは、そう。いきなり不審者がやってきてね。彼女を殺害して出て行ったのさ」
変な口調で、何やら作業してた様子のシルフィが言った。
床の上にあぐらをかき、豆粒くらいの珠と細いペンを持っている。
「誰だお前っ!?」
「聞かずとも知っているだろう? 僕は『術の勇者』マール・ヘスターだよ」
そうだった。
魔法に詳しい彼を憑依させ、ミリアリアのお手伝いをシルフィはしているんだった。
「てか、性質の悪い冗談はやめてくださいよ」
「はっはっは、以前僕の語りを遮った恨みを、ささやかに返させてもらったのさ。というか、わざとらしく驚くのはやめたまえ。もう読み取ったようだが、彼女は根を詰めすぎて倒れただけだよ」
「それはそれで問題が……」
「今はぐっすり眠っている。そっとしておいてやるんだね」
とはいえ、板張りの固い床で寝かしておくのは可哀そうだ。俺はよっこらせと彼女を抱き、ベッドへ寝かせた。
「ぶっ倒れるまでやらなくても……」
「失墜した種族の名誉を回復するために、彼女なりに一生懸命なのさ」
ミリアリアは魔族だ。かつて悪竜を操ろうとして失敗し、滅ぼされかけた種族。その生き残りだった。
「ちゃんと『適度に休め』って注意してくださいよ。貴方はそのためにもいるんですから」
「注意はしたさ。というか、誰の忠告も聞かないから、何かあったときのために僕がいるんだよ」
「マールさんはちゃんと休んでますか?」
「もちろんさ。他人の体を使わせてもらっているんだからね」
シルフィの姿をしたマールさんは、手にした小さな珠にペンで細かな模様を描きこんでいる。
「それって何やってるんですか?」
「君はさっきから、読み取ればわかることをいちいち訊くのだね」
「知らない人とかならまだしも、知ってる人とはちゃんと会話したほうがいいかなって」
「なるほど。意外に殊勝なんだな、君は」
「意外は余計ですよ。てか、邪魔でしたか?」
話しながらも手を止めないマールさん。しゃべってなければシルフィが一生懸命作業をしている姿なので、ちょっと申し訳なくなってきた。
「構わないよ。というわけで先の質問への回答だ。これは首飾りを作っている」
シルフィの横に小さな箱が二つあり、そこに同じような小さな珠がいくつも入っていた。一方は真っ白な珠が、もう一方はそれに模様が描かれたものが。
「神の現界手順は知っているかい?」
「いえ、見ても聞いてもいません」
「大雑把に言ってしまえば、この世界に神の肉体を用意し、そこに精神体である神を降ろすのだよ」
「神の、肉体……? それって……」
俺はちょっと恐ろしいことを想像してしまった。
「死体を用意するのではないよ。もちろん生きている人間でもない。ま、材料は特殊だが、要は木彫りの人形だ」
俺は、またもちょっと恐ろしい想像をしてしまった。
「木偶人形がしゃべったり歩いたりはしないよ。それを元に、神の力――神力で人と同じ肉体を再構成するのさ」
装飾品には精神体とやらを降ろすのに必要な呪文を描くらしい。また、同じような呪文入りの服も用意して着せる。現界したらマッパでした、という事態を回避する意味もあるそうな。
「ところでさっきから思ってましたけど、心が読めたりします?」
「まさか。僕はこの娘に憑依しただけの存在だ。生前に持っていたスキルは使えない。魔法のひとつもね。シルフィーナの魔力をやりくりして、呪文に魔力を通すのがせいぜいだよ。で、君は平時に気が緩んでいる状態だと顔に出やすいのさ。覚えておくといい」
そうだったのか。気をつけよう。
俺が真摯に忠告を受け止めているというのに、マールさんはシルフィの姿なのにいやらしい笑みを浮かべ、
「というわけで。悩んでいるね、少年」
「いえべつに」
「……いや、そんなはずはないだろう?」
「悩みなんてありませんけど?」
「じゃあなんのためにここへきたんだっ!?」
「えっ、陣中見舞いですけど?」
俺は床に置いたバスケットを指差す。ケーキが入ってますよ?
マールさん、シルフィの顔でぐぬぬと悔しそう。
「まあ、気になることはあるんですけどね」
「それを言いたまえよっ」
まったくもーとぷんぷんするシルフィ。じゃなかったマールさん。
「悪竜の尻尾の話は知ってますか?」
「ああ。尾を切り離して人の姿にし、暗躍させているのだろう? で、君はそのひとつを倒した」
うん、そうなのだ。
俺はアワリチアという名の尻尾のひとつ(一人?)を、倒した――はず、なんだけど。
「本当に、倒したんでしょうかね?」
「ん? どういうことだ? 実感がなかったという意味かね?」
「いや、倒しはしたんですよ。本人も『死ぬ』的なことを言ってましたし。でも――」
俺は一度、同じように悪竜の尻尾を粉々に粉砕したことがある。
「悪竜の尻尾は7本なんです。うち一本が、そのままの姿で妖精の国を襲ったとき、俺はたしかに消滅させたはずなんです。なのに、人型になった尻尾は、7人なんですよ」
そう、倒したはずのあいつは、また現れたのだ。
「ふむ。それは初耳だな……」
アケディアが尻尾セブンの一人だとは、まだ誰にも話していない。
「もしかして、アワリチアも再生するんじゃないかなって」
「たしかに、その可能性はあるな」
「となると、わりと俺、無駄なことをしてるんじゃないかと」
連中を捜し出してやっつけても、再生するんじゃ意味がない。
マールさんは作業を続けながら、なんだつまらんとばかりに言う。
「僕は無駄とは思わないな。再生するにも瞬時とは考えにくい。一定期間、連中が絶望集めとやらができなくなるなら意味はあるさ」
そういえば、アケディアは『再生中だから不完全』みたいな感じだったな。そのあたりは全部を読み取ってないから自信ないけど。
マールさんの言うとおりなら、たしかに一時大人しくさせるには、十分に意味はあるんだろう。
でも、うーん……。
「また顔に出ているぞ? 納得できない、とね」
「俺としては、完全に連中を黙らせたいので」
いたちごっこを繰り返す間にも、連中の餌食になる人たちがいるわけだし。
「君は、面白いな」
マールさんは肩をすくめて続ける。
「普通、敵の一人を倒したなら、すぐ次なる標的に意識を集中させるものだ。しかし君は一度立ち止まり、全体像を見直した。『常に大局を意識する』と言葉にするのは簡単だが、なかなかできることではない」
「いやー、それほどでも」
「そういう軽薄な態度は余計だがね」
マールさんは作業の手を止めた。
「さて、そろそろ休憩にしよう。シルフィーネはどうやら、さっきから甘い匂いが気になるようだしね」
マールさんがニヒルな笑みを作った直後、ハッとシルフィの意識が戻った。まぶたがお疲れぎみにとろんとなる。
「大丈夫か?」
「う、うん。〝口寄せ〟自体の負担は、それほどでもなくなったんだけど……」
「もしかして、作業中はずっとマールさんと話してたのか?」
憑依中、シルフィの意識は表に出ないけど、憑依した人と意識下で会話できるのだとか。
シルフィがげんなりした顔になる。
「ミリアリアさんは作業に没頭してるから、話しかけても反応しなくて……」
だから相手に指名されたのか。
さぞ、気疲れしたことだろう。
「そういうときは甘い物だ。ケーキを持ってきたぞ」
「ケーキ!? いただきますわっ」
俺がバスケットを持ち上げると、ベッドからミリアリアが飛び起きた。
シルフィも目を輝かせ、三人でティータイムとなった。
お腹が満足するとすぐ、ミリアリアはすぐ作業に戻った。「ほどほどにね」との俺の忠告も右から左へ、またも作業に没頭する。
アケディアからエリクサーを分けてもらおうかな、などと考えていると。
「メルくんは、どうしたいの?」
シルフィがケーキにフォークを刺しながら、そう尋ねてきた。
マールさんとの会話を、彼女は聞いていたのだろう。
今後、悪竜の尻尾たちをどうするか。どうしたいか。
「できるかどうかは、わかんないだけど……」
いや、たぶん無理だとは思ってるんだけど。
「あいつら、仲間にできないかな?」
ぱっと思いついたことを言ってみたら、シルフィはうーんとちょっと考えてから。
「メルくんなら、大丈夫だよ」
そう言って、笑ってくれた。
まあ、無理だろうけどいろいろトライしてみようっ。




