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11◆神託


 2年前のことだ。

 

 フィリアニス王国はエルフ単一民族の国としては最大級――といっても、人口が2万に満たない都市国家並みの小国だ。

 そんな小さな国の王家に、大地母神よりひとつの神託が下された。

 

 

 竜の年よりのち、封じられし〝混沌〟が目覚めん。まがつ闇が世界を覆い、生きとし生けるものはみな飲みこまれよう。

 〝勇者を継ぐ者〟を捜すべし。その者、〝神の眼〟を持つ者なり。

 〝光の巫子みこ〟を遣わすべし。その者、闇夜を照らし〝混沌〟へと導かん。

 

 

 竜の年――神託時点から2年後がそうだ。それ以降の詳細年月は不明ながら、封じられた〝混沌〟が目覚めるとのお告げだ。そうなれば、世界が滅びる、と。

 

 神託の流布は世に混乱をもたらしかねない。流言で人心を惑わせたと、近隣諸国から攻撃される危険もあった。

 

 そう考えた王家は、秘密裏に調査を開始する。

 神託にある〝勇者を継ぐ者〟が誰かを特定するため、世界中から情報を集めた。

 

 そして、一人の人物にたどり着く。

 

 グランデリア聖王国の名門、バーデミオン家の長女。

 

 マリアンヌ・バーデミオンだ。

 

 彼女はちょうど神託の年、『祝福の儀』で極めて稀少な固有スキル『天眼』を授かる。

 かの勇者が持つとされていたそのスキルは、あらゆるものの本質を見極めるという。

 

 スキル授受から半年で、彼女は中型とはいえ竜種の単独打倒に成功する。『天眼』持ちであることからも、〝勇者の意志を継ぐ者〟と讃えられた。

 

 その称号は神託と酷似し、〝神の眼〟が『天眼』を意味するものであるのなら――。

 

 大いなる期待がフィリアニス王国内にもたらされる。

 

 そして、〝光の巫子〟が、彼女の下へと派遣されることが決まった。

 

 〝光の巫子〟――これは神託時点で何者かは知れていた。

 

 フィリアニス王家を象徴するのは〝光〟。大地母神と通じる力を持つとされる王族の中で、現役の女王は〝巫女〟であり、その嫡子は〝巫子〟と呼ばれていた。

 

 女王の嫡子は一人。シルフィーナ・エスト・フィリアニス。

 

 特に彼女には、固有スキルを授受されていないにもかかわらず、3つのころから大地母神と会話したとの逸話があった。

 

 人族の国家を旅するのに、エルフの集団は目立つ。

 

 ゆえに少数の護衛と、ランクBの鑑定士を一人付けて、シルフィーナの旅が始まった。

 

 名目は、『大地母神信仰国の巡礼の旅』。

 

 だが、聖王国に入ったとの情報を最後に、王女一行の消息が途絶える。

 

 

 真相は、今となっては誰も知らない。〝神眼〟を得た少年も、まだ読み取っていない顛末。

 

 

 王女一行は、聖王国内のとある小さな町の近くで、ひと時の休息を取っていた。


 鑑定士が一人、町へ赴き、生活必需品などの買い出しへ出かける。

 だが彼は、戻ってこなかった。

 代わりに、温厚そうな神父が王女たちのところを訪ねてきた。

 

 不運か、神の導きか。

 

 この神父を騙る男こそ、大盗賊ヘーゲル・オイスだったのだ。

 

 ヘーゲルは商店で物色するエルフの旅人に不審を抱き、ロウを使って教会の奥へ招き入れた。

 その者が鑑定士であると看破し、捕らえ、拷問の末、余さず情報を聞き出した。

 

 彼は王女一行に接触すると、固有スキル『詐術』を駆使して信用させ、食事に毒を盛って、王女以外を殺害した。王女には魔法の秘薬を飲ませて記憶を消し、孤児として連れ去ってしまう。

 

 いずれエルフの国が王女を捜してやってくる。そのときは保護した対価として莫大な金を請求するつもりだった。

 それが叶わなくても、捕らえた娘が王女であるという証拠の品も奪っているから、どこぞに高値で売れるだろう。

 そんな腹積もりだった。

 

 が、彼の企みは成就しなかった。

 

 〝神眼〟を持つ少年に、返り討ちにあって命を落としたからだ。

 

 

 王女一行との連絡が途絶えてから、王国は秘密裏に捜索隊を世界中に派遣する。

 

 だが王女一行が隠密行動だったのが災いし、また捜索も秘密裏に行っていたため、行方はようとして知れなかった。

 

 そして、王女失踪からおよそ1年後――。

 

 

 

 

 フィリアニス王国近衛隊に所属し、王女捜索の任に当たっていたリーゼロッテ・キウェル――リザは、歓喜と興奮に身を震わせていた。嬉しさのあまり涙で視界がにじむほどに。

 

 ついに、ついに王女シルフィーナを発見した。

 

 このときを、どれほど切望し、夢に見たことだろう。

 

 ムサシと手分けして大きな宿を当たっていたところ、路地を疾走する少年と少女を見つけた。少年が抱く女の子はフードがめくれ、愛らしい容貌と尖った耳が露わになっていた。

 

 ひと目見て、シルフィーナ王女だとわかった。

 

 雷に打たれたような衝撃を受けても無理からぬこと。

 

「シルフィーナ様ぁ……」


 我が天使、慈愛の女神、小さき聖母。

 

 リザにとってシルフィーナは、臣下にとってのあるじ以上の――罰当たりを覚悟して言えば、信者にとっての大地母神以上の、信仰よりも尊い敬愛の対象だった。


 リザがまだ見習いであった昔。

 魔法の制御がままならず、周囲からバカにされ続けていたころ。

 

 大地母神様からの御使いがお姿を現した。

 

 そのお方こそ、シルフィーナ王女だった。

 

 まだ舌足らずな幼い女の子は、落ちこぼれの自分のために、わざわざ大地母神様から助言を賜ってくださったのだ。


 近衛隊に入り、次期隊長と目されるまでになったのは、彼女のおかげ。

 他にも『可愛い』とか『優しい』とか好きな要素はいくらでもあるのだが、大きくは恩を受けたから、である。

  

「ん?」


 感動している間に、赤い鎧を着た赤い髪の騎士が通り過ぎた。どうやらシルフィーナたちを追っているらしい。そしてさらに後方からは、ムサシがこっそり後をつけているではないか。

 

 まあ、『神父殺し』の犯人を見つけた騎士が追っていて、その騎士はおそらくムサシの想い人だと考えれば、納得のいく構図だ。

 

 リザの目的はあくまで王女の救出。

 

 今すぐにでも少年から引き剥がし、抱き着いてお家に持って帰りたい衝動を血涙を出す勢いで抑え、赤髪の騎士とムサシをフォローすべく、街の中央広場を見渡せる家屋の屋根に上り、遠方から支援するつもりでいた。

 

 ところが、である。

 

「なんであの二人が戦ってるのよ?」


 ムサシが少年に襲いかかったところで、赤髪の騎士が少年をかばうように割って入り、ムサシとの戦闘に突入したのだ。

 

 同じく犯人を追い詰めた二人が、なぜ? ムサシが登場するまでに、騎士と少年が会話していたが、そこでどんなやり取りが?

 もうわけがわからない。

 

「ううん、でも待って」


 あの赤髪の騎士は『天眼』持ち――マリアンヌ・バーデミオンで間違いない。

 彼女は〝勇者の意志を継ぐ者〟と讃えられると同時に、たいそうな人格者で、慈愛に満ちた聖女とも称されている。

 多少は美化されている部分があるとしても、無抵抗の犯罪者を保護しようと考えてのことかもしれない。

 

 となると、問題はムサシだ。

 

 彼は『天眼』持ちとの戦いを渇望し、恋い焦がれていた。

 もしかしたらテンションが上がりすぎて周りが見えなくなっているのかも。

 

 だとすれば彼を止めなければ、いろいろ面倒なことになる。

 彼自身が望んだ真剣勝負を邪魔するのは心苦しいが……と、魔法銃を構えたところで。

 

「えっ?」


 またも不可解な事態が起こる。

 

 ムサシの突進に対し、今度は『神父殺し』の少年がマリアンヌを助けに入ったのだ。

 

「ど、どういうこと……?」


 あの二人の戦いに割って入る戦闘能力の高さにも驚いたが、彼の意図が読めない。

 

 先にかばってもらったことに恩義を感じて? 神父を殺して少女を誘拐するような凶悪犯が? あり得ない。

 

「まさかあの二人、仲間になったってことは、ないよね?」


 それこそあり得ないと、笑い飛ばそうとして。

 

「なっ!?」


 空中に弾き飛ばされた刀を、マリアンヌが少年めがけて打ちつけた。明らかに、彼へ武器を渡そうとする行為だ。事実、少年は向かってくる刀に手を伸ばしている。

 

「やっぱりあいつら、仲間になったんだっ!」


 魔法銃に魔力を通す。撃ち抜けば破壊しかねないため、威力は抑え、正確に柄の底部に魔法弾をぶつけた。目論みどおり、刀はムサシへと渡る。 


「あれ? でも、なんで仲間なんかに?」


 思わずムサシに手を貸してしまったが、別の可能性は考えられないだろうか?

 

 リザは『神父殺し』の少年をあらためて観察する。

 

 見た目は普通。そこらにいそうな少年だ。理由なく神父を殺害して少女を誘拐するようには見えない。

 だがムサシの剣を弾くだけの技量がある。見た目で判断はできなかった。

 

 でも、もしかしたら彼は、何らかの事件に巻きこまれた被害者では? たとえば、神父こそが悪人でシルフィーナを攫った張本人であり、少年はやむなく神父を殺害、王女を助けて逃亡した、とか。

 

 だとすれば、事情を知ったマリアンヌが少年に手を貸すと考えられるし、ムサシはまあ、そういう奴だったのだろう。

 

「ヤバい。辻褄が合いまくるっ」


 しかもよく考えてみたら今現在、シルフィーネとマリアンヌが同じ場所にいる。

 

 〝光の巫子〟と、〝勇者を継ぐ者〟の最有力候補者。

 

 一年前の旅立ちは、二人を引き合わせるためではなかったか。

 

 となれば、今やるべきは――。

 

「早く止めなきゃ」


 戦いを終わらせる。

 その上で、自身も状況を知りたくてたまらないので、話し合いをしよう。

 ムサシはマリアンヌとの戦いを望んでいたが、それはまたの機会に。

 

 そう考え、飛び出そうとした。だが、体が硬直する。それほどに驚くべき事態に陥っていた。

 

「うそ……」


 ムサシが、やられた。

 

 互いに武器を砕き合い、徒手空拳になってからは一方的な展開。少年がこぶしを連打して、ついにムサシは吹っ飛ばされた。

 

 勝負あり。

 ところが少年は、ムサシを追いかける。

 遠目でもムサシの片腕はあり得ない方向へ曲がっていて、戦闘続行は不可能。

 そんな相手に、容赦のない追撃――とどめをさそうというのか。

 

「あいつ、やっぱり悪人だっ」


 とはいえ、殺してはならない。威力はすこし抑えぎみに、魔法弾を撃ち放った――。

 

 

 結果的には、狙いどおり少年に魔法弾は当たったわけだが。

 

 その後の展開にまたもリザは混乱する。

 

 マリアンヌが理性を失ったかのように暴れ始めたのだ。

 

 このままではシルフィーナが危険だ。彼女の身に何かあれば、自分は――。

 

 リザは飛び出した。

 

 限定スキル『風の精の衣』を使い、空を駆る。

 

 そして、ようやく、本当に待ちに待った瞬間が訪れた。

 

「シルフィーナ様、お迎えに上がりました」


 声が震えるのを抑えられない。

 

 シルフィーナはかつてのように、清らかでつぶらな瞳をリザに向けて。

 

「あなたは、誰ですか……? どうして、わたしの名前を知ってるんですか?」


「はい?」


 シルフィーナは、たちの悪い冗談を言うお方ではない。となるとこの状況は……。

 

「記憶喪失!?」


「えっ、あ、はい……。わたしの、知り合いの方ですか?」


 呆けている場合ではない。なにせ後ろでは獣の咆哮じみた声と、阿鼻叫喚の渦中にあるのだ。


「ひとまずこの場を離れましょう。シルフィーナさまはこちらへ」


「で、でも……」


 シルフィーナはリザの背後を気にしている。

 

 振り向けば、理性を失ったマリアンヌが、少年に襲いかかっていた。少年は必至に攻撃を躱している。

 

 と、少年と目が合った。

 思わず銃を構える。まだ彼が、味方かどうか判断できないのだ。

 

 ところが――。

 

「シルフィ! その人と一緒に行けっ!」


「えっ?」


 驚きの声はリザのもの。

 

「その人はお前の味方だっ! だから安心してついていけ!」


「で、でも、メルくんは……?」


「大丈夫。俺は後から必ず追いかける。さすがにこの状況を放ってはおけないだろ?」


「……わかった」


 シルフィーナはリザの袖をくいっと引っ張る。『行きましょう』と瞳で語っていた。

 

 なぜ? どうして? リザはまたも混乱する。

 

 なぜいきなり現れた自分を、ひと目見ただけで『味方』だと断定したのか? 魔法弾で邪魔した者だと疑わないのか? 同じエルフ族だから? そんなものは断定するほどの根拠にはなり得ない。

 

 神託の一節が脳裏をかすめる。


 ――その者、〝神の眼〟を持つ者なり。

 

「まさか……」


 ほんのわずか、リザの意識が内に向いた隙。

 

「逃げろっ!」少年の叫び。


「アアアアアァァアアッ――!」マリアンヌが突進してきた。

 

 すぐさま魔法銃を向け、ありったけを撃ち出した。しかし、そのことごとくを大剣に粉砕される。

 

「ぁ……」


 殺される。このままでは殺される。せめてシルフィーネだけでも、と。小さい体を突飛ばそうとした、そのとき。

 

 マリアンヌの背で爆発が起こった。ダメージはほとんどないが、マリアンヌは振り返り、雄叫びを上げながら疾走する。

 

 一瞬の出来事だったが、リザは確かに見た。

 マリアンヌへの攻撃は、自身のものと同じ魔法の弾丸。それをあの少年が放ったのだ。しかし、彼は魔法銃を持っていない。

 そもそも彼は、ムサシを打倒するほどの剣士ではなかったか?

 

 不思議な少年は走る。マリアンヌを誘き寄せながら、広場にでんと置かれた大岩へと。

 

 しんっ――。

 

 静寂が場を支配した。

 

 先ほどまでの喧騒が嘘のように、誰も彼もが――理性を失ったマリアンヌでさえ、その場に立ち尽くし、絶句した。

 

 それほどまでに信じられない光景が、みなの眼を釘付けにしたのだ。

 

 

 勇者が没してからおよそ300年。

 

 数多の戦士が挑戦し、数多の盗賊が持ち去ろうとしたが叶わず。

 

 風雨にさらされてなお色褪せない、巧みな意匠も何もない簡素な剣が今――。

 

 

 ――引き抜かれた。

 

 

 どこにでもいるような、しかし誰も持ち得ぬ〝神の眼〟を授かった少年によって――。

 

 

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