10◆鬼人成敗
俺は幸運にも、切った張ったの世界とは遠いところで生きてきた。
まあ、親父は兵役中のケガを言い訳にして飲んだくれていたので、無縁というわけじゃない。
それでも天下泰平とは言いがたい世の中で、〝戦い〟なんてチンピラのケンカくらいしか見たことがなかった。
だから、見惚れた。
だから、震えた。
逃げるのが最良の選択だと結論付けたはずなのに、俺は目の前で繰り広げられている〝超一流同士の戦い〟に、囚われていたのだ――。
事情を知っているのに知らないふりをして襲ってきたムサシさん。
「ちょ、話を――」
「問答無用っ!」
初撃は二刀によるクロス斬撃だ。
マリアンヌさんはぎりぎりのところで回避する。
それどころか、避けながら大剣を素早く抜くと、弧を描くように振り回し、ムサシさんのがら空きの背へ振り抜いた。
通常の片手剣の長さで2倍、重さで5倍近い大剣を、まるで小枝を振るうように軽々と。
しかし大剣は空を斬る。
ムサシさんは勢いのついた前方向へ加速したのだ。スキルは使っていない。
「この剣技、身のこなし……貴方は、『双刀使いのキドー』ですね」
「呼び名は自由でいいと思うけど、僕はそれ、好きじゃないんだよね」
ムサシさんは停止と同時に後方へ飛ぶ。地面に横たわるような低空で錐もみに回転しつつ、マリアンヌさんの手首とすねに白刃を伸ばした。
だがこれも、空振りに終わる。
腕を引きつつの跳躍。軽く地面を蹴っただけのように見えて、俺の身長を遥かに超える高さだった。
今度もただ避けたのではない。
踏ん張れない空中。回避したばかりで崩れた体勢。取り回しの悪い大剣。
にもかかわらず彼女は、あり得ない速度で刺突の雨を降らせた。
残像を生む突きの連撃を、体術だけで躱しきる鬼人。
マリアンヌさんが着地すると同時。
二人は石畳を蹴りつけ、一足飛びに交わった。
すれ違う間、空を斬る音だけが響く。
またも互いの刃は相手に触れることなく、10メートルの距離を空けて対峙する。
いや――。
「ちょっと、早かったかな」
ムサシさんは片方の刀を肩に担いで息をついた。
「……」
対するマリアンヌさんは、きめ細かい頬にうっすらと赤い筋が生まれている。
彼女は最初こそ戸惑っていたものの、さすがは天才剣士と呼ばれるだけあって、すぐに思考を〝制圧〟に切り替えた。
誤解の上であろうと、有無を言わせず斬りかかってきた狼藉者に容赦はしない。
それでも掠ることすらできず、小さくとも傷を負ったのだ。
とはいえ見た目だけで、素人の俺にはどっちが有利かなんてわからない。
でも『鑑定』で状況を読み取れば、どちらが押しているかは明らかだった。
本気の本気で挑んだマリアンヌさんに対し、ムサシさんはまだ……。
「ま、それならそれで――」
ムサシさんが、俺に細目を向けて、にっと口の端を持ち上げた。すぐにマリアンヌさんに視線を戻す。
「さて、まさか『天眼』が変な先入観で曇るとは思えないけど――」
細い目が、ゆっくりと開かれる。
「ここからが本番だ。殺しちゃったらゴメンね」
赤い瞳が『天眼』を見据えた。
ムサシさんは腰に差した最後の1本の鍔を、刃で引っかけて抜くと、2本の刀を使って器用に弾く。まるで曲芸師のように空中で刀を乱舞させた。
「――ッ!?」
マリアンヌさんが青ざめる。
彼女にも〝読めた〟のだ。
彼本来の『剣術』が。
『双刀使いのキドー』
その呼び名をムサシさんが嫌うのは当然だ。
なにせ本質をまるで理解していないのだから。
彼は『鬼道流二刀剣術』の免許皆伝。18歳のときにすべてを受け継いだ。
それから10年。
自ら鍛え、発展させた彼本来の『剣術』こそ――。
「鬼道流〝複〟刀剣術。参るっ!」
空中で踊っていた刀が、真っすぐ打ち放たれた。自身は柄の底に鼻先がくっつくほどすぐ後ろを、ぴったりと追いかける。
これまで2本だったものが3本に。単純に本数が増えるという話じゃない。
変幻自在。
死角からも不意に襲ってくる刃の嵐。
それを瞬時に理解してしまったマリアンヌさんは、〝迫りくる刀を上に弾き、すぐさま振り下ろして1刀に対処する〟ことしかできない。
残る1刀が、〝下方の死角から脇腹に突き刺〟して、勝敗は決するだろう。
「兄さまっ!?」
「メルくんっ!」
そんな未来を、許していいはずがないっ!
俺はムサシさんの能力を読み盗り、ムサシさんからもらった刀を鞘から抜いた。『山鹿の駿脚』を発動。一瞬で間合いを詰める。
一音。マリアンヌさんが飛んできた刀を上へ弾いた。ほとんど間を置かず、
ガキィィンッ!!
2つの衝突音が、同時に響く。
ムサシさんの2つの斬撃を、マリアンヌさんと俺で弾いたのだ。
にいっとムサシさん――ムサシが歪に笑う。
「この速さ……やっぱり君、『山鹿の駿脚』が使えたんだね」
今の攻撃は俺を〝誘い出すため〟に行ったもの。しかも俺に限定スキルを使わせるのも策の内だった。
こいつは真剣勝負の最中に、〝期待外れの格下に興味を失くし〟たから、俺に目をつけたのだ。
頭に血が上りそうになったのを、細かく息をして落ち着かせた。悔しいけど、これもムサシから読み取った平静を取り戻す方法だ。
一歩踏み出す間に斬りつけた。体勢を崩した瞬間を狙ったものだが、やはり素早い。ムサシは軽く後ろへ飛んで避けた。
構わず追いかける。
『鬼道流複刀剣術』は先の先――常に相手の先手を取る剣術、らしい。
だから攻撃の手を休めてはいけなかった。
「うん、いいね。君は強い。でも君が鬼道流を修めているのなら、なおさら僕には勝てない」
そんなのは、百も承知だ。
こいつの鬼道流は『複刀』の剣術。最低でも2刀を用意しなければ本領を発揮できない。
2刀から繰り出される斬撃に、俺は防戦一方となった。
じりじりと後退を余儀なくされる。
相手の思考を先読みできるから、どうにか防げている程度。攻撃する隙が――手立てがなかった。
もっとも、だからこそ。
俺はこの位置まで後退してきたのだ。
上空。さっきマリアンヌさんが弾いた刀が、ようやく落ちてきた。
「僕はね、強い相手と戦うのが大好きだ。そして勝つのがこの上ない喜びだ。特に強い相手が、本領を発揮できずに敗れる様は最高だ」
あんたがゲスってのは、よく知ってるよ。
落ちてくる刀を狙っているのは俺だけじゃない。ムサシもそうだ。
互いに相手の狙いを読み、能力は互角。
しかし得物の数でムサシは俺を上回り、体格――リーチの長さもあちらが上。
届かない。
俺では、どうあっても届かない、けど!
俺は大きく後ろへ飛び退いた。
「そう、貴方は一人ではありません」
凛とした声とともに、空を舞う赤い影。
跳躍したマリアンヌさんが、落ちてくる刀を大剣で叩いた。刀は方向を変え、まっすぐ俺へ飛んでくる。
「ちょ、それってズルくない?」
「貴方がそれを言いますか」
呆れるマリアンヌさんと目が合った。
彼女はすでに〝敗北を認めている〟。
俺が割って入らなければ〝自分は死んでいた〟と。〝だから感謝している〟と。
けど、悔しさも彼女の中であふれて止まらない。
思考を読み取るのが、辛かった。
〝自分は足手まといになりかねない〟。
そう心で謝る彼女に俺は――。
「勝ちますよ。絶対にっ」
石畳を蹴る。くるくると回転しながら向かってくる刀に、手を伸ばし――眼前で光が弾けた。
キィンッ!
刀は澄んだ音とともに、またも方向を変えた。俺の手に届くことなく、まっすぐムサシのところへ……。
「残念でした。僕は基本ぼっちだけど、今は変なのに付きまとわれててね」
ムサシは飛んできた刀を、手にした刀で器用に受け止めた。刃先に刀を乗せ、逆さまに立ててバランスを取る。余裕の態度が本当に頭に来るけど、俺の〝精神を揺さぶるため〟なのでその手には乗らない。
に、しても。
一瞬だけ見えた、刀を弾いた閃光。あれは魔法の光弾だ。魔法使いがどこからか狙っているのか。
「警戒してるねえ。でも安心していいよ。彼女はもう手を出してこない。妙に律儀なところがあってね。まっすぐ過ぎるとも言えるかな」
嘘は言っていない。
けど、安心なんてできるはずがない。
2刀でも押されていたのに、3つに増えた今、いくら行動を先読みできても対応できる自信がない。
マリアンヌさんが大剣を構えようとした。
俺はそれを目で制す。
彼女が参加すれば、ムサシの仲間も遠方から襲ってくるだろう。
どうする? せめてもう1刀、なんでもいいから武器があれば…………いや、あるじゃないか。
それに俺は、『鑑定』スキルの可能性にも気づいた。
やれる。
やってやる。
俺は刀を構え、飛び出した。最速で駆ける。
「へえ、いい目だねえ。玉砕覚悟ってわけじゃなさそうだ」
ムサシも動いた。1刀を虚空で躍らせながら、俺を迎え撃つ。
斬りつけた刀は防がれる。真上から放たれた刀は身をひねって躱すも、最後の1刀が首を狩りにきた。それを――。
ギィィンッ!
「なにっ!?」
俺は腰に差した刀の鞘を抜いて、刀身の側面を叩いて防ぐ。
驚く奴の一瞬の隙を逃さず、地面に突き刺さった刀の根元を、素早く斬りつけた。
『鬼道流二刀剣術』奥義、『鋼斬り』。
刀は真っ二つに折れた。
これで、2刀対2刀。
ムサシはすぐさま平静を取り戻し、告げる。
「甘いよ」
ああ、そうとも。〝鞘と刀では勝負にならない〟なんて、百も承知だ。
実際、奴の2刀同時攻撃を俺は刀と鞘で受けざるを得ず、鞘はあっけなく切り落とされてしまった。
でもね、鞘は初撃をしのぐために使っただけなんだよ。
「うおりゃあっ!」
俺は、鞘を斬った刀に『鋼斬り』をぶつける。
奴は防がない。〝あえて刀を一本犠牲にして、相手の刀に『鋼斬り』を行〟った。
俺の刀は根元をぶった切られ、刀身がくるくると空中を舞った。
これで、俺は武器を失った。対する奴には、まだ剥き身の刀が残っている。
「終わりだね」
奴が間合いを取ろうと後退する。
ああ、終わりだ。もうどうしようもないくらい、終わりだよ。
「お前が、な」
限定スキル『山鹿の駿脚』を発動。3倍の速さで奴を追いかける。
「まさかっ!? さっき使ったはずじゃ――くっ」
奴も『山鹿の駿脚』を発動。ようやく、ムサシに限定スキルを使わせてやったぜ。
同じ速度で空中を進み、ほぼ同時に俺たちは着地した。間合いもほぼ変わらず、ムサシはまたも一歩、後退しようとして。
俺は限定スキル『山鹿の駿脚』を発動。
「バカなっ!?」
ああ。そうだよ。『山鹿の駿脚』はインターバルタイムが15分。お前にはもう、使えないよな。
瞬時に懐深く飛びこんだ俺は、勢いそのままにこぶしを握りしめ、
「うらあっ!」
奴の胸元へぶちこんだ。
ムサシはたまらず刀身を寝かせ、防ぎにかかる。
こぶしが当たる、その瞬間。
俺は限定スキル『玄武の甲羅』を発動。これは身体を硬化させて防御力を2倍にアップする効果がある。
つまり俺のこぶしは通常よりも硬化されたため、
ガギィン!
刀身を砕き、奴の胸にこぶしをめり込ませた。
発動中は体が硬直するが、『山鹿の駿脚』でスピードアップした勢いは止まらない。
「くっ……」
だが奴も、『玄武の甲羅』で防御を固めていた。これは1日2回。インターバルタイムはナシ。効果時間は10秒。
俺は、その10秒の間ずっと。
「うらっ! おらっ! よいしょぉ!」
奴にこぶしを打ちこみ続けた。同じく『玄武の甲羅』で硬化して。
ちくり。
側頭部が痛んだような気がしたが、構わず連打する。
10秒後、奴は一度横に大きく飛び退いた。
「なんだ? 今、いったい、何が起こっていた? 彼が使ったのは『玄武の甲羅』だったのか? 攻撃に転用するなんて面白い発想だけど、いや、問題はそこじゃなく……」
「おい、まだ終わってないぞ」
俺はまたしても『山鹿の駿脚』で飛びかかる。
2回目の防御スキルを使う奴に、何度も何度も、硬化したこぶしを浴びせかけた。頭がじくじく痛むが、気にするほどでもない。
10秒間、奴が恐怖に染まっていくのが手に取るようにわかった。
それでも俺は、手を休めず、
「10秒経ったな」
「あり得ない……。君は、いったい……」
ムサシは目を見開いたまま、わなわなと震え、何事か言っている。
でも、お前の言葉は、もういらない。
「問答無用っ!」
俺は、渾身の力をこめてぶん殴った。
メキッ。
防ぎにきた腕ごと、ムサシを吹っ飛ばす。完全に折れたな。
ずきりと、頭痛がひどくなった。
どうやら『鑑定』スキルを連続で使うと、俺の体――特に脳への負担が大きいらしい。
情報を読み取るのはほぼ無制限に使えるくらい軽いけど、読み盗りは対象の能力値が高かったり、情報量が多ければきつくなる。
ま、デメリットなしで使い放題ってのは都合がよすぎるよな。
そう。
俺は今の戦いの中で、何度もムサシの能力を読み盗っていた。
この戦いで学んだこと。
〝読み盗り〟は『現在の状態』ではなく、『平常状態』が俺に反映されるということだ。
相手がスキルを使って、インターバルタイム中でも関係ない。だから相手がスキルを使いきっても、読み盗ればまた最初から使えるのだ。
当然、俺が使いきっても、また読み盗り直せば最初に戻る。
その分、負担が大きいのも学んだわけだけど。
「ぐぎぃぃっ!!」
ムサシは石畳を削る勢いで滑っていく。
俺は頭痛を抱えながら、それを追いかけた。
だってこの人、〝めちゃくちゃ痛いけど気絶したふりをして隙をみて逃げよう〟って魂胆なんだもの。
今のままでもマリアンヌさんから逃げるのは無理だろうけど、足の一本は覚悟しろよと、思いきり蹴りつけようとして。
「伏せてくださいっ!」
真横から声がした。マリアンヌさんが俺に背を向け、両手を広げて飛びこんできた。
「――ッ!?」
彼女の思考を読んで、気づく。俺へ〝めがけてまっすぐ、魔法弾が襲って〟きている、と。
伏せろと言ったなら、俺をかばおうとしないでよ。
彼女は『天眼』のスキルを持っているけど、防御系のスキルは持っていない。
光り輝く魔法弾を読む。
死に至るほどの威力はない。けど、直撃すれば、ケガをするのは確実だ。
俺は咄嗟に手を伸ばした。彼女の肩をつかみ、俺へと引き寄せ、抱き、態勢を入れ替え、
ドンッ。背に衝撃。わりと痛い。でも『玄武の甲羅』で硬直した俺は大丈夫。痛いけど。
ただし硬直したままの俺は、踏ん張ることができず。
「きゃあっ」
彼女を押し倒すように倒れてしまった。
ふにゅりと、なんか柔らかい感触が、俺の、俺の……くちび、る、に……?
目の前には宝石みたいな青い瞳。
俺は事実上、うら若き乙女を押し倒し、その薄い唇に、俺の唇を重ねてしまっていた。
スキルを解除して最速で起き上がる。
「あの、えっと、今のは、そのっ」
しどろもどろの俺に対し、マリアンヌさんは目をぱちくりさせたあと、頬を赤らめて目をそらした。
いや、俺もね、こういうとき思考を読み取るのはいけないと思うんですよ。
だから必死にスキルの発動を押さえてですね、でも何をどうすればいいかわからなくて、ですね……。
「あの……」
「はははいっ!」
「どいて、いただけますか……?」
「はははいっ!」
そうだよね。重いよね。本当にごめんなさい。
俺は心の中で謝り倒しつつ、身をどかそうとして。
「兄さま、今、ちゅーしてたですか?」
「どわっ!?」
クララの顔がぬっと割りこんできた。
「ボク、知ってるです。ちゅーって甘いんですよね? ボクもしたいですっ」
「こ、こら、やめなさいっ」
「むぅ、じゃあ、こっちの姉さまとするです」
クララは俺に代わってマリアンヌさんを押し倒す体勢になる。
「おい、そういうのは軽々しくするもんじゃなく――ん? どうした?」
「この姉さま、震えてるですよ」
ひょいとマリアンヌさんの顔を覗くと、なるほど確かに、真っ青になってカチカチ歯を鳴らしていた。
あ、そういえば……。
「おーい、姉さま、大丈夫です?」
俺の血の気がさっと引く。
クララがぺちぺちとマリアンヌさんの頬をたたいていたのだ。
今一度、確認する。
これまで『鑑定』した中で、唯一【注意事項】なるステータス項目があった人。
〝猫を近づけてはならない〟
〝直接触れてはいけない〟
俺は偶発的なアクシデントとはいえ、触れちゃいけない人にキスまでしてしまった。
そして今、猫っぽい子がぺちぺちと頬に触れちゃっている。
これはもう、アウトですよね?
震えが止まった。
その青く澄んだ瞳が、赤黒く濁っていく。
「クララ、離れろっ」
「ふえ?」
俺は慌ててクララを彼女から引き剥がし、距離を取る。
マリアンヌさんには、『天眼』の他にもうひとつだけ、固有スキルがあった。
それが今まさに、発動したのだ。
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『狂化』:E
理性を引き換えに戦闘能力を飛躍的に向上する。
ランクEでは発動中、完全に理性を消失する。(デメリット)
またスキルの発動および解除を自身の意思で行えない。(デメリット)
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マリアンヌさんはゆらりと立ち上がると、
「アアアァァァアアアァァァアアッ――!!」
乙女がしちゃダメな雄叫びを上げちゃってるぅ――!?




