2.1
「脱獄をご所望ですか……ああ、諦めることをお勧めいたします。それは不可能です」
「なぜそう言い切れる?」
「あなたは、私にとって73人目の同房者です。これまでの72人のうち、58人が脱獄を試みるか、私に助けを求めました。ですが結局、その72人全員が処刑されております」
それしきのことで、我が怯むはずもない。眉ひとつ動かしはしなかった。
「それがどうした?我はまた挑戦するだけだ、必要なのはただ――待て、お前は一体どれほどここにいるのだ!?」
「ああ、申し上げるのを忘れておりました」
ジェームズは長いため息をついた。
「人々は私を悪魔と誤解し、ここへ放り込みました。しかし、いざ私を殺そうとした際、なぜか通常の悪魔討伐用の魔力での方法が効かず、結局、そのままここに放置されているのです」
「なぜだ?殺すつもりだったなら、なぜ牢の中で朽ち果てさせるようなことをする?」
「ご主人様は、スライム学をお学びになったことはございますか?」
「……どう思う?」
「そうですね。魔物は長らく食事を摂らずにいると、それを補うために自らの体から魔力が引き出されるようになります。ですがスライムは純粋な魔力そのものでできておりますので、私は自らを消費し、そして自らの体もまた私を消費し返す――その結果として、この雫が生じるのです」
つまりポリスどもは、こいつが自らを消費し尽くして死ぬまで放置しておくという、実に名案を思いついたわけか?とはいえ、こいつはなかなかふくよかで、丸々とした小さな塊のように見える――ということは、それほど長くここにいるわけではないのだろう。
「お前はここにどれほどいる?」
「283年です」
「283年だと!?我は老いぼれと話していたのか!?」
「まあ、呪いをかけられたのは20歳の時でしたので。つまり、303歳ということになります」
「303だと!?」
そこまで老いていて、あれほど間抜けな考えを口にするというのか?
「「ごく普通の反応ですが、スライムの体はかなりの魔力を蓄えておりますので……どうか驚かれませんよう」
こ、こいつは死にかけているどころか、まったく普通のスライムにしか見えないではないか!
よく考えてみれば、ほぼ三世紀もの間投獄され続ければ、人は多少……おかしくなるのも無理はない。少なくとも、これが彼を、繋がりを渇望する感情豊かな人間にしたことは間違いないだろう。
はぁ。まあいい、そんなことはどうでもいい。我にはただひとつの目標があるのだ。
「急げ、ジェームズ、この牢を出る方法を教えろ」
「無理です」
「何か方法があるはずだ」
「そうですね……もしかすると、見張りが我々の牢の前でうたた寝するのを待ち、その隙に鍵を盗むという手も――」
「そんなこと起きるはずないだろう!もっとマシな案を出せ!」
ジェームズはしばし黙り込んだ。そして、その頬がわずかに赤らむのが見えた。
「もうひとつ……ですが――」
「言え。我が処刑されるまで、あまり猶予がないかもしれんのだぞ!」
彼は目を逸らした。
「もし私が、人間に戻ることができれば」
「人間に戻る?それがどうやって脱獄の助けになるというのだ?」
「運が良ければ、私は聖剣とともに戻ってまいります。そうすれば、この鉄格子など容易く破壊し、あなた様の脱獄をお手伝いできるでしょう」
「運が良ければ」とは言ったが……まあ、どうせ死ぬというなら、すべてを賭けるほうがマシか。
「ふむ、それで、どうすれば人間に戻れるのだ?」
我にはひとつの策があった。すべてがうまく運べば、我はこの世界最高の天才となるだろう。
いや……必ずうまくいく!何しろ我は森丈二郎なのだからな!
「ほ、本当にお聞きになりたいのですか、ご主人様……?」
彼は目を逸らし、体を鉄格子のひとつにこすりつけた。その声は、いつもより甲高く聞こえた。
一体こいつに何が起きているのだ?
「……そうだが?」
「では……」
彼は言葉を発するのに苦労していた。だが、長い葛藤の末、ついに口を開いた。
「し、真実の愛のキスです!」
「……冗談だろう?」
「あなた様に嘘など申しません!た、立体書にそう書かれているのです!私にかけられたような第4級の呪いを解く一般的な方法は、真実の愛の――」
「そんなことはしないぞ!ほ、他に方法があるはずだ!」
スライムは何かを思い出そうとするように、上を見上げた。
「ふむ……もしかすると、あるかもしれません……」
「何だ?」
「あらゆる呪いを無効化すると言われる、とある魔法がございます。ですが、極めて希少な上に、膨大な魔力を要するため、それを持っている者がいる可能性は、ほぼ皆無に等しく――」
「今すぐ教えろ!!」
我の目が輝いた。
信じられなかった。
「あ?なぜそんなに興奮なさっているのですか、ご主人様?申し上げた通り――」
我はその塊を掴み、激しく揺さぶった。その体から滴る雫の量が、少なくとも三倍にはなったほどだった。
「今すぐ教えろと言っているのだ!」
「ぐああ――それほどまでに、私を解放したいとお思いなのですか、ご主人様?なんとありがたい!その名は『カンダルス』と申します!!」
我はすぐさま彼を放した。
そして、次の言葉を発するまで、一秒たりとも無駄にはしなかった。
「タナカ!!」
青いウィンドウが我の前に現れた。
【何だ?】
「『ヘブンズ・ウォッチ』を使う!!!」
それだけだった。我の策とは。我自身、これがうまくいったことが未だに信じられない――いや、当然予想していたが。
ジェームズが実に操りやすい人物だと気づいたその瞬間から、我は彼を己に服従させるべく、あらゆる手を尽くしていたのだ。
こうすれば、我のスキル――名前さえ知っていればどんな魔法でも使用できる『ヘブンズ・ウォッチ』を発動できる。
そして今、我はその名を手に入れたのだ!!
正直なところ、我はジェームズを救うことや、脱獄することよりも、ついに魔法を使えることの方に、興奮しているような気がする。
ふっ、この森丈二郎が異世界転生しておきながら、一度も魔法を使わぬまま終わるはずがなかろう!
我は天才だ!!!
「タナカ、『ヘブンズ・ウォッチ』で、『カンダルス』という魔法を――」
【ふむ、それは使えないぞ】
「……何?」
【発動条件を満たしていない】
い、いや……
我は膝から崩れ落ちた。
何たる失望だ……こんなことがあってたまるか……
「ご主人様、先ほどから仰っているそのタナカとは、一体どなたのことでしょうか?」
「なあ、ジェームズ……」
我は打ちひしがれたまま、彼を呼んだ。
「はい?」
「我ら二人だけか?」
「ご、ご主人様?よからぬことをご提案なさっているのですか!?」
「一体全体、なぜそんな考えに至る!?我はただ、この牢に我ら以外の者がいるかどうかを聞いただけだ」
「ああ……そうですね、隣の房にお一人だけいらっしゃいます。他は皆空いております」
「誰だ?」
「女性です。名はエヴァと仰います」




