45話 極上のラブラブハッピーエンド
実際のところ、重鎮たちの本音は違っていた。彼らは本気でユウキを追い出すつもりなど、毛頭なかったのだ。
ただ、ヴァルテンブルク辺境伯という「国内最強の軍事力」を持つ父親と、ユウキという「規格外の怪物」が本格的に手を結べば、王国など一瞬で攻め落とされてしまう。だからこそ、国政の主導権を握る重鎮として、事前にユウキの忠誠心を試し、釘を刺すことで「辺境伯家としての重要性」を再確認させ、自分たちの優位性を保ちたかっただけなのだ。
普通の貴族なら、「滅相もない、我が家は王国に忠誠を誓っております! 領地経営も国のために尽力します!」と、必死に食い下がるはずだった。
しかし、ユウキの反応は彼らの想定を遥かに超越していた。
「あ、そう。じゃあ辞めるわ。バイバイ」と言わんばかりに、誰もが喉から手が出るほど欲しがるはずの豊富な鉱山領地と利権を、一瞬の躊躇もなく、軽々と手放すと宣言してしまったのだ。
ユウキの発言を受け、重鎮たちは完全に思考を停止させ、その場で硬直した。
(し、しまった……! この少年、権力欲が本当に一微塵も存在しないのか……!?)
(まずい、これではただ単に、我が国が『救国の英雄を冷遇して追い出した』形になるだけではないか!)
しかも、この会談は国王に内密で行われていた非公式の場だ。もしこれが国王の耳に入り、さらには「息子が不当な扱いを受けた」と現ヴァルテンブルク辺境伯が知れば、今度こそ一個師団どころか、辺境伯軍の総力を挙げた本気の「物理的圧殺(反逆)」が王都を更地にしにやってくる。
何より、今この瞬間も、ユウキを解任すれば、あの重要な隣接領地を治められる有能な代官など、中央の汚職派閥が消し飛んだ今の王国には一人も残っていないのだ。国家の重要拠点を、自分たちのつまらないプライドのせいで失うわけにはいかなかった。
部屋を支配したのは、重鎮たちの「完全な敗北感」と、取り返しのつかない事態を招きかけたことへの極限の恐怖だった。
「あ、あの、ユウキ殿……! 先ほどの言葉は、その、少々言葉が過ぎたというか……!」
「左様! 我々は断じて、君の功績を否定するつもりなど……っ!」
さっきまでの威圧感はどこへやら、王国の誰もが恐れる宰相も、総司令官も、近衛騎士団長も、今や額から滝のような汗を流し、大慌てでユウキと、その後ろで般若のような笑顔を浮かべるセルシア王女に向かって、必死に頭を下げて謝罪を始めるのだった。
♢極上のラブラブハッピーエンド
王都を激しく揺るがした、中央貴族たちによる前代未聞の陰謀劇。その嵐が完全に去り、バルハイト王国には再び穏やかで柔らかな陽光が戻っていた。
汚職と利権に塗れていた中央の権力者たちが一掃されたことで、国は本来あるべき正しい姿へと生まれ変わりつつある。そして何より、王都の貴族学院にまで蔓延っていた「辺境の野蛮な出がらし」というユウキを見下す不届きな噂は、もうこの国のどこを探しても一人として残っていなかった。
中央貴族の陰謀が潰え、王都にようやく柔らかな陽光が戻った頃のことだ。 学院の喧騒を離れ、ユウキとラインハルトの二人は、以前訪れた路地裏にある一軒の小さな串焼き屋にいた。
「おいユウキ、本当にお前の奢りなんだろうな? 今日は遠慮なく食わせてもらうからな!」
ラインハルトが、目の前に並んだ香ばしい煙を上げる肉串を指さして、ニシシと笑う。
かつて、周囲の畏怖から逃れるためにラインハルトがユウキを連れ出したこの店は、今や二人にとっての「隠れ家」となっていた。
「ああ、分かってるよ。今日は好きなだけ食え。……約束だったからな」
ユウキがぶっきらぼうにそう言って、手近な肉串を一本取って差し出した。 炭火特有の香ばしい風味に、絶妙な塩加減。噛み締めるたびに溢れ出すジューシーな肉汁は、前世の記憶にある懐かしい味を思い出させ、ユウキの心を深く癒やしていく。
「くぅ〜、やっぱり美味い! ……けどよ、お前。奢るから許せって言ってたけど、やっぱり納得いかねーよなあ」
ラインハルトは勢いよく肉を飲み込むと、ジト目でユウキを睨みつけた。
「一国の王女殿下と正式に婚約して、おまけにあの美少女義妹ちゃんまで第二夫人に内定。おまけに影には常に銀髪の可愛い従者ちゃんまでぴったり張り付いてるんだろ? ……英雄様は、物理的に爆発しろよ、マジで」
「……だから、こうして奢ってるんだろ。俺だって、のんびりスローライフを送るつもりが、どうしてこうなったのか俺が一番聞きたいくらいだ」
ユウキは重いため息をつきながら、追加の串をラインハルトの皿に放り投げる。
「贅沢な悩みだよ、まったく! ……まぁ、いいや。今日はこの串焼きで手を打ってやる。その代わり、次は王都で一番高い店のタルトな?」
「……お前、俺を財布か何かだと思ってないか?」
ユウキが苦笑交じりに返すと、ラインハルトは「親友だろ?」と笑って、また次の串に手を伸ばした。
身分も、噂も、規格外の実力も関係ない。ただの少年として軽口を叩き合えるこの時間は、ユウキにとって今の世界で手に入れた、何よりのオアシスであった。
夕陽が優しく差し込み、すべてを茜色に染め上げる、ユウキが滞在する別邸の美しい庭園。
どこまでも静かで、心地よい喧騒から離れたその場所で、ユウキとセルシアは並んで二人きりで佇んでいた。
「……本当に、とんでもない数日間だったな。おかげで、俺の『無能のフリしてのんびりスローライフ計画』は、当分お預けになっちまったよ」
ユウキはいつものぶっきらぼうな調子で、どこか気恥ずかしさを隠すように頭をごしごしと掻いた。
その隣に立つ第一王女セルシアは、深く澄んだサファイアの瞳を、愛おしさと幸せの涙で潤ませながら、そっと彼を見つめ返した。
「いいえ、ユウキ様。貴方はどんな時でも、私を、そしてこの国を救ってくださる本物の英雄です。……それに、もう、どこへも行かせませんわ」
ふわりと、風に乗って薔薇に似た甘く上品な高貴な香りがユウキの鼻腔をくすぐる。
次の瞬間、セルシアはこれまでの気高く凛とした王女としての姿からはおよそ想像もつかないほど、無防備で熱烈な瞳のまま、ユウキの首の後ろへと柔らかな両腕を回した。そのまま、吸い寄せられるようにして、自身の華奢でしなやかな身体をユウキの広い胸の中へと預けてくる。
「っ……、セルシア?」
密着した身体から、トクトクと速いリズムで刻まれる彼女の小さな心音が直に伝わってくる。前世が普通の高校生だったユウキにとって、美少女にここまで真っ直ぐ向けられる好意は、あまりにも刺激が強すぎて心臓が跳ね上がった。
「私の、大切な旦那様……。一生、わたくしに甘やかされて、愛されてくださいね……」
夕陽の光を浴びて、サラサラとした金髪が奇跡のように美しくきらめく。
セルシアは顔をほんのり赤く染めながら、まるで蕩けるような、極上に甘い笑みを浮かべてユウキを視線で絡めとった。
(これじゃあ、隠居生活なんて本当に当分先だな……)
ユウキは内心で嬉しい悲鳴を上げながら、心地よい苦笑を漏らした。
だが、前世の孤独な日常では決して味わうことのできなかった、胸の奥がじんわりと熱くなるようなこの愛おしい温かさを、今のユウキは心から愛していた。
彼は意を決して腕を伸ばすと、彼女の小さな背中へと手を回す。今度は――あの森を消し飛ばした時のように力加減を間違えないように、細心の注意を払いながら、壊れ物を扱うように優しく、けれど絶対に離さないという強い意志を込めて、しっかりと抱きしめ返した。
ふと、そんな二人の熱い空間の後ろ、大きな木の物陰に目をやれば。
「お兄様が遠くに行ってしまう」と絶望していた姿はどこへやら、第二夫人としての婚約を内定され、顔をりんごのように真っ赤にしながらも、嬉しそうに指の隙間からこちらを見つめている義妹・ミオルの健気な姿があった。
さらに、庭園に置かれた特等席の長椅子には、まるで最初からすべてを予期していたかのように、満足げな表情で特製ハーブティーをすする女従・シアの姿。
「本当にお幸せに、主様、セルシア様。これからはわたしも、ミオル様と共にこれまで以上に主様のお世話(膝枕)をさせていただきますね」と、翡翠色の瞳を細めて静かにサムズアップを送ってきている。
規格外の最強の強さと、それに負けないほどの溢れるハレムな愛に囲まれて。
無能のフリをした最強の辺境伯家令息が紡ぐ英雄譚は、これ以上ないほど爽快で、そしてとびきり甘酸っぱい、極上のラブラブハッピーエンドで美しく幕を閉じるのだった。
《おわり》
最終話までお付き合いいただきありがとうございます。
今回、久しぶりの異世界ファンタジーを執筆でした(汗
なかなか進まずに悪戦苦闘をしてしまいました。
同時に恋愛小説の方も投稿を始めたので、お読みいただければ嬉しいです。
キモデブと呼ばれ、いじめを受け不登校になっていた主人公が体を張り女の子を助けるというストーリーになります。




