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辺境伯家の最強令息、王都の学院で王女殿下に全力で懐かれる  作者: あるふぁ
第一章:転生、二つの人生の融合

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1話 知らない風景

 頬を撫でるシーツの感触が、いつもと劇的に違っていた。安物のごわついた綿のそれではなく、肌に吸い付くように滑らかで、どこかひんやりとした極上のシルク。鼻腔をくすぐるのも、嗅ぎ慣れた自分の部屋の匂いではなく、微かに漂う上品な白檀のような香だった。


「……ん」


 学校から帰宅し、自分の部屋のベッドでうたた寝をしていたはずの悠希は、肌を伝う微かな違和感にゆっくりと瞼を持ち上げた。


「んぅ……。ふわぁ~……え?」


 視界に飛び込んできたのは、見慣れた安っぽい白の天井ではない。恐ろしいほどに高く、重厚な石造りの天井。そこから吊り下げられた豪奢なシャンデリアが、夕暮れ時の光を浴びて鈍くきらめいている。


 呆然とそれを見上げ、じわじわと心臓の鼓動が速くなっていくのを悠希は感じていた。背中を流れる冷や汗が、シーツの冷たさをよりいっそう際立たせる。


「どこだ、ここ……?」


 跳ね起きるように身体を起こし、狂おしいほどに周囲を見回す。部屋着のよれよれたジャージに着替えていたはずの身体には、見たこともない上質な生地で作られ、細かな金刺繍の施されたシャツとスラックスが纏わされていた。袖口の折り返し一つをとっても、職人の手仕事による精密な縫い目が並んでいる。


 あまりの事態に動揺し、悠希はベッドから這い出て床に足をつけた。冷涼な大理石の感触が足裏から直接脳を揺さぶる。おぼつかない足取りで部屋を歩き回り、引き寄せられるように大きな窓へと手をかけた。


 重いガラス窓を押し開けると、吹き込んできた風が、日本の住宅街の排気ガス混じりの空気とは根底から異なる、草木と土の濃厚な香りを運んでくる。目の前に広がっていたのは、見慣れた電柱や電線の群れなど影も形もない光景だった。遥か先まで続く巨大な石造りの城壁と、中世ヨーロッパを思わせる美しい街並みが、茜色の空の下にどこまでも広がっている。


 遠くからは、馬の蹄が石畳を叩く規則正しい音や、人々の活気ある喧騒が、幻聴とは思えないほど鮮明に耳に届いた。


「夢……だよな。これ」


 震える手で、自分の頬を強く抓ってみる。引き千切れるほどの痛みが容赦なく走り、悠希は思わず顔をしかめた。じわじわと赤くなる皮膚の熱さが、これが紛れもない現実であることを、冷酷なまでに告げていた。


 喉の奥がカラカラに乾き、呼吸が浅くなる。見知らぬ世界の中心で、ただ一人取り残されたような圧倒的な孤独感と、得体の知れない高揚感が、悠希の胸の中で激しくせめぎ合っていた。


 混乱し、現実を受け止めきれない頭を少しでも落ち着かせるため、悠希は再びベッドへと横になり、深く息を吐いて目を閉じた。寝返りを打つたびに、滑らかなシルクのシーツがさらさらと擦れる音が、耳障りなほどに大きく響く。


 じっと天井を見つめ、どれだけ考えても答えの出ない状況に思考を巡らせていると、頭の奥がズキリと痛んだ。引き絞られるような鋭い痛みに、悠希は思わずこめかみを押さえて顔を歪める。


 それを合図にするかのように、ぼんやりと、だが確実に「自分ではない誰かの過去」が脳裏に流れ込んできた。それはまるで、他人の人生のダイジェストドラマやアニメを脳内で強制的に見せられているような、奇妙で鮮明な感覚だった。自分の脳を乱暴にかき回され、見知らぬ光景を無理やり流し込まれる不快感に、悠希は奥歯を噛み締めて耐える。


 ──バルハイト王国。


 ──ヴァルテンブルク辺境伯家。


 濁流のように流れ込む記憶を整理していくうちに、悠希は自分が置かれた立場を完全に理解していった。頭を内側から叩かれるような頭痛が徐々に引き、代わりに冷徹な事実だけが脳内に定着していく。


 この身体の持ち主の名前は、自分と同じ「ユウキ」という。年齢も同じ十六歳の少年だ。


 家族構成は、厳格な父親である現辺境伯と、母親、そして二つ年下の妹の四人家族。彼は現在、王都にある「貴族学院」という学び舎に通っているらしかった。


 記憶の中の妹の顔は、なぜか霧がかかったように曖昧だったが、胸の奥がキュッと締め付けられるような、愛おしさと切なさが混ざり合った感情だけがリアルに残っている。かつて自分の知っていた世界とはあまりに違う、厳格な階級社会。その重圧と、見知らぬ家族という存在への戸惑いが、悠希の心を重く支配していった。


 元々のユウキの性格は大人しく、成績も身体能力もすべてが「平均値」。剣術の模範試合でも、魔力の測定テストでも、いつも真ん中の順位に名前がある。特筆すべき才能のない彼は、周囲から、そして何より厳格な父親から将来を不安視されていた。


 だが、ヴァルテンブルク辺境伯家という、上級貴族の中でも突出した武力と権力を持つ実家の威光のおかげで、周囲からは腫れ物のように扱われ、いじめられてはいないようだった。記憶の中の同級生たちは、彼に侮蔑の眼差しを向けつつも、声をかけるときは引きつった笑みを浮かべて一歩引いている。


(……なるほどな。もしこれが下級貴族の息子だったら、確実に格好の標的になって、陰湿ないじめを受けていただろうな)

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