最終話 価値を作る者
帝国改革が始まってから五年。
帝国は大きく変わっていた。
北部街道を走る荷馬車は、昔の何倍にも増えた。
冬でも村が飢えることはない。
商人は自由に商売をし。
職人は技術を売り。
農民は作物を作る。
そして。
契約は守られる。
それが当たり前の国になっていた。
「随分変わりましたね。」
リリアが窓の外を見る。
「そうだね。」
アルノルトも頷いた。
窓の向こうには帝都の街並みが広がっている。
だが。
アルノルトの頭に浮かんだのは別の景色だった。
雪の積もる北部街道。
小さなラウル村。
最初の倉庫。
最初の共同輸送。
そして。
最初に契約した村。
「懐かしい?」
「かなりね。」
リリアが笑う。
「最初は塩が足りないって話でしたね。」
「そうだった。」
「今じゃ帝国の税制度を変えてるんですから。」
「胃の痛さは変わらないけど。」
思わず二人で笑ってしまう。
その時だった。
「失礼します!」
扉が開く。
入ってきたのはクラウスだった。
「北部から報告です。」
「今度は何?」
「リンド村の織物が王国へ輸出され始めました。」
「へぇ。」
「カルド村の羊毛も増産が決まりました。」
「順調だね。」
「あとガレスさんから伝言です。」
嫌な予感しかしない。
「なんて?」
「『坊ちゃん、仕事を増やすのも大概にしろ』だそうです。」
思わず笑ってしまった。
元気そうで何よりだった。
「ダンさんは?」
「北部街道の警備組織をまとめています。」
「黒牙団も、今じゃ正式な街道警備隊です。」
時代は変わる。
人も変わる。
だが。
変わらないものもあった。
「アルノルト様。」
リリアがこちらを見る。
「後悔してますか?」
アルノルトは少し考えた。
辺境送り。
貧困地。
失敗。
赤字。
胃痛。
思い返せばろくな思い出がない。
それでも。
「してないかな。」
即答だった。
「全部必要だったと思う。」
あの村があった。
あの仲間たちがいた。
だからここまで来られた。
その時だった。
窓の外から歓声が聞こえた。
広場では、新しい鉄道の開通式が行われている。
商人。
職人。
農民。
貴族。
身分に関係なく、人が集まっていた。
「いい国になったね。」
「ええ。」
リリアが笑う。
「誰のおかげでしょう?」
「知らないなぁ。」
「白々しいですね。」
アルノルトも笑った。
その時、リリアが悪戯っぽく聞く。
「それで、次は何を買うんですか?」
アルノルトは窓の外を見る。
まだ見ぬ国。
まだ見ぬ市場。
まだ見ぬ人々。
世界は広い。
やれることは、まだたくさんある。
「さぁて、どうするかな……。」
その言葉に、リリアが笑った。
窓の外では、人々が今日も働いている。
価値を作り。
価値を届け。
価値を繋いでいる。
アルノルト・ヴァルツェンが最後に残した言葉は、後に帝国中へ広まった。
「労働とは、搾取されるものじゃない。」
「価値を作る者が、世界を動かすんだ。」
――完




