第二十九話 黒牙団の“縄張り”
共同輸送当日。
ラウル村の広場には、朝早くから荷馬車が並んでいた。
「すごい……」
リリアが目を丸くする。
荷馬車は四台。
護衛の灰鉄傭兵団が周囲を固めている。
さらに商人たちまで集まり始めていた。
少し前まで、ほとんど物流が止まっていた村とは思えない。
(流れができ始めているな)
アルノルトは静かに周囲を見る。
人。
荷。
金。
全部が動き始めていた。
「侯爵の坊ちゃん」
ダンが近づいてくる。
「護衛配置、終わったぞ」
「ありがとう」
「ただな」
ダンの顔が少し険しい。
「街道の空気が妙だ」
「妙?」
「静かすぎる」
アルノルトは少し考える。
鳥の鳴き声。
風。
周囲の森。
確かに妙だった。
(待ち伏せか?)
だが同時に。
(むしろ分かりやすいな)
黒牙団としても、ここは潰したいはずだ。
北部共同輸送の第一便。
成功すれば、商人たちが本格的に動き始める。
つまり。
(縄張りを荒らされる)
ということ。
「出発する」
アルノルトが言うと、ミレナが少し驚く。
「予定通り?」
「もちろん」
「危険かもしれませんよ?」
「だから止める?」
ミレナが黙った。
その通りだった。
ここで止まれば、“脅せば物流は止まる”と証明してしまう。
「共同輸送で一番重要なのは」
アルノルトは静かに言った。
「定期性」
遅れない。
止まらない。
それが信用になる。
だから。
(多少危険でも動かす)
前世でも物流会社はそうだった。
台風でも雪でも、可能な限り止めない。
止まれば市場全体が混乱するからだ。
「……商人っていうより、もう物流狂いだな」
ミレナが呆れたように言った。
「褒めてる?」
「半分くらいは」
その時だった。
「止まれぇぇぇ!!」
怒鳴り声。
次の瞬間。
森の奥から十数人の男たちが飛び出してきた。
武器。
革鎧。
汚れた外套。
完全に盗賊だ。
「黒牙団!」
ベルマンが叫ぶ。
村人たちが一気に青ざめる。
「へぇ……」
ダンが逆に笑った。
「向こうから来るか」
灰鉄傭兵団が武器を抜く。
一気に空気が張り詰めた。
そして。
黒牙団の先頭にいた大男が、ゆっくり前へ出る。
片目に傷。
巨大な斧。
威圧感が凄い。
「ガキ」
男がアルノルトを見る。
「最近、好き勝手やってるらしいな」
アルノルトは少し眉をひそめた。
(貴族って分かってない?)
いや。
違う。
(分かってて舐めているのか)
北部では、中央貴族の権威が弱い。
だからこういう連中が出る。
「君たちが黒牙団?」
「だったらどうした」
「街道支配しているって聞いた」
その瞬間。
盗賊たちがニヤニヤ笑い始める。
「支配?」
大男が鼻で笑った。
「違ぇな」
そして。
「俺たちは“守って”やってるんだよ」
空気が少し変わった。
ミレナが小さく舌打ちする。
「やっぱりその理屈ですか……」
「商人どもは、俺たちに金払えば安全に通れる」
大男が肩をすくめる。
「つまり護衛だ」
アルノルトは少し笑った。
(完全に非合法物流会社じゃん)
前世でいうなら。
ヤクザ型インフラ。
恐怖で市場を支配するタイプだ。
「で?」
アルノルトは静かに聞く。
「今日は通行料請求?」
「話が早ぇな」
大男がニヤリと笑った。
「荷馬車一台につき銀貨五枚」
空気が凍る。
かなり高い。
ミレナの顔色も変わっていた。
「払えば通してやる」
「払わなかったら?」
アルノルトが聞く。
すると大男は、
背後の盗賊たちを見ながら笑った。
「そりゃもちろん――」
斧を肩へ担ぐ。
「この街道じゃ、生きて帰れねぇ」
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