33話 とりあえずの終了
ペスパを駐輪場に置いて、雑居ビルの階段を重い足取りで上がると、事務所の入り口に二つの人影が立っていた。
一人目は、見覚えのある厳つい顔の50代の男性だった。
照井さんの顔は怒っているように見えた。
もう一人は、玲奈だ。
「……じゃじゃ馬娘」
照井さんの低い声が、夜の廊下に響いた。
「…………照井さん、どうしたの?」
一応なぜ来たのって聞いてみたけど、火に油を注いだ感じになっちゃったみたい。
「どうしたのって? 本気で言ってるのか? お前を牢屋にぶち込んでやるぞ」
「なんで私と会うとそんなに不機嫌になるの?」
「お前は一般人なんだよ! 刑事事件は刑事に任せろ!」
怒鳴り声と同時に、容赦のない拳骨が私の頭に炸裂した。
ゴツン、という鈍い音が響き、思わず目が回る。
「いたっ……!」
頭をさすりながら、私は二人を事務所の中に招き入れた。
ちらっと玲奈を見ると、彼女の頭のてっぺんにも小さなたんこぶができていて、微妙に腫れていた。
どうやら照井さんの「稲妻パンチ」を食らったらしい。
ソファに座るよう促し、冷蔵庫からアイスコーヒーの缶を三本出してテーブルに並べ、私も向かいに腰を下ろした。
「仕方ないじゃん……」
「仕方ないとはなんだ!」
照井さんがテーブルを叩く。
「美智子の事件、自殺と判断したんでしょ? 新たな証拠を出しても相手に時間だけ与えることになると思って……」
「なんでそれを一日遅らせた! 昨日提出してくれれば、貴様が行かなくても済んだだろうが!」
「それは……」
警察の手に渡したくなかった——なんて、本当の理由は言えなかった。
私はただ、目を伏せて小さく頭を下げた。
「……ごめんなさい」
謝ることしかできなかった。
照井さんは大きなため息をつき、肩を落とした。
「はぁ……気持ちはわかるがな。おれもあの動画を見たからお前の気持ちはわかるつもりだ。調べの結果彼女が亡くなる前に遊びに出かけた相手がお前だったしな。だが、忘れるな。お前は刑事じゃない、一般人なんだ。お前が死んだら……」
そう言って照井さんは、隣で黙っている私と玲奈を優しく見つめた。
その視線は、まるで本当に心から心配しているようだった。
私は缶コーヒーを握りしめたまま、静かに唇を噛んだ。
頭のたんこぶが、まだじんじんと痛んでいた。
「この馬鹿も含めて、悲しむ奴はたくさんいるだろう。俺も悲しいし、あいつや葛城も、あの世で悲しむだろうよ」
……あの人や親父さんを出すのは卑怯だよ。
胸の奥がチクリと痛んだ。私は唇を強く噛んで、視線を落とした。
「今回の事件……表に出るの?」
「そこはすまんが、無理だ。この大規模な爆発も『事故』ということにする。老朽化した地下施設に、旧日本軍の残存爆弾があったとか、何とか適当な理由をつけてな」
「だから渡したくなかったの……」
「お前が渡してくれたデータで、財界・政界・役人の名前が山ほど挙がっている。流石にこれだけの大物どもを一斉に逮捕したら、日本どころか世界中の笑いものだ。お前が処分される可能性も高い」
「意味ないじゃん……」
「最後まで聞け。これに記載されていた連中は、何かしらの別件で罪に問われることになる。理由は表向き別の事件って形だ」
照井さんはため息をつきながら肩をすくめた。
「さすがにここまでスケールが大きいと、俺たちだけでどうこうできる話じゃない。上層部の判断になるだろうな」
「だったら、私が——」
「お前が暴力でケリをつけるつもりか? お前が捕まるだけだろ! 冷静になれ、バカ娘!」
照井さんの声が一気に大きくなった。
私は思わず肩を縮めた。
「俺も内部でいろいろと調べる。暴走するな。良いな?」
「……はい」
「玲奈!」
「はい!」
急に名前を呼ばれた玲奈は、背筋をピシッと伸ばして照井さんを真っ直ぐに見つめた。
「こいつの手綱は、お前がきちんと握っておけ。全く……そのうちフォローしきれなくなるからな。今回はお疲れさん」
照井さんはそれだけ言うと、大きな体をゆっくりと立ち上げ、事務所のドアに向かった。
ドアノブに手をかけたところで一度振り返り、私をじっと見つめた。
「……今回はよくやった」
そう言い残して、彼は静かに部屋を出て行った。
ドアが閉まる音が響いた後、事務所の中に重い沈黙が落ちた。
私は缶コーヒーを握りしめたまま、唇を噛んでいた。
頭の中では、二人の美智子の笑顔が、繰り返し浮かんでは消えていた。
照井さんが帰った後、事務所に残ったのは私と玲奈だけになった。
玲奈は黙って私の隣に座り、そっと私の頭を抱き寄せた。
彼女の柔らかい胸に頰を預けると、優しく、ゆっくりと髪を撫でてくれる。
温かくて、甘い匂いがした。
「……玲奈?」
「いろいろあったと思ったから……」
「ありがとう。……すごく、落ち着く」
玲奈は小さく微笑み、私の頭をさらに深く抱きしめた。
彼女の指が私の髪をといで、耳の後ろを優しく撫でてくれた。
その感触に、今日の全ての緊張が溶けていく気がした。
「今から私の家に行くのも面倒でしょ? 晩御飯はウーバーにしましょ……そしてここで一緒に寝よっか?」
「ここ、ソファベッドしかないのに」
「激しくしなければいいでしょ?」
「……うん」
私たちは簡単な食事を取り、古びたシャワーで互いの体を丁寧に洗い流した。
熱い湯が、血と埃と汗、そして今日の全ての疲れを溶かすように肌を滑り落ちていく。
玲奈の指が私の背中を優しく撫で、私も彼女の肩や腰を丁寧に洗う。
湯気の中で、二人の視線が絡み合い、言葉はいらなかった。
電気を落とした事務所には、月明かりだけが淡く差し込んでいた。
ソファベッドに横になると、玲奈がすぐに私の体に寄り添ってきた。
火照った柔らかい肌が密着し、熱がじんわりと伝わってくる。
私は玲奈の背中に腕を回し、彼女の首筋に唇を押し当てた。
玲奈の体が小さく震え、甘い吐息が漏れる。
彼女も私の腰を引き寄せ、太ももを絡めてくる。
指先が互いの背中を這い、ゆっくりと腰を撫で、胸の膨らみを優しく包み込む。
「……綾」
玲奈の声が耳元で溶けるように甘く響いた。
私は彼女の唇を奪い、舌を絡めながら深くキスをする。
息が混じり合い、熱い吐息が互いの肌を濡らす。
玲奈の手が私の胸を優しく揉みしだき、親指で先端を転がすように刺激してくる。
私は思わず喉を鳴らし、彼女の太ももに自分の脚を擦りつけた。
荒々しく激しくするのではなく、ただ互いの温もりを確かめ合うように、ゆっくりと、深く。
玲奈の指が私の秘部に滑り込み、優しく、でも的確に愛撫を始める。
私は彼女の耳元で小さく喘ぎながら、同じように玲奈の濡れた場所に指を這わせた。
湿った音と甘い吐息だけが、静かな事務所に響く。
玲奈の腰が小さく跳ね、私の指に締め付けるように反応する。
私は彼女の胸に顔を埋め、硬くなった先端を舌で転がしながら、指の動きを少し速めた。
玲奈の甘い声が徐々に高くなり、私の名前を何度も呼びながら体を震わせた。
今回の事件の全て——二人の美智子の笑顔も、爆発の轟音も、照井さんの説教も。
みんなの手助けに犠牲者、今回もたくさんの事が起きた。
玲奈の熱と柔らかさと甘い匂いに、ゆっくりと溶けていく感じを受けた。
私は私の進む正義を、必ず貫く。
元凶を、必ず潰してみせる。
そう胸に誓いながら、私は玲奈の腕の中で、彼女の体温に包まれて静かに眠りに落ちた。
Case 2 白き仔羊の檻 完
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