16話 これってヤバい状況?
私の言葉が終わるか終わらないかのうちに、左右から残りの二人が、獲物を取り囲む獣のような動きで肉薄してくる。
低く構えた影が、左右の視界を同時に埋め尽くす。息遣いと足音が、地面を這うように迫ってくる。
私はいつもの構えをとる。
両足を肩幅に開き、膝を軽く曲げて重心を下げ、体の中心を安定させる。
櫻華の流転の構えを取りながら、相手の体重の乗り方、呼吸の乱れ、視線の動きまでを逃さないように把握しようとした。
右から来た男が、大振りな右のストレートを放つ。素人ではないが、女だと思って舐めた単調な一撃だった。
拳が風を切る低い音が耳を掠める。私は首を、わずかに傾けてその拳を紙一重でやり過ごすと、伸びきった男の右腕の内側を滑るように懐へ潜り込んだ。
そのまま迷わず、手の平を顎へ真下から突き出す。
手首に重い、骨に響くような感触が伝わった。
男の頭が勢いよく跳ね上がり、顎の骨が軋む音が小さく響く。
そのまま、足をひっかけてバランスを崩し、倒れゆく体の上に体重を乗せた膝を鳩尾に落とした。
左の男が暴言を吐きながら警棒を振り下ろしてきた。
「このアマ~」
金属が空気を裂く鈍い風圧が頭上を襲う。
私は重心をさらに深く落とし、地面を転がりながらそれを前転で回避する。
前転の勢いを殺さず、そのまま相手の伸び切った膝関節に、硬いブーツの踵を全力で叩き込んだ。
硬い骨の衝撃が足裏に跳ね返ってくる。
「あがぁっ!?」
男は悲鳴を上げながら前のめりになって倒れこんでくれた。
これで、残るはリーダーただ一人。
部下二人が一瞬で無力化された光景に、リーダーの顔が恐怖で引きつる。
血の気が引いた青白い顔、大きく見開かれた目、唇の端が小刻みに震えている。
彼はなりふり構わず、ジャケットの内側へ慌てて手を突っ込んだ。
その瞬間——男の服の隙間から、鈍く冷たい鉄の光が私の瞳を射抜いた。
日本では一般人が持ってない代物を握っていた。
「……拳銃」
距離は約五メートル。
男の指が、引き抜いた銃の引き金に確実に掛かる。
引き金がゆっくりと沈み始めるのが、はっきりと見えた。
その時、公園の入り口に一人の女性が迷い込んできた。
「え……?」
場違いな一般人の登場に、ほんの一瞬だけ、銃の男の銃口が大きく揺れる。
その一瞬で十分だった。
私はアスファルトを強く蹴った。
地面が軋むほどの蹴り足。
低空を飛ぶような鋭いダッシュで間合いを詰める。
私はアスファルトを強く蹴った。
地面が軋むほどの蹴り足で低空を滑るようにダッシュし、男が再びこちらへ狙いを定め直すより早く、その懐へと飛び込んだ。
低く沈めた姿勢から爆発的に踏み込み、全身のバネを乗せた強烈な前蹴りを放つ。
靴底が男の胸板の中心、心臓の真上に深く突き刺さった。
「ゴフッ……!」
心臓を直撃した衝撃に、リーダーの意識が完全に飛ぶ。
体がくの字に折れ、口から濁った息が吐き出される。
放たれるはずだった銃弾は空を無意味に切り裂き、拳銃が砂利の上を乾いた金属音を立てて転がった。
三人の男たちが、地面に折り重なるようにして完全に沈黙する。
私は乱れた長い銀髪を乱暴にかき上げ、背後のベンチで震えている男を振り返った。
「来るの遅いんですけど」
黒髪ボブの少し凛とした美女が、何事もなかったようにこちらへ悠然と歩いてきた。
昼下がりの柔らかな日差しが、彼女の黒髪を軽く照らしている。
「さすが私ね。ベストなタイミングだったでしょ」
「よく言うよ、どうせ見てたんでしょ」
「綾ならあれぐらいなら大丈夫だと思ってね。さすがに銃が出てきたら、出てくるわよ。傷物にされちゃ困るから……」
凛は私に向かって妖艶な流し目を送りながら、ハンカチに包んだ手で地面の拳銃を丁寧に回収しようとした。
その時、倒れていた三人が這うようにして必死に逃げ出した。
地面を掻きむしる音と荒い息遣いが遠ざかっていく。
追いかけて話を聞く余裕はあるが、今はさすがに無理そうだ。
「怜奈にも連絡をしたから、もう少しで来るわよ」
「さすが」
私はベンチに座らせていた浮浪者のおじさんの方に向かう。
「ねえ」
「ああ……ありがとう。シビさん」
「私の事を知ってるの?」
「わしらと一緒に飲んでくれる若い娘さんはあんたらぐらいしかいないから」
おじさんは膝の上で空き缶の袋をカサカサと神経質に鳴らしながら、怯えた目で周囲を素早く見渡した。
「だって色々話が聞けて面白いから……じゃなくて、何で襲われたかわかってる?」
「わしは見てはならぬものを……見てしもうたんです」
浮浪者のおじさんは、周囲を怯えるように何度も見回しながら、膝の上の袋を強く握りしめた。
「今警察が来るから保護はされるわ。でも聞かせて、何を見たの?」
私の言葉に、おじさんはようやく少しだけ肩の力を抜いた。
深く息を吐き、震える声で語り始める。
「あぁ、わしが見たのは巷をにぎわせてる女学生失踪の件です。……いつも通り空き缶拾いなどをしようと思った時に、女学生が突然消えたんですよ」
「うん。どうして消えたかわかる?」
おじさんはごくりと大きく唾を飲み込み、声を極限まで潜めた。
「それは、マン……」
おじさんが核心を口にしようとした、その瞬間だった。
「……ッ!」
おじさんの体が、後ろから目に見えない強烈な力で突かれたように、ガクンと前方に激しく跳ねた。
「おじさん?」
言葉の続きは、喉の奥で押し潰されたような、かすかな吐息に飲み込まれて消える。
「おじさん?」
異変は唐突すぎた。
さっきまで必死に何かを伝えようとしていたおじさんの表情が、まるでお面を貼り付けたように一瞬で凍りつく。
次の瞬間、彼は重力に逆らう力を完全に失ったかのように、私の胸元へぐにゃりと崩れ落ちてきた。
抱きとめた腕に、ずしりと生々しい、死の重みが伝わる。
「ちょっと、おじさん! しっかりして!」
呼びかけながら抱き起こそうとしたが、彼の身体にはもう、自分の重さを支える力すら残っていなかった。
「凛」
「あっちへ人影が見えた。無理かもしれないけど追いかけてみるよ」
凛の声はいつも通り冷静で、低く抑揚の少ないものだった。
黒髪ボブが昼の光を反射しながら、すでに体を半分こちらに向けている。灰色の瞳が、遠くの茂みの方を鋭く捉えていた。
「うん、よろしく。拳銃を持ってるやつらだから気をつけてね」
私が短く返すと、凛は即座に反応した。
一瞬の間の後、彼女は地面を軽く蹴り、素早い足取りで人影が見えた方向へ走り出した。
黒いジャケットの裾が風をはらみ、細身の後ろ姿が昼下がりの公園の木陰へと素早く消えていく。
おじさんの目は大きく見開いたままだった。
瞳孔が細かく震え、私を射抜くように焦点を合わせている。
まだ必死に何かを伝えようと叫んでいるはずなのに、口元はわずかに引き攣るだけで、指先一つピクリとも動かない。
……心臓の発作か?
それともアレルギー?
いや、何をされたの?
耳元に顔を寄せても、聞こえるはずの呼吸音があまりにも静かに、ゆっくりと消えていく。
胸の上下が、まるで止まりかけの時計のように弱々しくなっていく。
私はおじさんの状態を確かめようと、首の後ろに、うなじのあたりに指を滑り込ませた。
その時、指先にチクリとした、冷たく硬い感触が走った。
まるで細い針のような、異物めいた感触。
……何! これ?
違和感に眉を寄せながら、私はおじさんの胸元を切るために、ジャンパーの裏側から小型のナイフを取り出したその時だった。
「何をしている!」
声の方向に振り向くと、そこにスーツ姿の知らない人物と玲奈が立っていた。
……警察だよな。
玲奈は「あちゃー」という感じで、片手を頭に当てて軽くため息をついていた。
「葛城警部補」
「話は私が聞きます。あなたは救急車を呼んでください。そしてその倒れてる人の事もお願いします」
「はい」
玲奈は指先で近くのベンチを指し示したので、私は素直にそちらの方へ歩いた。
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