春目前の満月・あなたに反目する輩を知りたい
「ディアーナも大概・・・よね」
王都の人気タブロイド紙のゴシップ記者で、ディアーナが海辺の街に引きこもっている間、占い師・呪い師としてのディアーナのコラム担当だったカトリーヌがやれやれと首を振る。
「・・・偽善者だって言いたいんでしょう?」
ディアーナはブラン侯爵家のお忍び用の馬車に揺られながら、口を尖らせると、カトリーヌは無言で肩をすくめた。
「・・・別に全国民に好かれようとか、王太子妃として認めてもらおうとか思ってないの。
ただ自由なうちに見ておきたいのよ。現実を」
「現実、ねぇ・・・」
カトリーヌは眉をひそめて、
「いいとこのお嬢さまには刺激が強いと思うけど?
それにどんな治世になったって反対勢力って生まれるものよ。
ほら、これどんな形に見える?」
自身の手に載せた球体の小物を、もう片方の手で押さえながら、ディアーナに問う。
「丸ね」
「色は?」
「白、かしら」
「半分当たりね」
カトリーヌはディアーナの答えに、小物の反対側を見せる。反対側は尖っていて言わゆる、円錐形の小物入れであった。しかも色も角度によって青色にも見える。
「誰かにとっての正義でも、誰かにとっては犠牲かも知れない。誰かにとっては幸福でも、誰かにとっては不幸でしかない。
優しい丸型かと思いきや、こんな鋭利なのよ?
ここが人の世である限り、白色を黒だと言い張る奴はいるし、それはどうしようもない現実で、器の大きな人たちの我慢と忍耐によって、この世は比較的穏便に回っているの」
「それはそうなんだけど・・・」
ディアーナは王城近くで王妃と公爵家のアナスタシア嬢が運営している、女性向けティーサロンに掛けられた白猫の絵画を思い出して頷く。
侯爵家の元ご令嬢レーラの渾身の作品。
ディアーナはだいぶ遅れて見たのだが、ただただ感動した。
まだまだ荒削りではあるものの、どこから鑑賞しても、オッドアイの瞳にじっと見られているかのような錯覚に陥る兄妹猫の写実画。
これでいいのか?
そう問われているような気がしてならない。
ソル王太子殿下といい、家族の粗雑な扱いから逃れ、現在は新鋭画家として活躍しているレーラといい、ベティといい、若者たちがこの短期間で劇的に成長しているのだ。
「未来の王太子妃として、その立場と環境に守られているのもいいのだけど・・・どうしても見たいのよ」
「よりによって、武闘派組織のアジトなんてねぇ・・・」
カトリーヌはやれやれと首を振る。
もちろん護衛隊はついてきているし、先方にも訪問の件は伝えてある。
尤も王太子とディアーナが婚約予定だとはまだ極秘なので、あくまでも貴族令嬢の行商としてだ。
ただ実際、ディアーナの今回のわがままには、多くの人たちが協力体制を取っている。
多大な時間と金と人力が掛けられたのだ。
そこまでして現地訪問が必要なことではないにも関わらずだ。
未来の王太子妃が『王家に反目する、武力頼りの組織の暮らし』が知りたい、がために。
当然ながら、王家としてはそんな危険なところへは連れて行くわけにはいかないのに。
そんなカトリーヌの心配をよそに、ディアーナは武闘派組織とは一体全体、どんな廃墟に潜伏しているのだろう、と勢い込んで来ていた。
ところが、他の田舎風景と大して変わりがなかったので、拍子抜けしてしまった。
前世異世界の影響のせいか、武闘派組織と言えば、過激派とかテロリストとか、粗野で野蛮なイメージを勝手に持っていたのだ。
教会などとは名ばかりの、血塗られた要塞とか。
「・・・・・・」
ディアーナはごくごく普通の教会に、無言で棒立ちになる。
「きゃー!ついにこの村にも月読みレディー・ディーが来たわ!」
組織の女たちだろうか、豊満なボディを揺らしてディアーナたちを歓迎した。
「え・・・」
ディアーナは呆気に取られて、カトリーヌは首をすくめる。
「昨今、流行りの恋守りチャームもいいけど、やっぱりアレよね!アレ!催淫効果のある香油!」
「野郎共は隙あらば、若い女に手を出そうとするし、イランイランのオイルで腰砕けにしてやりたいわ!」
「ぎゃー!なんかアンタが言うと、リアルにいやらしいわ!」
ぎゃあぎゃあと組織の女たちは俗っぽいことで、盛り上がっている。
ディアーナは女たちに言われるがまま、オイルや雑貨を販売したり、若い娘に占いを施したりした。
こうして見ると、どこにでもいるお姉さん、おばちゃん達である。
常に王家に対して反抗的で、ギスギスしていると思いきや、普段は自給自足の穏やかな生活をしているようだ。
「男共は何を思うか知らんけど、あたしたちは月読みレディー・ディーを支持するわ。
だってレディー・ディーは女たちの味方だもんね。
もちろん、あたしたちが飢えや災害で苦しんでいる時に、呑気に飲み食い、踊っていたりしたら、武力に訴えることはあるけれど、こっちだってできれば争うなんてイヤだからさ」
リーダー格の女が言い切ると、周りの女たちもうんうん頷いた。
「内戦はお互いに負傷者死亡者は出すし、環境破壊するからね。
争いで犠牲になるのは、戦う男たちもそうだけど、多くが幼い子どもや、か弱い女たちでしょう。
あたしら女は、子どもたちを闘争で死なせるために、産んでるんじゃないんだから」
「それはそうね」
カトリーヌは同意しながら、物凄い速さでペンを走らせている。
「で、いつ王子様と結婚するの?」
唐突に女に聞かれて、ディアーナははい?と上擦った声を出した。
「け、け、け、結婚?」
「あたしらが何も知らないとでも?国民の大半はレディー・ディー支持。
他の貴族女は知らない。興味もない」
女たちが言う。
「とにかく飢えさせないでよね。自分たちばかり、いい思いしないで」
「それから、先だっての処刑騒動、うちらの組織とは関係ないから。反対勢力だっていくつもグループがあるのよ。分かっているだろうけど。
うちらは比較的、穏健派」
「この前、対立組織をボコったくせに、穏健とか言わないでよね」
仲間のツッコミに、ギャハハと豪快に笑う女たちと、取材に集中しているカトリーヌを見たディアーナは、そっと息を吐いた。
やはり自分は守られているのだ。
以前の伯爵令嬢、女男爵時代のような気軽さはない。
「・・・結婚はまだまだ先だと思いますが、それまでしっかり勉強して、働きます。王国の豊穣と、子どもたちの健やかなる成長のために精進することを約束します」
「レディー・ディーならできるよ」
「期待してるわ」
女たちの声が教会の中で響いた。
☆☆☆
「・・・憂いは解消された?」
ソル王太子が執務室で書類から顔上げ、不完全燃焼気味のディアーナを見た。
ディアーナは白猫兄妹を抱えて頷く。
「ご心配、ご迷惑をおかけしました。皆さんの手を煩わせてしまって・・・」
「気持ちは分かるけど、あんまり無茶はしないように」
恋人に宝石やドレスを強請らず、武闘派組織の日常生活が知りたいから許可して欲しいだなんて、ディーらしいけどね、とソル王太子殿下は続けた。
「・・・婚約前に、どうしても反対勢力の顔が見たかったので・・・」
それでもブツブツ呟くディアーナに、ソル王太子殿下は苦笑する。
「何でもかんでもひとりで思い悩むことはないだろう?優秀な人材は王城に大勢いる。適材適所。反対勢力との仲裁に入るのに適する人物はちゃんといる。
ディーの適所は僕の隣。ディーとセブンの隣。家族やルナたち仲間の隣。そして女性たちの隣に寄り沿って、輝けばいいじゃないか」
「・・・ジャハラムードみたいに、あなたに刃を向けそうな輩がいるのなら、その顔を拝んでみたかっただけ、なんて今更言ったら、ドン引かれそうですね・・・」
「「は?」」
思わずソル王太子と側仕えのエドが声を揃える。
「武闘派組織の日常生活が見たい、だなんて、綺麗事ですよ。
私はソル王太子殿下に刃向かう、生意気な連中が見たかっただけですから。
もちろん、呪うつもりも、話せば分かるだなんて思い上がるつもりもありません。
でも実際に会ったのは比較的穏健派。
はっきり言って、友好的な方々でした。
私のためにそのようなお膳立てをして頂いたのだと痛感しました」
そうして、所用があると言って、ディアーナは執務室を出て行く。
「・・・のんびりとした見かけとは裏腹に、激情をお持ちかも知れませんね」
エドが書類を整えながら、意外そうに言ったが、ソル王太子は少し顔を赤らめて、その顔を片手で覆った。
世間知らずのお嬢様感は否めない。
だが、王太子を想うが故の行動だと理解すると、その平和的な思考が愛おしく感じられるのであった。
それから春の気配が感じられるようになった頃、王太子殿下とディアーナ侯爵令嬢の婚約が発表されたのである。
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