晩冬の新月!その名前を呼びたい
今日はどういうわけか、朝からオッドアイの白猫兄妹がそわそわしていた。
「どうした?セブンもディーも」
執務室の机上で書類から顔を上げた王太子が、猫たちに声を掛けたものの、白猫兄妹は王太子など気にすることなく動き回っている。
「どうやら雪が降るようですよ」
王太子の側仕えであり、植物研究家でもある男爵のエドが、書類の束を整えつつ言った。
「王都に雪・・・この晩冬の月に珍しいな。猫は寒さには強くないから雪など興味はないだろうに」
王太子はどんよりと厚い雲に覆われた、灰色の空を窓越しにチラリと見やる。
「それよりも、そろそろご用意を。本日は婚約者候補のひとりと顔合わせがあるのですから」
エドの言葉に、はぁ、と王太子は大げさにため息をついた。
「なんだってこんな寒い日に顔合わせなんて」
ぐちぐち文句を言う王太子に、
「暑ければこんな暑い日に、と文句を言い、寒ければこんな寒い日に、と文句を言う。暑くも寒くもない日はこんな忙しい日に、でしたっけね」
エドも少々うんざり気味に返した。
王太子は思い当たる節が多々ありすぎて、気まずそうに視線を猫たちに移す。
それにしても、何だってこんなに落ち着きがないのだろう。
まさか季節外れの大雪でも降るのだろうか。
大雪にでもなったりしたら王都は大変な状況に陥る。
「さぁ、殿下。そろそろご用意を」
気の乗らない王太子を促して、半ば強引に用意に向かわせる。
執事や乳母、侍女が総出での準備だ。
なぜか湯浴みまでさせられ、いつにも増して身体を磨き上げられた王太子は、すっかり警戒モードに入った。
イヤな予感がする。
まさか諸外国の王女ではなかろうか。
意表をついて元サヤで公爵令嬢とか。
あまりに毎回、無愛想かつ、無遠慮な王太子の対応に、最近では顔合わせの令嬢の情報が入らなくなってしまったのだ。
自業自得とはいえ、いきなりの顔合わせにも辟易していた。
どうせ誰にも興味が沸かないし、心も動かない。
どうせ。
そう、どうせ。
所詮は政略結婚なのだ。この辺りが諦め時、決断の時期なのだろう。
・・・もし万が一、雪が降ってきたら、今回の令嬢を正式な婚約者として据え置くか・・・
「・・・おい、どこへ行くんだ?」
応接間でも私的な客間でもない方向の回廊を歩いて行く一同に向かって、王太子は声を掛けた。
「ブラン侯爵令嬢さまはどうやら、王宮ガーデンでお待ちのようです」
「ガーデン?この寒い中?」
返事をした執事に王太子は不快そうに眉をひそめた。
しかもブラン侯爵と言ったか?
ブラン夫妻に年頃の令嬢はいなかったはずだが。
しかも・・・
なぜ、乳母も侍女も白猫を抱いているんだ。
ガーデンに出ると吐く息が白く、思わず身体を震わせた。チラチラと雪が舞っている。こんな寒空の下、ガーデンに赴くとは全く悪趣味な令嬢である。
しかも雪か・・・
ズキリ、と心が重くなった。
本当に雪が降ってくるなんて。
するといきなり兄妹猫が乳母たちの腕から、飛び降りてぴょんぴょん走り出してしまった。
「お、おい、セブン、ディー!」
逃げたらどうするんだと、慌てて乳母の腕を掴みかけたが、振り返ったその乳母の瞳は潤んでいる。
「え・・・」
王太子の心臓がドクリ、と大きな音を立てた。
一同の隙間から向こう側を見ると、見知った懐かしいストレートの金髪が揺れているのが視界に入る。
「セブン!ディー!元気にしていた?」
ディアーナのころころした笑い声が聞こえた。
「デ、ディー?」
王太子は狼狽え気味に声を掛けると、ディアーナが目を細めている。
「我らが太陽の王太子殿下にご挨拶申し上げます。
ブラン侯爵家の養女となりましたディアーナと申します。以後、よろしくお願いいたします」
それからイタズラっぽい笑顔を浮かべ、猫たちを両腕で抱いている格好で淑女の礼を執った。
「ほ、ほんとに・・・?ディー?」
「・・・本日の顔合わせの婚約者候補のご令嬢は、ディアーナ侯爵令嬢ですよ」
エドがしてやったりと、それはそれは楽しそうに王太子の耳元で囁いた。
王太子は反射的に一同を押し退けると、ディアーナの前に立ち、猫ごとディアーナを抱きしめた。
「ディー!ほんとにディー!」
「お久しぶりでございます。お元気そうでなによりです」
窮屈なはずなのに、猫たちはディアーナの腕の中で大人しくしている。
「・・・会いたかった・・・!」
「・・・私も・・・です・・・」
猫たちもミャア、と鳴く。
「ディー、結婚しよう」
「・・・・・・。・・・はい」
唐突な求婚に、ディアーナは一瞬絶句したものの、小さな声を返した。
「今日しよう。今すぐしよう」
王太子のそのひと言に、どっと笑い声が上がった。
いつもは引けるはずの面々が、その場に留まり、しかも官僚や騎士やメイドなど、どんどん人数が集まってくるではないか。
さらにそれを合図に、
「ディー様!待ち望んでいましたわ!」
「待っていました!」
「ようやくですね!」
「やはり、ディーさんがしっくりくる!」
などとみんながディアーナに声を掛ける。
ガーデンの遠くからも、
「お嬢ー、じゃなかった!女男爵様ー!じゃなかった!やっぱり、お嬢様ー!」
と懐かしのルナの淑女らしかぬ大きな声が響いてきて、ディアーナは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「ルナ」
「王太子殿下!ちょっと離れて頂けません?」
ディアーナの専属侍女だったルナが、無遠慮に王太子に抗議した。
「私もディアーナお嬢様と再会を喜び合いたいのですが!」
「ダメだ」
王太子はディアーナを抱きしめた腕に力を込める。
「どうやらこの寒さで腕が固まってしまったようだ。しばらくは離せそうにない」
「何とち狂ったことを!お嬢様を王都で待っていたのは、殿下だけではないんですからね!」
王太子に触れて、引き離すわけにもいかず、ルナはすぐ傍らでキーキー怒り立った。
ディアーナに回された腕にぎゅうぎゅう力が入るものだから、さすがに白猫たちが鳴き声を上げだした。
「殿下!王太子殿下!セブンとディーが窒息してしまいます。ちょっと力を緩めて・・・」
「・・・・・・ムリ」
「も、もう!ソル殿下ったら!」
不意に王太子が腕を離した。
「ディー、今、初めて名前を呼んでくれた?」
王太子の両手がディアーナの両肩に置かれ、頬を赤らめるディアーナを覗き込むように顔を寄せる。
「・・・そ、そうですね。ソル王太子殿下」
「やっと、名前を呼んでくれたんだ」
ソル王太子は満面の笑みを浮かべた。
「・・・よ、呼びたくなかったのですよ」
一方のディアーナは顔を真っ赤にして、モゴモゴ口ごもった。
「え、どうして・・・?」
王太子の満面の笑みが、サッと強張る。
「だ、だって、まるで、まるで・・・」
ディアーナはソル王太子とようやく目を合わせ、
「太陽と月なんて、なんか因縁があるみたいじゃないですか・・・」
王太子は両肩に乗せた手に力を入れて、降ってきた雪を溶かしてしまうような熱情を瞳に写す。
「因縁じゃなくて、運命を感じたんだろう?」
ディアーナはさらに頬を熱らせた。
いつの間にか、身体が弱くて、どことなく軟弱に見えた王国のソル王太子は、一皮も二皮も剥けたいっぱしの青年に成長していたのである。
「月と月の女神も運命ですから!」
ルナが横で声を上げた。
「ディーとルナは因縁だろう」
ソル王太子はちょっと意地悪く微笑むと、白猫たちを執事たちに預けて、もう一度、ディアーナを強く抱きしめる。
「やっぱり今すぐに結婚しよう」
「それはダメです!私たちの楽しみを奪わないで下さいな!!」
ルナを始め、女性陣たちが抗議の声を上げた。
「婚約から挙式までのプロセスが、私たちの腕の見せ所なのですから!!」
ガーデンが薄っすらと白化粧をしていく中、ソル王太子とディアーナの周りだけが、ポカポカと春のように温かいのであった。
とんでもなく遅い更新にも関わらず、お読み下さり、本当に感謝でいっぱいです。
申し訳ありません。
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