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忠犬  作者: 禅海
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 道端で泥酔する失業者のように、久志はくどくどと愚痴か悲嘆かよく分からないことを話していた。それは本当に見るに堪えなかった。

 優斗も優斗で、客相手の些細な雑談のつもりが、こんな惨めな男を介護する羽目になるなどとは、思いもよらなかった。しかもその男が正真正銘の罪人で、自分の罪を自白しているというなら尚更だ。なのにそれについて全く怒りも起きず、他人事みたいに平然な自分に確かに驚きはしたけれど、それはやっぱり驚き以上の何ものでもなかった。

 優斗にとって、久志の言う過去の尖った概形は、時間によって既に摩耗されて、十分に過去らしい想像の余地に富んだ、綺麗な三次元的な円形を帯びてきていた。この球体上に優斗が人生という道を伸ばしてみると、その経路は球面上で過去と現在の地点を含む一本の滑らかで不明瞭な円環を描いていた。こういう一繋がりの輪廻的な宿命的な道程、無数に取り得る円環のうちの一つに過ぎない経路上のある区間で、あのような塗炭の苦しみを舐めねばならなかったのは、単に優斗がまだ三次元的や四次元的な見方を持たず、一次元や二次元的な見方だけに頼って、ちょっと道を縦横に逸れてみたり、その場に留まって道草を食ってみたりすることが得意でなかったからというに過ぎなかったのだ。

 と言っても三次元だとか四次元の見方で解析できるのは、宇宙だとか深海だとか実験室だとかの議論だけで、もし人間を解析しようものなら次元が遥かに足りないか、そもそも人間が全て無次元化されねばならないだろう。そんなことに優斗はわざわざ興味を持てない。

 ただそれにしても自分はあんまり冷静で無感情すぎる気もする。話に耳を傾けてやるだけでは久志に不誠実すぎるし、怠慢ではないか。

 すると優斗は自分が透明な彫像のように思われてきた。自分にはただ人間の外形だけがあって、その内側にはなんにも詰まっていない、いわば無が()()のだ。我々の外形の外にはただ物質が絶えず流れていて、普通なら人は内部の存在や質量でそれを吸収したり、屈折させたり、反射させたりするのだけど、優斗は多分そうではなくて、ただただそれらをそっくりそのまま透過させてしまうのだ。

 久志はきっと、苦しむばかりだろう。


 とにかく優斗は、どうにかこんな久志を労るように、気丈に耳を傾け続けていたが、あんまり久志が暗澹(あんたん)とした話ばかりするものだから、久志はきっと辛いだろうと思い、さてそろそろどこかで区切りを付けなければと口を切った。

「本当に、僕はもう今さら気にしてないさ。今生きているんだから、それが全てだろ。それだけ君が反省して、後悔していることは苦しい。だけどただ一つだけ忘れられないことがあるとしたら、君たちに殺された緑亀のミミ……あの亀にも名前があったんだよ。今でもミミのことだけは、僕は可哀そうでならない。あの亀は死ぬ前日に、可愛い仔亀が五匹、卵から(かえ)ったばかりだった。でもその仔亀もすぐ病気にかかって、お母さんを追うようにみんな死んだんだ」

「ああ、そうか、本当に。そうだったんだね。ああ山本君の言葉は聞けば聞くほど苦しいよ。でもこれが僕の罰なんだろうな」

 暫くして久志は店を出た。すっかり日が傾いてきた。それでも店先にはまだ余熱が残り、水が流れていた石畳はすっかり乾いていて、あの少女ももういなかった。

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