39.女子兵たちの初行軍
第5章突入…
でもすぐには戦闘には入りません…
出発の朝。
彼女たちが拠点としているフルマーシュの町は、ルルメラルア国内の小さな町である。
国の基準から見れば、取るに足りない田舎町で、あまり発展性のない物静かな町だった。
森林に囲まれており、かつては林業が盛んだったというが、今の主な木材生産の拠点は西のタムト村に移ってしまっていて、要するに今では何の特産もない。
そのフルマーシュは、町から四方に街道が通っている。
主要道は北に抜ける街道で、商業都市アングローシャへ続く王国縦貫街道の、その南の終点に当たるのがこのフルマーシュだ。
東西の街道は商業的にはそれほど活発ではない。
だが、東はルルメラルア王都オーシェ方面へ、西はエヴェリエ公爵領へと続く、王国の重要な街道のひとつである事は違いない。
フルマーシュはその中継地として、意味のある町ではあるのだ。
そして、南に抜ける街道。
高い岩山を回避する形で、そのまま西へ折れていくルートだが…
とにかく山道で不便な道である。
坂が多く、道の蛇行も多いので、あまり速度も出せず、小回りの効かない大型の馬車の通行は向かない。
その上、近頃は山賊も出没する様子で、治安にも問題がある。
通常の商人でも、商隊を組み、護衛を雇って大人数で行動しなければ危険が大きいと思われる。
その道を女性だけで行こうというのだ。
今回の行商のメンバーは、リーダーのクレージュの他に、
冒険者組が、フローレン、アルテミシア、ユーミの三人。
そして店の女の子が六人。
元ショコール兵で商売や管理の助手をしている“部長”チアノ、
酒場よりも商売物資の仕事を主に行っている、ネージェ、ディアン、
新しい三人、ミミア、メメリ、キューチェ
その女子ばかり十人での行軍となる。
クレージュの店が保有している荷馬車は二台。
それを引く馬が四頭。
うち一頭は、名馬と呼べそうな馬で、荷馬車に使うのは勿体ない感じではある。
フローレンたちがあのアヴェリ村の山砦から連れてきた、軍馬らしい馬だ。
馬は毎日適度に走らせ、町を出た場所にある草原で草を喰ませている。
それも輸送隊のチアノやネージェやディアンの仕事だ。
ユーミや他のメンバーが馬の散歩に同行することもある。
クレージュは、自分が不在の時は、お店を仕切るのを酒場歴の長いクロエに任せている。
料理の得意なセリーヌがいるし、先月からの二人、ウェーベルは家庭的で料理も得意だし、アーシャも料理はそれなりにできる。
ウェイトレスは歌姫兼務のアジュール、セレステの二人が慣れている。
商売助手のカリラも、人が足りない時は調理手伝いに入れるし、
ちびっ子のレンディとプララも調理場のお手伝いをしてくれる。
パン屋に働きに行っているラピリスも、忙しい時は仕事後でもお店を手伝ってくれる。
レイリアを含めた火竜族の三人は、鍛冶屋の手伝いが忙しいようだ。
昨夜も三人そろって酒場の営業が終わってから帰ってきて、そのまま三人そろって閉店後のカウンター席で飲んでいた。
ツンツンな占い師のレメンテイも意外と家庭的で、占い仕事の後に調理に参加したりする。
その相方、デレデレな踊り子のラシュナスは、家事女子力はゼロに等しい。料理をはじめ家事の技術もなければやる気もない。
だけどこの娘には、毎晩踊りで盛り上げる、という仕事あるのだ。
そしてその後は、男性客を“個別”に“接客”しに店を出ている…
そこに、町の四人の女の子が、お手伝いに来てくれてることになった。
ユーミの猟師仲間のエスターが肉を卸しに来て、ついでに肉を捌いたり、できる手伝いもしていってくれる。
ラピリスと同じ職場のベルノという子も、しばらくの間パン屋が終わった後、夕方のお店の調理をお手伝いしてくれる。
アルテミシアの大ファンのトーニャという針子の子も、仕立て屋がヒマなので、洗濯や衣類の繕いなどを手伝いに来てくれる。
そしてフローレンの花屋の友達リマヴェラも、今朝から来てくれていた。
飲食の接客は向かない感じだけど、お店の内部の家事、掃除や洗濯なんかの働き手として期待できる。
この四人はいずれもこの町の孤児で、孤児院にいた頃から仲がよく、四人で話をして、いずれはクレージュの店に引っ越してきたいと考えているようだ。
クレージュたちが不在でも、女子たちが協力してお店の業務はまわるだろう。
今日は朝練はなし。
みんなで朝食を頂いた後、いよいよ出発だ。
二頭ずつの馬に引かせた荷車が、店の前に並んだ。
お留守番するメンバーがみんな揃って見送りに出てきている。
…約三名はまだ寝ているけれど…
「留守をお願いね!」
占い師のレメンティと、管理係のカリラ、料理長のセリーヌを中心に、クレージュが留守番組に声をかけた。店主が不在になるのだから、
留守番組も「頑張らないと」と気合が入っている。
ちなみに、レメンティの占いでは、
「聖なる杯の下に、多くの聖女集い、其の杯より、光満ちあふれる」
という、よくわからないけれど、要するに、大成功を感じさせる良い卦だった。
「さ、行くわよ!」
フローレンが、今回同行する女の子たちに声をかけた。
メンバーが荷馬車に乗り込む。
前の馬車の御者はユーミ。
荷台にアルテミシアと、輸送隊の三人、チアノ、ネージェ、ディアンが。
フローレンは後ろの馬車の御者だ。
荷台にはクレージュと、新しい三人娘、ミミア、メメリ、キューチェが乗り込んだ。
「しゅっぱーーーっ!!」
出発を告げるユーミの号令が高々と響き渡った。
町の南の門を抜け、馬車は進む。
しばらくは農地の中を、そして森を抜けていく。平坦で真っ直ぐな道だ。
日が少し上がった頃、街道は西へ大きく折れ、山へ入っていく感じになった。
やや勾配が多くなり、馬の速度を落とす。
この裏街道はすっかり寂れている感じだ。他に通行人もない。
道は均されているけれど、雑草が生えてきている。
山間を西に進んだ終点には、タムトという大きな村がある。
食料の一大生産地で、領主の軍の他にしっかりした自警組織があり、お陰で安定した食料生産が行えているようだ。
山賊や流民に荒らされた周囲の小さな村から人が流れてきているようで、生産地の規模は日を追うごとに大きくなってきているようだ。
また、対立する北西の神聖王国ラナに向けての前線拠点にも比較的近いため、林業物資の調達拠点にもなっている。木を切り森を拓く事で、同時に土地の開墾も行っているのだ。
タムト村は、もはや大きな村ではなく、規模的には小さな町の様相を見せてはじめている、との話だ。
今回の目的は、そのタムト村に食料を買い入れに行く事だった。
昨季の麦の生産量がかなり多かったらしく、割と手頃な値段で麦が手に入る。
その上、穀物だけでなく、漁が行える海が近いので海産資源も豊富だ。
フルマーシュでは、食料品の価格が上がっている。
北の戦乱の影響で、ルルメラルア王国内全体の物価が上がっている感じだ。
クレージュの店も、女の子が増え大所帯になっている上に、飲食店を経営して行かなければならないのだ。
安く仕入れなければ、全員が食べていく事ができなくなる。
そして安く仕入れるためには、危険を冒さなければならない…。
だから危険が伴う南街道を、あえて行く選択をしたのだ。
クレージュが赴くのは、自ら交渉するためだ。
助手としてもと商人のカリラがいるが、クレージュほど交渉事に慣れてはいない。
クレージュは重要な交渉は必ず自分で行い、現地に赴くようにしている。
クレージュたちが所有するのは、二頭の馬が引く簡易な荷馬車で、それほど作りの良いものでもない。
馬車の作りからしても、馬の牽引能力を考えても、一台ごとにそれ程の荷を積めるわけではない。
その上、登り勾配のある場所では、馬の引く力だけでは不十分なので、荷を積んだ帰り道では、みんなで後ろから押したり、アルテミシアの軽量化の魔法などに頼る事になるだろう。
二台の荷馬車は、やや勾配のある山道を、それ程の速さでもなく進んでいく。
こういう道が曲がりくねり勾配のある地形では、速く走らせるのは危険が大きい。
だから風を纏う魔法も、馬を強化する魔法も、今は使わない。
フローレンが御者を務めている二台目の荷馬車の荷台の上で、クレージュは新たに加わった三人の女の子と一緒だった。
前を走るもう一台のほうは、ユーミを御者に輸送隊の女の子三人が座って話をしているのが見える。
アルテミシアは先日また旅から帰ってきたばかりで、ちょっとお疲れな様子だ。
なので、馬車の荷台の上で寝転がっているようだ。
後ろの荷馬車の女の子三人は、今回が初めての同行になる。
先日、三人揃って賊から救い出された娘たち、ミミア、メメリ、キューチェだ。
今回の輸送の行軍について…
今回は馬車一台で、武闘派の輸送隊女子三人だけ連れていく事も考えていた。
その三人、チアノ、ディアン、ネージェは既に、商業都市アングローシャまで行商に連れて行っている。それにチアノは元兵士だし、ネージェもディアンも実戦経験はほとんどないけれど、戦士としてかなり成長していた。
この新人の三人を連れて行く事は、訓練“顧問”のフローレンが最終的に許可した。
ヴェルサリアの、“LV1”の装備の力込みでの、フローレンの判断だった。
やはり、食料を安く多く買い付けたい。
輸送に携わる人数は多いほうがいいのだ。
こういった買付けの時の行軍では、クレージュが指揮をとる。
元々はフローレンやアルテミシアの先輩冒険者でもあり、商売でもお店でも人を使う事に慣れていて、差配は慣れているのだ。
店と商売を切り盛りしていて、冒険者含め多数の女子を率いているこの才女が指揮を取るのは、まあ当然といえば当然ではある。
行きは荷も軽いので全員が荷台に乗れる。今回はあちらで売る商品は積んでいないので、野営の道具や行軍中の食料だけで荷が少ないからだ。
だけど、あちらで食料を大量に買付ければ、荷台に人の乗るスペースは無くなる。
「帰りは歩きになるからね。覚悟しておいて」
三人の女の子たちに対して、クレージュはあらかじめ説明をしておく。
女の子たちは少し驚いたようだったが、すぐに「わかりました」というように力強く頷くのだった。
幸い賊から助け出されたが、これからは自分たちで生きる糧を得なければならないのだ。働かなければならない。
この子たちには三人とも、その覚悟はあるようだ。
「どうして危険なのに買付けに行くんですか~?」
最初に口を開いたのはミミアだ。
明るい赤茶色の巻き髪の少しぽちゃっと体型の女の子だ。
「フルマーシュの町では食料の価格が高くなっているからよ。
物の数が少なくなると、値が上がるの。つまり、同じ金額でも、買える量が少なくなるのは、かわるかしら?」
商売における基本的な事だけれど、クレージュはわかりやすく教えている。
「お値段が高いと~、おなかいっぱい食べれない、という事ですね~!」
ミミアは理解している。言い方はあれだが…。
この子は体型がふくよかだ。つまり、たくさん食べれる、裕福な家の娘である。
多少は経済的感覚も持ち合わせていそうだ。
「だから危険を冒してでも、安いところに買いに行かなきゃなのよ」
「わかりました~」
話し方もおっとりしている。
仕事以外にも、フローレンが毎日走り込みをさせたり武器を振らせたりよく動かすので、いい感じに無駄な肉が落ちてきた印象がある。
「目的地の村って、このキケンな道しかないのでしょうか…?」
そう聞いてきたのは金褐色の髪を後ろでおさげにしたメメリだ。
この子は対象的にほっそりして、来た当初は栄養が充分でない様子で、あきらかに貧しい村の娘だ。
ここに来てからは人並み以上に食べるので、血色も健康的になり、女らしい場所にもちょっとずつ肉がついてきている。
「私達の町の西から行けるルートは、ルルメラルア軍が駐留していて、通行税を取られるようになったのよ。先月からね…。
そこでお金を取られちゃったら、安く買いに行く意味がないでしょ?」
「なるほどー! よくわかりました! おなかいっぱい食べるためには、多少の危険も乗り越えなきゃ、ってことですね! がんばります!」
メメリも、この行軍の必要性を理解している。
食べるのも充分でないくらい貧しい身の上だから、物事をシビアに考える。そして努力家で意欲的だ。
そして知識は少ないけれど、少し教えれば先を理解する賢さがある。
ネージェやディアンたちアヴェリ村の四人も含め、教養を与えられずに育っている子が多かった。この世界の農村では、まあそんなものだけれど。
自分たちにはわかりきった簡単なことからでも、この子たちには教えてあげる事が大事だ、とクレージュは思っている。
お店に来た頃、ミミアはあまり、メメリはほとんど、文字を読めなかった。
それが頑張って覚えて、今はもう店のメニュー程度なら読める程になった。
もう一人。
先程から話を聞いているだけで話さない、前髪が揃った黒髪の可愛いキューチェ。
大人しい性格で、あまり能動的に動かないところがある。
今の会話も、じっーっと聞いているだけだ。
だけど、この子はわりと色んな事をわかっていて、例えば物資の管理の手伝いをさせても、他の二人よりずっと要領を得ている。
教養も充分で、読み、書き、計算、すべてレベルが高い。
キューチェはこのへんの経済的な感覚は充分に持ち合わせている。
危険のある中、買付けに行かなければならない事情についても理解しているだろう。
太陽がちょうど真南に上った頃、荷馬車を止めて休憩を取った。
山道の上った場所、つまり見晴らしのいい場所を選ぶ。
そこで馬を休ませ、店から持ってきた弁当を食べる。
行軍の訓練として、女の子二人一組、三交代で見張りに立った。
最初はネージェとミミア、次にディアンとメメリ、最後にチアノとキューチェ。
だが実は、次の村までは、山賊が出る心配は少ないのだ。
それでも実戦経験のない女の子たちは、いい感じに緊張している。
初日の練習にはちょうど良い感じだ。
もちろん、フローレンもユーミもクレージュも、警戒を怠る事はない。
冒険者は、休憩していても、食事をしていても、たとえ眠っていても警戒していたりするものだ。
西の空が赤くなる前に、小さな村についた。
このムス村は、この南街道に残っている唯一の村だ。
ここより西にあった二つの村の人々は、西のタムト村へ移住し、村は廃村と化している。
街道を離れた山中にも小さな村がいくつかあるというが、それらの村がどうしているのは情報がない。
ちょうど放牧地から村に戻ってくる牛飼いの姿が目に映った。
「ここは山間の村で酪農が盛んなのよ。そしてチーズの工房がたくさんあるの」
クレージュが指さす先には、それらしい工房の建物が並んでいた。
「そしてね、チーズを使ったケーキがね、とろけるオイシサなの♪」
アルテミシアの目的は、この村のチーズケーキだ。
ずっとへばっていたのに、スィーツの事になると、いきなり元気になった…。
ここで作られたチーズはフルマーシュを経由して、北のアングローシャへ運ばれる。
アングローシャの貴族が出資しているチーズ工房もあるとかで、この村だけは最後まで残るだろう。
貴族の私兵らしい者たちが、しっかりと警備を行っている様子が見えた。
「チ~ズ! チ~ズ…!」「チーズですよー!」
ミミアもメメリも食い気たっぷりだ…。 けれど、
「こら! 二人とも! お仕事に来てるのよ!」
チアノ“部長”のその一言に、
「「そうでした!」」
と反省する二人…
「いいわよ。今夜はみんなで食べましょう。この村特産のチーズ」
美味しいものを食べさせてあげたい親心だ。
クレージュは司令官だけど、この子たちの母親的なところもあるのだ。
ミミア、メメリだけじゃなく、ネージェもディアンも大喜びだ。
そしてチアノも。
二人を諭しておいてだけど…実はこの子も食べたかったのだ…。
馬小屋つきの宿屋を取った。
そこで女子十人、チーズ祭りだ。
ついでにユーミは牛肉のステーキにかじりついている。
行軍中なので、お酒は控える。今回はお酒の人は来ていないし…。
アルテミシアの関心はもちろん食後のスィーツだ。
食後は女子十人、チーズケーキ祭りだ。
「今日はしっかり休んでおいて。明日からは野宿になるわよ」
フローレンの呼びかけに、女の子たちが頷きながらも、少し緊張気味になった。
明日は、交代で見張りをしながらの野営になる。
本当は今晩も、馬や荷物を交代で見張るべきなのだけど…
ユーミが馬小屋で寝るから、見張りは不要、という事になった。
クレージュも、不慣れな女の子たちを、休める時に休ませるほうを選んだ。
フローレンもユーミに付き合って、ワラにくるまった。
冒険者は馬小屋で寝る事にも慣れているものなのだ。
女の子たちは、大部屋で並んで眠りについた。
この村を出たら、危険度が高い領域に踏み込む事になる。
明日からは、いつどこで襲われるか、わからない状況なのだ…。




