40.女子兵たちの初野宿
翌朝。
まだ早い時間にムス村を出発した。
西方面に向かうことは、かなり止められた。
当然だけれど、山賊が出るから、というのがその理由であり、
当然だけれど、女性ばかりだから、というのがその理由である。
村人たちは必死に止めようとしてくれる。
心配してくれるのはいいのだけど…
そこは説得が面倒い…
フローレンが三人の傭兵兵風の男に絡まれている。
この工房のある村を守る、貴族の私兵だろう。
「いいかい、色っぽい格好したおネーチャン…」
「こっからは先はよぉ、サンゾクが出るわけだ…」
「オレたちみたいなツヨい男でもよぉ、近寄らないんだ…」
ゴツい男の一人が、フローレンの華奢な肩に手を回してくる…
フローレンはその男の手を直前で躱すと…
一瞬で花園の剣を現し、薙いで、薙いで、薙いだ。
おっ? と一瞬驚いた男たちの…
ズボンが揃って落ちた…。
「おツヨい、んですね」
フローレンは背を向けた三人に、手を振って立ち去った。
男どもは、ヒモの切られたズボンを押さえるのに必死で、その色っぽいネーチャンをただ見送るしかない…。
「どりゃーーーあ!」
こっちでは、ユーミが大木を|(縦に)両断して、村人たちを“説得”した。
村人たちの理解を得て、これで問題なく出発できそうだ。
酪農の村ムスを出ると、街道はますます山に入っていく。
多少の蛇行があり、多少の高低の勾配がある山道だ。
街道は、ほぼまっすぐ西へ向かっている。
木が覆い茂って、陽光が半ば遮られる、暗がりの道が続いたりする。
その暗がりがまた、不安を呼び覚ます。
女の子たちの緊張がかなり高まっているのは、その表情ですぐにわかる。
フローレンやアルテンシア、ユーミは冒険慣れしているし、もっと危険な場所にも行ったりする。
冒険を始めたばかりの頃は、この子達のように、なれない場所を行く事には不安があったのを、ちょっと思い出していた…。
この子たちも何度も旅をすれば、いずれは慣れたりするのだろう。
尤もその為には、戦いの経験を積まなければならない。
換装武器と守りのアクセサリを得た事で、女の子たちの基本戦力は整っている。
だけど、武器の訓練や体力をつける、鍛錬も怠らないことだ。
彼女たちの防具に関して、魔奈循環効率だの、それに纏わる肌の露出の話だの、先日アルテミシアから説明はあった。
けれど、結局、女の子たちの着るものは、普段着とあまり変わりはない。
いや、普段着より露出面積を意識的に多くした衣装だけれど、六人ともムリにという程ではなかった。
今後、女性用の胸と腰だけの防具が手に入るなどすれば、この子達の装備について検討していくことになるだろう。
ややふくよかなミミアは、胸元を大きく開ける事は抵抗がないようだ。
胸が大きいのは自分の魅力だと認識している。
ただ、お腹を晒すのは極端に嫌がる。
「もうちょっとダイエットしてから」と頑なに拒否だ。
そのために、訓練やお仕事で身体を動かすことは進んで行っている。
下もむちっとした太ももが隠れるように、膝まであるスカートだ。
ほっそりなメメリは、上半身を晒すのを嫌がった。
栄養が行けば胸にも肉がつく、と信じているようで
「その為にはいっぱい食べなきゃ」と張り切っている。
それまでは上半身の露出は控えめだ。
お尻は丸出しでもいい、と大きい事に自信はありそうなのだけど、そこはまあ短いパンツで露出度三割くらいで留めている。
可愛いキューチェは、あまり起伏のない身体なので、その足りない部分を出すのは嫌なようだ。
いっぱい食べれないし、食べても大きくならない、とちょっと悩んでいる…。
アルテミシアに、魔奈循環を良くすれば、女の子らしい肉付きもよくなる、と言われたそうで、毎日必死で魔法の修行を頑張っている…。
それ以外の部分はわりと見せても構わないらしく、上はお腹が見えるくらい短いチュニックで、下もかなり短いスカート姿だ。可愛い。
新人三人の衣装はこんな感じだ。無理のないくらいの露出で、がんばって魔奈循環をよくしている。
前の馬車の荷台に見える三人、ディアンとネージェ、チアノ“部長”、この三人はもっと大胆だ。
チアノは、股間部の食込みが激しい紺色のボディスーツで、上半身はその上から上着を羽織っている。上半身が隠れるので、半出しのおしりと長い脚がけっこう目立っている。
こういう格好だけれど、海歌族の女子たちは、これに似た女兵士時代の衣装が身体に馴染んで戦いやすいらしい。海歌族の他の三人も、チアノと同じ衣装を欲しがっている。
頭には兜の代わりに前にだけツバのある帽子を被っている。
流れる水の長髪は纏めずストレートにそのままだ。
活発なネージェとディアンは、二人とも胸元が開いたタンクトップなシャツでおへそはチラ見せ、下はタイトな短いパンツだけ。
ネージェは革のベルトを腰に斜めに引っ掛け、ディアンは小さい革のベストを着ている。
長い金髪が作業や戦闘の邪魔にならないように、それぞれハイポニテとローポニテにまとめている。
新人の三人に比べればやや風格が感じられるけれど、この子達もあの焼け落ちる砦での、一度の実戦しか経験していない新兵なのだ…。
六人とも、アルテミシアの魔奈循環の見立てでは、+3相当の防御効果は維持できているのではないかという事だ。
実戦に入れば、さらにこの上からアルテミシアが防御魔法をかけるので、金属鎧並みの防御力は期待できる。それも全員全身くまなく、だ。
フローレンは、いつもと変わらない、胸と腰を僅かに覆うだけの、花びら鎧。
今日の頭飾りは真っ白なバラだった。その日の気分によって、飾る花を変えるのだ。
アルテミシアも、月影色のボディスーツに、同じ色の山高帽子、
ユーミも、いつもの極光色の毛皮だ。
クレージュは、いつも店で着ているのと同じ、長いスカートのような異国のドレス姿だ。
両横に腰の高さから大きく切れ込みが入っていて、スカートというよりは前後に長い布を垂らしているような形状で、歩く度にその両側から生脚をのぞかせる妖艶な装束だ。
砂漠を越えた遠い東方の民族衣装であるらしい。
一つの山を抜けると、やがて左右の木が遠くなり、道が広くなったような感じになってきた。
北側の遠くに、岩山が見えた。
切り立った岩の壁が延々と、東西に続いているのが遠目に映る
「うわ~…たかいね~」「上が見えないですよー…」「…すごい…」
岩山はかなり高い。
途中からうっすら雲がかかり、頂上が見えない程だ。
「エヴェリエ公爵領と、この南街道を隔てる、岩の山脈ね」
手をかざして岩山の高さに見入っている女の子たちに、クレージュが説明した。
フローレンやアルテミシアさえも、この光景に見入っている。
彼女たちですら、この街道を行くことは滅多にないのだ。
「そしてね、森に覆われて見えないけれど、はるか南側も岩壁になっているのよ。
ただ、こちらは断崖になっていて、遥か下は海だけどね」
ここら一体は海に面しているけれど、海面から高すぎて、海岸はないのだ。
船で海に出るためには、もっと西か、あるいは遥か東に行かなければならない。
見晴らしのいい場所まで馬車を進めて、そこで休憩を取る。
昨日の休憩時と同様に、交代で見張りに立った。
お昼ご飯は、ムス村で作ってもらったお弁当。
ムス村特産の厚切りチーズと、ローストした牛肉の薄切りと、朝採れたての葉野菜を、二枚の柔らかなパンで挟んで、チーズが一旦溶けるくらいまで押し焼きした、この村特産のサンドイッチだ。
ホウソ樹という大きな木の葉っぱにくるまれている。この木の葉は、ツツミ葉とか、クルーム樹とか、各地で呼び名は異なるけれど、だいたいどの村でも栽培されている。こういう食品を包む用途のある葉っぱで、包む時に葉を摘めばいいのでお手軽だ。
もちろんクレージュの店の裏庭にも、何本か植えられている。
で、女の子たちは葉の包みを開いて、肉と野菜とチーズの贅沢サンドを手に。
ユーミ、フローレンはじめ、女の子たちはかぶりついて食べている。
そしてその重なる旨味に、思わずシアワセ顔になる…。
今日の見張りは、チアノとキューチェが最初だ。
まだ不慣れなので、アルテミシアが荷台の上からこっそり一緒に見張っている。
元兵士のチアノは問題ない感じだけど、可愛いキューチェはかなり緊張している様子だ。
アルテミシアにしてみれば、キューチェは魔法修行の弟子に当たる。
それも、他の四人の弟子と比べても、素養が群を抜いている。
この調子で続ければ、早い段階で実用レベルまで到達しそうだ。
見張りの終わった後、チアノはまだ余裕が残っている感じだけど、キューチェはくたくたに疲れていた…。この子はあまりこういう役割は向かない。
早いこと見張りに役立つ魔法でも習得させたほうが良さそうだ。
可愛いキューチェは、贅沢サンドをちっちゃなお口ではかぶりつけないようで、武器換装で食器を出してナイフとフォークで食べていた。
海歌族のチアノもそれを見て真似している。
アルテミシアも、同じことを真似した。
この三人はそのお上品な食べ方のほうが慣れているようだ。
「むらがみえたーーー!」
ユーミがそう告げたのは、日がかなり下りてきた頃だった。
ただしここは目的地の村じゃあない。
そして今はもう “村” でもない。
ここの住民は、西のタムト村へ移住したのだ。
この廃村に、馬車を乗り入れる。
“村”に獣が入り込んでいる。
つまり、人がいない様子が伺える。
馬車を見ると、狼のようなその獣は、慌てて森の方へと去っていった。
街道に沿って、村の中央広場まで着た。
アルテミシアが生命反応を調べる。
《反応感知》センス・リアクション
反応は小さなものだけ。つまりは、村に入り込んだ獣だ。
人の反応はない。
山賊が拠点にしている様子もない。
「じゃあ今日はここで野宿ね」
リーダーのクレージュが呼びかけた。
村で野宿、というのもおかしな感じだけれど、野宿なのだ。
空き家を使う手もあるけれど、風通しが悪い家などはカビが繁殖していたりして、衛生状態が悪い事が多い。
野営場所は、村の中央広場より少し離れた、民家の庭のような場所だ。
馬に食べさせる草も充分に生えている。
手分けして野宿の準備を始める。
女の子たちにはフローレンやアルテミシアが一緒に行動する。
ここは既に、警戒すべき区域なのだ。
近くの川から水を汲み、森で薪を集める。
馬車と荷物の番をするのも、大切な役割だ。
集めた薪で火を熾し、煮炊きをして食事を作る。
こういう時の煮物は、米を使うのが良い。
刻んだ野菜と、摂ってきた野草を混ぜ、岩塩と、クレージュ独自の調味料で味付け。
クレージュの配合した野営用調味料は、他の冒険者仲間にも好評なのだ。
そしてユーミが森で仕留めてきた獣の肉を焼いている。
行軍中の昼食は、保存用の食糧で済ませる事が多い。
今日は村で買ったお弁当を持ってきて、多少はましな食事だったけれど、明日はそうはいかない。
こうして火で調理できる時に、多少は良いものを食べておくに限る。
冒険者は多分みんなそうしているはずだ。
お粥が出来上がるまでの間、女の子たちが武器の練習を頑張っていた。
フローレンがつきっきりで指導している。
そして先輩の三人が、後輩の三人に、教えてやっていたりする。
ディアンは言い寄ってきた男客をぶん殴るほど気が強いけれど、この新しい後輩たちには優しい。
その親友のネージェも元不良娘で乱暴なところはあるけれど、明るい性格で、何かと世話をやいている感じだ。
チアノはこの二人よりもさらに先輩で、元兵士ということもあって、自分がしっかりしないと、と気負っている感がある。さすがは“部長”だ。
キューチェだけは武器じゃなく、魔法の練習をしていた。
横でアルテミシアがついて指導をしている。
今回のキャンプの火熾しはキューチェがやったのだ。
初めての実用的な魔法の使用だった。
この子は戦闘に関する魔法もほんの少しだけど、もう覚えるには覚えているのだ。
「みんな、おかゆができたわよ!」
「おにく、やけたよー!」
クレージュとユーミの呼びかけに、みんなが集まってきた。
みんなで火を囲みながら、野菜のおかゆと、焼き肉を頂く。
仲間内での話が弾む。
話の中心にいるのはフローレンとアルテミシアだ。
捕まっていたところを助けられた事もあって、女の子たちはみんな、この二人を中心に慕っている。
他愛もない日常会話が延々と続いている。
《領域警戒》エリア・ウォーニング
《領域を指定》
→馬車ならびに焚き木を中心に半径五米に警戒度・強を付与
→同中心点から半径二十五米を警戒領域に指定
アルテミシアが警戒の魔法をかけた。
何かが近づけば感知して音や光で知らせる、そういった魔法だ。
空には月が現れ、やさしい光を落としていた。
月は、日毎に欠けていっている。
新月に近づいているのだ。
クレージュの予想では、行軍がもたつけば、帰り道あたりで三日月を越えてしまうかもしれない。
三日月より薄くなると、アルテミシアの調子は大きく減退する。
特に新月はダメだ。
朔夜を迎えたアルテミシアは、別人のようにぐったりしてしまう…。
その前後だとスィーツを与えればある程度いけるけれど、この子は全く月のない日は何をやってもダメなのだ…。
そうなる前には帰還しないといけない。
荷物が重くなった帰り道は、アルテミシアの軽量化の魔法がかなり頼りなのだ。
女子たちが、毛布にくるまって、星を見ながらの野宿。
換装武器にいい感じの枕がある事をフローレンが教えて、みんなで使っている。
アクセサリの持つ冷熱耐性のおかげで温度も快適だ。
火は焚いたままだ。火があれば、普通の獣はまず寄ってこない。
三交代で起きて見張りをする。
フローレンとユーミも、女子二人と一緒に起きて見張りをした。
アルテミシアは少しでも休ませようと、クレージュが代わりに起きた。
久々の野宿で、クレージュは冒険者時代を思い出していた。
今日は、荒事が起きるだろう。そんな予感があった。
長年忘れていた、冒険者のカンだ。
来る、とすれば、そろそろだ。
多分、フローレンやユーミは、気づいている。自分以上に。
東の空が開け始めている。
チアノとキューチェに見張りを任せ、クレージュは朝の食事の準備をはじめた。




