28.そして女子たちの今日が始まる
お日さまが町の東、山の陰から顔をのぞかせる。
「あさだよーー! おきろーー!!!」
ユーミの大声が、この店全体に響き渡る。
屋根の上にまで響いてくる。
フローレンもその大声で目が覚めた。
「あら、おはよ♪」
「あれ? アルテミシアも?」
ここはお店の屋根の上である。
つまりこの二人は、屋根の上で寝ていた、わけだ。
お店の正面の屋根は斜めになっていて、フローレンは以前そっちで寝ていたらクレージュに叱られた。
道に面しているので人に見られるから言われたのか、滑って落ちたら怪我するから言われたのかはわからない。
それ以降フローレンは、屋根で寝る時は、平らになっている店の裏庭側の屋根で寝ることにしている。
まだ夜が肌寒い季節なのだけど大丈夫。
フローレンの花びら鎧のような論理魔法装備に完備されている冷熱耐性機能のお陰で、胸と腰をちょっとだけ覆うだけの格好でも全然寒くないのだ。
アルテミシアも月影色のボディスーツ姿だ。腕も脚も丸出し、胸元もおしりも半分くらい出してるけど、フローレンと同じく寒くはないはずだ。
「ええ、私も、よ♪ お月見してたら、そのまま寝ちゃった、って感じ♪」
「ふ~ん…」
アルテミシアはよく月を眺める。
そして月を眺めながらスィーツを嗜む。それもおダンゴ系のスィーツを。
月兎族にはそういう習慣がある、と本人から聞いたことがある。
何かアルテミシアは、お好みのスィーツを食べた後のように充実した感じだ。
「また後で♪」と、アルテミシアはそこから横の二階のベランダ部分にふんわりと降りていった。
フローレンは屋根から一気に裏庭に飛び降りる。
店の裏手にはわりと広い敷地がある。
毎朝その裏庭に集まって朝練を行っているのだ。
一応公共の場であり、水を汲む井戸もそこにある。
フローレンは裏庭に一番に着くと、花びら鎧の換装を解いて、“中”に着ていた運動着に着替えた。そして朝訓練のみんなが出て来るのを待つ間、軽く身体を動かす。
その場で跳んで前回転、着地。次は後ろ回転、着地。
次は助走をつけて跳んで回る、何度も、何度も回って、跳んで、着地!
次に、片足で立ちながらもう片足を頭の高さまで上げて止めたり、その場で回る…
その次は、逆立ちの姿勢から脚を真横に思いっきり伸ばして、その場でくるくる回ってみる…花びら鎧姿だと腰当てがめくれて見えそうなのでやらない動きを、運動着姿だから、やってみる…
という感じに軽い運動をしていると、
「朝から何してるんですかー!?」「なんて動き…」「すごい…」
と、やって来た子たちに声をかけられ、驚かれる。
フローレンは片手逆立ち姿勢になって。身体を回すのをやめた。
「あ、おはよ~。ちょっと軽い運動を、ね」
と、そのまま曲げた手をバネに空中に跳び、縦回転しながら着地。
「軽い…」「運動…」「ねぇ…」「めっちゃ派手に動いてますけど…」
そうしてフローレンが“軽い運動”をしているうちに、女の子たちが全員集合した。
フローレンとユーミに、ショコールの元女兵士の海歌族四人、アヴェリ村の四人、火竜族の二人、プララとレンディちびっ子二人、
そこに今朝からの参加になるミミア、メメリ、キューチェの三人が加わる。
この子たちは昨日、坑道を歩きすぎて疲れもあるのか、まだちょっと眠そうな感じではある。もちろん集合も最後だった。
朝練の時、女子たちは全員そろって、上はゆったりした白い短いシャツで、下はぴっちりした青色の短いパンツの運動着姿。
朝練“顧問”のフローレンとユーミは、上は同じ格好で、パンツだけ色違いで赤色だ。
この衣装を用意してくれたのはクレージュだ。
もともとは、ルルメラルア王都オーシェを守備する女性兵士たちが、訓練兵の時代に着る衣服らしい。兵団で採用される“型”が変わって、使えなくなった衣服を、他にでの需要が見込めないので格安で譲ってもらった、とクレージュは言っていた。
アルテミシアは魔法使いとして別の自己練を行うので参加しない。
レイリアが参加しないのは、遅起きだからだ。ムリに起こしても機嫌が悪い。
占い師のレメンティは独自の鍛錬をするとかで不参加、踊り子のラシュナスはいつも昼間まで寝ている、尤もこの二人は現在、北に行っていて不在だ。
それにクレージュと、カリラ、セリーヌ、クロエたち年長組も参加しない。
「はしるよー! しっかりついてきてー!」
ユーミが大きな声でみんなを指導する。
朝の訓練のまず最初に、走り込みを行っている。
このクレージュの店のある町の区画を十週。
「あしこし、きたえるんだー!」
ユーミが先頭を駆ける。
小柄だけど速い。獣人族のユーミは本気を出せば、風のように速いのだ。
当初は一人で突っ走る感じだったけれど、最近はほどほどに他の子に合わせて、軽く走る事ができるようになってきた。
先月来た四人の村娘は、毎日走り込んでいるお陰でわりと体力がついてきている。
ディアンとネージェは元々農作業で体力ができているし、家庭的なウェーベルとアーシャも走り込みに付いてこれるようになった。
元々ショコールの兵士だった海歌族の四人はもっと楽に走っている。
火竜族の二人は見かけによらず、もっと慣れている感じだ。
小さな二人の少女も毎朝走っているので、他のお姉さんたちに遅れないくらいに、ついてくることができる。
さて問題は新しい三人…
ミミアは、体力がない。ちょっと肉が付きすぎている。
メメリも、体力がない。ちょっと痩せすぎている。
キューチェは、意外にも元気で、この二人よりも体力に余裕があった。でも何分小柄で、お世辞にも走ることに慣れているとは言えない。
でも一生懸命に走る姿が可愛い。
フローレンは最後尾を一緒に走った。
ほぼ歩きになっている子が二人もいるので、走ったという感覚もなかったけれど、とりあえず同行した。
「終わったら素振りよ。今日は初日だから、とりあえず100回。はい、持って」
へたりこんでいる子たちを含め、木刀のような木片を持たせる。
体力最低値な二人は、十回と幾つか振った時点で膝やお尻をついた。
「初日だしね、まだあんまり無理しないで。できるところまででいいわよ」
かなりつらいだろう。それでもこの子たちは嫌だとは言わなかった。
…ちょっと体力が無くて立ち上がれないだけだ。
けっこう荒い息をしている。
この調子だと、しばらくは体力づくりが基本になるだろう。食べることも含めて。
いっぱい訓練して、いっぱい働いて、いっぱい食べて、いっぱい寝ればいい。
何も今日結果を求める必要はないのだから。
「みんな最初はそうだよ~、続けてたら慣れるから、一緒に頑張ろうね~!」
三つ編みが可愛い年下の先輩アーシャが、元気に木の剣を振りながらそう声をかけた。この子も先月来たばかりの時は、同じ村の三人にも全くついてこれず、よくへばっていた。
…もちろん、走りの時によくコケていた…、けど今はめったにコケなくなった。
その隣りから、髪をシニオンにまとめたウェーベルお姉さん。
その優しげな外見に似合わないくらい鋭く剣を振りながら、優しく新人たちをはげます。
「これが終わったら朝ごはんだから、もうちょっとだけ頑張ってね!」
ごはん、と聞いて、へばっていた二人が突然、跳ねるように身を起こした。
そして立ち上がって、力を振り絞るように、頑張って素振りを始めた。
「結局、100回やったんだ…この子たち、意外と根性あるわね…」
ぐったり寝転がって「もう立てない!」って感じの二人と、横で座り込んで肩で息をしてる黒髪の小さな子を、フローレンは関心した想いで見つめている。
そして、
「さ、起きて。ご飯よ! いきましょ!」と声をかけた。
ごはん、と聞いて、寝転がっていた二人が突然、弾かれたように身を起こした。
ミミアとメメリは食に対する執着がものすごいようだ…。
キューチェも、手をついてゆっくり立ち上がった。その仕草も可愛い。
そして毎朝の食事と女子トークの楽しい時間がはじまる。
全員、体操着姿のまま、食堂で一緒に朝ごはんだ。
クレージュやセリーヌが、一階の食堂兼の大部屋に、人数分の朝ごはんを用意してくれているのだ。
今日は珍しくクレージュが自らお鍋を持ってきて、魚料理を一人ずつに配っていた。
「あれ? 今日は朝から魚料理なんて!」
「そうよね? 朝からなんて珍しいわよね?♪」
先に来てたアルテミシアも驚いていた。
(この子たちの初日だから豪勢な朝食なのかな?)
とフローレンは思ったけれど、考えてみればクレージュは、試しの料理をよく従業員に振る舞う。これもお店に出さないという事は、火加減とか味付けとか、何かが思い通りに行かなかったのだろう。
「今日の魚料理、なんかいつもよりピリっとするけど、味付け変えた?」
「やっぱ、そうよね? これはこれでいい感じだけど、いつもならここで唐辛子なんて使わないものね♪」
それを聞いたクレージュの眉が、ぴくっ、と動いた気がしたけれど、きっと気のせいだろう。
「すごくおいしいですよ、これ!」「うん、独特な味付けが珍しくて!」
「ショコールでも、ちょっとない味?」「朝からお魚料理なんて…シアワセ~」
「ピリ辛が効いてて、すごくいい感じ!」
「ええ~、レパイトス島のお料理を思い出します~」
魚料理が好きな海歌族の四人も、辛味が好きな火竜族の二人も、絶賛大喜びだ。
だが、褒められているのに、クレージュはちっとも嬉しそうではない。
昨日来た三人、小柄でぱっつん黒髪のキューチェは、静かに丁寧に食べている。
食べ方がとても上品だ。そして可愛い。
ぽちゃっと娘のミミアと、ほっそり娘のメメリは、何か…必死に食べている。
あまりに必死に食べるので、みんなが「余ったパンも食べていいよ」と勧めている。
朝食のパンは、パン屋でバイトしてるラピリスが、残り物を安く譲ってもらって持って帰ってきた物だ。
だから無い日は無いし、ある日はいっぱいある。
今日は山積みに余っているので食べ放題だ。
ミミアもメメリも、感謝しながらいっぱい食べている。
この二人は、横の席にいるユーミと三人並べても、遜色ないくらい、よく食べる…。
ちなみにそのユーミは、猫の獣人族っぽいのだが、それにしてはあまり魚には執着しない。猫といえば魚が好きなはず、なのに。
肉には執着するのだが…。ちょっと不思議な感じではある。
ちなみに、相方のレイリアはまだ寝ている。無理やり起こしても機嫌が悪いので、誰も起こしに行かない。そして、このまま朝も食べずに仕事に出かけたりする。…朝食代わりに一杯飲んでいくのだけれど。
当然だけど、この日は新しく来たこの三人を中心に、女子トークがすすんだ。
歓迎している、という事もあって、質問攻めだ。
ミミアは終始、食べる話をしていた…ような印象だ…。どこの名物が何とかやたら詳しくて、肉料理にはユーミが、スィーツにはアルテミシアがかなり熱心に聞いていた…。
天然で、別け隔てない性格で、誰とでも陽気に話をする子だ。
メメリは終始、緊張している感じだった。自分からは積極的に口を開かず、まわりの会話に耳を傾けている感じだった。ただ、食べる事の話になると、わりと熱を持って聞いていた…。
控えめで、しっかり相手の話を聞いて、誰に対しても丁寧に接する子だ。
キューチェは終始、可愛かった。ここのみんなからも可愛がられそうだ。
同じ歳のちっちゃなアーシャと並んでいると、どっちも本当に可愛い。
…おむねのサイズは対極的なくらい差があるのだけど…でもどっちも可愛い。
まあこうして新しい三人も仲良くなった。、
この日の〆の声掛けはその新人が行うのがお約束だ。
今日はミミアが、ということになって、メメリも「明日は私ですねー」と言ってるあたり、ちゃんとわかっているようだ。
「今日も、いっぱい食べて、がんばろ~!」
ミミアの掛け声に、「いや、今もう食べたでとこしょ!」とほぼ全員から突っ込みが入り、場の雰囲気が盛り上がる…。
初日から良い雰囲気だ。
そうして三日が過ぎた。
新しく来た三人も、ここでの生活に馴染んできたようだ。
ミミアもメメリもよく働く子だった。
二人共、接客でも愛想が良いし、他の子たちともすぐに親しくなった。
そして二人共家事が得意で、洗濯や掃除はすすんで行うので、他の子たちの負担がかなり減った。
その一生懸命さも、先輩たちからの信頼を得る理由だろう。
ただ、体力がない。訓練はまだまだしんどいようだし、お昼を食べた後もお昼寝してる。
体力づくりには時間がかかるだろう。
可愛いキューチェも家事は苦手ではない。その二人と一緒に、小柄な身体で頑張っている。
接客はちょっと合わない印象がある。可愛いけど、性格がおとなしすぎる。
その代わりというか、この子は頭がいい。
ここにいる女子にしては珍しく、読み書きが得意だ。
その上、計算までできる。しかも早い。
だから商売担当のカリラとチアノ“部長”の元で管理の仕事を手伝っているけれど、この子が来てからかなり仕事の効率が上がったとか言っている。
そして何と言っても、可愛い。早くも先輩たちから愛されキャラになっている。
クレージュの店はいつものように賑わっていて、他の子たちも忙しく働きまわっている。
商売のお仕事も、今は同じ町の中だけの売買だけど、それでも荷運びや荷物整理が大変だ。
商売の荷物が多い時は、接客組も協力して荷運びする。お店が忙しい時間は、商売組もお店を手伝う。
お店の接客も、商売の物資管理も、自分たちの家事も。みんなで協力して助け合って回しているのだ。
軍に戻れない、村から捨てられた、頼る人もいない、哀れな身の上の女子たちを受け入れて、彼女たちに生きる場所を与える。
店主のクレージュを中心に、実力のある冒険者女子たちがいて、そういう力無い女子たちがいる。
みんなで助け合って、生きていく。
みんなで支え合って、生きる力を高めていく。
クレージュの店を拠点に、女子たちによるひとつの共同体が出来はじめていた。
~~この女子たちの集まりが、やがて…
この国を、世界を、歴史をも、大きく変えていく存在になる事を…
今の時点では、誰一人として、知る由も無い事である~~
アルテミシアはいつも部屋に籠もって、何か魔法的な研究だか実験だかを行うのを日課にしている。
この住居と店舗に、お風呂のためのお湯を沸かす仕掛けを作ったり、食材の鮮度を保つ低温食料庫を作ったり、夏でも冬でも快適に過ごせるように温度維持装置を作ったりしたのは、全部アルテミシアだ。
今は岩獣を倒して手に入れた光石を使って、何か工作っぽい事を行っていて、部屋に籠もりきりだ。
ご飯も食べずに没頭してるので、クレージュに「ちゃんとご飯食べなさい!」と叱られていた。
「スィーツは食べてるから大丈夫♪」とか言って、もっと叱られていた。
ついでに「一曲くらい歌いに来なさい!」と無理やり引きずり出されてきていた。
彼女が歌いに出てこない事で、夕方からのお客たちは
「なんで彼女が出てこないんだ!」と非常に不満がっていたが、そのうち
「まさか、彼女の身に何かあったのか!?」と不安がるようになってきていた。
ウェイトレス全員が、お客の何人からも、日に何度も、続けて何日も聞かれるような、そんな状態だったので、一曲歌わせるのがどんな説明よりも手っ取り早かった。
まあ、さすがにアルテミシアと言ったところか…
どれだけグダっていても、ステージに立てばしっかりするもので、神秘的な美貌も、透き通るような歌声も、変わらない絶世の歌姫っぷりを披露していた。
久々の絶世の歌に、感動して涙を流す者もいる。…酔っていて号泣した可能性は否めないが。
お客たちはこの素敵すぎる歌姫が、つい先刻まで引き籠もっていたなんて思いもしないだろう…。
そんなアルテミシアも、明日からは十日ほど留守にするらしい。
古い知人に会うためだと言っていた。
つい先日冒険から帰ってきたばかりなのに、忙しいものだ。
それに、引き籠もっていたのに、いつ連絡なんてもらったんだか…
お姉さんなウェーベル、ちっちゃなアーシャ、ちびっ子二人プララとレンディ、
そして新人の可愛いキューチェ。
魔法の素質が高くて、魔法を学びたいと言っているその女の子たちに、アルテミシアが魔法を教えはじめている。自分の外出中にも練習をしておくようにと、各自に宿題を出している。
ユーミは毎日森に行き狩りをしている。
食糧というか肉の調達だけど、新鮮な肉料理を安く出せるので、これが飲食店としてはけっこう助かっている。弓も罠も使わず、必ず何頭も仕留めてくるユーミの実力は凄まじい。
それに最近は、地元の猟師の女の子と仲良くなったと言っていた。
炎を操るレイリアは、二人の妹分と一緒に毎日鍛冶屋の手伝いだ。
近頃は戦乱のある北の地で武器が不足しているらしく、発注が止まらず、納期も厳しい感じで、毎日忙しくしている様子だ。
「わたしも行ってくるね」
一般的な町娘の衣服に着替えて、フローレンも仕事に出かける。
この町はのどかで、そして今日も平穏な一日が始まり、そして静かな夜を迎えるのだろう。
毎日がそれの繰り返しだ。
北で起こっている内乱、この田舎町フルマーシュからはわずかに遠い。
だが、この辺境の町にもその影は少しずつだが、確かに指し始めているのだ。
次回ルーメリア編が1~2話で3章終了の予定です。
諸事情により、明日の投稿間に合わない可能性あり。毎日読んで下さっている方申し訳ございません。




