光れ、闇夜の音石!!! 後編
大変遅くなりましたがが、前回の続きを。ことちゃん、念願のあの人と再会!?
♪♪♪
カードの中のお師匠様は、杖を前に出した手をブルブルと震わせていた。見える横顔には、絵だっていうのに本物のような汗がいっぱいに浮かんでいて、とても辛そうで。その辛そうなお師匠様が、一生懸命作り上げた紫の貴い光を、突き出した黒いクリスタルに吸い込ませていく手が見えた。
「どお〜じゃ、ゼファーラムよ。己が色を吸われる心地は。んん〜? どれどれおぬしの、悔しさより歪みきった面貌でも、とくと拝ませてもらうとしようではないかあ~!」
粘つくようないやらしい声音で、ゾーンのやつがせせら笑いしながら霧の中から出てくる。その現れた姿は⋯⋯前に見たときみたいな干からびたものじゃなくって、全然違っていたの。違う意味で気持ち悪いくらいに、ぶくぶくと太った貴族のような格好をしたなにか。
『ぐ、ぐぬうっ⋯⋯その姿形はもしや、逃げ出し行方をくらましておった代官のものではないか? そ、そうであるからには、ゾーン、やはりきさま、堕ちるところまで堕ちたということなのじゃな!?』
「なんともはや、嘆かわしいのう~。元師匠ともあろうものが、愛しい弟子に対して堕ちるとはなんじゃ、堕ちるとは。じゃがな、ぐぬふふふう! ゼファーよ、おぬしほどの『力持ち』であっても出来得なんだ、『移し身の力 』を会得したまでじゃぞ? どうじゃどうじゃ、羨しかろう? もっと褒めてくりゃっていいのだぞお~? ぐのひゃひゃひゃあ〜!」
この前退治した時と違って、ゾーンの声にはすご~く強い『いやあな力』が感じられた。それもとても気持ち悪くって、常に吐き気をもよおさせるような。私がうえっ! ってなっていると、やつの顔がぐいっ! ってこっちを向いた。
うわあ~、気持ち悪いよお。こっち見んな!
「おおう、光の小娘ではないか。また逢うたのう! むふふふ、どうじゃな、いつぞやも申したように、そこな薄っぺらいのから離れての、偉大なるこのわしによ~く師事せんか? 悪いようにはせんぞお〜、この本身を得たるわしが、思う存分に可愛がってしんぜようほどに? なあに、心配せんでよい。永遠に愛おしんでやるよってにな、ぐぬふふふ~っ! うぬ、なんじゃその嫌そうな顔は。傷つくのう。それよりもやはり敵するならば、骨身残さず美味しういただくまでじゃ」
そう言うゾーンの声音は、ねとつくような気持ち悪さと、甲高くて耳がキンキンしてくる不快さを持つもので。
うん、ものすごおく! 気持ち悪い。
私は、こんなのに一生ベタベタされるのなんてまっぴらだ。絶対に、ぜ~~ったいにやだ!
おぞましさと、嫌悪感と、胸の内からふつふつといっぱい沸いてきたこの気持ちは、そう⋯⋯怒りだ。それもこの上もないほど強い、頭がくらくらしてくるような、なんだか逆にすんごい気持ちいいくらいの怒り。
そんな気持ちに、自分が深く沈み込んでいくのが分かった時にはもう遅かった。それからすぐ私が発した声音には、今までにはない色が付いていた。
『⋯⋯ふざけんじゃないわよ、このじじい。誰があんたなんかの言いなりになるもんですか。その姿だってどうせ、無理矢理にあんたが乗っ取ったんでしょうが。あんたの周りにいるその人たちだって、どんな思いで縛られているのか私にだって判る。もうたくさんだ。こんな目にあうのも、こんな思いするのも。あんたなんかこの私が、跡形もなく消し去ってやるんだから』
目の前が真っ赤に、ううん、なぜだか真っ黒にも感じられる気がした。それはあのゾーンの周りの、黒くもやっている霧とも似ていて、それでも少し違う感じの色。
どんどん濃くなっていく、私の目の前の赤く、そして黒い色は、とっても心地よく私の中に入ってくる。こんな感じ、初めてだ。すこぶる気持ちが良い。
「のほほほ~っ、よいぞよいぞ! そうじゃその調子で怒りを強うするのじゃ。さすればますます気が高まり、こちら側に近づくからしての」
私はどんどんなにも見えなく、そしてなにも感じなくなっていった。ただそこにあるのは、ドロドロに混じり合った赤と黒、どす黒い怒りだけ。あともう少し、ほんの少しだけ深く入り込んだら、もっと気持ちよくなれる気がする。そんなことをぼんやりと考えていたその時に。
『それより先はならぬっ、ならぬぞコトハよ。胸元の音石はそも何色ぞっ!? 思い出すのじゃ、そなたの持つべき『色』は何色じゃったかを!』
黒く霞んでいく周囲に、かろうじて光って見える小さな絵札。そこに描かれている、よく知っているようで知らない老人の絵が、私の方を向いてなにかを言っている気がする。さっきまでとっても気持ちが良かったのに、今はもう全然気持ち良くなんかない。胸がムカムカするっていうか、なにか小さなものが胸に張りつくように熱をよこしてくるのが分かる。
「むう~っ、今少しなのじゃぞ小娘よ。あと僅か一歩、いんや半歩進み出るだけでいいのじゃ。さすればそなたはわしの、この偉大なる『色なしの悪魔』、『闇の力使い』であるゾーン様のものになれるのじゃ。そなたもそれを、心の底から望んでおろうが。の? このわしが全身隈なく舐めさすり、女子としてのこの上もない悦び、享楽と最凶たる『無』色を与えてやろうほどに!」
ゾーン⋯⋯、ゾーン。目の前の高貴そうな人の名前? なんとなくだけど聞き覚えがある気がする。それだけではなく、とんでもなく私に係わりのある人のような。でもなんだろう、頭ん中がはっきりしないし、さっき聞こえた声? の内容も今はもうあやふやになってしまっている。ただ従えばいいんだとは思うんだけど、なぜだか絵札の事が気になって仕方ない。
私が思考に沈み込んで動けなくなってしまったのを、ゾーンっていう人が苛立たしそうに睨んでいた。遠くの方からは、さっき私に声を投げつけてきた絵札の中の人が、かろうじて聞き取れるくらいの音量で怒鳴っているのが分かった。
胸の真ん中では、さっきよりもずっと熱く、まるで熱せられた石を押し当てられているような感覚がますます強くなっていく。その熱さは痛くはなくて、張り付いた先からじわじわと、赤黒く染められていく私の心を押しとどめようとしているみたいだ。
『っ! この機を逃すでないぞ、カルレイシオよ! 径が繋がり道を成す今この時、そなたとコトハの『力』も合わさるはずじゃ。よいな!?』
かすかに聞こえる、絵札の中の老人の声。ううん、今ならハッキリと分かる。なぜなら、あの人の名前が耳に届いたから。
カル様、カルレイシオ様っ!
『コトハ、コトハ! 俺が分かるか?』
『っ! カ、カル様!? カル様ですね、そこにいるのは。ど、どうして、いったいなにが⋯⋯』
うわあ〜っ!! カ、カル様だ、カル様と私、お、お話ししてる!?
『コトハ、今から幽世と現世の道を開く。同時に言葉を綾取る必要があるが、出来そうか?』
胸の音石を通して、直にカル様の心と私の心が通じ合う。そこに感じる色は⋯⋯ただの黒い闇色じゃない。淡く私の色と染まっていて、なんだか安らいじゃう夕暮れ色? とってもあったかい。
『は、はいっ! そ、その、気持ちを伝える感じでいいんでしょうか? やってみます、あ、あいしてまっ⋯⋯あわせますっ!』
ちょ、ちょっとちょっと私っ!? 思わずなに言い出そうとしてるの? パパの顔が少し怖い⋯⋯ってマイヤさん、にへら〜って顔しないで!
あわあわしている心を落ち着かせるため、私は大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した。
ふう。
よし、落ち着いた。なんとなくタイミングが分かる気がする。息が合うって言うのかな? 頭に浮かんだまんま、言葉を綾取って口にした。
『開け、闇夜の音石!!!』
黒い霧がカル様のあったかい闇色と、私の胸元の光(少しピンクがかってるのは気にしない気にしない)に置き換わっていく。そうして次第に目の前が腫れてきて⋯⋯
黒い黒いマント、すっとした立ち居振る舞い、目がキラキラと輝いていて。流れる金髪が広がっていて。
私の王子様が、目の前で、私のことを見つめていた。恥ずかしくなって顔を下に向け、俯いた私は固まった。
服、どこだろう⋯⋯
約半年ぶり? の更新です。大変申し訳ありません。次回は、交わった二人の世界と、ゾーンとの対決をば。