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ウラヌールの宿屋さん ~移住先は異世界でした~  作者: 木漏れ日亭
第二部 第四章 北の大地、北の国。
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いと深き始まりの場。

 『船運び』屋で、黒い靄に対面しているコトハたち。その一方で、同じ霧の脅威にさらされた人物は……

✡✡✡


 永い日数を、俺は幽世で過ごせるようになっていた。



 一般的に思われているより、幽世はそんなに閉ざされた場所じゃない。ただ、行き来するのには太い『力』と、世界と自分の繫がりを意識すること。そして、自分を保つことの出来る精神力があればいいだけだ。それはなにも幽世に限ったことではなく、現世だって同じなはずだと俺は思う。むしろ世知辛いことがない分、現世よりも俺にはこっちが性に合ってるくらいだ。


 その俺が今いるのは、幽世の中でも『いと深き始まりの場』と言われる場所だ。流石にここまでは常人では来られない。重なる景色も複雑に絡み合い、時間も空間も入り乱れていて、とても正気を保つことが難しいからだ。じゃあなんで俺がいられるんだって言うと、それこそ精神力の強さが物を言う……わけじゃない。逆に、いかに取り込まれないように感覚を広げて、細かいことに気をとられないようにするかだ。


 その重なり合った景色の中で、広げた感覚によって捉えているのは、古の時代に造られた『青の王街』中心部にある王宮跡の地下だ。ひときわ明るい『青の石』を切り出して建材に使用した上物は、ここ幽世でも既に存在自体が薄れてしまい、朧気(おぼろげ)にしかその実体をとどめてはいなかった。

 それに引き替え、この地下部分には確かな存在感がある。閉ざされているとはいえ、初期の『船運び』の祭壇と水晶があり、その水晶にはちらちらと灯がともるみたいに、『力』が今でも感じられる。


 ここまでは、たとい奴でも来られないはず。色を失わせるには闇の深さを知らなければならないし、世界の(ことわり)を理解しなければならない。奴が選んだ道は、一方的な知識と誤った『力』の使い方。それでもじゅうぶん驚異ではあるが、対抗する術がいくつもある。慢心は禁物だが、まだ間に合う。


 祭壇から少し離れた位置に安置されている、穏やかな表情を浮かべ寝ているかのような、深い皺に長く伸びた白髪の髪髭。濃い紫色のローブを纏う老人の(かたわ)らに(たたず)み、俺はあの娘のことをふと、思った。


 幽世は思念の世界でもある。ここでは無意味な思いは存在しない。


『想い思うこと、願い念じることにこそ、繋がりの真髄があるのだ。』


 そう教えてくれたのは、今目の前で眠るようにしながら身を分けて、『色なしの悪魔』こと、ゾーン・グンダークというかつての同僚であり、親友でもあった罪人(つみびと)を追い続けている、ゼファーラム・バ・タロス師匠その人だ。


 その師匠が分けた身のうち、心身(しんみ)を宿した絵札となりながら守り、教え導く娘。たまに繋がる師匠とのわずかな思念から、その娘の名が言葉(コトハ)、『言葉(ことば)を綾取る』者の意だと知らされた時は心底驚いた。


 それは俺の持つ、『闇夜に見出す』力と密接に係わるものだからだ。


 今ここで伝説や神話を、事細かく思い出している暇はない。ただ言えるのは多かれ少なかれ、『力』には古の世で光となって人々を導き、暗く沈んだ世界を明るく照らした聖人の為人(ひととなり)や、()()()()()、そして神々の存在が影響していると言うことだ。


 俺とコトハが持つ色は、世の始まりからある闇色(やみいろ)光色(ひかりいろ)という、両極にあたる。それは果てしなく遠いようでいて、限りなく隣り合わせでもある。闇から光は生まれ、また光なければ闇は存在し得ない。


 俺は強く頭を振り、余計な考えを散らした。あまりにもあの少女、と言うには魅力多い娘のことを思い浮かべ過ぎていた。ただでさえ俺は、ここ幽世と相性が良い。いや、良すぎるくらいだ。その上見出す『力』が始原の色である光色を、想い深く念じてしまうならばきっと呼び寄せてしまう。いかな女神の力を宿しているとは言え、『いと深き始まりの場』に急に『船運び』されてはたまったもんじゃないだろう。自重しなければ。


 改めて頭を振り、本来やろうとしていたことに集中することにする。


 そう、師匠の眠るこの場所まで来たのには理由がある。それは、ここが『いと深き始まりの場』であることと、まさに師匠が眠る場だと言うことが関係してくる。


 ずいぶん前、と言っても幽世では時間自体にあまり意味はないが、師匠と俺たちがゾーンを追い詰めた時があった。しかしゾーンを封じ込めるのにあと一歩、というところでそのゾーンの心身に逃げられてしまう結果に呆然となる俺たちに、師匠はその身を分けることで対処するしか術がなかった。

 まだ未熟ながら俺は父上に、師匠の本身を護ることを誓って幽世に身を投じた。いずれ師匠には、現世に戻ってもらわなければならない日が必ず来る。その時までけして師匠の本身を傷つけられてはいけない。そして現世に戻るきっかけが現れた時には、必ずあのゾーンが邪魔をしに来るはずだ。それを防げるのは、今のところ師匠との繋がりが太く深い俺しかいない。


 でももしかしたら、あの娘、コトハならひょっとすると――暴漢に襲われ、あれだけひどい目に遭いながらも強く自分を保っていられた――師匠の復活と、ゾーンの封じ込めだけではなくその先まで……


 またコトハのことを想いはじめた矢先、『船運び』の水晶が、常にはない黒い霧を発し怪しい鳴動を始めた。


 師匠の身にも変化が? もしやこの場所を突き止められたか!? 心身がないにも係わらず、師匠の顔は苦渋に満ちたものになり、小刻みに震えてもいた。


 黒い霧は、水晶から(にじ)み出て周囲に広がり始めた。


 この感覚に、微かに漂う臭気には覚えがある。間違いない、奴の物だ! しかもあの時よりも濃度が半端ない。師匠の身を急ぎ安全な場所に移したいが、心身との繫がりを絶つことにもなりかねない。そんな危険を冒すわけにはいかない。


 俺は師匠の前に仁王立ち、対抗するための言葉を強く、太く紡いだ。結果を信じるしかない。


『光よここに! 闇夜に浮かぶ大陽の如き始原の光、黒き災いをうち払いたまへ!』


 出した声音が形を為し、光となって眼前に迫り来る霧を押しとどめる。額から、滝のように汗が噴き出し目に入る。対極の『力』に、俺の身体が悲鳴をあげ始めた。いかな強き()()()の俺であっても、こうも始原の光に(さら)されていては身が持たない。


 もうだめかと頭に諦めがかすめたまさにその時。


『カルレイシオよ、よおく聞くのだ! おそらくわしとそなたの身は今、震えながら堪え難いほどの痛みに襲われておるはずじゃ。じゃがそなたのこと、対抗する術を講じておるとわしは確信しておるぞい! そはいかなる術か、急ぎ教えるのじゃ』


 霧の濃度が高まり、そこかしこから人形(ひとがた)が抜け出ようとしていた。


 俺は己を強く持って、なんとか光に向かって声を振り絞った。


「おし、ししょうさ、まっ! おれは、ひ、ひかりをよびまし、った! しげんの、つ、つよきひかりですっ!」


 身体の脇にへばりついて離れない両の手を、無理矢理引き剥がして前に突き出す。押し返されようとする光を、少しでも支えるために。


 抜け出てきた黒い人形が、次第にその姿を実体化していく。数にして十はいるだろうか。その内の一つは、より強く禍々しい負の『力』を発していた。


 紛れもない、ゾーンだ。しかし俺の知っている奴とは、似ても似つかない姿をしている。確か奴は、闇の『力』(師匠が紛いものだと喝破していた)によって、その身から生気を搾り取られ干からびた姿になっていたはず。それが今は、これ以上はないくらいに肥え太り、豪奢な身なりに身を包んだ知らない顔の、壮年の人物に成り変わっている。


「んぬはははっ! よいぞよいぞ、いささか興醒めのする身なれど、久方ぶりの本身を獲たのじゃ、贅沢は言っておられぬわい。おおう、見えるぞ見えておるわ、そこなゼファー、我が偽りの師よ。変わらずそなたはじじいじゃのう!」


 っ! どうやら奴は誰か、他人の本身を奪い、我が物にしたようだ。しかもこの『いと深き始まりの場』を物ともしない、太い『力』を得て。


 額と言わず、全身から水気が失われていくのが、ありありと感じられる。本来は生身でいられようのない幽世、痛みも苦しみさえも思念の仕方によっては、感じることもないこの場で俺は、一人もがき苦しんでいた。いや、師匠の本身も同じか。


「ゼファーよ、抜け殻にしてはよう気味悪くも動きよるのう。いとおかしくも、あっぱれじゃ! ん? そこで同じうようしておる、おぬしは確か……おお、穀潰しの第三王子、ファーラルクの小倅(こせがれ)ではないか。久しいのう、はて、元気がないようじゃがいかがした? んん?」


 汚らしい顔で薄笑い、こちらへと視線を向けたゾーンの双眸には、一切の光がなくただただ虚無と混沌とが渦巻いていた。


 ああ、俺はこの虚無の先にある、紛いものの闇に吞まれるのか。そう諦めかけたその時。


『っ! この機を逃すでないぞ、カルレイシオよ! (みち)が繋がり(みち)を成す今この時、そなたとコトハの『力』も合わさるはずじゃ。よいな!?』


 師匠の声が、強く俺の心の中に響き渡った。今確かに師匠は、『径が繋がった』と言ったはずだ。『道を成す』とは繋がった経路を辿ることで、結果(この場合は、他の場所とここを繋いでしまうということだろう)をもたらすこと。


 それが分かれば、諦めの気持ちなんて吹き飛ぶというものだ。


 かろうじてなお、俺と師匠を弱々しくなりながらも護っている光に、俺は全意識を向けた。無視された格好のゾーンが、なにやら慌てふためきだしたが知ったことじゃない。


 意識を集中することで、光の色が強く輝き出す。場は出来た。後は彼女と同調しさえすれば……『船運び』の祭壇にある水晶伝いに光の経を伸ばし、現世の出口へと突き進む。


 見えた! 小さく細い出口だが、確かにそこには、清らかで温かい心根を感じ取ることが出来た。


『コトハ、コトハ! 俺が分かるか?』


『っ! カ、カル様!? カル様ですね、そこにいるのは。ど、どうして、いったいなにが……』


『コトハ、今から幽世(こちら)現世(そちら)の道を開く。同時に言葉を綾取る必要があるが、出来そうか?』


 光る経を通して、直にコトハの心と俺の心が通じ合う。そこに感じる色は……ただの白い光色じゃない。淡く桃色に染まっていて、なぜだか気恥ずかしくなってくる。


『は、はいっ! そ、その、気持ちを伝える感じでいいんでしょうか? やってみます、あいしてまっ………あわせますっ!』


 あわあわする様子が場違いなのに、この上もなく微笑ましい。俺の声音にも、闇色ではないなにかが見えているんだろうか。


 気持ちを切り替えて息を思いっきり吸う。そしてゆっくりと吐き出してから、俺は言葉に『力』を乗せた。声が重なるのが分かった。



『開け、闇夜の音石(ほうせき)!!!』


 辺りの霧、現れ出でた人形だけではなく、弱々しくなりかけた始原の光に師匠の本身、そして俺のすべてをも貫くような、清らかで強く、優しくてなお太い、重なり合った『力』の声音が木魂(こだま)した。


 いつの間にかきつくつぶっていた俺の目の前には、天使とも女神とも見紛うほどの光色を帯びた、あの娘がいた。



 全裸だった。

 お待たせしました、続きを更新しました。


 今回の語り手、覚えている方がおられるかどうか……


 次回とその次は、コトハ側のお話になります。

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