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ウラヌールの宿屋さん ~移住先は異世界でした~  作者: 木漏れ日亭
第二部 第四章 北の大地、北の国。
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黒い霧。

 宿屋に知らせに来たロンロさんとともに、フミアキたち一行は東大通りにある『船運び』屋に向かいます。

 ◇◇◇


 宿屋のお客は、サクヤとセントア、そしてファーゴに任すことにした。事は一大事だ、『船運び』屋が何者かに襲われ、何人(なんびと)も近づけないようにされているそうだ。うちとなにかと係りのある守護騎士隊のロンロさん含め、数人が息せき切って宿屋にやって来た時には、俺たちにはなにがどうしてそうなったのか、皆目見当がつかなかった。


 詳しく話を聞く間もなさそうだったので、俺は急いで身支度をして玄関先に向かった。サクヤが心配げにふるふるしている。


「フミアキさん、大丈夫かしら、なにかとっても嫌な予感がするの。なにもフミアキさんとコトが行くことないんじゃない? 危ないからって、断ることできないかしら……」


 サクヤの心配ももっともだと思う。いくらこっちに来てからしてきたことが大きくても、所詮俺たちのは付け焼刃の『力』だ、不安が無いわけじゃない。ましてやサクヤからしてみれば、身重の体で、しかも不慣れな異界の地。俺やコトハのように付け焼刃であっても『力』の存在の一端に触れて、どうにかやっていけてるのとは別な話だ。でもな、だからこそ行かなきゃならない。


「断ることはできるかもしれない。でも今ここで動かなかったら、逆に良くないことになるんじゃないかって思うんだ。大丈夫、心配しないで。周りには信頼できる人たちが集まってるんだから」


 そう言ってサクヤの肩を抱き、背中をさする。大きくせり出したお腹の中の子が、内側からサクヤをさすっているようだ。なんだか頼もしい。俺はサクヤの目を見て、ひとつ頷いた。うん、分かってくれたようだな。


 サクヤと話している間に、コトハも支度できたみたいでちょうど良かった。長く伸びた濡羽色の髪をヘアクリップで後ろに束ねて、走るのに邪魔にならないようにしている。服装はクリーム色のチュニックと動きやすそうなニットのズボン。靴は日本から持ってきたスポーツシューズだ。外套として、いつぞやの助けてくれたっていう青年? のマントを羽織っている。コトハにはかなり大きいのか、ロングコートみたいにも見える。深い黒がコトハの髪色にマッチしていて、わが娘ながらカッコいい。首元には、チェーンの付いたシトリンの音石が。


「パパ。行こう、よっちゃんたちが帰れないだけじゃない、大勢の人たちが困ってるはず。そうですよね、ロンロさん?」


「ああそうだよ、コトちゃん。とっても大切な場所で、なくなるとこのウラヌール領の存亡に係るほどのね」


 ロンロさんが物悲しい表情でコトハの問いに答える。俺たちにとって馴染み深いって言っても良い『船運び』、郵便のやり取りから物資の輸送に人の移動まで。その他活用できることは多い。使うクリスタルの多さ、純度なんかを考えると高額でまだまだ庶民には高嶺の花だけど、なくなってしまうのは痛い。どこのどいつがそんな大事な場所を使えないようにしたのか。サクヤじゃないけど、なんとなくいやあな予感が……まさかあいつがまたぞろ湧いて出てきたとか。


「詳しい話は行きながら聞こう。さあ急ごう!」


 ロンロさんと騎士隊の面々が先導役になり、その後ろに俺、コトハにマイヤさんと続く。帰る支度が済んでいたよっちゃんとお母さんには申し訳ないが、事態の解明、解決がされるまでは『羽根飾り亭』にいてもらうことにする。幸いと言ってはなんだけど、今はこの宿屋には大勢のお客さんがいて、その中には心強い人たちもいるから安心出来る。それになによりも、コトハの『力』によって浄化? されたこの宿屋には、不思議な安心感があるから。



 北大路を南に行くんじゃなくて、そのまま突っ切って東の方へ。領府を右に見てかすめるようにして急ぐ。こうするとジグザグにはなるが、斜めに東大路に向かうことで距離を短縮出来るはずだ。俺は前を行くロンロさんから詳しく話を聞こうとしたんだけど、大した情報は得られなかった。『船運び』屋のある建物周辺が濃い霧に覆われてしまい、近づこうとすると気持ち悪くなってしまったりするそうだ。何人かの隊員がその気持ち悪さを押して中に突入したんだそうだが、誰ひとりとして戻ってくる者がいず、それ以上どうしようもなくなり困り果てている状態だという。


「ねえマイヤさん、パパ。それってやっぱりあいつのせいじゃないのかな、あのいやあなやつ!」


 コトハが心底嫌そうな顔をして俺らに言った。マイヤさんも同じに思ったのか、整ったその顔を歪ませる。


「おそらくは。しかし前回の領主館での手痛い失態で、そう『力』も戻ってはいないはず。それにどうしたものか、このような真似をする意図が掴めないわ。何が目的なんでしょうか……」


 マイヤさんは俺と同じで、扉越しではあるがコトハがあいつを撃退したのを目撃している。あの時あいつはだいぶ弱っていて、とてもすぐにはだいそれた事は出来そうになかった。でも消え去りながら、コトハを誘いそれを拒否されると、しつこく付きまとって骨までいたぶるみたいなことを言っていたのを思い出す。あの気色悪い感じからすると、今回のこともコトハに深く関係してくるんじゃないのか? 連れてこないほうが良かったかもしれない。そう思ったがもうどうしようもないし、それにおそらくはコトハがいないとどうにもならないだろう。父親として情けない限りだが、コトハの存在はそれだけ大きいものがある。


 忸怩(じくじ)たる思いを抱えながら進む俺の目の前に、ロンロさんから聞いていた通りの光景が現れた。


 淀んだような空気に、霧というよりはそこだけポッカリと闇に支配されたような空間。暗くじめっとした印象をもたらすその周囲には、警戒するように取り囲む騎士隊がいた。ラダー隊長や主だった者は北の大地の方に行っており、残っている人数はそんなに多くはない。俺はフォーヘンド様やファスタがいる場所まで移動することにした。


 黒い霧をぐるりと回り込むようにして来た方と反対側、つまり南側に向かうと大通りに面した正面に位置するところに、武装したフォーヘンド様とファスタがいるのが見えてきた。二人の顔色はお世辞にも良いものとは言えない状態で、膠着した雰囲気に包まれていた。


「おお来てくれたか、爵士フミアキにコトハよ。マイヤもな。賢者様はそちらに?」


 俺たちが来たのをいち早く察したフォーヘンド様が口を開いた。少しだけ安堵した様子が窺えたのがなによりだ。俺はそれに答えるようにポーチに手をかけて紐を解く。その時に見えたポーチの色は、普段の黒く光沢のある色、濡羽色じゃなくて濃い朱色をしていた。


『事情は察しておる。この場の淀み、臭いは違えることもない。あやつめ、性懲りもなく出てきおったの』


 ポーチの開いた口から飛び出した一枚のカード。言わずと知れたじいさん、賢者ゼファーだ。俺らの前を通り過ぎながらしゃべったその絵面は、いつもの飄々としたローブ姿ではなく、軽装鎧に身を包み、濃紫色のマントを羽織った姿だった。その手には、いつもと変わらないランタンと右手には、節くれだった杖が握られている。


『ぬう、以前より瘴気が濃いのう。禍々しさがいや増しておるわい。あやつめ、どこぞで『力』を溜め込んだものやら』


 そう言ってゼファーじいさんは、渋面を俺とコトハに向けた。


『これは少々厄介なことになるかも知れぬ。マスターよ、他の札を使い、少しでも有利な場を作るのじゃ。コトハよ、お前の修行はまだ始まったばかりじゃと言うに、ほんに難儀なことじゃが致し方あるまい。これも宿命(さだめ)と思うて出来る限りのことをするのじゃぞ。しかしながら無理は禁物じゃ。よいな?』


 俺もコトハも同時に頷く。コトハの顔を見ると、いくぶん緊張はしているみたいだが大丈夫そうだ。


『では始めるかの。ご領主殿、用心めされよ』


 フォーヘンド様が騎士隊に合図をし、持っている武器を構えた。ファスタはその横で、果敢にも腰から短刀を抜き、同じく構えて顔を強張らせる。マイヤさんは武器を手にとることはしないで、胸の前で手を組み祈るように目を閉じている。


 俺が場を作るのを、みんなが待っていた。俺はポーチの中にあるタロットカードすべてを抜き出して、『力』を込めるようにして両手で包み込んだ。

 いつもお読みいただき、ありがとうございます。


 更新が遅れましたこと、心よりお詫びいたします。本当に申し訳ありません。


 これからも更新に時間をいただくことと思いますが、どうかご容赦の程を。次回は、ゾーンの再登場となります。

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