第18話 明日こそ、ゲームがしたい
「ふぅ……。」
包んでいた光が弾け、俺は小さく息をつく。
異世界の魔王城から、名香神社の境内へ。
つい先ほどまで頭上にあったはずの陽が、今は沈みかけている。
空は茜色に染まっていた。
四度目ともなると、慣れてくる。
混乱はない。
今、大事なのは、参道を歩いた先に我が家があることだ。
モンスターなハンターの世界が、俺を待っている。
「とう!」
前転した。
我ながら完璧だ。
今なら、古き龍も容易く倒せそうな気がする。
「……何やってるの?」
「知らないのか? 6フレ無敵だ」
「ああ、はいはい……。ゲームね。
最近、それよくやってたから、ずっと不思議に思ってたんだよね」
俺は慢心などしない。
だが、やはり俺のゲーム熱は封じきれなかった。
「とう!」
つい先ほどまでいた異世界。
召喚より五年。
俺たち以外の勇者たちが、ようやく魔王討伐に動き出した頃から、どうにも落ち着かない。
「とう!」
鍬で畑を耕す合間。
コンポストで作った肥料を撒く合間。
害獣駆除に勤しむ合間。
収穫した野菜を街へ売りにいく合間。
俺の心は、モンスターなハンターの世界で前転していた。
「とう!」
イメージは大事だ。
ゲームだからといって、侮るな。
例えば、この前転だ。
体で覚えておけば、ボタンを押す手も迷わない。
クリア時間は早まる。
「とう!」
つまり、常在戦場。
手元にゲーム機がなくても、やれることはある。
今だから言う。
あの世界で魔王と戦っている最中、意識の半分はゲームに飛んでいた。
「とぉーーうっ!」
そして今、俺は飛んだ。
前転の勢いのまま、参道の階段を飛び降りた。
「っ!?」
次の瞬間、影が覆いかぶさった。
思わず見上げると、開いた脚とオレンジの布が飛び込んできた。
相変わらず、派手な下着だな。
一拍遅れて、二人分の着地音が重なった。
「どこへ行くのかな?」
目の前に立ち塞がる。
名香は両手を腰に当て、にこりと微笑んだ。
二度目以降、俺たちは異世界に召喚されるとき、制服を着るようにしている。
名香に強く勧められたからだが、これが便利だ。
丈夫で、全天候型。防寒性もある。
しかも、異世界ではマジックアイテムのように保全機能がつく。
切られても自然に修復される。
汚れも勝手に落ちる。
潜伏生活では目立つため、常用には向かないが、旅装としては最適といえる。
下着も同様だ。
俺は現地の品でも構わないが、名香はあまり好まない。
当然だろう。
現代日本のものと比べれば、中世レベル。デザインも機能も劣る。
女なら、気にするのも無理はない。
「今夜は、うちで夕飯を食べるって、召喚前に約束したよね?」
現実逃避で考え事をしてみたが、無駄だった。
名香が至近距離まで顔を寄せてきた。
「いや、母さんがうちで作ってるし」
「大丈夫、ちゃんと言ってあるから」
右に一歩ずれる。
立ち塞がれた。
「いや、お前の両親に悪いから」
「お母さんが帰ってきて、呼んでるんだよ」
左に一歩ずれる。
やっぱり立ち塞がれた。
「いや、用事があるし」
「用事って、ゲームでしょ!
私とゲーム、どっちが大事なの!」
ダッシュする。
即、回り込まれた。
「もちろん、ゲー……。」
「んっ!? 何?」
両肩を掴まれた。
痛い。
「この匂い、カレーか?」
諦めた。
五度の異世界召喚。
名香との付き合いも、二十五年を超える。
一度ヘソを曲げると長引くのは、嫌というほど知っている。
明日こそ邪魔されずにゲームを楽しむため、ここで手を打つことにした。
「ちゃんと甘口だよ!」
「辛さなど、舌の細胞を破壊する自殺行為だ」
「ふふっ、おこちゃま味覚め!」
「やかましいわ!」
そう、明日へと繋がる勝利だ。
俺は負けていない。




