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第59話 追憶の断章 生誕祭

 学園女子寮、エリカの自室。

 鏡の前で、エリカは自分の姿を何度も確認していた。

「……よし。髪は乱れてないわね。このリボン、セレナが『エリカの瞳の色に合うわ』って選んでくれた位置。少しでもズレたら台無しになっちゃう」  

 エリカは、親友二人が共同で贈ってくれた最高級のドレスをそっと撫でた。

「セレナ、ファミール……。平民の私に、こんな素敵なドレスを……。一生の友達だって言ってくれた二人の気持ち、絶対無駄にしない。お父様、お母様見ていて。私、今日一日で三つもパーティーを回るの。……ああっ、もう! 心臓の音がうるさすぎ!落ち着け、エリカ。あなたはヴァイン家の娘よ。深呼吸、スー、ハー……」

 そこへ、セレナの家の紋章が入った豪華な馬車が到着する。

「来た……。大丈夫、行けるわ。女神様、どうか、このドレスを汚さずに夜を越せますように」  エリカは祈るように呟き、馬車へと乗り込んだ。

 伯爵邸は、目も眩むような光の洪水だった。 「エリカ! 待ってたわ! 見て、お父様、お母様! 私の親友のエリカよ!ドレスも世界一似合ってるでしょ!?」  

 セレナが誇らしげにエリカの手を引く。

「ほう、君が噂の……。なるほど、セレナが夢中になるわけだ。その気品、とても村育ちとは思えんな」  

 伯爵の言葉に、エリカは必死に淑女のカーテシーを返す。

(……落ち着け、エリカ。笑顔よ。ここでは『セレナの自慢の親友』として振る舞うの。スープは音を立てず……そう、完璧よ。でも、時間はあと一つ砂時計の刻(一時間)……!)  

 エリカは、セレナと「次は学園でね」と固い握手を交わし、後ろ髪を引かれる思いで次の目的地へ急いだ。


 続いて訪れたファミールの子爵邸は、打って変わって静謐な、けれど知的な熱気に満ちていた。 「遅かったわね、エリカ。さあ、こちらへ。魔導院の教授たちが、あなたの演算理論に興味津々なのよ」

「えっ、あ、あの……!? 私なんかが……」 「自信を持ちなさい。私が見込んだ親友なんだから」  

 ファミールに背中を押され、エリカは並み居る賢者たちの前で、暗黒魔法対応学の術式展開について理路整然と語ってみせた。

「素晴らしい。九歳にしてこれほどの魔導論理構築……。まさに至高の原石だ」  

 賞賛の嵐。

 しかし、時計の針は残酷に進む。

「ファミール、ごめんなさい。もう行かなくちゃ」

「ええ、わかっているわ。私の家の馬車を用意させたわ。これでランバート子爵邸まで全力で駆け抜けなさい!」


 意識の揺らぎ(22時)過ぎ。

 王都の喧騒を離れた、街外れの暗い森の道。  突如、激しい衝撃と共に馬車が急停車した。 「……っ!? 何事ですか!?」  

 窓の外には、剣や斧を手にした10人ほどの盗賊たちが馬車を包囲していた。

 この日は各地で貴族が晩餐会の為に頻繁に街道を通る。

 そのため、各騎士団も厳重な警戒をしているのだが、それでも成功した時の身入りの良い、貴族を狙う盗賊が後を立たないのであった。

 通常、貴族の馬車は護衛が付く。

 しかし、タイトなスケジュールをこなす為に、速度を優先して、あえて護衛を外していたのが裏目に出たのだ。

 

「貴族の馬車だ。なんでも金になるぜ。貴族のガキか。へへっ、いい獲物だ。中のガキを引きずり出せ!」

「ドレスと貴金属を全部外せ。全部脱がしたら殺せ。あー、やる奴がいるなら早く終わらせろ。最後は必ず殺せ」

 騎士団が来る前にずらかるぜ。

 下卑た笑い顔の男2人がエリカに近づき他の者は御者を切り、馬車を漁り始めた。

 エリカは震える手で術式を組んだ。

 恐怖で脳が焼け付くようだ。

「……やめて! 来ないで!!」   

 エリカは叫び、未熟ながらも圧倒的な魔力を解き放つ。

「『フレン・ヴァルム・ブラスト』!!」

 轟音と共に、夜空を焦がす巨大な火柱が立ち昇った。

 先頭の二人が一瞬で火柱に飲まれ炭化する。

 しかし、極限のパニックで精密な演算ができない。

「この化け物め! ぶち殺してやる!!」  

 賊の一人が激昂し、斧を振り下ろした。

「あ……っ!」

 鈍い音と共に、親友二人が贈ってくれた大切なドレスが、無残に切り裂かれた。

 セレナが選んだリボンが飛び、ファミールがこだわったスカートが、下着が見えるほど深く、無残に裂かれる。

「嫌……っ、あぁ……っ!」  

 ドレスを汚さぬようにとあんなに願ったのに。 

 親友たちの真心が、泥と雪にまみれていく。  追い打ちをかけるように、賊の冷たい刃がエリカの白い首筋に向けて振りかぶられた。

 

 その時――。  


 夜の静寂を切り裂く蹄の音。

 狂気をも孕んだ圧倒的な魔力の圧が、森を支配した。

「……私の生徒に、その汚い手を触れるな!」

 馬上で剣を抜き、瞳を怒りに燃やしたジュリアンだった。

「先生……っ!」

「兄様、エリカさんは僕が!」  

 背後から馬に乗った、正装のままのテオドールも駆けつける。    

 ジュリアンは、バルコニーでテオドールと共に、エリカが告げていた意識の揺らぎ(22時)という到着時間を守るべく、秒単位で待ち構えていたのだ。

 そこに見えた、夜空を貫く紅蓮の火柱。

(……あんな、圧倒的な高魔力の炎でありながらも、どこか未熟な火柱を上げられるのは、この学園にエリカしかいない!)  

 大人でも出し得ない規格外の魔力量。

 しかし、制御は未熟。

 学生としては優等生レベルだが、その「暴走気味な巨大な火柱」こそが、彼女の危難を知らせる狼煙となった。

 ジュリアンは馬から飛び降りると、エリカの近くにいた賊の胸板を貫く。

 続いて剣を数閃、凍結魔法で手足を拘束し、一瞬で数人の賊を制圧した。

 そして、震えるエリカを抱き寄せた。

 彼は自らの上質な外套を脱ぎ、切り裂かれた彼女のドレスを隠すように優しく包み込んだ。 「……遅くなって済まない、エリカ。もう大丈夫だ。さあ、我が家へ行こう。暖かいココアが待っている」

 九歳の魔導士は、恩師の胸の中で、裂かれたドレスの端を握りしめながら声を上げて泣いた。

 あまりにも過酷な運命。

 けれど誰よりも強い守護者に抱かれた聖夜。

 強行軍の終着点は、すぐそこにあった。


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