夜の惨劇②
ルカは、村の中央にあるひらけた広場へと運ばれた。
背中を掴まれ、何も分からないまま引きずられ、最後は乱暴に地面へ放り投げられる。
鈍い衝撃が背を打つ。
息が詰まり、視界が白く弾ける。
――あ、れ……?
土の冷たさが、頬にじんわりと広がっていく。
耳の奥で、遠くから水の中に沈んだような音がしていた。
ぼやけた視界が、ゆっくりと形を取り戻す。
最初に映ったのは、影だった。
その影の先にあった顔を見て、ルカの心臓が跳ねる。
――さっきの……。
自分と母を襲った、あの盗賊の男。
間違えようがなかった。
これは夢ではない。
逃れようのない現実だと、思考より先に肉体が悟っていた。
次に脳裏へ滲んだのは、赤。
血溜まりの中に横たわる母の姿。
「……母さん……」
声にしようとした刹那、胸の奥がきつく軋む。
「いやぁぁぁぁっ!」
絶叫が、悲鳴となって広場を突き抜ける。
喉が裂けるほど叫んでも、何ひとつ返ってこない。
分かっているのに、止められなかった。
「ちっ」
「うっせーぞ」
「誰か黙らせろ」
鋭い怒声が飛ぶ。
盗賊の一人が歩み寄り、前触れなく右腕を振り上げた。
パチン。
乾いた音と同時に、頬に灼けるような痛みが走る。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
遅れて熱が広がり、涙が滲む。
打たれたのだ。
そう悟ったときには、すでに声は失われていた。
ルカは歯を食いしばり、肩を震わせながら嗚咽を堪える。
声を上げれば、また打たれる。
それだけは理解していた。
「……ルカ」
「ルカくん……」
掠れた呼びかけが耳に届く。
必死に顔を上げる。
そこには、縄で縛られたユウとハル。
二人とも、見たこともないほど蒼白だった。
「ユウ……ハル……」
名を呼ぶだけで、わずかに胸が軽くなる。
だがその表情を見た瞬間、胸が締めつけられた。
恐怖に震えているのは、自分だけではない。
周囲を見渡し、ようやく気づく。
囚われているのは自分たちだけではなかった。
広場の至る所に、見知った顔。
村中の子供たちが集められている。
盗賊団が子供たちを取り囲んでいた。
助けを求めようにも、広場の外から大人の声は聞こえない。
この醜悪な人間たちに自身の運命が握られている。
その現実がルカには、どうしようもなく不快で恐ろしかった。
「ひっ……」
「帰りたい……」
誰かが小さく泣き崩れる。
つられるように、別の子の肩も震えた。
ここは昨日まで遊んでいた場所だ。
鬼ごっこをし、転び、笑い合った場所。
それなのに今は、空気そのものが冷え切り、重苦しい。
「お頭、早速はじめましょうぜ」
「……そうだな。やれ」
低い声が短く命じる。
盗賊たちが動き出す。
卑しい笑みを浮かべ、子供たちへ歩み寄る。
腰から抜かれたナイフが、月光を弾いた。
その光を見ただけで、胃がきつく縮む。
最初に引き出されたのは、ルカより少し年上の少年だった。
「な、何するんだ……」
声は強烈な怯えに支配され、全身が戦慄している。
「知ってんだろ。属性判定だ」
盗賊は懐から一枚の紙を取り出す。
見覚えのある理象紙。相変わらず無色透明。
この場にそぐわぬそれが、かえって恐怖を掻き立てる。
少年の腕に浅い傷が刻まれた。
赤い雫が落ち、紙に触れる。
ゆっくりと色が染まっていく。
――茶色。
「ちっ、外れだ」
その言葉の意味を、ルカは考えられなかった。
思考より先に、世界が動く。
ナイフが走り
少年の身体が崩れ落ちる。
地に伏す体と、広がる深紅。
その先を、ルカの目は正しく捉えられなかった。
音と色だけが、ぐちゃぐちゃに混ざって、頭の奥に流れ込む。
ルカの身体は、勝手に震えだす。
息の仕方が分からない。
「外れだ」
「またかよ」
淡々とした声。
びしゃ、びしゃ、と何かが落ちる音。
(……え……)
視界の端に、倒れた子供たちが見えた。
一人、二人……数えられない。
鼻腔の奥を刺激する、鉄の匂い。
理解したくない光景が、広場のあちこちに転がっている。
「俺たちも……ああなるのかな」
「死にたくないよ……」
ユウとハルの声が、かすれていた。
その声を聞いた瞬間、昔の記憶がよぎる。
川原で平たい石を探して、誰が一番遠くまで投げられるか競ったこと。ユウがずるをして、ハルが本気で怒って、それでも最後は三人で笑ったこと。
今のルカには、そんな些細な日常に戻ってほしいと心の中で祈ることしかできない。
「さて……お前たちはどうかな」
盗賊が、二人の前に立つ。
傷をつけられ、理象紙に血が落ちる。
結果を見る前に、嫌な予感だけが膨らんだ。
次の瞬間、ナイフが突き立てられる。
「ユウ……ハル……!」
叫んでいるはずなのに、声が出ていない。
喉が凍りついたように動かない。
この瞬間、二人との思い出が断ち切れる。
「次はお前だ」
影が、ルカの前に落ちる。
「いや……やめて……」
必死に暴れるが、簡単に押さえつけられる。
腕に走る鋭い痛み。
血が、理象紙に垂れた。
――灰色。
それを見た盗賊の顔が、歪んで笑う。
「すげぇ……大当たりだ」
「お頭、いましたぜ。邪属性のガキが」
「……ふん。そのまま眠らせろ」
「へい、了解です」
首の後ろに、強い衝撃。
視界が暗くなり、思考が途切れる。
最後に浮かんだのは、母の声だった。
ルカを抱えて闇夜に消え去っていく盗賊たち。
再び広場に静けさが戻ったとき、
そこは、子供たちの亡骸で埋め尽くされていた。




