表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

夜の惨劇①

 ルカは夢を見ていた。

先日、母と一緒に畑仕事をしたときの夢だ。土の匂い、風の音、夕暮れの空。

母が笑いながら、泥だらけの手で額の汗を拭う。


 「明日はパンを焼こうか。ルカの好きなやつ」


 ――ルカ。


 名前を呼ばれた気がして、ルカは薄く目を開いた。まだ夢の中にいるようで、体が重い。


「ルカ、起きて」


視界がゆっくりと現実を結ぶ。

寝台の脇に立つ母の顔が、月明かりに白く浮かんでいる。


さっきまでの笑顔ではない。

強張った口元。怯えを押し隠した瞳。


「……どうしたの?」


問いかけたその時、家が小さく揺れた。

遠くから、何かが壊れるような音と、悲鳴がかすかに届く。


「静かに。急いで」


母は上着を掴み、乱暴にならないよう気をつけながらルカに着せる。

その指先は、震えていた。


窓の外を見たとき、ルカの喉が詰まった。

夜の村が、赤い。

炎が屋根を舐め、火の粉が闇へ舞い上がる。


「火……?」


「盗賊よ」


 母の声は低かった。


「いい? 外に出たら、私から絶対に離れないで」


 戸を開けた瞬間、熱気と煙が押し寄せた。


 むせ返る匂い。

 焦げた木の爆ぜる音。


 母はルカの手を強く握り、燃える村へ踏み出す。


 その瞬間、平和だった家は、背後で闇に溶けていく。


夜の村は、完全に別の場所になっていた。


 家々が燃え、屋根が崩れ、村人たちが叫びながら逃げ惑っている。

 転んで泣き叫ぶ子供、必死に誰かの名を呼ぶ大人。

 崩壊する秩序。


「炎属性 初等理術 《火走り(ひばしり)》!」


 盗賊の声が響き、地面を這うように炎が走る。

 木造の家屋に火が移り、火の粉が空へ舞い上がった。


「きゃあああっ!」


 逃げ遅れた村人が、炎から逃れようとよろめく。

 別の盗賊が、手をかざす。


「雷属性 初等理術 《雷閃らいせん》!」


 次の瞬間――

 

鋭い閃光が夜を裂き、地面に落ちた。

 爆ぜる音とともに土と木片が跳ね上がり、人々は悲鳴を上げて散り散りになる。


「なんで……」


ルカの声は、喉の奥で震えている。

 今日、学校で習った理術。それが今、人を殺し、村を破壊している。

その現実が、理解できなかった。


 母は周囲を警戒しながら、ルカを背に庇うように進む。


「走るわ。今のうちに」


 二人は燃える村を縫うように走った。

 背後では炎が広がり、雷鳴が村中を震わせていた。


 惨劇は、まだ始まりにすぎない。


燃え盛る家々の間を抜け、小さな路地へと入ったときだった。

 突然、前方から足音が近づいてくる。


「……はっ」


男がせせら笑う。

月明かりの下、剣を腰に下げ、粗末な黒い布を羽織った盗賊団の一人が、道を塞ぐように立ちはだかる。

 

母は反射的にルカを背に隠した。


「……見つかった」


「運が悪いな」


 盗賊は下卑た笑みを浮かべて言った。その視線は、母ではなくルカを見ている。


「まだ、ガキが残っていたとはな」


「お願いです……」


 母の声は震えていた。


「この子だけでも……」


「無理だ。命令なんでな」


 盗賊は面倒そうに肩をすくめると、手を軽く振り上げた。


「風属性 初等理術 《風撃ふうげき》 !」


 突如、正面から強烈な風が叩きつけられる。


「――っ!」


 母の体が宙に浮き、後方へ吹き飛とぶ。

 背中から地面に叩きつけられ、短い悲鳴が上がった。


「母さん!」


 ルカが駆け寄ろうとした瞬間、盗賊が一歩前に出る。


「動くな」


 その声は低く、冷たかい。


 母は、それでも起き上がろうとした。

 苦しそうに息をしながら、地面に手をつき、必死に体を支える。


「……ル、カ……」


 その視線は怖れよりも、祈るような光を宿し、確かにルカを見ていた。


「……逃げ……」


 男は、剣を抜き母に近づく。


「邪魔なんだよ」


 ためらいもなく、剣を振る。


 ザシュッ。


乾いた音とともに、赤いものが地面に散った。

母の体が、そのまま静かに崩れ落ちる。


「……え……?」


 理解が、追いつかなかった。


「……母さん……?」


 ルカは駆け寄り、地面に倒れた母の肩に触れる。

 ぬるりとした感触。赤く染まる指先。


「……母さん、起きてよ……?」


 返事はない。

 目は開いたまま、自分を庇って立っていた背中は、徐々に熱を失って行きもう二度と動かなかった。


 喉の奥が、ひきつる。

 声が発せず、胸の奥が締めつけられ息ができない。


「……いやだ……」


 盗賊は剣を拭いながら、つまらなそうに言った。


「大人はいらねえんだよ。ガキだけでいい」


 そのどこまでも冷たく乾いた言葉が、はっきりと耳に入る。

 男は、ルカの方へ踏み出す。


「……来るな……」


 ルカは後ずさる。足がもつれ、うまく動かない。


「抵抗するなよ。面倒だろうが」


 盗賊は手をかざし、短く唱えた。


「風属性 初等理術 《風撃ふうげき》!」


 母を吹き飛ばしたものと同じ突風がルカを襲う。


「――っ!!」


 身体が地面に打ち付けられた。

 強い衝撃が全身を走り、体の感覚が一気に奪われる。

 力が抜け、膝が折れた。


 視界が揺れ、暗くなる。


 倒れ込む直前、最後に見えたのは――

 燃え続ける村と、地面に倒れ伏して動かない母の姿だった。


 ――いやだ。

 ――行かないで。


その思いは、声になる前に消えていく。

ルカの意識は、暗闇の中へ沈んでいった。

盗賊は、ルカを物のように抱えその場から去る。


夜は、まだ終わらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ