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しんぶんしぶ  作者: 氷星凪
間章
33/33

第8話②:八荒

 変な感じ。長い夢をひたすら駆け抜けているようで、その終着点にやっと目覚めたと思ったら結局今の光景が一番夢の中みたい。色を失った世界の地面は、大きすぎる道路にもなれば、大きすぎるベッドにもなる。かといって寝心地は保証されていない。

 全員が車座になってお互いの視線を浴びつつ、九華もその構成要素として立ち尽くしている。四人とそのうちの一人の腕に包まれた一匹。同じようなノリで、カムイの両掌の中にすっぽりと収まっているチトセの頭。剛健たる甲冑の指に持たれたそれは、声を張り上げながら一人一人に目線を配る。

「まずは四人、戻ってきてくれてありがとう。君達がこれからどういう選択をするのか、僕は楽しみだがそれに関与する気は一切ない。そう、一切ないんだけど……。二日後の期日が迫る前に、一つ。君達に提案をさせてもらいたい」

「提案?」

 九華の問いに、チトセの視線が返ってくる。

「この創界を、よく探検してみるといい。未開の地を自由に歩き回るというのはいつになってもわくわくするものだ。やってみて損はないと思うよ、もちろんこれは強制じゃないけど。二日間じっくり話し合いに使うのもそれはそれで良い時間の使い方だと思うし……まあ、何が言いたいのかと言うと、可能性は思っているよりも無限大と言うわけだ。僕が顧問として君達に出来るのはこういう選択肢を提供する、までかな」

 チトセが舌を鳴らす。快活な音が一点。

「というわけで、それじゃあ僕は元の体のところに戻るから。頼むよ、カムイ」

 砂像の上目遣いに、黒鉄の装甲が打撃を喰らってもいないのに怯む。

「ここから……歩いてか?」

「もちろん! タプは彼女らに付いて行かせるべきだし」

 金属同士がぶつかる音をさせながら、カムイは肩を大きく落とした。表面が風化した甲冑の温度を引き継ぎ、冷たい息が隙間からまろび出る。

 立ち上がった時に、刀を納めている鞘が小さく揺れた。重厚感ゆえの本当に些細な揺れ。今に斬られてしまう可能性は零では無いのにも関わらず、チトセはそれでも調子高く口を動かし続けている。

「ありがとう。流石瀬尾君のお兄さんだね。物分かりがいい!」

「うるせぇ。少しは静かにしてろ」

 はいはーい、と軽い返事がカムイのお腹辺りから返ってくる。カムイは振り返り、四人と一匹に胴を向けて。

「それじゃあ、よろしくな」

 彼は九華に強い視線を浴びせることはしなかった。寧ろ、彼女を避けて三人の方に顔を向けているように思えた。

 歩いていく彼の背中。遠ざかるその姿に最初に手を振り始めたのは、由依だった。またねー、という彼女の大きな声を聞いてから、睡方が手を振り、想汰が手を振り。それに続いて、仕方なくみたいな態度で手を振ってみる。自分は、弱い。由依がいなかったら気持ちを抑え込んだ自分を悔いていただろうに。兄は一瞬振り返ったが手を振り返すことはせず、またそそくさと歩き出した。

 やっぱりあの鉄の塊は、兄だ。

 とうとう見えなくなった。誰に言われたでもなく、四人それぞれがゆっくりと向かい合う。

「これから……どうする?」

 想汰のほとんど九華に向けた目線。少しだけ間が開く。

「一つ、良い?」

 三人が頷く。

「この前の会議で、みんなの継承に対する意見は揃った。それなのに、部長の私がまだ意見を言ってないのは不平等よね。なので、この場で言わせてもらうわ」

 腰に手を当て、息を大きく吸い込む。声量というよりは、声の圧を強めるための。

「もしこれは、あなた達が良いならなんだけど────」


 彼らの反応が遅く、首が俯くことを勧めてくる。だめだ。ちゃんと向き合わなければ。一度わざと目を限界よりも更に大きく見開いてみる。それから三人の顔に視線を移す。

 由依が頷きつつ。

「実はさ、ウチもそれ考えてて。でもずっと出来るのかな〜って思ってたから」

「元々一人が持っていた力を四人に分割しているとツカイは言っていた。理論的には恐らく、可能だろう」

「……お前は、いいのか。本当に」

 睡方の吐息混じりの訴える口ぶりから、深層の彼の声だと分かった。それでも九華は姿勢を崩すことをしなかった。

「最初から、そうだった。人類滅亡の預言について取材をしようと思ったのも、現実世界に苦しむ人達がいるからだった。そんな人達を少しでも新聞で救いたくて、今ここまで来てる。結局同じよ。神様のいない世界で苦しむ人がいるのなら、世界を救うためにやるべきことをするだけ。私は良いの。でも……そこにはやっぱりみんながいてほしい。だから後は、みんなが本当にそれで良いのかって聞きたい」

 睡方は顔に皺を寄せて、他の二人に視線を預けている。相変わらず変化の見えない想汰と、困り笑いを浮かべる由依。各々が目を眇めるが、肝心の言葉は現れない。

 特に睡方の葛藤は側から見ても顕著だった。本人は気づいてないかもしれないが、明らかに頭を触る回数が多くなっているし、目下の重複する浅い足跡が落ち着きの無さを物語っている。

 肯定か、否定か、それすらもはっきりしない。でも、彼らを咎めることは出来ない。どれを選んでも不正解かもしれないのだ。

「まだ時間はあるからさ。今、絶対……これ! って決めなくてもいいんじゃない?」

 絡まった空気を、由依が解く。

「……そうだな」

 睡方の声が宙に浮かぶ。吹いてくる風。全員の頭を揺らす。何処から吹いてきているのだろう、なんて考える余裕はあった。タプが睡方の股の間を通ったりして、揚々と目下を飛び跳ねる時間が続く。

「少し、散歩しないか。答えを確定するための思考時間が欲しい。それぞれが向き合ってばかりだとどうも誰かが発言するのをじっと待っている気がして長期的な思考に結びつかない」

 想汰に言われてから、先程のチトセの言葉が重なる。自分の足首が退屈そうに地面を踊りかけているのも感じていた。

「それもそうね。行きましょう」

 タプの伸びた体に四人が乗る。決まって九華は先頭で、想汰、睡方、由依の順で後ろに並んでいく。最後に跨った由依が並ぶ三人の頭をかき分けて背を伸ばし呼びかける。

「よしじゃあタプ! 好きなように走っちゃって!」

「タプ!」

 ちんまりとした四つ足で少しずつ体を跳ねさせ、その間隔を段々と狭めていく。抗えない浮遊感と、これからを予感させる臨場感。貯めた勢いを利用してタプは颯爽とスタートを決めた。頬を切り裂くみたいな暴風が先頭ゆえ直接的に喰らわされ、思わず近くにあったタプの耳を掴む。流れていく景色。この体の揺れる感覚。もはや懐かしさまで覚えていた。

 いくらか経った。走り出しより速度は落ちていたが、かえってそれが四人に創界の光景を捉えやすくしていた。その中でもタプの健脚ぶりは見事で、速度を落としたと言っても開幕で集団から抜けようとする勢いを、ゴール前の走りに変えた程度だった。それでいて若さゆえの底無しの体力が光る。非常に生物的で、力強い。乗っているだけの分際で勝手ながら、自分には何でも出来るというプリミティブで理由の無い自信が湧いてくる気がした。

 しかし、頭の靄は簡単には晴れなかった。

 背中を預けている三人の、少し前の表情を思い出す。

 自分の提案は、自分の気持ちの百パーセントで伝わっているだろうか。

 新聞部は四人で一つ。そんな名目的な言葉も悪くはない。でももっと簡単に、いや、正直に伝えても良かったのではないか。

 ただ一言。

 離れたくない、と。

 それなのに。平易にすればするほど、自分の情けなさを濃い純度で表してしまう気がして嫌だった。

 ただ、早く始めただけだ。皆より少しだけ早く新聞に興味を持って、それを続けてきただけのこと。同世代が興味を持たなかったことに、たまたま首を突っ込んだだけのこと。部長なんて肩書きは、実際九華がならなかったら別の人間がなっていただろうし、なっていなかったらいなかったで、人数不足により新聞部は廃部になっており、そもそも晴滝中の新聞部部長という存在が世界から消えていた。

 そんな半透明な称号に、誇りを持っていたのはなぜだったんだろう。

 そんな愚問に、今になって思う一つの仮説がある。

 自分を安心させたかったのだ。周囲から孤立したことを否めない、幼い頃から他人と違う道を選んだ内なる自分を。

 多分。

 多分だ。

 心理学の専門家に聞いたら全然違う答えが返ってくるかもしれない。だからまあ、このことは海馬の奥の奥の奥にでもしまっておこう。然るべきに取り出せるよう、端っこに折り目をつけて。

 そう思うと、三人にした提案はやはり間違っていなかった。そしてこれから不可避的に過ごす一日半を通しても、訂正するつもりはないと断言出来た。

 あとは、彼らの返事を待つだけだ。


 出発地からの直進を続けていたタプは、今は右回りの緩やかなカーブを描いて疾駆している。すぐ近くにまで迫っていた九華の社からは随分距離が離れてしまった。体は前を向き続ける。進む先が気になる。この吹きつけてくる風の、話がどうしても聞きたい。終着駅の無い、この暴走桃色機関車はどこに向かうのか。乗客として。運転士として。

「あ! 睡っち見て! あれ!」

 不意に聞こえてきた。こんな高速移動下で後ろの人間の声が聞こえるのは、本来あり得ない。父親がバイクの後ろに乗せてくれた時に、それを実感した。創界はやはり現実に似ているだけで現実とは異なるのだろう。

「どこだよ」

「あれだよ! あ、れ!」

 首を横に向ける。頭を最大限前に出して必死で由依の手の方向を見ている睡方より、九華の方が先に気づいた。

 湖だ。

 地面に開いた大きな空洞を埋めるように水がなみなみと張ってある。生物の気配など皆無で、水面は少しの角も立たず黙ったまま。

「来たばっかりの頃さ〜、あそこで水遊びしたよね〜! あれ楽しかったなぁ……」

「いや、あんなに大きい湖ではなかった。第一、僕達は北から南下してきたんだ。位置としてこんなところにある訳じゃない。別の湖の可能性が確実だろう」

「むむ〜。そうかもしれないけど〜! ウチが言いたいのは楽しかったってこと! 想っちそんなことばっか言ってたらモテないぞ〜」

「……!」

 想汰が息を飲み、体を前方に戻す。

 珍しい。こんなに易々と由依に言い負かされるなんて。彼の俯く顔を見ていたら、お返しに鋭い目線を感じる。見るな、という一言。こんなに弱々しい彼は久しく見物できていなかった。九華はコンダクの中で片眉を上げ、鼻を少々上向かせてから視線を湖に戻した。

 まだ右も左も分からず、真っ白な平野に取り残されたあの頃。みんな疲れ果てていて、本当は休憩したいのに自分だけは止まってはいけないと思って、無理矢理進もうと足を動かしたんだった。結局休むためなんて言って近くの湖に行ったのに、気づいたら三人の水遊びに巻き込まれてて。水から上がったら茹だるほど全身が疲れてた。

 四人が並んで手持ち花火を地面へと向ける。それぞれの光のシャワーが色鮮やかに流れていき、無味だった灰白色の更地を一瞬色づかせた。その光景をよく覚えている。淡白な景色を取り込みすぎた反動で、もはや眩しかった。花火だけでなく、空間そのものが光っていて、多彩で、それでいて何気なくて。

「      」

 口が、動いていた。声にすることを意識し忘れる、それほどの深淵から這い上がってきた何かが咬筋を震わせた。何と言ったのか、自分でも思い出せない。だけどそれは大した言葉ではなくて、言ってしまえばその真逆も真逆の、余りにもありふれていて誰しもが一度は思いつくものだったと、直感は彼女にそう囁いた。

 とうとう湖が視界の端で切れてしまうと、九華は目の前の世界以上に()()を感じた。全てのものが省略され、一人、浮かんでいる気がした。

 『耳』の社を過ぎ、今度は左に曲がったタプ。本当に好きなように足を動かしているようで、乗っている自分達を気にしないその走りっぷりが、四人に刺激を与えてくれていた。校外学習の際に、目的地までの移動手段として乗り込んだバスの中から窓の外を見る。それに近い高揚感でありつつ、バスという箱庭、窓という隔たりから開放された状況は十三歳の中学生にとってどこか背徳感を覚えさせ、恐怖と悦楽の間を振り子が行ったり来たりと繰り返す。子供には脅威とされ、大人には冷笑され得る、そんなアトラクションの対象年齢は多分我々のような者達で、そんなチケットを手に入れられていること自体に気づいた自分はそれだけで勝っていると確信した。無い太陽から伸びる光弾が、胸を燃やしている。

「タプ?」

 疑問符のついた鳴き声を一つ。瞬間。突然走っている地面が揺れ出す。そして、まばたきをした次にはそれがもう迫り上がって来ていた。混乱を覚える暇もなく、地面の一部が勢いよく隆起する。

 四人と一匹が空中に投げ出される。大きな放物線を描き、仲良く一回転しながら彼女達の体は地面に思いっきり叩きつけられた。柔らかい肌で跳ね、数回上下する。誰かが誰かにぶつかってやっと勢いが止まり、砂埃の中、全員が塵を舐める格好で伏した。縮まった関節を伸ばしつつ、手で砂利を掴んでほんの少し体を浮かす。

「みんな……大丈夫?」

 他の三人が影になって見える。巻き上がる砂埃の中で一人が頭を掻く。

「大丈夫だけど……。いってぇ……」

「……一体、何が起きた?」

「うわぁけむいけむい! タプちゃーんどこー!」

「タプタプ!」

 見えている影が揃ってすぐに上半身を起き上がらせた。やはりこの体だと柔軟性が活きる。走り回るタプの影が由依の声の元へと向かっていき、もう一匹の無事も分かる。

 砂塵が晴れ、全員の顔を目にする。まもなく振り返った。自分達が辿った方向を。

 そこには、一つの箱のような建造物が建っていた。ここから、百メートルもないだろうという距離感。タプを使わなくても息を切らさずたどり着ける。高さとしても想汰の身長と同じほどで巨大で大仰なものでもなければ、矮小で貧相というほど迫力の薄いものでもない。地面と同一の素材で壁が凸凹しており、その中心には扉がある。

 タプが大きく飛び跳ねるので、由依は大きな鼻の部分に耳をつける。うんうん、と頷きながら話を聞いている。

「タプちゃんが言うにはね。走ってる途中に何か踏んだらしいの」

 集まった四人は向き合った状態で彼女の言葉を聞いた。想汰が顔の中心を手でクイッと上げる。

「何らかのスイッチ、かもしれないな。僕の社と同じような構造で、あの建物が出現した」

「行ってみるわよ。あそこに入れる場所があるみたいだし」

 由依の腕に抱かれたタプと共に、四人は歩いてその建造物へと近づいていく。社は、もう全て行ったはずだ。周囲を見渡し、九華は四隅に見えるそれぞれの社を視界に捉えて感じる。そこで思った。四つの社を同時に見渡すことが出来る。

 もしかして、あの建造物がある場所は。

 四つの社の中心。

 特別な意味を持たせずにはいられなかった。歩を進め、歩を進め、また歩を進めた。

 扉の像が、近づくにつれて扉としての本性を顕にし始める。やけに古い作りだ。それもどこかで見たことがある。扉の上半分には何やら紙が貼ってあるようだ。

 更に踏み締める。足跡をつける。前へ。前へと。

 ついに手が届く位置まで、その扉に肉薄した。そこで初めて分かった。扉に貼ってある紙には、文章が書かれていた。黒く太いマジックペンで、お世辞にも綺麗とは言えない字で。

「晴滝中学校新聞部 いつでも入部歓迎 真実を求める人へ」

 四人の目にそれは映った。九華は振り返ることなく、真っ先に取っ手に手をかける。

「……行くわよ」

 三人の返事が、一拍置いてから聞こえた。扉を開ける。ガラガラ、と立て付けの悪さだけを強調する古臭い音。中へと、足を踏み入れる。

 市松張りの木板の床。空っぽの本棚。用具など入っていない掃除ロッカー。揺れるカーテンの先の窓に、夕陽は見えない。相変わらず殺風景な部屋だ。真ん中に置いてある菱形の四つの机がよく目立ってしまうほど。

 自然と、いつもの一番奥の席へと向かっていた。道中、壁に貼ってある新聞が目に入る。もちろん例外なく全てが白黒に変わっている。でも、文字は色褪せていなかった。

 川に入って、いるはずのない河童を探したり。必死になって自転車を漕いだり。四人で手分けして犬を探しに行ったり。

 読んでいるだけであの時の情景が思い返される。あれも。これもやったな。あの時は睡方が虫に追われたりして。想汰がおじさんと長話しすぎて、由依が立ったまま寝てたっけ。色々、あった。ほんと。

 記事に載っている写真も、白黒だった。なのに、そこに映る睡方や、想汰や、由依。そして九華自身の姿は、なんだか生き生きとしていた。笑顔が、あった。

「九華」

 呼ばれて振り返ると、睡方が立っていた。九華の顔をじっと見てから、引いた椅子に静かに座る。想汰と由依もいつの間にか席に座って、彼女を注視している。

 どれだけ見惚れていたのだろう。少々素っ頓狂な顔をしつつ、九華はその菱形の机の集合体の空いている席へと座った。自分が北だとすれば、東、西、南に三人の顔がよく見える。そして決まって誰かが遅れて入ってくる、部室の扉も。

「タプ!」

 由依の腕に抱かれたタプが鳴く。まさかこんな状況で部員が増えるとは夢にも思っていなかった。

「なんだか、落ち着くね〜」

「……いつも、って感じだな」

 由依に睡方が反応すると、彼女は顔を前のめりにして、うん、と大きく頷いた。

「そうだな」

「そうね」

 ほぼ同時に九華と想汰が言って、お互い目を一瞬だけ合わせてすぐに逸らす。それを見た由依は口に手を当て、睡方は鼻で笑った。九華は腕を組み、机の上に置く。肩の力が抜けて、安堵感が体を駆け巡る。

「ん、待って」

 由依が手を動かす。

「机の中になんか入ってる」

 彼女が何かを持ち上げて、机上へと落とす。それは、大手文具メーカーのマーカーだった。パッケージが白黒になっていて分かりづらいが、マーカーの中腹に「ラメピンク」と書かれている。

「あ! これ無くしたと思ってたやつ! 机の隅っこに入ってたんだ〜」

 あちゃ〜、と頭に手を当てる由依。

 創界は、現実世界を事細かに再現する。遅れて自分もと思った睡方と想汰が、早速机の中を漁った。それぞれ机上へと並べる。

「僕は常備している鉛筆一本と、消しゴム一個だな。それ以外は何も」

「俺は……って」

 彼が手一杯に掴んだものを、ドンと勢いよく置いた。小学校の時から使っている彼の筆箱だ。

「筆箱? これ、あんたいつも使ってるやつじゃない」

「……だよな。多分、あの日持って帰るの忘れて……たんだろうな多分。中も……うん、俺のだ」

 弁当箱みたいな見た目のそれの蓋を開けて、彼は頷く。鉛筆が数本と、粉々になった消しゴムと、定規、分度器。ある程度のものが入っている。

「お前は?」

 睡方に聞かれて、机の中に手を突っ込んでみる。内心、何も入っていないと思って適当に手を動かしていた。金属と皮膚のぶつかる音がこもって響いてくる。

 ふと、手の甲で何かを動かした感覚が走る。薄い。それを両手で机の中から引き出す。風の抵抗で一瞬足を浮かしつつもすぐに背中をつけた。

 第十回目の新聞を書くために使うはずだった、A2の方眼紙。筆跡も消した跡も無い真っ白な表面が特有の光沢を生んでいる。入れたままになっていたのだ。下書きをしようと集まったのに自分が新聞の公表をやめようなんて言い出した、あの日からずっと。

 三人がじっと紙を見ている。数秒後、突然二人が立ち上がった。

「「これだ!」」

 睡方と由依が同時にこちらを向く。

「なぁ、九華。短い期間だけど、やらないか?」

「やるって……何をよ」

「新聞制作だよ! こんな世界め〜ったに来れないじゃん!」

「だから、俺達がいた証拠として記事を書いて残すんだよ。丁度、想汰が写真を撮ることも出来るし! なぁ?」

 彼は想汰に強く呼びかける。勢い余って机を叩いたせいで机上の方眼紙が一瞬ずれてしまい、睡方はすぐに戻す。九華は彼を見た時に、壁に貼ってある新聞達が目に入ってしまった。自分達が今まで作ってきた九枚の新聞。それはどれも、確かにその時の自分達を明瞭に記録していた。

 想汰は咄嗟には口を開かなかった。自分の体を縮こまらせて方眼紙よりも自分側のただの机の板に目を向け続け、じっと固まっている。

「あんたは……どう思うのよ」

 睡方の言葉がまだ保留された状態にも関わらず、我慢出来なくなって声をかけた。

 九華自身、答えが気になったのだ。ここに置いてある方眼紙。これを九華は無きものにしようとした。真実から逃げようとして全てを覆い隠そうと、第十回目の記事を書くことを拒絶した。その時に咎めてくれたのは、紛れもなく彼だ。

 自分は、弱かった。

 だからこそ、今彼の言葉が聞きたかった。

 少し経ってから想汰は、自分のお腹にある口に手を入れた。そして中から数枚の写真を掴んで、机の上へと置いた。四人の異形が横並びで映る写真。彼は顔を上げて、九華と目を合わせた。

「記事にするには、まだ足りない。部長、僕達と一緒に来てくれないか?」

 渡された手紙を読み上げる、みたいな口ぶりだった。可愛げがなく、いかにも無愛想で、感情が不透明に思える声。

 でも。

 でもそれで、十分すぎるくらい伝わってくる。そんな口調なのにひとつも取りこぼしていない、本当にどこまでも読み取らせてくれない奴。そしてそれは、想汰だけじゃない。

 咳払い。三人と一匹の視線が集まって熱くなっているのを眉間で感じつつ。

「ほんと……困った部員達ね。こんなに切羽詰まってる状況だっていうのに」

 椅子の背もたれに手を添え、立ち上がる。無いポニーテールを両手で天に跳ねさせると腰に手を当てて歩き出した。

「九華……?」

 振り返って、腕を突き出す。未だ立ち尽くしている部員達に。

「何ぼさっとしてんの! さっさと取材行くわよ。無理矢理でも締切に間に合わせてきた私達なんだから」

 三人がお互いに目を合わせる。豆鉄砲を食らったようにかさを小さく揺らしていたのが、徐々に大きくなっていく。

「ふっ」

「ああ。行こう!」

「うん! 九っち〜!」

 全身を震わせて走り出し、由依は思い切り九華に抱きつく。頭側部の上側に頬を擦り付けられながら、腕に抱いていたタプがそのまま九華の顔と密着してくすぐったい。

「ちょ……ちょっと……やめなさいよ……!」

「やめな〜い! このまま取材レッツゴー!」

 進む二人の後ろで、想汰の口に方眼紙と写真を、睡方の口に筆記用具を詰め込む。遅れて追いついた二人。四人と一匹は部室の扉を開け、外へ出る。

 感覚としては、期日まであと一日。もうどうにでもなれ、という気持ちが九華を動かした。それは根拠など一切無い非論理的な思考の流れであり、それでもそうしたいと思った矢先には止められない、動機としては最適すぎるものだった。

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