01-6
そうして君は次へいく。
…
「兄さん!そろそろ行こ!」
「ああ」
石を持ち、セオはのんびり立ち上がる。
まだ全ての疑念が晴れたわけではない。それでも、ここに帰ってくる前よりセオの心は随分すっきりとしていた。
セオはそのまま辺りを見回す。
楽しいことも、そうでなかったこともたくさんあった、もう家主の存在しない場所。
それでも静かに二人の帰りを待ち続けた、寂しいけれど温かさの残る部屋。
きっともう、ここに帰ってくることはない。
玄関までゆっくり移動しながら、セオは部屋にある一つひとつを眺める。
目に焼き付けるように、あの頃の光景を思い出すように。
「…」
「兄さん?」
「…いつか、また帰ってこられる日が来ると思うか?」
「え?」
「なんだい?もう出てくのかい?のんびりしていきゃいいのに」
二人はバッと振り返る。開けたままだった玄関先に、掃除道具を持った大家が立っていた。
「開けっ放しだなんて不用心じゃないか、気をつけな」
「あ、ごめんおばさん…」
「全く。それで?…これから、どうするんだい?」
大家はじっと二人を見つめてそう尋ねる。
「あ!家賃ならおっさんが封筒に入れて机に置いてたんだ!ほら!」
「その話は今はいいんだよ!まあ後できっちり確認させてもらうがね!…そのままここに残るつもりはないんだね?」
「…はい、すみません。あちこち行ったり来たりしているので、ここに定住することは難しいと思います。家の処分等は近いうちにまた相談させてもらって…」
「いいや構わんさ、そのままにしときな」
え、とセオは顔を上げる。
そこには、口の右端を意地悪く上げ、ふっと鼻で笑う大家の姿。
「元々この部屋は、あの子に与えたようなもんだったからね。たまに掃除はしといてやるから心配する必要はないよ」
「いやそういうことじゃなくて、…?ていうか…」
「あの子ってどういうこと??」
セオが聞く前にルカが尋ねる。
「ああ言ってなかったかい?あの子はアタシの甥さね」
「「ええ!?」」
意外な繋がりに二人は驚きを隠すことなく叫ぶ。確かに普段からやたらと慎一郎の様子を見に来ていたし、慎一郎も随分と彼女を信頼していた気はするが…。
「ぜんっぜん知らなかった…おっさんそんなこと一言も言ってなかったよ!?」
「まあ別にわざわざ言うこともないと思ってたんだろうさ、あんたたちだって特に何も思ってなかっただろ?」
「そりゃあ慎一郎からも貴方からも何も言われないんじゃ、「まあそういうもんか」で終わっちゃいますよ…」
大家のあっけらかんとした態度に、二人は何とも言えない感情になってしまう。
「(…でもまあ、特段今まで必要な情報だったかと言われるとそうでもないし、慎一郎も大して気にしてなかったんだろうな…。いやでも伝えておいて欲しかった気も…)」
と、セオがぐるぐる考えていると、ふっとまた大家は笑い、二人の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「うわっあははっ!」
「ちょっとっ、何ですか…?」
ルカは嬉しそうに笑い、セオは照れくさそうに手をどけようとする。
そんな二人を見つめ、大家は呟く。
「この家はそのままにしといてやるさ。当然!払えるときに家賃は払ってもらうがね!だから、」
いつでもここに帰っておいで。
そう言われ、セオは手を止める。泣きそうな表情で顔を上げるセオの目を大家はしっかりと捉え、笑う。
「はは!そんな顔しないんだよセオ!!まーた色々ぐちゃぐちゃ考えてたんだろ!?全くあんたは可愛いねえ!」
「…余計なお世話ですよ…っ」
何となく悔しくて目をそらすセオを、また大家は笑ってぐしゃぐしゃ撫でまわす。
「ええー?兄さんまた泣いてるのー?泣き虫ー?」
「うるさい!クソッ!」
手の温かさにセオはまた泣きたくなるのをこらえる。人に頭を撫でて貰ったのはいつぶりだろうかと、ふとそんなことを考えた。
…今度はしっかりと大家に向き直る。
「…本当に、ありがとうございます。このご恩は、必ず。」
「ああもうそういうのはいいんだよ!たまに戻ってきて、家賃払って、上手いもんでも食っていきな!それで十分さね」
「…ちなみにその家賃って、いない間も発生するの?」
「なに当たり前の事言ってんだい?当然だろ?しっかり払いな??」
「うぇえええそんなお金ないよおお!?」
「だーから今は搾り取らないんだろうが!こっちも慈善事業やってるわけじゃないんだ!それはそれ、これはこれ。」
「そんなああ!!」
どうやらその辺は大家も容赦はしないらしい。二人の会話もとい言い合いを聞きながら、セオは家に目を向ける。
これからもずっと、どうやらここは自分達の家であってくれるらしい。
「ほら!細かい話はうちでやるからおいで!久々に唐揚げでも作ってやるさ」
「ええ!?!?聞いた兄さん!!唐揚げ!!唐揚げだって!!やったー!!!」
先ほどの言い合いとは打って変わり、わーい!と飛び跳ねるルカにはいはいと呆れつつ、…今後の家賃の事も考えつつ…、二人の後を付いていくために、玄関の扉を閉める…前に。
「行ってきます」
今度はしっかり、言えなかった言葉を残し。
そうしてセオの歩は次へと進んでいくのであった。
「…慎一郎、あんたはちゃんと還れたのかい?」
そんな大家の言葉も聞こえないままに。
お疲れ様です。柏田です。
大家の言葉とか、気になる事も多いでしょうが、01はひとまずこれで終わりです。
次の02も来週投稿予定ですので、お待ちいただけますと。
まだまだ花粉が飛んでるのか、鼻も顔も痒くてうんざりします。
今年も桜が見られたのでよしとしますが。これとあったかさが春の楽しみ。
皆様も桜はゆっくり見られましたか?今週はだいぶ葉桜になっちゃってるところも多いかもですが、ふと見上げて見える花と緑も乙なもんですよ。
いつも見てくださり、本当にありがとうございます。
まだまだ至らない点ばかりですが、今後も見守っていただけますと幸いです。
次回へ続く。




