02-6
例えもう、聞くことはできなくとも。
「で、どうだった?」
作業を終えたセオに、ルカはそう問いかける。
「…どんな記憶が、残っていたんですか…?」
浅野もどこか不安げにセオを見つめながら、おそるおそる尋ねる。
「…なんてことはない記憶でしたよ。チョコレートパフェを食べている記憶でした」
「…チョコレートパフェ?」
「はい。母親と思われる方と、ファミリーレストランで」
「…」
浅野はそれを聞くと、驚きと戸惑いが混じったような表情をした。そしてそのまま視線だけを下に向け、「…そうですか」と力なく呟く。彼女の様子に違和感を覚えたセオが、「浅野さん?」と彼女の名前を呼ぶ。すると、か細い声が耳に入る。
「…なんで、」
「はい?」
思わずセオが聞き返すと、浅野はバッと顔を上げ、
「なんで…、私の記憶じゃなかったの…っ!?」
と悲鳴にも似た声を上げた。先ほどと違い、顔は苦痛に歪み目には涙が溢れていた。そのまま項垂れてしまう彼女に、二人は戸惑ってしまう。
それと同時にセオには、今の彼女の姿が、何となく過去の自分と重なって見えてしまった。
慎一郎が残した記憶の海で、ただ泣くことしかできなかった自分と。
「…どうして、そう思われたんですか」
浅野の前に跪き、静かに問いかける。責めているように聞こえないよう、出来るだけ穏やかに。
そんなセオの様子を見てルカも浅野の元へ戻り、背中を軽く摩る。
「…さっき、中学卒業と同時に、家族で引っ越したって話しましたよね…っ。あれ、私のせいなんです…」
「え」
鼻をすすりながら、声を上ずらせながら浅野は言い放つ。
「私がっ、あまりにも傷ついていくあの子を見ていられなくて、でもあの子は…ゆみちゃんは『大丈夫!』って笑うんです…だから…」
支離滅裂な言葉の羅列に、セオは黙って耳を傾ける。途中で口を挟んで、彼女の独白を邪魔したくはなかった。
「…このまま、彼女がいなくなってしまうんじゃないかと怖くなって、母に相談したんです。」
浅野は目を見開いたまま、懺悔するようにそう告げた。
「そしたら、ありとあらゆる方面に話が飛んで行って、気づいたら、ゆみちゃんは施設で暮らすことになってて、色々知りすぎちゃった私たち家族も、そこにいるわけには行かなくなって、そのまま引っ越しをせざるを得なくて…!」
「えっでも今日ゆみちゃんのお母さんにあったんだよね…?鍵も持ってたんだし、それに」
「ルカ」
セオは黙って首を振る。聞いていた話と所々辻褄があっていないように思えたが、今は黙って聞けということなのだろう。こちらの言葉などまるで聞こえてはいないようで、そのまま浅野はどこか朦朧とした様子で言葉を紡ぎ続ける。
「ゆみちゃんは…別に、母親のことが嫌いってわけじゃなかったと思うんです…仲が良いようには見えなかったけど、それでもあの子にとっては唯一の母親で、なのに、私のせいで、あの子は母親とっ…!」
そう呻くように叫ぶと、そのままセオの顔に焦点を合わせる。まるで泥のような目に、思わずセオは息を呑む。
「…なのに、どうして忘れる記憶が、私じゃないんですか?」
縋るように、浅野はセオの両腕を掴む。爪が食い込む感触にセオの顔が少し歪む。
「兄さん!やめなよこれ以上は!!」
焦った顔で浅野を引き剥がそうとするルカを、再びセオは制止させる。
「(なんで…!)」
焦りの抜けない様子で自分を見つめるルカを尻目に、セオは痛みに歯を食いしばる。
それでも彼女から目を離すことだけはせず、セオは告げる。
「…分かりません。僕等にできることは、あくまでも記憶の閲覧です。何を考えて記憶を残したのか、あるいは残さなかったのかは、当人にしか分からないんです」
「だったら聞かせてよ!!ゆみちゃんに!!なんでって!!ねえ!!…ねえっ…!!」
そう叫びながら、セオを掴んでいた浅野の手からは次第に力が抜けていき、彼女はそのまま倒れ込むような姿勢になってしまった。
本人も分かっているのだ、自分の叫びが八つ当たりに過ぎないことくらい。それでも、吐き出さずには、泣き出さずにはいられなかったのだろう。
…よく、分かる。
「でも、」
セオは、蹲って泣き出した彼女の手に軽く触れる。
「でも、彼女が…ゆみさんが貴女との記憶を残さなかったということは、きっと貴女との思い出を大事に胸に抱えていったからなんじゃないでしょうか」
諭すように、あの日の自分に告げるように、
「人は、欲しいときに欲しい言葉をくれない生き物です。身近にいればいるほど」
きっとそうであって欲しいと願うように、祈るように、
「それでも僕たちは、残された者たちは、彼らのその『軌跡』から彼らを理解していくしかないんです。どれだけ遠かろうと、それが無意味なことかもしれなくても。いつかきっと、分かってあげられると信じて」
或いは、言い聞かせように。
セオの言葉とともに、部屋に夕暮れの日が差し込む。
気づけば顔を上げてセオを見つめていた浅野は、そのまま窓に目をやる。
「(…ああ…ゆみちゃん、夕暮れが好きって、言ってたっけ…)」
部屋を照らす日の光が、家の中を温かく染める。
帰り道の、あの子のくしゃっとした笑顔を思い出す。
「…っ」
そうだった、ずっと忘れてた。
あの子は、ああやって笑うんだった。
「…うぅっ…あああっ…!」
悲痛とも取れる声で、喉を締め上げるように泣く浅野の手を、セオはまたしっかりと握りしめた。そして一度目を閉じると、スッといつもの調子を取り戻しルカに告げる。
「…ルカ、回収は終わった。もう行くぞ」
「…うん、分かった」
泣く彼女を尻目に、セオは玄関へと向かっていく。
それに気づいたのか、浅野が「待って…!」と立ち上がって追いかけようとするのを、後ろからルカが抱きとめる。片手は彼女の目元を優しく包んでいた。
ルカは彼女を見つめると、苦しそうに笑って、
「…ごめんね」
と呟いた。目元を押さえるルカの手から溢れた光に、浅野はそのまま意識を失った。
「…あれ」
浅野は、もうすっかり日が沈んだ部屋で目を覚ました。薄暗い部屋の中は静寂を保っていて、より一層孤独感を高める。
「(確か…ゆみちゃんの荷物を確かめるためにここに来て、それで…)」
…あれ、何してたんだっけ、私。
何か大事なものが欠けてしまったような、それでも何故か心は落ち着いているような、何とも不思議な感覚に囚われる。
暗い心に、何か光が差したような、そんな心地があったような気がしたのに、ぼんやりとしていて思い出せない。
「…疲れてるのかな」
きっとそうに違いないと、とりあえず今日のところは帰ろうと立ち上がる。
何故だか、来た時よりも思考がスッキリしたような、そんな感じがする。
…今からでも、きっと遅くはない。
そう信じて、彼女は家を後にする。
まずはあの日のことを、もっと両親に聞いてみなければ。彼女の親たちにも。
私が恨まれているにせよ、そうじゃなかったにせよ、知ることを諦めたくはない。
知ろうとすることをやめてはいけない。
ただ本当に、なんとなく、そう思ったのだ。
「…一般人には秘匿しないといけないことだもんね」
帰り道、街灯の灯りに照らされながらルカは呟く。
「そうだな、だからこそ記石に関する記憶の諸々は一切消されてなかったことになる」
「あんなに色々伝えたのになかったことになるのは、なんか悲しいね」
「だから人に見られるのは面倒なんだ」
セオは帽子を深くかぶり直しながら溢す。
「…それでも、残るものがあればいいと、そう思った」
ひとりごとのように告げる兄の言葉に、ルカは、先ほどの浅野とセオの様子を思い出していた。
自分には、あれほどの言葉を紡げない。だってよく分からないから。いずれ会えるかもしれない人に、そこまで泣いて感情を露わにする理由が。
なのに、何故こんなにも、
「(胸が痛いんだろう…)」
チクチクと針で刺されるような胸の痛みを、ルカは確かに感じ取った。
「…やっぱりよくわかんないや…」
「…まあ、正式に任務に就いて日が浅いお前には、まだまだ難しいとは思うよ」
「…珍しい、兄さんが僕を慰めるなんて」
驚きのあまりわざとらしく目を見開くルカに、「いっぺんしばくぞマジで」と苛立ちで眉間に皺を寄せながらセオはそう吐き捨てる。
そのままいつものテンションで軽口を叩き合いながら、二人は、暗闇を照らす街灯を辿っていく。
それぞれに、不安や祈りを抱きながら。
雲に隠れた月が、顔を出すことはなかった。
お疲れ様です。柏田です。
02終了です!ありがとうございます!!
構成かなり迷いましたが、なんとか形にできてよかったです。
03も書いていきますので、引き続きよろしくお願いいたします。ルカに何かしらの心の揺らぎが生まれたことを感じ取っていただければなと。
良ければ評価や感想もお待ちしております。
いつも読んでいただき本当に感謝です。
それでは。




