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物語の通りかもしれないけど


「引きこもっていると聞いてきたんだが……」


 いつまでも部屋の中でぐるぐるとしていたところ、ゲイブリエルがやってきた。ゲイブリエルは体格に似合わない可愛らしい籠を手に持っている。その籠から、甘くておいしそうな匂いが漂っていた。


「何を持ってきてくれたの?」

「え、ああ。元気がなさそうだからとお菓子を渡された」

「渡された?」


 これを用意したのはゲイブリエルではないのだろうか。


 首を傾げれば、ゲイブリエルは肩をすくめる。


「公爵の面会を断っただろう? 様子を見てきてほしいって頼まれたんだ」

「そうだったわ」


 いつも朝の挨拶にやってくるゴドフリーを今日初めて断った。寝不足でむくんだ顔を見られたくないし、何よりも詮索されたくなかった。心配されたことがちょっと嬉しくて、顔がにやける。ゲイブリエルはテーブルの上に籠を載せて、向かいのソファに腰を下ろした。


「で?」

「で??」


 意味が分からず繰り返せば、ため息をつかれた。


「具合が悪くなるほど何か悩みがあるんだろう?」

「悩みというのか、納得できなくて引っかかっているだけ」

「だから、その納得できないことを話せよ」


 促されて、渋々ゴドフリーの変わりっぷりについていけないことを話した。ゲイブリエルは口を挟むことなく聞いていたが、一通り話し終えると腕を組んで唸った。


「要するに、態度が違い過ぎるから裏があると疑っていると」

「裏があるとまで思っていないけど。今まで声をかけたって一言二言返してくれるだけだったのよ。それが突然、愛を囁くなんて変じゃない?」

「公爵に聞けばいいんじゃないのか?」

「聞いたわよ。年の差で周囲から色々言われていたとか何とか」


 婚約候補白紙の話をした後からおかしくなっている。作っている途中でこの世界に来てしまったから、クリスティーンとゴドフリーのラブラブエピソードは決まっていなかった。


 だけど、流石に塩対応が溺愛系に変わるなんて、おかしくない?

 前世わたしもそんなぶっ飛んだことはしないと思うの。


「周囲ね。確かに公爵はよく女に囲まれているからな。年の差ぐらいしか付け込めるところがないから、攻撃ポイントになるのは仕方がない」

「わかっているわよ。でも理解できるからって、納得できるわけじゃないの」

「面倒だな。いいじゃないか。愛されているんだとふんぞり返ればいい」


 繊細さなど欠片も持ち合わせていないゲイブリエルは呆れ顔だ。


「……わたくしのこの繊細な気持ちをゲイブリエルが理解できるとは思っていないわよ」

「繊細ねぇ。俺に言わせたら、お前も十分、変わったと思うが」


 聞き捨てならない呟きに、びっくりした。


「変わった? どのあたりが?」

「ああ、変わったと思うぞ。気に入っていた公爵からたっぷり愛を囁かれたら、地に足がつかないほど舞い上がっていたと思うんだが」

「流石にそこまで単純じゃないわ。絶対に舞い上がらない」

「そうかな? 公爵の顔、好きだろう?」


 にやにやと嫌な笑顔を向けられて、抱きしめていたクッションを投げつけた。だけど、危なげなくそれを受け止める。


「結婚するのだから、顔よりも性格の方が重要よ」

「そう思うなら、それでいいけど。とにかくモヤモヤを解消しろ」

「モヤモヤが解消できなかったらどうしたらいいの」


 恨めしそうに睨めば、ゲイブリエルは何でもないことのように言った。


「その時はお前の婚約候補を白紙にして、俺が国王になるよ」

「はあ?」

「あの異母兄上たちでも国王になれるんだ。俺がなってもいいだろうが」


 驚きすぎて、混乱する。ゲイブリエルは真っ先に王位継承権を放棄している。それにずっと国王になるための勉強ではなく、騎士になるために頑張ってきた。


「でも、ゲイブリエルは騎士になりたいのでしょう?」

「騎士も国王も変わらないだろう。クリスティーンが俺のことを考えてくれるのは嬉しいが、俺もお前のことが大切なんだ」


 大切、と言われて、体が震えた。仲の良い双子だとは思っていたけれども、こうして言葉にしてもらったのは初めてで。


「だから何とでもなると腹に落として、本音で話し合え」


 誰と、という前にゲイブリエルは立ち上がった。そして、扉を開ける。


「ゴドフリー」


 開けた扉の先にはゴドフリーが立っていた。




 奇麗に手入れをされた庭をゆっくりと歩く。いつもならゴドフリーが愛の言葉をこれでもかというほど囁いてくるのだけど、今日は違う。二人の間の沈黙がいつもと違っていて、とても落ち着かない。


 どんな顔をして沈黙しているのだろう、と少し後ろを歩く彼にちらりと視線を送る。


「正直に言えば、婚約候補を白紙になるまで興味がなかった」


 視線が合えば、彼は静かな声で話し始めた。自然と足を止め、向き合う。どこか凪いだ気持ちで、彼の整った顔を見つめた。


「うん、知っている」


 前世「わたし」の記憶が戻るまでは、わたくしがどんなに頑張っても彼はちゃんとこちらを見ることはなかった。無関心な態度にいつも傷ついていた。だからこそ、前世の記憶が戻った時、結婚相手は彼じゃない方がいいと思ったの。


「こういう説明をして理解されるとは思ってはいないが、クリスティーン殿下から婚約候補を外された時、目の前が突然開けたような気がした。ずっとぼんやりとした世界で生きていたような、と言った方がわかりやすいだろうか」


 それ、間違いなく物語の強制力だわ。


 ゲイブリエルの時も思ったけども、物語の強制力が働いている人とそうでない人がいる。その違いは、メインであるかというところか。わたくしの記憶では、まだ登場人物の名前と簡単な経歴ぐらいしか作られていない。だからイベントはなんとなくテンプレっぽい感じであるし、だけど行動原理はとても曖昧で。曖昧であればあるほど、人形のような反応になるのかもしれない。


「だから、手のひら返しをされたように思うのは間違いじゃない。一つ言えるのは、今の私の気持ちが本物だということだ」


 ん?


「できれば常に愛を告げたいし、膝にのせてケーキを食べさせたい」


 あれ?


「一日中、一緒に過ごして同じものを見て感じて語り合いたい」

「……ちょっと待って」


 言われなれていないせいなのか、ちょっとあり得ないほどの執着心を見せられたせいか、とてつもなく恥ずかしい。顔が真っ赤になっている自覚があって、落ち着こうと大きく息を吸った。


「特別なことを言っているわけではない」

「塩対応公爵と言われていたじゃない」

「――気になりだした後、家族に話したら、あり得ないほどの変化とねっとりとした感情が気持ち悪いと言われたから控えていた」


 ゆっくりと彼の大きな手が頬に添えられた。やや低めの体温が火照った頬に気持ちがいい。思い切って視線をあげれば、真正面に神々しいまでのイケメンが熱いまなざしを注いでいた。


「自分でもこれほどまで変化した理由がよくわからない。だから不信しかないと言われても受け入れよう。でも」


 彼は一度言葉を切った。


「拒絶だけはしないでほしい」


 切なそうに呟かれて、陥落した。

 そもそもビジュアルはわたくしの好みのど真ん中。性格だって、溺愛系だとわかればこれほどの幸せはないわけで。


「なんだか気持ちがついていかないけれど。初めからでいい?」


 中途半端な物語の要素を捨て去って。

 もう一度。

 ありのままの存在で関係を築けたらいい。


 そんな風に思えたのは、彼の変化の理由に少し納得できたからかもしれない。





 結局。

 わたくしは女王になることを引き受けた。


 もちろん決意するまでにはかなり悩んだ。色々な人の話を聞いて、異母兄たちとも話をして。


 でも異母兄たちは不思議と国を考える力はなかった。一番上の元王太子の異母兄はわたくしを見ただけで罵倒した。どうも、わたくしのせいで「運命の愛」は引き裂かれたと思い込んでいた。正直話にならない。ダリアが忠告した通り、話が通じる人ではなかった。


 二番目の異母兄とも話そうと思った。でも約束の時間に約束の場所に行ってみたら。


 盛っていた。

 目もばっちりと合ったが継続していた。デニスお異母兄さまも見せるつもりだったんだろう。わたくしと目がばっちり合って、ウィンクすらしてきた。頭に来たので、最後まで見ていてやろうと思ったけれども。


 ゴドフリーにすぐに回収された。あんな汚いものを見るものではない、とこっぴどく叱られたが、わたくしのせいではないと思う。ああいう男はすぐさま去勢して、どこかの塔にでも閉じ込めるべきだ。


 ゲイブリエルは自分が引き受けてもいいと言っていたが、放棄した王位継承権を復活させることは出来なかった。


 そんなわけで問題の多い異母兄を王にするよりは、はるかにマシだろうという消極的な理由でわたくしは女王になることを決意した。それにこの世界が物語の世界である限り、どんなに頑張ってもあの二人が改心することはなさそう。


 強すぎる、ざまぁ特化世界。

 ほんと、ため息しか出ない。


 諦めきって、だらしなくソファに座っていれば。いつの間にか隣にゴドフリーが座っていた。


「引き受けてよかったのか?」

「うん。兄たちに任せるよりは精神的に楽。それに、ゴドフリーがわたくしを支えてくれるのでしょう?」

「もちろん」


 当たり前のように頷かれて、笑ってしまった。体を起こすと、彼をしっかりと見つめる。


「一生かけて愛を証明してね」


 なかなか自分でも重いことを言っていると思うのだけど。

 溺愛系が好きな「わたし」にとって、激甘は必須だ。ゴドフリーは目を細めると、体をかがめた。唇に温もりを感じて思わず目を閉じる。


「ずっと側にいる」


 彼のその気持ちはもしかしたら物語の設定かもしれない。

 わたくしもここの世界に生きていて。

 自分の感情がどこまで自分のものなのかなんて曖昧。


 だからこそ。

 少しずつ、少しずつ。

 本物の感情だと思えるように彼との時を積み重ねよう。


Fin.

ここまでお付き合い、ありがとうごうざいます!


お約束事になっているテンプレを下地にしている+同人作家という二階建てにしてしまったため、特殊な感じになってしまいました。読みにくかったかなー、と最終話を調整しながら思ったりしています。


そして毎度ながら、誤字脱字報告ありがとうございました!

とても助かっています。本当に皆様の優しさにてんこ盛りの感謝を(≧▽≦)


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