043 逃走と思惑
「くそ……ッ! お前ら、全員逸れてねぇよなぁッ!?」
「後ろは大丈夫です! ファングさん!!」
「キッチェの嬢ちゃんは!?」
「だ、大丈夫……まだ走れます!」
「アタシが見てるよ!」
「おし」
鉄火場と化したリアネス都市部にて、多数の民間人を連れた一団が王城への道のりを進んでいた。
先頭を行くのは獣人形態を取ったファング=コードレスだ。
鼻が利く彼は火薬の臭いを避け、可能な限り帝国兵との接敵をせぬように集団を導いていく。
殿を務めるのはグエン=ドウェン。
中央にはルーシー=スカイバーンを配置した形で、彼等は学院会場に取り残された一部の人間を率い、安全圏への避難をしていた。
「――ッ!? 止まれ!!」
『!』
鋭く号令を出したファングは、建物の角に身を隠し、通りの先へと視線をやる。そこには、緑の軍服に身を包んだ兵士達が、生気のない顔で行進してくる姿があった。
「……どうする? やるかい?」
「……テメエは退いてろ」
寄ってきたルーシーに言うや否や、獣の様な俊敏さで角から飛び出すファング。当然敵にも察知されてしまうが、彼は構わない。
縦横無尽。狭い路地を建造物の壁まで道にして、敵の射線を避けて接近するファング。放たれた無数の弾丸は、彼の肩を掠めるものもあったが、その鉄の様な毛皮に阻まれる。
「シャァ――ッ!!」
「ッ!」
身の丈二メイルを越えた獣人の爪牙が、帝国兵を紙細工の様に切り裂いていく。飛び散る血潮。零れる臓物に彼等は、一切の反応を示さずに引き金を引いていく。
――やっぱりか。畜生。
心中で舌打ちをしながら、ファング=コードレスは敵兵の懐にて爪を振るい、立ち回る。同士討ちを恐れず、傷や痛みを恐れずに無機質に反撃を繰り返す兵士達。
死にながら戦う彼等が、誰一人動かなくなった頃。
血溜りの中でファングは、小さく穴の空いた己の腹を撫でた。
敵の武装は威力が高い。己の腹を貫通した弾丸は、人の身であれば耐える事などは出来ないだろうと、ファングは考える。
生気のない顔は、殺される間際であっても恐怖などの情動は見えなかった。自己の保身を省みぬ戦闘行動。アレをやられては、近接戦闘主体の人間の戦士では手も足も出ないだろう。
「ウチも例外じゃねぇか……」
戦場のレベルが急激に上がっている。
ルーシー・グエンの両名には相性が悪いだろう。
矢面に立てば、忽ち殺されてしまうのが目に浮かぶ。
――レイドと逸れたのは、痛かったな。
レイド=レヴァノフとは途中までは一緒だった。突然真剣な表情を浮かべ、明後日の方向へと顔を向けた彼は、集団から抜けて通りを駆けて行ってしまったのだ。
彼の性格上、戦場からの逃走では無い事は分かっているが、貴重な遠距離戦闘の出来る魔術師の離脱にファングは焦りを隠せない。
「せめて、ハインリヒの奴がいれば――」
「それは愚痴かい? ファング君?」
「あ――」
言葉に吊られて、ファングは声がした上を見る。
そこには、建物の屋根へと上った黒い礼服の男がいた。
プレア=トリィ。
城塞都市ポンペイにて知り合った、見習い神父であった。
「アンタ、神父!? こんな所で何を!?」
「いやー。高い所なら帝国兵にも見付かり難いと思ってね。逆に降りられなくなっちゃった……」
「は、はぁ……!?」
「それよりも後ろ後ろ! 敵が来てるよ!!」
「!」
プレア=トリィの言葉を確かめるまでもなく、背後の集団から銃声が聞こえてくる。民間人から上がる悲鳴に歯噛みをしながら、ファングは騒乱の先へと駆け抜けた。
「ぐぁ――ッ!?」
「グエン!? ――ツッ!!」
「グエンさん!? ルーシーさん!?」
「ッ!!」
騒ぎの恐怖に統制を無くし、散り散りに逃げる民間人の波を縫いながら、ファングはそこへと辿り着く。
ザッザッザ、と。
押し寄せる大量の帝国兵。
銃を構え、此方へと発砲をしながら、彼等は行進を続ける。
敵と味方の境界へと降りたファングは、その場で回転しながら迫る敵兵を斬り殺す。
膝を着き、右手を抑えるグエン。
太腿から血を流しながら、回転刃を振るうルーシー。
――やべぇ。
此処よりも更に後方。敵の増援を見付けたファングは、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
「ひっ、嫌――ッ」
「しまっ!? ――嬢ちゃん!!」
一人孤立したキッチェ=ルヴィが、敵兵に狙いを付けられる。
銃の引き金が絞られる寸前――屋根から飛び降りたプレア=トリィがキッチェの身体を押し倒す。
銃弾は虚空へと飛び、次なる二射が放たれる前に神父は少女を路地へと連れ込む。
「!? 神父――」
「――こっちは任せて! 君は仲間を!!」
「チッ! ――走れグエン!! メイドは手を貸すかァ!?」
「は、はい……ッ!」
「冗談ッ!」
プレア=トリィにキッチェ=ルヴィを預けるのは不安があったが、状況がソレを許してはくれない。
迫り来る敵を切り裂き。時には焼き払いながら、一団はその場から逃走するのであった。
◆
ユーリア=マイスティアは、その時走っていた。
上空より投下された爆薬による爆風。
それにより皆と逸れてしまった彼女は、今、同級生のカルナ=サヴァンに手を引かれ、変わり果てた街の中を必死に。懸命に駆けていた。
「……カルナ、さん……カルナさん……ッ!!」
「黙れ。舌を噛むぞ」
「……っ!」
いつもと変わらぬカルナの声。
だが、その表情は前を向いたきりで見通せない。
普段は引っ込み思案なユーリアであったが、この異常事態においては黙る事など出来ない。
手を引かれ、先導される身の上であったが、彼女にはどうしても無視出来ぬ疑問があった。
「王城に、行くんじゃないの……!? 場所、反対方向……ッ!」
「……」
息を切らしながらのユーリアの言葉は、カルナの耳にも確実に届いた筈。だが、彼女は走る速度を緩めない。
「――カルナさん!!」
頑ななカルナの様子に、ユーリアはその手を振り払う。
こんな事をしている場合ではない。
それは彼女とて分かっていた。
けれど――
「……王城に避難しても意味はない」
溜息を吐きながら、ユーリアへと向き合うカルナ。
その表情は、普段と変わらなかった。
「リアネス王国はエイムス帝国を侮った。奴等は入念な準備をして仕掛けて来たというのに、連中は何の対策も講じていなかった。この結果は、必然だったんだよ」
「……だから?」
「王城は時間の問題で落とされるだろう。中にいたら皆殺しの目に合う。別ルートで脱出する必要があるんだよ」
「――そのルートって、帝国への寝返りって意味かしら?」
「――ッ!?」
突然掛けられた第三者の声に、ユーリアは驚愕する。
瓦礫となった建物の影より現れたのは、桃色の髪をした白い制服の少女。彼女の手には聖剣・エギンガルが握られている。
七聖剣第六位。【深淵】マチュア=キュベレイ。
「ね。マチュアにも教えてよ。そのは・な・し♪」
「売女が……」
招かれざる者の訪問に、毒を吐くカルナ。
含み笑いを浮かべながら、殺気を隠さぬマチュアの様子。
紡がれた先程の言葉に――ユーリアは唾を飲み込むのであった。




