044 マチュアとカルナ
「売女ねぇ? やぁだ。モテない女の嫉妬~? 少なくとも国を売ろうする女よりはマシだと思うけれど? ……あ。違うか。もう既に売ったの間違いだったかしら?」
「……ペラペラと良く喋る。七聖剣が道草を食っていて良いのか? お仲間は各地で戦っているようだぞ?」
「これもお仕事の一環よ。王国に恩義なんて物は無いけれど、折角取り入っていた場所を壊してくれた礼だけはしないとね」
「熱心な事だ」
「貴女には負けるわよ。学院会場にせっせと帝国の兵を手引きしたりね。私の部下をやっていた時よりも随分必死に動くじゃない?」
「学院に……? え、え……? どういうこと……?」
二人の会話に付いて行けず、戸惑いを見せるユーリア。
背景と同然の様な扱いをされていた彼女だが、声を上げたその時、マチュアはカルナの眉がピクリと動いたのを見逃さない。
「ええ、そうよ。よく考えてみたら分かるじゃない? 帝国は気球船で兵士を王都に侵入させた。けれど、学院会場の襲撃は気球船が王都に来る前に行われた。――つまり、あの時学院にいた兵士は誰か――それこそ、内部の人間の手引きが無ければ王都に侵入する事が出来ないのよ」
懇切丁寧に。彼女なりの嫌らしさを含ませながら、マチュアはユーリアにそう説明した。
「怪しんで張っていれば――この通り。何か言い残す事はあるかしら? カルナ=サヴァン」
「――良い推理だったよ、マチュア。教会の犬を止めても、お前なら探偵で食っていけるだろう。良かったな。これで脂ぎった親父に抱かれる必要も無くなるぞ?」
「……認めるんだ?」
「そもそも……私もお前も同類だろう? 死にたくない。その一心で此処まで生きてきたんだ」
「……」
「なら――分かるよな?」
言いながらカルナは、制服のスカートの下。すらりとした足の太腿に取り付けた革ベルトより二振りの短刀を取り出し、マチュア=キュベレイへと肉薄する。
左右に揺れる様な歩法は、対象の速度を誤認させる効果がある。
左手の上段狙いの大振りを餌に、剣を出したマチュアへと身体を引き寄せ、緩急の付いた動きで右の刃で首狩りを狙うカルナ。
「――ッ! エギンガルッ!!」
背筋をひんやりとさせながら、マチュアはその一刀を【奥の手】でもって回避する。
≪――聖剣、覚醒――≫
眩い光が聖剣より発せられ、視界を奪われたカルナは思わず手元を狂わせる。マチュア=キュベレイの首の薄皮を斬った後、彼女は反撃に備えて瞬時に間合いを取る。
「――それが、お前の奥の手か?」
「カルナァ……ッ!」
浮かべるは憤怒の形相。傍で見ているユーリアが怯える様を見せるも、対峙するカルナは涼しい顔だ。
聖剣エギンガルの覚醒形態を見るのは、教会関係者であるカルナとて初めてであった。他の聖剣と比べ、刀身の短いその剣は矮躯のマチュアには扱い易いのだろう。白く純白な剣は、今やドス黒く色を変え――
「――成程。お前にはお似合いの剣だな」
素直に、カルナはそんな事を口にする。
「うぁあああああ――ッ!!」
「ふん」
怒りで我を忘れたのか。
マチュアは負傷した首を抑えつつ、右手で聖剣を大振りに振るう。一瞬、蔑んだ表情でそんな彼女を見据えたカルナは、首を狙ったその攻撃を軽く回避し――
「――ッ、何ッ!?」
「くふ。あは、あはははははッ!!」
反対側からやってきた、見えないもう一本の刃により――腹部を切り裂かれる。
「――インビシブル・ブレード……」
「……ッ!」
先程までの激情は演技だったのだろう。
ペロリと舌を出しながら、マチュアは冷めた目で膝を着くカルナを見下ろした。
「欺瞞の刃。それがエギンガルの能力。聖剣使いによって覚醒する力は変わるらしいけれど……私の場合はコレがそうって訳」
「傑作でしょ?」そう言って、マチュアはカルナの顎先を蹴る。
「カルナさん!!」
「ぐ……ッ」
仰向けに倒れるカルナへと、慌てて駆け寄るユーリア。
「無様なものね。孤児院では女で一番優秀だったアンタが、聖剣の適性を持っていただけの私に負ける。……どう? 今の気分は?」
「……最悪だな」
「駄目、動かないで!? 血が!!」
「離れていろ、ユーリア……」
「ふ、ふふふ♪」
悦に入った様に笑うマチュア。
弱りきったカルナを見るのが、楽しくて仕方が無いのだろう。
「ずっとずっと嫌いだった。大人達に媚び、愛嬌を振り巻く私を、このマチュアを、アンタは見下していたでしょう?」
「……見下される様な事をしているのが悪い」
「必死だっただけよ。最初から強かっただけのアンタに、私を嗤う資格なんて無い!!」
「……嘲笑ったつもりはない。ただ――そうだな」
「……?」
「私には出来ない生き方をするお前が、少しだけ羨ましかった。常に誰かに囲まれているお前に、嫉妬の念はあったかもしれない」
「え……?」
目を瞑り、想いを吐露するカルナ。
その意外な言葉に、思わずマチュアの足が止まり――
「――チェック」
「ッ!? な――ッ、え……ッ!?」
背中へと深く突き刺さる短刀。強烈過ぎる痛みに耐えながら、マチュアは目の前のカルナの顔を凝視する。
「ナイフは三本あったんだ」
ひらりと。悪戯の種を明かすよう、指で自身のスカートを捲って見せるカルナ。覗いたピンクの下着の傍、腿の付け根に着けたベルトには、三本分のホルスターが取り付けられていた。
「蹴られた瞬間に既に上空へと投げていた。後のお話はただの落下調整……だが、まんまと引っ掛かってくれて助かったよ」
「ぐ――ッ!」
その場に四つ足を着き、動かなくなるマチュア。
短刀の突き刺さった背を中心に、血の染みが着衣に広がっていく。
痛みで、動けないのだろう。
「すぐ楽にしてやる……」
ゆっくりと立ち上がり、晒されたマチュアの首の項へと、短刀を突き立てようとするカルナ。
あわやの瞬間。横から飛び出したユーリアに、カルナの腕は阻まれる。刃物を持った腕を両手で抱え、胸に押し込めたのだ。
「駄目! やめてカルナさん!! お願い……ッ!」
「ユーリア!?」
自身の腕を掴んだユーリアの行動に、驚くカルナ。
その力は、弱々しい印象の彼女にしては強く。
決して離さないという、断固とした意思が感じられた。
「……」
見た事も無い頑ななユーリアの姿に、カルナは振り上げた刃を静かに下ろす。目尻に涙を溜めた同級生の少女。その顔を見ていると、何だか胸が騒めいた。
「……私、戻るね?」
「戻る? ……何処に戻るって?」
「皆のいる所に戻る。カルナさんは、一人で行って」
「……」
突然のユーリアの言葉に、カルナは一瞬言葉を失う。
「……分かっていないのなら教えてやる。帝国は新兵器を準備している。奴等が携行する銃器とやらとは比較にならない代物だ。王国側に勝ち目はない。城に戻っても殺されるだけだぞ?」
「……」
「ユーリア!」
尚も首を横に振るユーリアに、カルナは珍しく焦りを見せる。
――言っている意味が分からないのか?
いや、そんな筈は。と、益体もない思考が頭を巡る中、逼迫したカルナは苦渋の思いで自己の身の上を彼女に明かした。
教会に拾われた孤児だということ。
その時から様々な汚れ仕事をしてきたこと。
学院には教会の内通者兼暗殺者として通っていたこと。
花の様に優しく、自身の陽だまりであったユーリアに――決して知られたくなかった事を、カルナは包み隠さず明かしていく。
それは何処か――犯した罪の懺悔にも似ていた。
「嫌な事を一杯一杯させられた! だから――」
「噴水広場に、ね」
「……ッ」
「美味しいパン屋さんがあって、私そこによく通っていたんだ。どうしてこんなに美味しいパンが焼けるんですか? って、店主の御婆さんに聞いたら、今度孫が生まれるから、その子に美味しいって言って貰えるように頑張ってるんだって。嬉しそうに笑ってた」
「……」
「洋服屋のガタンさんは漸く靴屋のレイナさんにプロポーズしたの。幼馴染でお互いが好き合ってるのに随分待たせて……周りの方がやきもきしちゃった。でも、見せて貰った花嫁衣裳は凄い綺麗だったなぁ。ガタンさんがずっと夜なべして縫ったドレス。言わなくても、レイナさんが嬉しがってたのは伝わっちゃった」
「ユーリア……何が言いたいんだ……?」
「ううん。違う。違うの。カルナさんを責めるつもりはない。けれど私は――私は出来るなら、皆と一緒にいたい。一人で逃げて、生き残るなんて嫌。それなら私は、皆と一緒に終わりたい。嬉しい思いを共有したように。痛い思いも辛い思いも一緒に感じたい」
「それは――生まれ育った、街だから?」
「そうだよ。生まれ育って――カルナさんと出会った街だから」
「見捨てる事は出来ないの」と、ユーリアは言った。
最後に「ごめんね」と告げながら、彼女は踵を返す。
「カルナさんは、生きて――」
「ユーリアッ!! く……ッ」
振り返らずに自身の願いを呟き、ユーリア=マイスティアは王城へと走り去ってしまった。
伸ばした腕を振るわせながら、葛藤するカルナ。
「馬鹿みたい……」
完全にユーリアの姿が見えなくなった頃、立ち尽くしたカルナの背中を見たマチュアが、瓦礫に腰掛けながら呟く。
「……何だ。まだ生きていたのか?」
「生憎と。七聖剣の身体は普通じゃないのよ。この程度の怪我なら暫くすれば動ける様になるわ」
「それはまた……」
何か、憎まれ口を叩こうとしたカルナであったが、首を振ってソレを止める。余程、精神的に参ってしまっているのだろう。
そんなカルナの様子を見たマチュアは苛立ち。深く深く溜息を吐くと、地面に落とした聖剣を拾い、彼女へと投げる。
「……持って行きなさい」
「……何の真似だ?」
「さぁ? マチュア分かんなーい♪ ……ただ、回復するまでアンタの辛気臭い顔を眺めてる趣味は無いの。さぁ、さっさとイってぇ♪」
「だが、私は――」
「……」
エギンガルを手に持ちながら、苦悩するカルナ。
マチュアは無言で彼女へと近付き――
「追い掛けろって言ってんのよ、グズ。アンタ見てると本っ当に苛々するわ。不器用で強情……後悔なら後で私が死ぬほどさせてあげるから。だから今は――走れッ!!」
「く――ッ」
マチュアの剣幕に、追い立てられる様にその場から駆け出すカルナ。彼女の手に渡った聖剣が仄かな輝きを見せたのを、マチュアは見逃さなかった。
遠くなっていくカルナの背を見送り、マチュア=キュベレイは息を吐いて腰を下ろす。
「本当……やんなっちゃう……」
何をやっているのだろう。自分は。
己の行動を顧みると溜息しか出ないと、マチュアは自嘲する。
「アイツ――女にはモテるんだよなー……」
火照った頬に手をやりながら、マチュアは独り言ちる。
見上げた空は灰色。
まるで自分の心の様だと、彼女は思うのだった。




