037 実戦競技・決勝戦~VS.ゲインズ~
傷付いたクロードを腕に抱きながら、俺は彼女に向けて回復魔術を行使する。荒かった呼気は徐々に収まり、火照った身体の温度が腕を通して胸に沁み込む。
「は、ハインリヒ……?」
「……良くやってくれた。今は休んでくれ」
「ん……」
朦朧としながら困惑した声を上げるクロードに、俺は落ち着かせる様な声を出す。緊張し、強張った筋肉が徐々に弛緩していく。
第二試合の相手は――ゲインズか。
石舞台へと上がった二人の姿を眺めながら、俺は算盤を弾く様に脳内で勝率を計算する。
『第二試合、ルディン=シュトラウス対、ゲインズ=ベパルス!』
審判の声と共に、剣を構えて対峙する両名。
俺はゲインズという男の事を良く知らない。
知らないが――それでも分かる。
「――この試合、貰ったな」
◆
「ルディン=シュトラウスか……」
長身痩躯。落ち窪んだ眼窩でもって対戦相手である少年を見詰めながら、ゲインズ=ベパルスは静かに呟いた。
宿泊学習の地である、サンクトで一度戦った相手。
尤も、アレは戦いとは呼べないとゲインズは認識していた。
内実はマチュア達の会話を盗み聞きしていたルディンを、ゲインズが背後から襲撃し、打ち倒したという顛末である。
元々戦闘を予定していなかったルディンは、帯剣すらしておらず、満足な抵抗も出来ずに無力化されてしまった。
あの時の実力が全てだとは、ゲインズも思ってはいないが……。
――御し易い、な。
一度勝利したという認識は強い。
ある程度相手の底というものが見えた上で、ゲインズ=ベパルスはルディン=シュトラウスに勝利する事は容易いと考えていた。
「……」
対面するルディンは未だ無言を貫いている。
伏目がちに地面を見詰め、浅く深く呼吸を繰り返すルディン。その様子は平常とは言い難く、傍目からも彼が緊張状態である事が見て取れた。
無理もないだろうと、ゲインズは心中で納得する。
一度敗れた相手というのは、どうしても苦手意識が出てしまう。
七聖剣の中で、アーサーがディンハルトに大して及び腰になる理由は、奴が以前本人に手痛い敗北を味合わされたからに他ならない。
そう考えるならば、この対戦カードはルディン=シュトラウスにとって最悪なものなのだろう。
――同情はする、が。勝負となれば話は別。
ゆらりと。長い手を前にして、ゲインズは剣を構えた。
一対一の戦闘であるならば、ゲインズはアーサー・マチュアの両名よりも遥かに強い。サンクトにて、ガフ=コフィンとの戦闘で最も長く打ち合えたのは伊達ではない。
ディンハルト、キルツの選出順を事前に知っていたハインリヒであったが、続く第二試合で三人の内の誰が選出されるかは、彼も分かってはいなかった。
ルディン=シュトラウスの不幸は二つである。
以前、敗北を喫した相手と当たってしまった事。
その相手が、三人の中でも最も強いゲインズであった事である。
『両者――試合、開始!!』
「!」
審判の合図と共に、動き出す両者。
最初にゲインズが取った行動は【待ち】である。
【静】によって【動】を制する。
ゲインズ=ベパルスの剣技とはそういった類のもの。強さとは美しさであり、美しくあれば同時に強くもあるというのが彼の理念。
故に彼はカウンターを特技とする。
自らが動くのは美しくない。湖畔の水面の様に、相手の動作に対応して打つ最善手にこそ意義があると彼は考えていた。
これは――戦闘スタイルの違いだったのだろう。
ルディン=シュトラウスは消えていた。
石畳を砕く程の踏み込み。砕けた破片が接地するよりも速く彼は駆け抜け――ゲインズの元へと襲来する。
「――ッ!」
――速い!!
――だが真っ直ぐ過ぎる。
――狙ってくれと言っている様なもの、だ。
無駄を排した洗練された動きで剣先を動かし、ルディンへと合わせようとするゲインズ。だが――
「……ッ!!?」
突如、思い起こされる敗北の記憶。
七聖剣の黒い旋風。
その姿が目の前の男へと重なり、知らず顔を引き攣らせた。
一度敗れた相手というのは、どうしても苦手意識が出てしまう。
――あぁ、まさしくその通り。
腹部へと、鉄の棒がめり込む感触を味わいながら、ゲインズ=ベパルスはその意識を完全に手放すのであった。
◆
『――』
静寂が、舞台を支配する。
泡を吹き、うつ伏せに倒れ伏したゲインズ。
顔を上げ、目を閉じたまま納刀した姿勢で静止するルディン。
両者の姿を見比べながら、遅れながら審判が試合の勝敗を告げる。
『――勝者、ルディン=シュトラウス!!』
名乗りと共に、万雷の拍手喝采が舞台へと注がれる。
――七聖剣を倒した。
それも、前情報では無名の生徒が、だ。
彼の起こした閃光の軌跡は、石畳に深く刻まれている。
その偉業。その強さに試合を観戦した者達は沸き立つのであった。
「か、勝った! 本当に勝ったぞ!?」
「凄い……ルディン君!!」
盛り上がりを見せるのは何も観客だけではない。
同じ金章組の生徒達も同様だ。
――否、七聖剣の実力をよく知る彼等だからこそ、その驚きと喜びは計り知れない。
「あんな実力を隠してたなんて……」
「うむ。強い……今のルディンには俺も勝てないな」
周囲から一歩離れた所では、アルマナとガルシアの王族組が、二人並んで試合への驚きを口にする。
「ハインリヒ、貴様は知っていたのか!?」
「ルディンの実力の事か? ま、何となくな」
「くぅっ!! 俺は見抜けなかったぞ……っ!!」
妙な所を悔しがるクルスに、ハインリヒは呆れ顔を見せながら、此方へと戻ってきた主役へと目線をやる。
「よぉ。本気を出した気分はどうだ?」
「……どうだろうね」
「ん?」
「慣れない事をしたから、今も心臓がバクバクだよ。ほら、手だってこんなに震えてる……」
「なんだそりゃ」
鮮烈な勝利を飾った後だと言うのに、ルディンはそうとも思えぬ様な気弱な態度をハインリヒに見せた。
「本気を出して、褒められた事が無いんだ」
「……」
「もっと手加減できないのか。手心を加える事を知らないのか。親にはずっとそんな事を言われ続けていた。だから俺は――」
「――なんだ、そんな事か」
過去のトラウマを告白するルディンであったが、ハインリヒはそんな彼の様子を笑い飛ばす。
「俺にとっちゃそんな事、もうとっくに通り過ぎている」
「……」
「何をどうしても手加減だ何だと外野には言われるからな。いい加減面倒になって言う事も聞かなくなるさ」
大した事ではないと、ハインリヒは言う。
「真面目過ぎるんだよ、馬鹿。力を出すのも止めるのも、結局は俺達の自由だろう? なら、楽しい方を選択すれば良い」
――少なくとも、俺はそうやっている。
そう言ったハインリヒの言葉が、どれだけルディンへと影響したのかは分からない。堂々と言い放つ彼に、若干ながら呆れた感情も見えたりもしたが――
「先駆者にそう言われたら、そりゃね……」
気が付けば、ルディンの手の震えは止まっていた。




