036 実戦競技・決勝戦~VS.ディンハルト~
聖女神杯の最大科目、実戦競技。
計28クラスの戦いは、大方の予想通り、一度の敗北も喫しなかった二クラスに絞られた。
一つは、王国中の才媛が集った4-1の金章組。
各学年の1番目のクラスを金章と呼ぶのだが、その中でも四年生は別格である。そも、飛び級制度のある王立学院では、真に実力のある者は学年を飛ばして四年生へと招かれる。
4-1の金章組というのは、謂わば学年全体を通した全生徒のトップとも言える。そこに在籍する生徒の実力は、当然格が違う。
もう一つは、教会の最高峰を集めた4-Eの教団組。
E……教団関係者にのみ入る事を許されたエクストラクラス。
教会の威信を賭けて送り出される彼等は、当然並大抵の実力者ではない。王国を代表する金章組。それを超える為に編入された彼等は元より高水準の教育を受けた状態で王立学院へと入学している。
中でも四年生の教団組は別格だ。
七聖剣と呼ばれる聖剣使いを全て編入させたこのクラスは、教団勢力の粋を結集させていると言っても過言ではないだろう。
どちらがより優れているのか。
それは、今この場により決定される。
「……始まるな」
観覧席に座るリアネス王が、眼下の舞台を見下ろしながら呟いた。
見れば、他の観客も固唾を呑んで舞台を見守っている。
皆、見たかったのはコレなのだ。
今までの競技や試合は、謂わば前菜。
メインディッシュは別にある。
お預けを食らった状態で今か今かと試合開始を待つ観客達。
「さて、連中何処まで持つやら……」
「プライスマー様は教団組が勝つと?」
「当然でしょう。彼等には七聖剣がありまする」
「……」
「ご安心を、レゾメア王妃。クロード殿下の王位は揺るぎません」
教会の地盤も。と、心中で付け加えながら、プライスマー教皇は己の席へと着席する。
癇癪持ちの王妃。手玉に取るのは容易いが、一々構わなければいけないのは難点だなと、プライスマーは思う。
此処までの成績で言えば、クロード・ガルシア・アルマナの三名は思った以上に横並びをしている。
通常であれば慢心は出来ないのだが、学院側の人間は複数人買収している。抜かりはない。
故に、実戦競技の勝ち負けなど、もはや興味の範疇に無いのだが、
――まぁ、出来の良い見世物として少しは期待しておくか。
口元の含み笑いを手で隠しつつ、顎髭を摩りながら、プライスマーは石舞台へと視線を向けるのだった。
◆
「――それじゃ、順番は決まったな?」
『……』
俺の声に、一同無言となって互いを見詰める生徒達。
「……疑問があるなら、口にしてくれると有難いんだが?」
「そう、ね。疑問と言うか……」
「本当に、この選出順で良いのか? 特に、その……」
ちらちらと。クルスがクロードへと視線をやりながら、言葉を濁す。
心配そうな顔を浮かべるのは他の生徒達も同様であった。
「僕の方は平気さ。ハインリヒを信頼してるからね」
「……ルディン=シュトラウス。貴方は?」
「同じく。って言っておくよ、アルマナさん」
「むぅ……二人が承諾しているなら、これ以上は何も言えんな」
諦めた様に溜息を吐くクルスとアルマナ。
そうこうしている内に、間もなく試合開始の時間がやってくる。
「じゃ、選出順を審判に言ってくる」
皆にそう告げて、俺はクラスの輪から一人離れる。
審判の近くへと歩いていくと、先に選出順を告げていたキルツ=レヴァノフとすれ違う。
「ハインリヒ……」
「気合が入ってるな。見ただけで分かるぞ」
「……」
「……あら?」
てっきり、試合開始前に何かを言ってくるのかと思ったのだが、キルツの奴はそのまま無言で教団組の方へと戻ってしまう。
随分と入れ込んでいる……というのが、今の奴への率直の感想だ。
これからの事を考えると、少しだけ罪悪感を抱いてしまうな。
「――ま、仕方ないよな」
呟きながら、俺は審判へと向き直るのだった。
◆
実戦競技、決勝戦。
4-1金章組VS.4-E教団組。
第一試合が、始まる――
「来い、来い――来い来い来い来い!!!」
祈り。
というよりは、むしろ呪いの類か。
先鋒として登録したディンハルトは、対戦相手がハインリヒである事を願い、審判の言葉を待ち続けた。
同じ目的を持つ、隣のキルツ=レヴァノフに対する配慮はない。
何故ならばこれが最後。学院生活でハインリヒと雌雄を決する機会は、これを逃せばもう来ない。
故に力が入る。故に願うのだ。
「来い!! 来い!! ――来い!!!」
『……第一試合』
力強いディンハルトの叫び。
一瞬の間を置いて、審判は第一試合のメンバーを発表する。
『――クロード=ディ=リアネス対、ディンハルト=シーザー!』
聞いた瞬間、ディンハルトは膝から崩れ落ちそうになる。
「――よしッ!!」
拳をグッと握り、喜びを口にするキルツ=レヴァノフ。
「いや、よし! じゃなくてさぁッ!?」
「王子様が相手? 何考えてるの、アイツら!?」
「不可解は、美しくない……」
混乱するアーサー、マチュア、ゲインズの三人。茫然自失となるディンハルトを取り残し、ざわざわと騒ぐ教団組の生徒達。
「何をやっている!!」
その様子を眺めながら、先に石舞台に上がったクロードは、彼等に向けて――否。対戦相手であるディンハルトに向けて檄を飛ばす。
「上がってこい! ディンハルト!!」
「……ッ!」
例え相手が王子でも、こうも堂々と言われては立つ瀬がない。萎えた戦意のまま、言われた通りに舞台へと上がるディンハルト。
上がっては見たものの……やはり分からない。
クロード=ディ=リアネスは武芸に秀でている訳ではない。
むしろ、同じ王族の中ではドべであるというのが、ディンハルトの見立てだ。
「分からねぇ……何でだ? 何でアンタが出張って来る? ハインリヒは勝負を捨てたのか?」
「捨ててなんていないさ。ハインリヒは僕なら君に勝てると言って、此処を任せてくれたんだ」
「――は?」
クロードの言葉に、ディンハルトの顔が徐々に不快に歪んでいく。
その視線は、舞台外のハインリヒへと注がれた。
「おい、何考えてやがるテメエ……ッ!」
「クロードが今語った事が全てだが?」
「チッ、笑えねんだよ馬鹿野郎……本気で言ってたら殺すぞ! これがお前のやり方か!? ……そういや、お前アルマナ派だったな? 俺にクロードを叩かせるつもりか!? だとしたら合点はいく……反吐が出るぜ、このクソ野郎――」
ディンハルトの言葉は、最後まで続かなかった。
甲高い音と共に、熱くなる己の頬。
「――彼を、侮辱するな」
己の頬が張られたという事に気付くのは、目の前の王子が自身を睨み、意味不明な事を口走った後であった。
「……」
驚いて、何も言えない。己の頬を、純粋な強さという意味では遥かに格下のクロードに張られたからか?
――違う。
此処まで捨石にされて尚、盲信的にハインリヒを信じる愚劣さに驚いたからか?
――違う。
俺が驚いたのは――もっと――別の――
『両者――試合、開始!!』
「!」
考えが纏まらぬまま、開始される試合。
「はぁあああ――ッ!!」
「チッ」
気合と共に剣を振るうクロード。舌打ち混じりにそれを難なく回避していくディンハルト。
凡才。凡人。凡剣。
この程度なら見なくても躱せるだろう。必死に努力はしたのだろうが、教科書通りの剣から抜け出せていない。
この程度の力量で己に刃を向ける事。
この場に立っている事に、ディンハルトは酷く苛立ちを覚える。
「あぐ――ッ!?」
剣の合間を縫って、繰り出した前蹴りがクロードの腹に刺さる。
後ろに吹き飛びながらも何とか倒れずに踏ん張るクロードだが、眼前に迫ったディンハルトへの対処は遅れてしまう。
「もういいよ、お前……」
元来ディンハルト=シーザーが望むのは、血の滾る接戦である。
遥か格下を嬲る様な戦いは、彼の趣味ではない。
苛立ちはあるが、それをクロードにぶつけても仕方がない。
故に――早急な決着を求め、大降りに剣を振るった。
「ぐぅッ!!」
「……あ?」
ディンハルトの一撃を、クロードは剣で受け止める。
衝撃により身体は吹き飛ぶが、しかし、まだ戦闘不能ではない。
――いや、今ので終わりで良かっただろう……。
冷めきった感情のまま距離を詰め、連撃を繰り出していくディンハルト。傍目からは怒涛の勢いの様に見えるが、これでも彼は一割も本気を出していない。
丁寧さの欠片も見えない棒振りの剣は、しかし、受け続けるクロードを確実に疲弊させ、反撃の隙間すら見付けさせない。
力量差は歴然。
万に一つも勝ち筋はない。
なら、余計な怪我をする前にさっさと負けてしまえば良いのに……。
「そんなに頭が悪いのかよ!? クロード王子よぉ!?」
叫び、クロードへと迫るディンハルト。
もういい。
もう加減はしない。
試合を早く終わらせる為なんて、甘い気持ちを見せ過ぎた。
――息の根を止めてやる。それが本望なのだろう?
「頭が、悪いか……」
肩で息をしながら、クロードは迫り来るディンハルトへと構える。
「……かもな」
「――ッ!」
自嘲する様に笑みを零すクロード。
その表情を見たディンハルトは、剣先をクロードの首元に向けたまま、静止してしまう。
「――弱い」
「……」
「なのに、何でお前はそんな眼が出来る?」
「……眼?」
「揺るぎのない眼だ。決して折れない。俺の好きな奴に似た瞳」
「君の、好きな人……?」
「……失言だ。忘れろ」
「え、あ、うん……」
「はぁ……」
溜息ついでにガシガシと頭を掻きながら、ディンハルトは場外の審判へと向き直る。
「――くっだらね。俺の負けでいいや」
『……え?』
唖然とした声は、対戦相手のクロードのみならず、周囲で観戦していた者達からも上がったものだった。
『……! ディンハルト=シーザー降参により、勝者、クロード=ディ=リアネス!!』
審判の宣言を最後まで聞かずに、舞台からさっさと降りて行くディンハルト。彼を迎えたのは、困惑顔の七聖剣の面々であった。
「お前、どうして!?」
「……勝てた試合だった筈だが?」
「……」
若干遠慮がちに詰め寄るアーサーと、当然の疑問を口にするゲインズ。二人から離れた所では、何かを察したマチュアが口を閉ざしたままディンハルトの様子を見ている。
「骨の一、二本折ろうが、アイツは降参しねぇよ。勝つ気でやるなら、それこそ徹底的に痛めつける必要がある。流石に王様の目の前でそれをやるのはちょっとな」
「それは、確かに……」
「それに、一応教会はクロード派な訳だろう? 媚びを売るって訳じゃねぇが、こんな試合でクロードを叩いて、上の連中に睨まれるのも面白くは――」
「ディンハルト?」
「――そうか。そういう事か」
呟き。ディンハルトは石舞台を挟んだ向こう側へと視線をやる。
傷付いたクロードを出迎える金章組の生徒達。
とりわけ目立つのは、あの白銀色だろう。
――ハインリヒ=セイファート。
「全部計算通り、って事か。あの野郎……」
あれだけの才を持ちながら、姑息な真似も平気でする。
「手強いな、マジで」
怒りよりも何よりも、最初に出た感想がそれだった。
――キルツの奴は、俺の勝手な降参に何一つ口を挟んで来ない。同じく私情で戦う者同士。言う権利が無いとでも思ってんのか? 仮に、そんな余裕もない程にハインリヒとの試合に入れ込んでいるのだとしたら……。
「……」
ディンハルトは、そこから先の事を考えるのは止めた。




