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ハインソード・サーガ  作者: 威風
第3章 ~王都炎上、決意のハインリヒ編~
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035 実戦競技・準決勝~戦いへの想い~


息を吸う、息を吐く。



石舞台の上へと立ったルディン=シュトラウスは、指で軽く目頭を揉みながら、薄目で対面する相手へと視線をやる。



実戦競技――準決勝戦。相手は3-E の教団組である。



対戦相手としては想定通りと言った所か。

一学年下とは言え、このブロックを勝ち抜いてきた相手だ。


決して油断は出来ない。


出来ない……のだが。



「何処を見ている、ルディン=シュトラウス」


「……え?」



咎める様な相手の口調に、ルディンは意識を引き戻される。



「気付かないとでも思ったか? 二回戦からずっと上の空。弱い相手ならいざ知らず、教団組を相手にその態度は頂けないな」



鋭い眼光を飛ばしながら、怒気の籠もる声色で語る少年。対するルディンは「いや」と言って、言い訳をする様に彼へと手を伸ばしかけ、



「それとも――俺を舐めているのか?」


「……」



その手を、ゆっくりと元に戻す。


――まいったな。


胸中で溜息を吐きながら、ルディンは自身の剣の柄に手をやった。


目の前の戦闘に集中出来ていないのは、完全に指摘通りであった。


それは何も、今に限った話では無い。


聖女神杯が始まってからずっと、ルディン=シュトラウスは別の事柄に頭の中を支配されていた。



――あぁ、これは怒られても仕方がない。



反省はする。改めようと努力もしよう。


だが、無理だ。


俺の頭には、あの日の光景が焼き付いて離れない。



『僅か三か月で、この様じゃ』



病室のベッドで弱々しく呟いた、親友の顔が忘れられない。


彼は――俺よりも、ずっとずっと強かった。


命の、恩人だった。



『これが、天才剣士の最後か……しまらんのぉ……』



痩せた腕を摩りながら、何も言えずにいる俺に、彼は黙って己の剣を差し出した。



『……これ』


『死んだら没収されるもんじゃ。今の内にお前に渡しておく』


『……』


『何、お前は俺様と違って、ちゃんと適合出来ていた。こんな結果にはならないから安心しろ』


『ガフ……』


『だ・か・ら! そう、辛気臭い面はやめい! もう戦う事は出来んじゃろうが、今日明日で死ぬって訳でもあるまい! ……精々、残りの余生をベッドでぐーたらに過ごしてやるわ!!』


重苦しい空気に耐えかねて、ガフは落ち込む俺に苛立ち気に叫び、そっぽを向く。



『……調子が良かったら、聖女神杯も観に行く』



――だからルディン。


――負けるなよ。



「……」



ガフ=コフィンは、聖女神杯には来れなかった。

観覧席を探してみたりもしたが、何処にも彼の姿は無かった。


体調が悪化したのだろうか?

だから此処にも来れなかった?


気にするなというのが、無理な話だろう。


手渡された七聖剣・第二位【蒼輝】――エグリゴリは、荷物袋に入れたままだ。サンクト以降、一度も使った事は無い。


……ガフがいるのに――使えないだろう。


俺がそんな事を考えていると、


『――試合、始め!』


「!?」


全くの慮外なタイミングで試合開始の合図が出てしまう。


あぁ、駄目だ駄目だ。


――本当に集中できていない!



「愚かなッ!」



忠告はした。それでも態度を改めなかったのだから、ソレは相手が悪い。一瞬で片を付けてやると。憤懣やるかたない思いが雄弁に剣に現れている。


己の頭部へと迫った剣の軌跡を見詰めながら、ルディンは親友と交わした約束を思い出す。



「――」



刃が頭部へと到達する前に、間合いを詰め、懐へと入り込む。



「何ッ!?」



驚愕する相手に構わず、下から顎へと掌底を叩き込み、衝撃で浮いた爪先を足で払う。


宙に浮いたまま追撃を狩りに突きを繰り出す相手だが、そこにはもうルディンの姿は存在しない。



「――まだやる?」



背後。倒れた体を起こす前に、頭を腕で制し、ルディン=シュトラウスは相手の首に剣の刃を垂直に押し当てていた。



「……まいった」



試合開始から僅か一分の攻防。

一分の決着に、観客からの歓声が沸く。



「これは、負けてられないな」



不敵な笑みを浮かべながら、呟くクルス=オーグメント。



続く第二試合。第三試合を勝利し、4-1の金章組は決勝へと歩を進めるのだった。







伯爵である父は家庭を顧みない男で、常に何処かへと忙しなく移動しているイメージだった。


何が楽しくて生きているのだろう。

そう疑問に思ってしまう程に生活感が無く、仕事一筋な人だった。


だからあの日――私が七つの頃。

父が一人の子供を連れて帰宅した時は、母は勿論、家臣一同驚いた。


何処の女を孕ませたのか。

下世話な話題は、その子がエルフの血を引くと分かると鎮火した。



――皆が、その子を恐れたのだ。



引き取ったその子は腫れ物に触る様な扱いを受け、館の中で幽閉された。それに対して誰も何も、連れてきた父ですら異論を挟まなかった。


不満を覚えたのは、私だけだった。


当時の私は――純粋だった。


悪を悪と断じ、正義の存在を盲信する様な、夢を見る子供であった。


難しい事は分からなかったが、親達が連れてきた子を蔑ろにしている事は察していた。それに対し、いけない事だと小さな義憤を覚えていただろう。


だから――忍び込んだのだ。


後に兄となるその子――レイド=レヴァノフが幽閉された一室へ。


皆が寝静まった夜。寝室から抜け出した私は、館の外の木に登り、その子が幽閉されている一室の窓へと小石を投げた。



『……何を、やってるんです?』



呆れた様な顔で窓を開け、此方を見詰めるその子。


白い肌に尖った耳。


見慣れない風貌にぽかんと口を開ける私だが、すぐに本来の目的を思い出す。



『助けに来たんだ。ほら、早く手を――ッ!?』


『ッ!?』



つい焦ってしまい、態勢を崩す私。襲い掛かる浮遊感に顔が引き攣る。木の枝を折りながら落下していく身体は、やがてビンッと足が引っ張られる衝撃と共に、静止する。



『全く、驚かせてくれますね……』



窓から身体を出し、伸ばした手からキラキラとした緑色の魔法陣を展開しながら、その子は呟いた。



『コレ……木?』



自身の足に絡み付いた木の蔦を見ながら、私は呟いた。


己を守る様に変化した木の枝。その摩訶不思議な光景に、幼いながらに興奮をしたのを覚えている。



『土と水の混合――樹属性魔術ですよ。……初めて見ましたか?』



言いながら、容易く窓から飛び降りる兄。


驚く私とは裏腹に、重量を感じさせぬ様な着地をし、逆さまに吊られた此方を見詰めてくる。


星の光に照らされて、露わになったその顔は綺麗だった。


長い睫毛に深緑の髪。悪戯をした直後の様に薄っすらと浮かんだ笑みは、何処か大人びて見えた。



この日――私は、兄に憧れたのだ。



『今日は何をやってるの、兄さん』


『キルツですか。見れば分かるでしょう、魔術の勉強ですよ』


『僕もやっていい?』


『キルツにはまだ……ああいや、分かりました分かりました。そう捨てられた様な顔をしないでください。目の毒です』



何をするにしても、私は兄の後ろを付いて周っていた。そうする事で、少しは兄に近付けると信じていたのだ。



私は――浅はかだった。



『――勝者、キルツ=レヴァノフ!』


「!」



懐かしき回想は、上がった歓声に掻き消される。

思考から覚醒した私は、頭を振って石舞台から降りる。


――これで、4-Eの教団組の決勝行きは決まった。


準決勝に3-1の金章組が来たのは意外だったがな。


トーナメント表を見るに、2-Eの教団組が抑える腹積もりであったのだろうが、上手くは行かなかった様だ。


尤も、全てが教会の掌の上というのも気分が悪い。


4-1と当たる前に予行演習が出来たと考えれば、むしろこの結果は有り難いだろう。


凡その進行は予定通り。



「――後は、私が勝つだけだ」



遠く、白銀の少年へと視線を向けながら、私は一人呟く。



『――もう、私の後を追うな』



兄さん。兄さん。


何でそんな事を言うんだ?


何で、悲しそうな目で僕を見るんだ?


どれだけ傷だらけになろうとも、僕は、必ず追い付くから。


だから、兄さん。



「……てないで」



呟きは、誰の耳にも届かない。


それは己にさえも。



――キルツ=レヴァノフは、強く強く、拳を固めた。



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