027 白ウサギと黒ウサギ
今回は、ほのぼの日常回です(^^)/
ちょっと文字数多いかも……。
魔物の襲撃から一夜が経過したその日。
早朝からサンクトの町長の元に、一人の少年が訪問していた。
応接室へと通された彼は、洒脱な挙措でもってソファへと座り、机を挟んで町長へと対面。島の特産豆を使った煎りたての珈琲を口に運び、目をかっ開いてからに角砂糖を瞬時に四個投入しつつ、もう一度口に含む。
「――さて、商談を進めましょうか」
気を取り直すように、銀髪の少年はそう言った。彼は現状を確認する為、島の状況を事細かに町長へと伝えていく。
現在、島の全域には彼が張った魔術結界が存在している事。
それによって新たな魔物が侵入するのを防いでる事。
その結界は持続性が弱く、持って三日が限度だとういう事。
それまでに、島には独自の防備を築いて欲しいと言った事を、彼は目の前の町長へと伝えた。
通常であるならば眉唾な話だ。
だが、島の主である壮年の男性は、目の前の少年の言葉に嘘が無い事を確信していた。
王立学院首席――ハインリヒ=セイファート。
成績が発表されたその場に、島の町長である彼も居合わせていた。
人外魔境と噂の王立学院の成績上位者。そのトップに立つのが目の前の少年だ。学院の中間成績発表をサンクトで行うのは、王立学院の慣例である。歴代の首席を目撃してきた町長は、目の前に座る少年がそれらに類し、また飛び抜けている事を経験で察知していた。
「結界は、島の南西の方角から解ける様にしてあります」
「それは――意図して、という意味かね?」
「一斉に島の全方角から結界が解かれるよりは、一部を先に解いて侵入口を特定した方が防衛もしやすい。場所を南西と決めたのは、此処が防衛に向いているからです。近隣に人の住居が存在しないので、島の住民にも被害が出難い。海からは伸びる様な丘陵となっているので、高所を取れば地を這う魔物には弓矢で一方的に攻撃が出来きます。危なくなったら森に隠れれば良いのです。まぁ、理想はそこまで行く前に魔物を殲滅する事ですが……」
「成程……考えてある……」
唸る様に呟きながら、町長は机に出された茶請けへと手を伸ばす。子供が好む様な焼き菓子だ。
だが、緊張を緩和するには丁度良い。
「問題は、戦力の当てだが……此方はすぐにとはいかない」
何せ、今まで戦力という戦力を持たなかった島だ。
伝手などある筈は無い。装備を買い揃え、島内で希望者を募っては新たに自警団を設立する必要があるのだ。
町長の言葉に、少年――ハインリヒは待ってましたとばかりに、目を輝かせ、ソファから身を乗り出した。
「そこで――我らが我神団ですよッ!!」
流暢に回転する舌の音を聞きながら、町長は目の前の少年は商才すらあるのかと、感心を通り越して呆れてしまうのであった。
◆
「いらっしゃいませ~~♪」
間延びした声を上げ、水着姿の上に白いエプロンを着けた格好で、急造された簡素な小屋で労働者へと給仕するキッチェ。
俺は仕事に従事する幼馴染の姿を眺めながら、店内の席へと静かに座る。店の中は盛況とは言い難い人だかりではあったが、それでも他の客が憩いとして利用しているのだ。知り合いとはいえ、アイツ
の邪魔をするのは少し憚れた。
「流石に昨日の今日……外に出ている人間は少ない、か」
サンクトは今、魔物の被害からの復興作業中である。
食い荒らされた建造物を解体するのは、島の青年団を連れたファング=コードレスだ。城塞都市ポンペイでの経験が生きたのか、その手際は良く、彼の膂力もあって本職にも勝る手際で土木作業へと当たっている。
グエン・ルーシー・レイドの三名には、町長の元へと向かって貰っている。速成でも良いから人員が欲しいと思った俺は、自警団への募集を町長にさせ、その選抜を念話で三人に頼んだ。
欲しいのは経験だ。我神団だって、何時までも此処を防衛する訳にはいかない。期間として三ヶ月を提示して契約が交わされている。ならば、その三ヶ月でこの島の自警団を使いものになる様にしなければいけないだろう。尚更に、三日後に訪れるであろう魔物との初戦は重要なのだ。
魔物の大規模な揺り戻しは一回。
後は恐らく、大した数は襲ってこないと俺は踏んでいる。
大規模と言っても初日のアレよりは全然少ないだろう。それくらいは狩り尽くしたと自負している。
これからもずっと島を守っていくんだ。
経験を得られる機会は、大事にしなければいけない。
それが仮に、何も出来なかったとしてもだ。
実戦というのは、その場に立つだけで得られるものがある。
「はい、どうぞ」
「む」
机へと置かれた木の皿には、茶色いソースが掛かったライスが乗っかっていた。中には具沢山の野菜と、角切りの牛肉も入っている。
「キッチェよ……何だコレは?」
「カレーだよ? 知らないの?」
見た事も聞いた事も無いが、何だその料理。肉と野菜がごった煮になっている事から煮物の一種だとは思うのだが、何故ライスをそこにぶち込む? 意味が分からん。
キッチェの奴に無知を晒すのは悔しいが、仕方がない。
念の為、聞いておこう。
「これは……この島の名物か何かなのか?」
「ううん、私が作ったの!」
「……」
斜め上の解答が返ってきた。
そりゃあ、分かる筈もないだろう。
「つまり、お前の創作料理?」
「うーん……」
俺の問いに、何故だか困った様に考え込むキッチェ。
言い澱む必要があるか? 相変わらずの独特なテンポだな。
「そう、かも」
「そうなんだな?」
「う、うん!」
「……はぁ」
何故、これだけのやり取りで疲れにゃならんのだ。
思いながら俺は、机に置いてある木のスプーンを手に、皿の中の肉を掬って口の中へと放る。
「!」
――美っ味。
なんじゃこりゃ、初めての味だ。
パクパクと。料理を掻っ込む手が止まらない。
香辛料が利いているのか、辛さは感じるがソレが程良い。食欲が増進されているのを感じるぞ。
「……ふふっ」
「ん? ――何だよ?」
「何でも~?」
「……」
此方を見ながら、ニコニコと笑みを浮かべるキッチェ。
チッ、食い難い……。
「お前、仕事はどうしたよ?」
「もう上がりの時間だよ~」
「眺める必要、ある?」
「だって、嬉しいんだもん♪」
「……はい?」
「ハインが美味しそうに食べてくれるから、私は嬉しいの♪」
「……」
向かい側の椅子に座り、机を一枚隔てて向き合うキッチェ。
肘を付いて顔を手で支え、じっくりと此方を眺める態勢に入った幼馴染を半眼で見つつ、俺は出された料理を高速で搔き込んだ。
「ああ!」
「ふぐふぐ……あー食った食った!」
「うー意地悪……」
「ふん」
食い終わった俺を恨めしそうな顔で見るキッチェだが、知った事か。
俺は観賞用のペットじゃないっつーの。
「仕事が終わったのなら丁度良い。出掛けるぞ、キッチェ」
「え、ええ~……ちょっと待ってよ~、ハイン~!」
当然、待つ気なんて更々ない。
◆
店の外に出た俺達は、島の繁華街へと出て土産屋を周っていく。
魔物の襲撃を受け、閉まっている店も多いが、それでも探せばやっている店はあるものだ。
「うう~、は、恥ずかしい……」
顔を赤くしながら身体をもじもじとさせるキッチェ。
現在、繁華街を水着で歩いているのはコイツだけだった。
いや、誤解を解く為に言っておくと……本来は海が近い為、繁華街でも水着でうろつく客は大勢居たのだ。
だが、現在はこの状況だろう?
そもそも観光客がいない。
出歩いているのは土木関係の労働者や仕事に出ている者ばかり。
必然的にキッチェの格好はこの場から浮いてしまっていた。
別に俺が意地悪でやった訳じゃない。
本当に、偶然そうなってしまったのだ。
そう脳内で言い訳をしながら、俺は恥ずかしがるキッチェへと視線を送る。
「……そうやって気にしてると、余計に恥ずかしくないか?」
「気にしても気にしなくても恥ずかしいよ~!」
「じゃあ、駄目じゃん」
「うう~!!」
「……はぁ」
俺は溜息を一つ吐くと、近くの露店から何か羽織れる様なものを探し、男性用の大きな白いシャツを購入する。
これなら身体のラインは隠れるだろう。
「ほれ、これ着ろ」
「うん……」
言われた通りに渡したシャツを水着の上に羽織るキッチェ。
何だか、余計エッチな感じがするのは気の所為だろうか?
うん、多分気の所為だ。
……そういう事にしておこう。
「えへへ……」
余裕が出てきたのか、手の出ない袖をブンブン振って、はにかむキッチェ。他の女がしたらあざとい行動なのかも知れないが、コイツがやるとただの阿保だからな。安心だ。
「俺が学院に行ってから、子供達はどうだ? 元気にしてるか?」
もう大丈夫だろうと思った俺は、通りを歩き出しながら、暫く帰っていないポンペイの様子をキッチェへと尋ねる。
「皆元気だよ~。この前なんか、テレサさんに頼まれて一緒に街に買い物に行ったりもしてたし~」
「へぇ? ポンペイも少しは変わったか」
街にいる亜人=奴隷の価値観の強かったポンペイでは、子供達を外へと歩かせる事なんて出来なかった筈だ。それが可能となったというのならば、俺達の尽力にも意味があったという事だ。
「うーん……亜人の子に対する人当りは柔らかくなったと思うよ? これも全部、ハインのおかげだね♪」
……コイツは、無理矢理に持ち上げてくれるなぁ。この件に限って言えば、俺の貢献度合いなんて高が知れている。
一応、ちゃんと弁解はしておくか。
「馬鹿言うな。ポンペイの件は当人達が頑張った結果だよ。俺は大した事なんかしちゃいない。アルマナやスネップ……今も復興作業を頑張っているファングとその仲間達のおかげだ」
ファングと言えば、今回のこのサンクトの復興も、俺に言われる前に参加していたなぁ。給金だって、貰っている素振りは無い。
余程、土木工事が気に入ったのか……。
いや、冗談。
人間慣れしてきたって事なんだろうな、多分。
「シーちゃんも、ハインに会いたがってたよ?」
「シュチャか。意外と好かれてるよな、俺」
「嬉しい?」
「子供にモテてもなぁ……」
「もう。素直じゃないなぁ、ハインは」
こればかりは大分素直な感想を口走ったつもり何だが。
まぁ、感じ方は人それぞれという事だろう。
「そういや、新たに我神団への入団希望者とかは来ないのか? 一応まだまだ募集はしているつもり何だが……」
「あー……」
「……何だ、その間は?」
「何人かは来たけど、レイド君とファングさんが――」
「……」
察するに。必要最低限の実力を持たなければ、どの道この傭兵団ではやっていけないとか何とか考えて、希望者を落としているという事だろうか?
別に全員が全員、戦闘へと駆り出すつもりは無いんだがな。
そこら辺は、皆との齟齬が出てしまっているかも。
団の事を考えての行動だろうし、あまり非難は――
「俺達の鍛えたグエンに勝てば、団に入れてやるって言って……」
「……」
前言撤回。
あいつら、完全に遊んでやがる。
「それで、グエンに負けて帰って行ったという訳か……」
「うん」
当の本人はさぞ困惑しただろう。
情景が目に浮かぶ……。
「ま、元気そうで何よりだよ。キッチェも――」
「ん?」
風が吹き、さらさらと流れるキッチェの髪。
それを手で抑えながら此方を見詰める幼馴染の表情は、何処か大人びていて――気が付けば、言葉が止まってしまった。
「……ハイン?」
「――あ? ああ、いや――」
ずっと、会っていなかったもんな。
そりゃあ、変わるさ。
何を驚いてるんだか、俺らしくもない。
俺はこの微妙な空気を変える為、周囲を見渡した。
「あっち! あっちの店、ちょっと寄ってみようぜ?」
「うん? ……いいよ~♪」
よし、上手く誤魔化せた。
全く調子が狂う。
ずっと一緒にいたんだ。幼い事から、ずっと。
なのに――何でかな。
さっきは一瞬、知らない女性が立っている様に見えてしまった。
◆
キッチェと共に雑貨屋を巡り、時には買い食いなんかをしたりして、気が付けばアレほど明るかった日が傾き出していた。
時が経つのは早いよな。
「もうすぐ、夜だな」
「あっという間~」
「今日で宿泊学習も終わりだ。明日の朝には、また王都の学院に通う日々が待っている……全く、面倒な事だ」
「でもでも、結構気に入ってるんでしょう? 学院生活」
「まぁ、な」
アルマナ、クロード、ガルシア。
ルディン、ユーリア、クルス、カルナ。
……色んな奴に出会えたよ。
退屈は――確かにしていないな。
強いて言えば、そうだな――
「――お前も、通えれば良かったのにな……」
「……え?」
口に出してから、しまったと思った。
「い、いや、別に大した理由じゃなくてだなッ!」
くそ、何だか今日は調子が悪い。こんな事ばっかりじゃないか?
慌てる俺へと、ずいっと間合いを詰めるキッチェ。
「――はい、コレ」
「は……?」
顔の前へと出されたのは、小さな白い紙袋。
困惑しながらもソレを受け取った俺は、中身を出して良いか目で確認すると、おもむろに袋を開けて手を突っ込む。
「……ウサギ?」
出て来たのは、小さな黒いウサギのヌイグルミであった。
俺はソレを手に持ちながら、キッチェへと向き直る。
「学校にはいけないけど、これで寂しくないよね……?」
「――」
それはつまり……アレか。
このヌイグルミを私だと思ってって事か?
思わず、お互いに無言となる。
どれほど恥ずかしい事を言っているのか、キッチェも遅ればせながら理解したのか、その顔は徐々に赤く火照っていった。
「――プ」
何だか、その様子が面白くて、俺はついつい吹き出してしまう。
「あ!?」と言ったキッチェの声が止めだ。
「はは、ははははっ!」
「あ、ああ! は、ハインの意地悪~~!!」
腹を抱えて笑う俺と、むくれるキッチェ。
あぁ、そうだな。
俺達の関係は、いつも変わらない。
俺はヌイグルミを抱きながら、怒るキッチェを悪かったと宥める。
そろそろ、別れの時間が来ていた。
「次に会うのは聖女神杯の頃か? それまではこのキッチェ3号を手元に置いて、寂しさを紛らわせるとするさ」
「……? 3号?」
「前に、誕生日プレゼントで白いウサギをくれただろう?」
あっちが2号だと、俺はキッチェに説明する。
残念ながら今は手元になく、実家に置きっ放しなんだけどな。
「どんだけウサギが好きなんだよ? ま、良いけどさ」
「う、うん……」
「我神団の連中にも、良く伝えておいてくれ」
「うん!」
「じゃあな」と言って、俺はキッチェと別れる。何時までも手を振るキッチェに「さっさと帰れ!」と一喝し、緩む顔を引き締めながら、俺は施設への道を歩いて行った。
◆
遠く小さくなっていく銀髪の少年の背中を見送りながら、少女は静かに息を吐く。
一人になってから、彼女は特別な一日が終わってしまった事に、少しだけ寂しさを覚えた。
我神団の仲間達と過ごす日々に、不満なんてない。
ただ――今は彼がいない。
その事だけが一番で。彼女にとっては唯一であった。
時は巻き戻らないからこそ、価値がある。
自身の心に宿る寂寞の思いもそうなのだと、彼女は強引に納得する。
次に会ったら、もっともっと楽しい話をしよう。
そう決意しながら、彼女は帰路を歩いていく。
気になる事は、ただ一点だけ。
「ウサギって――何のことだろう?」




