026 戦い終わって、集まって
あー気持ち悪い。完全に飲みすぎた。
魔術を行使した後、俺は周りの生徒+キッチェとレイドを引き連れて宿泊施設へと歩いていた。
「流石先生! お見事でした!!」
と、道中で世辞を言ってくるレイド。
それに対して「まぁな」と適当に返しながら、道を進む俺。
気になるのは周囲の生徒達の様子だ。
レイドの行った戦闘で既に引いていた生徒達は、俺の魔術を見ると、皆一様に何かを悟った様な目をして落ち着いてしまった。
極限状態の環境が、彼等を強くしたのだろうか?
正直、答えは出ない。
いつかは少年も大人になるというし、コレもそう言った思春期特有の成長なのだろう。そう、俺は内心で強引に納得した。
しかし魔術と言えば、アレには驚いたな。
無属性魔術の誘引を上空に発動。引き寄せられた魔物のマナを解析し、同種のマナを狙って引き付け、効果範囲を拡大。把握していた人間や建造物などを指定から除外しつつ、島中から魔物を集めた段階で一気に縮小。多重奏で属性魔術を展開し、魔物を討伐しようとしたのだが……。
まさか、空間が歪むとはな。
強大な引力により光が屈折。真っ黒な中心部が出来上がったと思った瞬間――纏められた魔物達が何処かへと消滅してしまった。
実に興味深い現象だ。考察し甲斐がある。
一先ずはあの魔術を滅属性の第二魔法に位置付けようと思う。
アレをただの無属性と呼ぶのは、少し違うと思うからな。
呼称はどうするか――『デリート』とでも、名付けようか。
いやはや、良い発見が出来てよかった。
そんな事を俺が考えていると、やがて宿泊施設へと辿り着いた。
中に居れば良いのに。
生徒達は皆、外へと出て来て平穏を取り戻したサンクトの様子を眺めている様だった。
『――ハインリヒ!!』
「よお」
同級の金章組の生徒達に出迎えられながら、俺は見知った生徒達へと軽く手を振ってやる。
「やっと来たか、団長……」
半眼になりながら、此方を恨めしく見詰めるルーシー。彼女の周りには男女問わず多数の生徒達の姿があった。
「モテモテだな」
「うるさい」
揶揄う様に言ってやると、ルーシーは生徒達の輪から抜け出し、此方へと歩いてきた。頬が赤いのは慣れない扱いを受けたからだろうか? 返ってきた口調はきつかったが、満更でもないという事を俺は知っている。
「隊長!」
「こっちも戻ったぜ!]
声を上げながら後ろから走ってくるのはグエンとファングの両名である。此方へと戻る前に海で魔物の返り血を落としていたのだろう。その身体は薄っすらと濡れて磯臭かった。
「感知していた。二人とも、やるようになったじゃないか?」
「まぁな! コイツが良い働きをしてくれたんだよ!」
「ちょ、ちょっとファングさん……! 俺はただ、住民を避難させただけで……! 強力な魔物は全部ファングさんが倒してくれたじゃないですか!?」
「ハハッ! 言うねぇ~、このぉ~!!」
グエンの頭を撫でながら、豪快に笑うファング。どちらかと言えば兄属性なグエンはこういった扱いは不慣れなのだろう。少し気恥しそうにしている。
こいつらも、随分仲良くなったもんだ。
元は敵同士――城塞都市の襲撃犯と自警団の関係とは思えない。
俺が学院に通っている間に、友好を深めたのだろう。
……ま、良い事だな。
「戻ったか、ハインリヒ! あの魔術はやはり……貴様が?」
「クルスか。ああ、少し派手だったかな?」
「少し所ではないッ!! ……だが、助かった。最後の一押しとして、あの魔術が決まらなければ、もっと多くの犠牲が出ただろう」
「一応、死者はゼロで通したつもりだよ」
「――ッ!? そんなことも分かるのか!? ……もはや貴様に対しては、驚きを通り越して呆れしか覚えんな」
誉め言葉なのか何なのか。
クルス=オーグメント。お前の評価も俺の中で少し変わったよ。
学生の身でありながら単独で討伐難度【A】相当の魔物を退治したのは俺も察知していた。クルスの実力ではそれこそ命懸けであっただろう。大通りでの防衛戦はコイツが踏ん張らなければきつかったと思っている。
口だけではない。コイツは立派な【軍人】だったよ。
「ハインリヒー!!」
「お、クロー……ドッ!?」
此方に駆け寄るや否や、俺の身体に抱き着いてくるクロード。
うわ、良い匂い……と、思っている場合ではないな。
俺はコイツの性別が女だと知っているが、周囲の生徒はそう見てはいない。必然的にこの態勢はいらぬ誤解を生んでしまうだろう。
「うお……強烈……」
「隊長、そういう趣味が……?」
「流石先生……」
「複雑だが、俺は驚かん!」
「まぁ、アタシは良いんじゃないかと思うよ?」
「ふぇ? ハイン?」
思い思いに好き勝手な事を言う連中を無視して、俺は抱き着いてきたクロードの身体を無理矢理引き剥がす。
「おい、クロード……ッ!」
若干非難めいた声色で、クロードへと向き直る。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか。
「良かった――無事で」
「……」
目尻に涙を溜めながら、クロードは俺に対してそう言った。それは、久しく己に向けられた事のなかった感情であった。それを、何を言ってるんだと、俺を誰だと思っているんだと。一笑に付してしまうのは簡単だ。だが――彼女の純粋な、綺麗な感情に当てられた俺は、そんな言葉を口走る気には成れなかった。
代わりに――
「――頑張ったな」
俺は彼女の涙を指で優しく拭いながら、労いの言葉を紡いだ。
更に涙が出そうだったから、今度は乱暴に頭を撫でてやる。
その場にはいられなかったが――
知っている。見ていたさ。
俺が思った以上に――クロード。お前は正しかったよ。
「お前もな、アルマナ」
「――」
後ろで立ち尽くしたまま、此方を眺めていた王女に向けて、俺は声を掛けてやる。その顔は以前よりも吹っ切れた表情をしていた。
「信じていたから――」
「……」
何を。とは問わない。
信じて貰えたのならば、それに勝る喜びはないだろう。
互いに過ごしてきた時は裏切らない。
それが証明出来ただけでも、収穫はあったさ。
「――皆、聞いてくれッ!!」
『!?』
声を張り上げ、その場に膝を付いたのは、あろう事か王国第二王子のガルシア=ディ=リアネスであった。周囲が驚愕する中、ガルシアは苦痛を堪えた様な声で、言葉を続けていく。
『ガルシア……ッ!』
思わずと言った風に、慮る声を呟いたのはアルマナとクロードの両名であった。未だ展開に付いていけてない俺だが、この王族三名の関係性に変化があったのは、薄々だが気付いている。
「今回の事件、その全ての責任は、俺の――ッ!!」
「――待ったッ!!」
言い掛けた言葉を遮ったのは、最後に来訪した生徒のもの。
声をした方へとその場の全員が振り返ると、そこにはボロボロの格好をした水着姿のルディン=シュトラウスが負傷した肩を抑えて立っていた。
「ルディン君ッ!? 酷い怪我……ッ!」
気遣う様な声を上げたのは、彼と仲の良いユーリア=マイスティアだ。ルディンは彼女に片思いをしているのだが、そんな彼女の心配な声にも反応せず、ガルシア、そして周囲の金賞組の生徒達を見回し、静かに言葉を続けていった。
「今回の件に関して、大事な話がある……皆、場所を移動しよう」
◆
「――さて、三人とも。申し開きはあるか?」
『……』
住民の避難が完了し、人気の無くなったサンクトの海岸沿いにて、七聖剣は集っていた。
無論、ただの集会ではない。
顔面を蒼白にさせ、所在無げに立ち尽くすマチュア。
アーサー・ゲインズの両名はダメージが癒えていないのか、痛む顔や肩を抑えながら、項垂れた様にその場へと座り込んでいる。
殺気立った目で彼等を見下ろすのは、ディンハルト=シーザーであった。彼は、横にいるガフ=コフィンから事の顛末を全て聞いていた。故に、彼等が行った非道を許せない。
この集まりは――いわば彼等三名の断罪式であった。
「七聖剣の面汚しがッ! よくもおめおめと顔を出せたもんだなッ!? ああッ!? アーサーッ!!」
「――ぐッ……」
苛烈なまでのディンハルトの言葉に、負けん気の強いアーサー=フィレモントは何かを言い返そうとするが、形勢不利を悟り、悔しく歯噛みをして押し黙る。
「ガフから全て聞いたぞッ!? 手前らの計画って奴をなッ!! あぁ、情けねぇ情けねぇ情けねぇッ!! 七聖剣が揃いも揃って外道に落ちやがってッ! 手前らには誇りってもんがねぇのかよッ!! ――なぁ、ゲインズッ!!」
「……それはッ」
言い澱むゲインズの様子に、ディンハルトの怒りは尚も加速する。
ガルシアを陥れる為、策を弄し、その為に関係のない島の住民達を危険に晒した事。
学院の生徒を殺した事。
それら全てが、彼の逆鱗に大きく触れたのだ。
加速する罵詈雑言の嵐。その言葉を黙って聞いていた三名だったが、マチュア=キュベレイだけはどうにも耐えられなかった様だ。
「……何も、知らない癖に」
「……あ?」
小さく呟いた言葉は、耳敏くディンハルトに聞かれてしまう。
失言を後悔したのは一瞬。
下唇を噛みながら、彼女はキッとディンハルトを睨み、尚もその言葉を続けていく。
「七聖剣が、純粋潔白な集団だとでも思っているの……? だとしたらディンハルト、それは思い違いよ……!」
「……」
「元から適正があった貴方には分からないわ、薬漬けで培養された私達の気持ちなんてねッ!! 教団は腐っている! でも、その命令に従わなければ私達は死ぬのよッ!? 刺客を差し向ける必要なんて無い、ただ薬の補給を止めるだけで私達は破滅するッ! ガフ――それは貴方だって一緒でしょうッ!?」
感情を発露させながら、問い掛けるマチュア。
対するガフ=コフィンは平静であった。ともすれば話を聞いていないとも思われる様に、彼は視線を虚空に漂わせながら、ややあって言葉の主であるマチュアへと向き直る。
「俺様は……もう、諦めたぞ」
「!?」
「薬に頼った時点で、俺様達は終わりなんだ。捨てられたスラムの仲間達と一緒じゃ。適性のない身体に無理をさせても、やがてガタが来る。俺様は――お前らよりもソレが早い……」
「ガフ……」
告げられた事実に、驚愕する七聖剣の面々。
「何よ、それ……ッ」
その言葉に一番に不服を覚えたのは、他でもないマチュアであった。
「自分の死が近いから、私達にもソレを諦めろって!? ――冗談! 私は絶対に生きるのを諦めないッ! 例え関係のない人間を殺しても! 生きて生きて生き抜いてやるッ!! その事に対して、誰にも文句は言わせないッ!!」
「手前、マチュア――ッ!!」
再び激化するマチュアとディンハルト。
「――やめないかッ!!!」
それを止めたのは、今まで冷静に場を見ていたキルツ=レヴァノフであった。彼は言い合いを続けようとする二人を制しつつ、纏める様に言葉を続けた。
「……この件は、我等で秘匿する」
「キルツ!?」
自身の相方に裏切られ、驚愕の声を上げるディンハルト。
だが、キルツは己の言葉を翻す気はなかった。
「マチュア。アーサーが切った生徒は?」
「知らない……けど、多分魔物に食われたと思うわよ」
「探して、確認しろ。――今ならば容易な筈だ」
「……ッ! 待てよキルツ!!」
堪らず、キルツの肩を掴むディンハルト。
「この件が露見すれば――俺達は退学だ」
「だからッ!?」
「俺は――ハインリヒと戦いたいッ!!!」
「!?」
「お前は、違うのかッ!? ――ディンハルトッ!!」
「……ッ」
見た事も無いキルツの剣幕に、ディンハルトはたじろぐ。
退学。浅はかではあるが、彼はその可能性を考えていなかった。
仮になったとしても、ソレは自身のあずかり知らぬ事。
事件を起こした三名が被る当然の罰だと思っていた。
だが、事が七聖剣全体へと渡るならば話は別だ。
学院と教団には派閥がある。キルツの言う通り、今回の件は個人への罰では済まないだろう。必ずや全体に波及させようとする者が出る筈だと、ディンハルトは遅まきながらにその事実に気付く。
「ハインリヒ=セイファート……」
呟きながら、何故かディンハルトの脳裏には王女アルマナの姿が浮かんでしまう。彼女が全幅の信頼を寄せる男……その事実が例えようもない程に彼には苦痛で、許し難いものであった。
「……施設の部屋割りを変えよう。宿泊学習はまだ一日ある。今日の所はガフは俺とディンの部屋に泊まると良い。残る三人のやる事は――分かっているな?」
とんとん拍子に話を進めていくキルツ。
だが、その言葉に反論を挟む者は、その場には誰もいなかった。




