009 暗殺者と百合の花
リアネス王国随一の名門である王立学院では、様々な質の高い授業を受けられるという評判がある。
王立魔術研究所に勤める教師から、最先端の魔術理論を。
騎士団所属の熟練兵士から、戦場仕込みの用兵術や剣術を。
高名な学士達から、高度な学術を。
その他、様々な専門分野を希望すれば、その道のエキスパートが手取り足取り教えてくれるのだ。
しかし、いつの時代になっても、普遍的なものは必ずある。
「健全なる魂は、健全なる肉体に宿る」というのは、古より伝わる言葉らしいが――なんとも言えないな。
「そこ、へばるな! 後十周だ!!」
「ひ、ひぇええ~~!」
筋骨隆々な教師に叫ばれ、悲鳴を上げる生徒達。
本日の授業は校舎の外周周りである。
体力をつけるには最適かも知れないが、何も王立学院でやらなくても……というのが、生徒多数の意見だろう。
「ふん、何とだらしない!! 金章クラスと言えど、弛んでいると言わずにおれんな!」
俺の横で憤りを見せる男は、クルス=オーグメントだ。
肩で風を切りながら、姿勢の良い走りを見せている。
「お前は随分、走り慣れてるな」
「走り込みなぞ、軍隊では基礎中の基礎だ!」
「なら、慣れてない奴の事をとやかく言うのは違うだろ?」
俺の返答に、クルスの奴は不敵な笑みを浮かべる。
「志の違いだな、ハインリヒ。我らは学院のトップ。慣れないのは言い訳にならん!!」
「ふふん」と、俺を言い負かした気でいるクルスは、上機嫌に鼻を鳴らす。
「……どうでも良いが、ガルシアの奴も後ろにいるからな」
「な!? お、王子――ッ!?」
バッテバテな状態で懸命に走るガルシア。
慌ててクルスが逆走し、肩を貸しに走るが、ガルシアはそれを手を振って拒否する。
「……平気か、ガルシア?」
念の為、俺も声を掛けてやる。
「……長距離走は、苦手だ」
ぜぇぜぇと息を切らしながら、そう呟くガルシア。
「まぁ、どうみてもお前は短距離向きだしな……」
取り巻きの生徒達が心配する中、ガルシアはそれでも誰の手を借りずに完走する気であった。
意地だろうな。
そうしている内に、後ろからは貴族派の集団が追い付いてきた。
ガルシアのペースに合わせ、秀才派は速度を落としていたからな。
当然だろう。
貴族派の先頭は――クロード=ディ=リアネスだ。
貴族連中は走り込みなんてしないだろうしな。先を行くクロードに、置いてかれぬようにするのがやっとの様だ。
そのクロードでさえも、大した速力ではないのだが……。
「……どうした? 体力自慢の弟にしては、足が遅いな」
「ぬぐ、クロード……ッ!」
「兄と呼べと言っているだろう? 尤も、頭の中まで筋肉で出来ているお前では、僕の言葉は理解出来ないか」
すれ違い様の応酬。
その軍配はクロードに上がった。
「お先に失礼するよ、腹違いの弟よ」
「――ッ!!」
青い顔をしながら、のろのろと加速するクロード。
追い掛けようとするガルシアだが、足が思うように上がらない。
「あぁ! 待って下さいクロード様ッ!!」
置いてかれる貴族派の生徒達。
……何と言うか、低レベルである。
急ぎ過ぎず、遅過ぎず。
マイペースに走っていると、今度は別の面白そうな光景を目撃する。
「ルディンか? 何やってんだアイツ?」
「……」
校舎の角の部分で、座り込みながら前方を覗くルディン。
俺は気付かれぬよう、ルディンの背後へと忍び寄る。
視線の先には、二人の生徒の姿があった。
……ユーリア=マイスティア?
足を怪我したのか。
貴族出身の麗しい少女の膝に、痛々しい血が流れている。
介抱しているのは……誰だアレ?
紫色の髪を肩口まで伸ばした、目付きの悪い少女。
あんな奴、クラスにいたか?
首を捻る俺だが、その間にも事態は進行していく。
「――これで、良いか?」
「……」
「おい、ユーリア」
「――ッ! あ、ご、ごめん! ありがとうカルナさん!」
慌てて礼を言いながら、ユーリアは自身の膝に巻かれたハンカチに視線を落とす。
「あの、ハンカチ……洗って返すから!」
「いらん。不要になったら捨てろ」
「そんなこと、出来ないよぉ……」
「? おかしな奴だ」
「うー……」
「歩けるようになったのなら、もういいな?」
「え!行っちゃうの……?」
「それが授業だろ?」
「うん……」
「……」
俯くユーリアに、カルナは溜息を吐いて、手を差し出す。
「……一緒に行く。それで良いんだろう?」
「――う、うん!」
元気よく頷き、カルナと呼ばれた少女の手を取るユーリア。
これはあれか……俗に言う、百合という奴か?
ユーリアに片思いしているルディンが、固まる理由が分かるというものだ。
「だが少し待て。――覗き見は趣味が悪いぞ?」
「!?」
俺達の方へと視線をやりながら、声を出すカルナ。
……ルディンの気配を察知されたか。
この距離で良く気付く。
――言っておくが、俺一人なら気付かれてないからな。
諦めて姿を現すルディンと俺。
ちなみにルディンの奴だが、未だに俺の事には気付いていない様だ。
「る、ルディン君!? それに――」
「う、うわーッ!!」
「!?」
叫びながら、走り去っていくルディン。
呆然とする俺達。
「何だ、アイツ?」
皆の疑問を代表して口にするカルナ。
本当、何なんだよアイツ。
ルディンが消えた事により、少女達の注目は俺へと移される。
「えーと……良く分からんが、取り合えずスマン」
「!」
俺の言葉に、分かりやすく顔を赤面させるユーリア。
「ところで、一つ聞きたいんだが――お前、誰?」
「傲慢な男だ……クラスメイトの名前すら知らんとはな」
「む。そこは悪いと思ってる」
「軽いな。まぁいい。カルナ=サヴァンだ」
カルナ=サヴァン。
頭の中で反芻してみるも、やはり知らない。
「俺も自己紹介した方が良いか?」
「いらんよ、有名人」
「……」
何か、随分と棘のある女だな。
余り長居しても仕方ないし、俺も先を行くか。
「邪魔したな、ユーリア。先に行ってるわ」
「あ、うん……頑張ってね、ハイン君」
「おう」
答えながら、カルナの脇を通り抜けようとした瞬間――
「――ッ!」
――俺は、思わずその場から飛び退く。
「……どうかしたか、ハインリヒ?」
「お前……」
――今、何をしようとした?
問い掛ける言葉は音にはならない。
「ハイン君……?」
此方を心配する様な、ユーリアの視線を受けていたからだ。
彼女を巻き込む訳にはいかない。
「いや、足元にデカい虫がいてな」
「ええ!?」
「気のせいだったから大丈夫だ。とにかく、俺は先に行く」
「あ、うん……」
「……」
背後から刺すような視線を受けながら、俺はその場から去っていく。
一瞬受けた、強烈な殺気。
飛び退かなければ、俺は死んでいたかもしれない。
間違いない。
カルナ=サヴァンは――暗殺者だ。
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