007 悪巧み~苦悩する王子~
お盆の分です。
「ハインリヒ=セイファート……少し厄介かも知れませぬな」
王立学院の敷地内に建てられた教会の一室にて、純白の法衣を纏った老人が重く声を上げた。
対面するは金髪の美丈夫――クロード=ディ=リアネスだ。
王子であり学生である彼は、老人の言葉に眉を顰める。
「ただの学生だよ? 気にする事かい?」
肩を竦め、己が支援者である老人へと反論するクロード。
「しかし、政敵であるアルマナを擁護しておりまする」
「……」
「学術、剣術、魔術、体術……あらゆる事に精通し、教室内での発言力も高いとも聞いておりますが?」
「でも、僕よりはまだ下だ」
「それは――まだ。の話でしょう?」
老人の物言いに、不機嫌な表情を浮かべるクロード。
「……へぇ? そう。プライスマー教皇は僕が彼に劣るって事を言ってるのかな?」
「クロード様……」
くっくっく。と、笑みながら、クロードは言葉を続ける。
「心外だなあ。確かに彼の知識や技術は凄いよ? けれど、所詮は平民。カリスマで僕に敵う訳無いじゃないか? 学生達の支持は依然、僕の方が上だ。それはガルシアの奴だって一緒さ。王が剣の腕を磨いてどうする? 見当違いな事を良くもまぁ飽きもせずに……本当に、頭が悪い奴だよ」
「……」
「アルマナは……もう少し賢いと思っていたんだけどね? 普通に考えて、女が次期王になんて成れる訳ないだろう? それを、あんな男まで用意して……本気で僕に挑もうとしている」
「屈辱だ」と、クロードは天井を仰ぎながら、小さく呟いた。
王位継承の争い……それ自体が起こる事をクロードという王子は不快に感じている。第一位継承権を持つ彼は、ソレに相応しくないと父から突き付けられている様に感じているのだろう。
教室では取り繕えているその姿も、実の親よりも自身の味方をしてくれる教皇の前では、年相応の精神を晒してしまう様だ。
その様子を見て、出そうになる溜息を懸命に抑えながら、教皇はクロードに向かって口を開く。
「――始末するべきです、クロード様」
ヒステリックな姿を見せる王子に向かって、プライスマー教皇は厳しく提言する。
「……ッ! 僕にこの手を汚せとッ!?」
「汚れるのは子飼いの者だけです。王子は何も気にする事は――」
「――ふざけるなッ!!」
激昂し、叫ぶクロード。
そんな彼の反応を予想していたのか、プライスマー教皇は涼しい顔をしながらクロードを見詰めている。
「プライスマー……お前は、僕の味方なんだろう!?」
「……ええ。私は王子の味方です」
「――だったら!! なんで僕の事をもっとッ!!」
――信じてくれないんだ。
「……ッ」
歯を噛み締めながら、喉元にまで出掛かった言葉を飲み込む。
「王子……」
気遣う様なプライスマーの声が、クロードには一番痛かった。
「……お前だけは、理解してくれると思っていたッ!」
振り返らずに、そのまま部屋を出ていくクロード。
室内に取り残されるプライスマ―。
彼は我慢していた溜息をここぞとばかりに吐き出し、近くの椅子へと腰を下ろした。
「……子供の相手も大変だ。そう思わないか、マチュア君?」
部屋の角へと視線をやりながら、声を掛ける教皇。
するとそこに、一人の少女が姿を現した。
まるで突然その場に出現したかの様な現象だが、教皇はソレを見るに感心した様な顔をする。
「いつ見ても見事な隠形だ……魔術を使ってはいないのだろう?」
「これでも純粋な技術よ。パーパ♪」
桃色の髪に、露出の多い漆黒の衣装を身に着け、娼婦の様に短いスカートの丈を指で摘まみ、ヒラヒラと揺らして見せる少女。
「相変わらず、下品ではあるな……」
「あら? 失礼しちゃうわ。こんなに可愛い子を下品だなんて」
「……七聖剣・第六位【深淵】マチュア=キュベレイ……やるべき事は分かっておるだろう?」
尚も軽口を続けようとする少女に向かって、プライスマ―は本題を切り出す。
「王国組の飛び級生――ハインリヒ=セイファートの排除。または抹殺。アルマナ姫、ガルシア王子両名の権威失墜。という所で間違いは無いかしら?」
「問題無い。――やれ」
「……クロード王子は反対しているみたいだけど?」
少女――マチュアが問い掛けると、教皇は笑みを浮かべ、
「ままごとには付き合えんよ。クロードが王位を継げば、王国内での教会の権威は更に高まる。実質、私がこの国を支配したと言っても過言ではないだろう。……此方は遊びではないのだ。小さな芽であろうが、不安材料は潰すのが当然であろう?」
憚ることなく、王子を利用しているという事を堂々と口にする教皇。
それを聞いたマチュアは、爛々と目を輝かせ頬を綻ばせる。
「そういうパパのクズいところぉ、マチュアだ~い好き♪」
言いながらマチュアは、腰に差した長剣――聖剣エギンガルを引き抜き、その刀身に指を這わせる。
「ねぇ? 何しても良いんでしょう? 楽しみだなぁ♪ マチュアはねぇ、他人の苦しむ姿を見るのが一番好きなの♪ 色々準備をしてぇ、作戦を練ってぇ……あー楽しいなぁ♪」
恍惚とするマチュアに対し、苦い顔を浮かべる教皇。
「やはり貴様だけでは不安だな……動く際はアーサーも一緒に行動させろ。聖剣使いが二人もいれば、失敗はすまい」
「アーサー君とかぁ……まぁ良いけど、他の子達には伝えなくて良いのかしら? 怠け者のガフ君も、たまには働かせたら?」
「第二位【蒼輝】のガフ=コフィンか。――いや、奴の性格は読めない。土壇場で裏切られても敵わんからな」
「じゃ、同じ理由でキルツ君やディンハルト君は駄目かぁ。ゲインズは……別の意味で駄目かもね。彼、協調性無いし」
「貴様が言う事では無いだろう」と、教皇は思ったが、口にはしない。
こうして、プライスマ―教皇とマチュア=キュベレイの密会は続いていく。
そこに、クロード=ディ=リアネスの意思は存在しなかった。




